Someday 5
ふんわりとした暖かさにふと目を開くと、目の前に黒と黄色のジャケットが映った。視線を上げると、端正な顔が間近に見える。どきりとして身体を起こした炎は、自分が雷に焦れ掛かるようにして寝ていた事に気付き顔を赤く染めた。 「おはようございます。背中痛くなかったですか?」 「ああ、お前布団代わりになってたんか?」 「カイ先輩の所の布団とは比べものにはならないでしょうけど、少しはましかと思って」 照れたように笑いかける雷に、炎はどういう考えをしてるんだと赤くなって顔を背けた。とその視線の先に影が落ちる。 「リュウ…」 「夕べ、一晩中カイが探し回っていたぞ。今の様子を見たら竹刀で殴り倒されるな、ライ」 「な、何言ってんだよっ、別に俺とライはそんなんじゃないぞ」 拳を握りしめて力一杯否定する炎に、苦笑を浮かべ雷は立ち上がった。 「ここから学園内に直接入ることができます。奴らも中まで追っては来ないでしょう、取りあえず心配ないことだけは教えておかないと…」 「リュウ、お前もライの仲間なのか?」 「何のことだ?」 「あっ、違います。僕がカイ先輩のとこからエンを連れ出して呼んできてほしいって頼んだんです。仲間は別に…っと…」 「やっぱ仲間が居るんだな。お前の方も何か組織になってんじゃないのか?勇者を守るってのも、仕事なんだろ」 しまったというように口を押さえる雷に、炎は身を返すと竜の手を取り外へ歩き出した。明るい日差しにばちばちと瞬きをし、学校への道を歩き始める。 「置いて行かれる子犬みたいだな。信用したんじゃないのか?」 「してるけどさ、ちょっとな。ところで、お前何でそんなよく知ってんの?」 ちらりと後ろから着いてくる雷を見て言う竜に、炎は訝しげに訊ねた。竜は微かに口元に笑みを浮かべ、何も言わずに歩き続ける。雷を追求するのと違って竜相手だと何となく訊き辛い。 「森が教えてくれる」 ぽつりと呟いた竜の言葉に、炎はこいつも充分ファンタジーな奴と、呆れたように見つめ足を早めた。 竜だけしか知らないという道を辿り、金網を抜け学校内にはいると、炎は取りあえず自分の教室へ向かった。昨日のヒドーとやらが本当に学校まで来ないだろうかと思いながら…アブなそーな奴だったから、人目があろうが無かろうがやってきそうな気もする…扉に手を掛けた炎はいきなり後ろから羽交い締めされて身を硬直させた。 「エン!無事だったか」 「か、カイ…」 ヒドーではなく海だったのかとほっとすると同時に、強く抱き締めてくる腕に息が詰まる。震えている海の身体を感じ、炎は胸がずきりと痛んだ。 「こんな場所で逢い引きか」 ぼそっと呟かれた竜の言葉に、炎は身じろぎ海の腕から逃れた。海はまだ不安そうに炎の肩に手を掛けじっと見つめている。始業ぎりぎりで誰も廊下に出ていないのが幸いし、この風紀委員長の異常な行動は竜と雷以外の目には留まらなかったようだ。 「もう、二度と私の目の届かないところへ行くことは許さん」 「カイ…わりい…だけど」 「四の五の言うな!たとえどんな危険があろうとも、私はお前を見つけて」 こほん、という咳払いに熱く語ろうとしていた海ははっとして後ろを振り返った。無表情に立っている竜と困惑した笑みを浮かべている雷の後ろに見知った姿が伺える。 「朝日山校長先生…」 「げっ、おっさん」 「朝っぱらから説教かね。また何かやらかしたのか、大堂寺は。もう授業が始まる、そのへんにして君も自分の教室に戻りなさい」 顔を赤く染め、海は一礼すると炎を見つめ仕方なさそうに踵を返した。こんな場所であれ以上恥ずかしい台詞を言われなくて良かったと思いつつ、炎も教室に入っていく。しーんと静まり返った教室ではちらりちらりと意味深な視線が炎たちに注がれる。今の会話を聞かれていたのかもしれないが、ここは無視を決め込んで席に着いた。 