Rouge Feu 4−2


 やっと息を整えて改めてその部屋の中を見回すと、中央の一段高い場所に綺麗な女の人の氷像が立っていた。それはあの絵にそっくりの姿をしていて両手を軽く身体の脇で開いている。
 「ラビ、あれ」
 「女王?」
 そろそろと近付いて触ってみるとひやりとした堅い感触しか伝わっては来ない。凍ったまま生きているのか、死んでしまっているのか。
 「俺、Xメイ呼んでくる」
 呆然と氷の女王を見ているラビを残し、大地は外に飛び出した。ラビは触ったままの手で冷たい女王の手を撫でる。こんなことをしても元に戻るわけでは無いのだが、せずにいられなかった。
 「ほほほ、こんな所に居たね。水の魔動戦士、さあ、あたしと一緒に来てもらうわ」
 突然後ろから響いた笑い声にはっとラビは振り返った。冷たい美しさのエヌマから女王の像を守るように立ち、掌から魔動力で剣を作り出す。
 「誰が行くかよ!」
 「大人しく来ないなら、力尽くで言うことを聞いて貰うわよ、ぽうや」
 眦を吊り上げ、エヌマは闇の魔法陣を描きヒドゥラムを呼び出し身に纏った。ラビも魔法陣を作り出そうと辺りを見回したがこんな屋内に描けるだけの池は無い。
 「くそっ、卑怯者。生身相手にそんなもん着けやがって」
 「卑怯で結構。この美しいあたしの身体に傷一つでも付いたら大変だもの。さあ、行くわよ」
 ヒドゥラムの甲胃を身に纏ったエヌマの邪動力はすさまじく、鞭のひと振りで部屋にある柱を粉々にしてしまった。あの鞭が女王の像に当たればああなってしまうとラビは青ざめ、部屋から走り出した。
 「お待ち!」
 電撃と鞭がラビの足下を狙って繰り出される。生きて連れてこいとの命令がなければすぐにでもやっつけられるのに、とエヌマは唇を噛みしめながらラビの後を追っていった。
 いきなり三階くらいまで吹き抜けの広間に出たラビはぎくりと立ち止まった。目の前にはさっきの得体の知れない黒武者とかいう奴が立ちはだかっていたのだ。
 「私と来るのだ」
 「冗談っ」
 「また出たね、もう容赦しないよ」
 横に飛び退いたラビの後ろから来たエヌマは、黒武者の姿を見るとぎりぎりと眉を吊り上げ、打ち掛かっていく。取りあえず、邪魔者の方を先に片づけようというのは両者とも同じ考えらしかった。
 エヌマの電撃と黒武者の剣から放たれる炎が火花を散らし、いつしか部屋の中は真夏よりも暑くなった。自分をのけ者にして戦い始めた二人をむっつりと眺めていたラビは、ぽたりと背中に落ちた水滴に飛び上がって上を見る。氷で出来た宮殿は、二人が放つ電撃と炎のために徐々に溶けだし崩壊していた。
 「冗談じゃないぜ。崩れたらどーすんだ」
 二人を止めないと、本当にここは崩壊し、階層を支える柱も折れてしまうだろう。ラビは空中で戦っている二人をどちらもどうにかやっつけられないかと壁際から身を乗り出した。
 「え…?」
 足下がぴちゃりと音を立て、ラビは驚いて下を見た。熱によって広間の床もかなり溶けだしており、大きな水たまりが出来ている。
 「よっしゃあ!」
 これなら魔動独楽で魔法陣を描くことが出来ると、ラビは独楽を取り出し水たまりに向かって放り投げた。
 「ドーマ・キ・サラ・ムーン……光いでよ、汝アクアビート!」
 魔法陣が輝き、中央からアクアビートの甲胃が姿を現す。それを身に纏い、ラビは水の上に立って見上げた。
 「ちっ、お前との勝負は後だ!」
 エヌマはラビを見て舌打ちをし、急降下していく。それを追った黒武者も下へ降り、ラビとエヌマの間に立った。ラビが呪文を唱えるのと同時に黒武者は反対側に回り、エヌマに向かって炎を投げかける。ラビのウェーブカイザーから繰り出される水竜と炎の二段攻撃に、ヒドゥラムの甲胃はエヌマの身体を守りきることが出来なかった。
 「きゃああぁっ!…うっ、よくも、二度まであたしに傷を付けたね」
 血を流し、怒りの形相を浮かべてラビを呪んだエヌマは、振り返ると黒武者の方を向き最大級の雷光を投げつけた。それは黒武者の甲冑をひび割れさせ、怪我を負わせる。
 「くっ、これでは…その身体、一時預けておく」
 「畜生…いいかい、絶対このあたしの前に脆かせてみせるからね、覚えておおき」
 黒武者はあっさり姿を消し、エヌマもがっくりと膝を付いたまま姿を消した。黒武者が同時に攻撃を放ったのは偶然か、狙ったものか判らなかったが結果的には助けられたようになり、ラビは眉を潜める。あれは一体何者で何故自分を狙うのだろうか。
 「ラビっ、大丈夫か?」
 「おせーよ、もう終わったぜ」
 息せき切ってグランゾートの甲