次の休み時間、怒涛のような勢いで廊下を走る音が聞こえ、炎たちの教室の扉が乱暴に開かれると、息を荒がせた森が飛び込んできた。 「エンっ!無事だったのか、良かった…」 炎の姿を見た途端、森はがばっと抱きついて嬉し泣きし始めた。驚いて見ている同級生に炎は何でもないと手を振り、慌てて森をつれ教室を出た。 「心配掛けてわりい。俺は大丈夫だけど、シンは?」 「え、あの後とにかくあれを取られないようにって離れたらさ、すごい勢いで海岸が燃え出して、驚いて戻ったんだ。けど、カイはいねーし、お前の手がかりはねーし。仕方ないからヨクの家に行ってもしかしたらってんでカイの家に電話してみたわけ」 離したらどこかへ行ってしまうんではないかというように炎の手を握りしめたまま、森はぽつぽつと夕べの出来事を話し出した。 「やれやれ、カイの家に居るならまあ安心か、と思ってたらさ、いきなりカイから電話でお前が居なくなったって。一晩中探してたんだぜ、どこ行ってたんだ?」 怒ったように見つめてくる森の目は赤い。炎は済まなさそうに目を伏せ謝った。 「ごめん…迷惑掛けないつもりで、かえって掛けてるかもな…俺」 「んなこといいから、もう側から離れるなよ」 ぎゅっと手を握り締める森の手を炎も握り返した。 「その通りだ!お前がそのつもりでも、向こうがそう取らないのではかえって混乱する。だから余計な心配などせず、共に居ればいい」 さっきの不安げな様子とはまるで違ういつもの調子で、海が竹刀片手に蕩々と述べる。唖然として見ていた森と炎だったが、顔を見合わせるとぷっと吹き出し笑い始めた。海も一緒に笑い始める。その様子を遠くから取り巻いて眺めていた級友達は呆然として三人を見つめていた。 「仕方ない、ですね」 次の授業は放棄して、洞窟に集まったのは炎たちの他に翼と竜もだった。竜はともかく、今まで何も聞かされていなかった翼だったのだが、元々研究者を目指し未知なることに探求心を持ち合わせているせいか、森を問いつめてここまで着いてきたらしい。 「お前ら、命保証できないんだぜ」 言っても無駄かなと思いつつ、もう一度確かめるように炎はみんなに言った。だが、一人として立ち去る者はなく、黙って炎を見つめている。 「大体、我々を巻き込もうと思わないのだったら、学校になど来ずにさっさと国外逃亡でもすれば良かったのだ。それをしないということは当てにしているということではないのか」 じろりと睨む海に、雷はあははと誤魔化し笑いをして頭を掻いた。 「当てにしている訳じゃないんですけど。ただ、エンには必要なんじゃないかと思い直したんです」 「ば、馬鹿っ、何言ってるんだよっ」 雷の意味深な言葉に炎は真っ赤になって怒った。 「ほー、そうか。やっぱり一人じゃ寂しいって夜泣きしたりするワケ?」 「シン!んな訳ねーだろっ」 森のからかうような言葉に、炎は殴りかかる。それをひょいと避け、森はぎゅっと抱き締めよしよしと頭を撫でた。 「お兄ちゃんがついてるからね、大丈夫だよ~ん」 ぼか、ばき、と二つの音がして、森は頭と顎を押さえ仰け反った。一つは炎の拳、一つは海の竹刀の昔である。 「馬鹿者!」 「いって~っ、酷えなあ」 しくしくと嘘泣きをする森を呆れて見つめていた炎は、くすくすと笑いながら傍観している翼に視線を向けた。 「僕は、取りあえずライの能力や相手ですか?に興味ありますね。どちらかというと、超能力は僕の管轄外なんですが。それに、僕としてもエンと離れたくないっていうのはありますよ」 ぎょっとしたように海と森と炎はにこにこ笑っている翼を見た。本気なのか冗談なのか良くわからない笑顔である。 「そういや勇者の証は?」 「とある所に保管してあります。あれも不思議な石ですね。冷たい光沢があるのに温もりが感じられるんです」 翼の言葉に炎は一度だけ付けてみた時の痛みを思い出した。確かにひやりと冷たい感触の後、燃えるように熱くなったそれを慌てて外したのだ。火傷になりそうなくらい熱かったのに、手首には赤みさえ差していず幻だったのかと思ったが、二度と着けようという気にはなれなかった。 「これからどーすんだ?いつまでもここに居らんねえだろ」 「やはり、別の場所へ逃れた方がいいかもしれん」 「それは嫌だって言っただろ!」 森の言葉に返す海に、炎はきっばりと首を振った。どこへ逃げても奴らは必ず追ってくるだろう。対決が遅いか早いかならば、早く済ませた方が良い。 「けどねえ、注射じゃないんだから、早く済ましやいいってもんじゃないぞ」 「まだ、準備ができていません。もう暫く待てば」 「何の準備だよ?」 炎の問いに雷は曖昧な笑顔を浮かべて見返した。再び問おうとした時、ふいに今まで黙っていた竜が一歩踏みだし洞窟の外をじっと見つめた。 「…待つ時間はなさそうだな……」 一同にさっと緊張が走る。遠くから何かが壊れるような音と、悲鳴が聞こえ地面が微かに揺れた。走り出す炎の後を追うようにみんなは洞窟から外に出た。森の向こうに見える学校から火の手が上がっている。 「ちくしょうっ!ヒドーか」 「待て、エン、いきなり行くのは……エンっ!」 海が止めようとするのに一瞬早く炎はその手を擦り抜けて学校へ走り出した。学校の一部、科学室のある場所が燃えだしている。後ろから翼の嘆きの悲鳴が聞こえ、炎は科学室へ向けて駆けた。 「捜し物はこれかい?」 つむじ風のようなものが起き、その中ににやにやと口端をゆがめるような笑みを浮かべたヒドーが立っていた。その手に持っているのは勇者の証で、石を埋め込んだ腕輪の部分を指に引っかけ、ヒドーはくるくるとそれを回している。 「返せ!」 「おおっと、そんな簡単に返すわけにはいかねえな。この前はさんざん馬鹿にしてくれたな、礼をするぜっ」 飛びかかり奪い返そうとする炎をひょいと叙すと、ヒドーは片手を突き出して電撃を放つ。間一髪でそれを避け、地面に転がった炎は二度三度と繰り出されるそれを避けるだけで精一杯で起き上がることができなかった。 「ヒドー、僕が相手だっ」 「エンっ」 追いついた雷が炎の前に立ち、電撃を受け止める。すかさず海が炎を助け起こした。 「前のようにいくと思うなよ」 ぎらぎらと獣のような目で雷を睨み、ヒドーは油断無く身構える。じりじりと間合いを計りながら対峠していた二人は、同時に拳を繰り出した。 鉄の焦げるような臭いが辺りに充満し、散った火花が草を燃やしている。互角かと思われた戦いだったが、ヒドーが持っていた証を宙に放り投げ、それに気を取られた雷は首を捕まれてしまった。 「くくく…甘い、甘いなあ、ガーディアン」 「く…っ…くそ…うわあぁっ…」 ぎりぎりと首を締め上げ、そこから電撃を放ってヒドーは雷をいたぶる。ぐったりとした雷から片手を離し、ヒドーは放り投げた証を受け止めようと伸ばした。 「甘いのはてめーだっ」 いきなり背中からタックルされ、腕を捕まれて投げ飛ばされる。タックルしてきたのは炎で、同時に駆け付けた森が一本背負いを決めたのだ。受け手を失った証は海の手が受け止め、しつかりと握りしめる。 「どいつもこいつも、逆らいやがって!」 起きあがり、ヒドーは今度は森めがけて電撃を放とうとする。そこへ横から竜が目つぶしの砂を浴びせかけ、足を捕らえて地に転がした。 「大丈夫か?ライ」 「は、はい。すみません」 頭を振りながらふらふらと起きあがる常に手を貸していた炎は、はっと目を見張ると海に向かって駆け出した。 「カイっ、危ねえっ!」 目標が見えず、見境無くヒドーが電撃を繰り出すその一つが海に向かう。避けようとする間もなく当たるかと身を捩った海は、目の前に飛び込んできた炎の姿に呆然となった。 「ぐああっ…!」 ばりばりと服の裂ける音と、血の臭いが漂う。海の腕の中に倒れ込んできた炎は、うっすらと笑みを浮かべて呟いた。 「…よ…かった…」 「エン!エン…っ…きさまあっ、よくもエンをっ」 炎をそっと地面に横たえ、海は怒りのままヒドーに打ち掛かっていく。ヒドーは漸く目から砂を流し出し、余裕で海の攻撃を受け止めたはずだったが、その目は驚愕に見開かれた。 「な、なにっ」 生身の普通の人間がヒドーにかなうはずがない。なのに海の竹刀の一撃はヒドーの額にかなりのダメージを与え、その身体を吹っ飛ばした。 「カイ、すごい」 戦闘には参加できず、はらはらと見守っていた翼は海の手の中にある証が不思議な輝きを放っているのを目に留めた。 「ぐっ…く、くそっ…何で…」 額から溢れる血に驚き、ヒドーの目の色が変わる。ふらふらと立ち上がったヒドーは地面に横たわる炎を見つけると、怒涛の勢いで走り出した。炎を庇おうと立ちふさがる海や森たちを弾き飛ばし、掴みかかろうとする。 「待て、ヒドー…落ち着くのだ」 「あ、兄貴…」 勢いのまま炎を殺そうとしたヒドーの前に、黒いスーツをびっしりと身につけた長身の男が現れた。鋭角な気を放ち、業火のように燃えていたヒドーの感情を一瞬にして鎮めると、マドーは足下に横たわる炎をじろりと眺めた。 「勇者を殺しては何もならない。遊ぶのはかまわないが、死なせることはできん」 「ま、マドー…」 雷は青ざめて呟くと炎の側に走り寄った。だが、まるで見えない壁が身体を覆っているように弾かれ近づけない。 「煩くなってきたな。行くぞ、ヒドー」 「判ったよ、兄貴」 漸く消防車や野次馬達がわらわらと集まってきて、倒れている海達を見つけ騒いでいる。マドーはヒドーに視線だけで合図すると、歩き出した。ヒドーは炎を肩に担ぎ、その後に従う。 「ま…待て……」 「証は後で取りに行く。それまで大事に持っているが良い」 再び雷が炎に近づこうとするのを視線だけで止め、マドーは冷たい笑みを浮かべると悠々と去っていった。 騒ぎに紛れ、救急隊員に見つけられないうちに雷たちは再び洞窟に集まっていた。すぐにでもマドー達を追おうとしたのだが、相手は煙のようにかき消えてしまったのだ。 「ちっ、あいつらエンをどうしようってんだ」 「あの能力は、やっぱり超能力なんでしょうか」 一番酷い怪我を負っている雷の手当を済ませ、翼は目を輝かせて呟いた。こんな時にまでまったく、と呆れたように溜息を付き森は黙ったまま証を握りしめている海を見つめる。 「カイ、それ、さっき光ったように見えたんですけど」 同じように海を見ていた翼は、証を指差して言った。翼の言葉に漸く我に返ったように、手にした証を見つめた海は、ぎゅっと目を閉じると顔を背けてしまう。 「私は、守れなかったばかりか、エンは…」 「それを言うなら僕の方こそガーディアン失格です」 「こらこら、二人でそんなに落ち込むなよ。ったくもう、取り戻しゃいいんだろ。さっきの勢いはどうしたんだ?カイ。いやあ、ぶち切れたお前って敵に回したくないねえ、マジに…ありゃすごかった」 どんよりと落ち込む二人に、努めて明るく森が話しかける。そうですよ、と翼も領き海に近づいていった。 「これがまだこっちの手にあるんですから、また接触してくるでしょう。それにしても、これは不思議な…あ…」 じっと証を覗き込んだ翼が眼鏡を押し上げ、何かを見つけたように声を上げた。 「これは、血じゃないですか?エンの」 えっ、と雷と森も海の側に近付き覗き込む。確かに黒い石に紛れてよく判らないが、血のシミが一つぽつんと付いている。さっきエンが海を庇ったときに被った怪我の血だろうか。 「だからか…」 納得したように雷が呟くと、他のみんなは何が?というように注目した。 「これは、普通の人間が身につけてもただの腕輪でしかありませんが、真なる勇者が身に着けた時、その力を発揮すると言われています」 「それで、だから、か…」 苦く吐息をつき海はじっとそれを見つめて内ポケットにしまった。さっきの海の力は、これのお陰もあったのかもしれない。 「やはり、真なる勇者だったんだ。僕は、どうしたら」 がたがたと震えだし唇を噛み締める雷に、みんなは訝しげな視線を向ける。ぽん、と雷の肩を叩き竜が呟いた。 「お前の役割をこなせばいい。忘れるな」 「は、はい…」 はっと竜を見上げ、落ち着かせるように深呼吸をした雷は、いつもの笑みを浮かべると立ち上がった。 「ライ?」 「勇者の証がなければ、ジェノサイドの復活は難しいでしょう。奴らは必ずまたこれを狙ってやってきます。その前に居所を掴んでこっちから討って出ましょう」 今まで隠れるとか逃げるとか後ろ向きな案しか出さなかった雷のいきなりな言葉に、みんなは一瞬驚いたが、深く頷いて立ち上がった。 「よっしゃ、行こうぜ。うだうだ待ってるのは性に合わないしな」 「どこに居るのか判っているんですか?」 「いいえ、まったく」 翼の問いに答えた雷に、がたがたとみんな力をなくして壁に縋り付いた。にこやかに笑う雷に、額に青筋たてた海が詰め寄っていく。 「ライ!エンの居場所をどうやって見つけるのだ」 「これが導いてくれます。それに、きっとカイ先輩なら判るはずです」 にっこり笑って雷は証を持った海の手ごと包み込むように握り締める。すると、証は淡く輝き始め、海は目を閉じて意識をそれに集中させていった。 『……エン…どこに…居るんだ…』 いつからこんなに想いを寄せるようになったのだろう。最初の出会いは最悪で、こんな問題児には厳しく指導しなければと追いかけていた。規律を破り、学業を疎かにし、上級生を敬わない…だが、いつからだろう、その何者にも縛られない自由さに焦がれたのは。四角四面に塀を巡らし自ら規律に縛られ、それを乗り越えることのできない自分の向こうで、軽々と飛び越えて笑う炎に胸の奥から訳の分からない感情がいつしか芽生えていた。 『エン…!』 「…ああっ…」 「しっ…静かに」 握りしめた手の間からますます光が溢れるように増し、海の身体まで包み込むように輝き出す。驚いて声を上げる翼を諌め、森はじっと二人を見つめていた。 一緒に暮らしている自分より、海の方が炎のことをこれほど思っているのかと、森は目の当たりにして微かに苦い思いが胸の中に広がっていく。 「判りました」 がっくりと肩を落とし、低く呟いた雷の向かい側で海はゆらりと揺らめいた。慌てて森が支えると死んだように意識を失って崩折れる。 「お、おい、大丈夫なのか?」 「精神力を随分使いましたから。僕は導いただけですが、カイ先輩は」 額に浮かんだ汗を拭い、雷はほっとしたように笑みを浮かべた。暫く寝かせておけば気が付くと言い、海の手から証を取るとすでに輝きを失ったそれを大事そうに懐にしまい込んだ。 「で、どこなんだ?」 「ここから北方向、大きな船のたくさんある港が見えました。大きな建物も」 「それって、横浜かなんかじゃないのかな」 真っ直ぐ北というわけではないが、雷のビジョンに合うような港といえば、横須賀、川崎、横浜あたりになるだろう。 「近くまで行けばもっとはっきり判りますが」 「んじゃ、行ってみよう。ヨク、カイを頼む」 「ええっ?何でですか、僕も行きますよ。カイも置いていくんですか」 森の言葉に翼は驚いて言葉を返す。森はふっと笑うとウインクして言った。 「こいつほっばっておく訳にはいかねーだろ。大丈夫、場所をはっきり確かめたら連絡する。だから、それまで待ってろっての」 「はあ…そうですか。判りました」 森の言葉に納得したのかしないのか、翼はゆっくり頷いた。 |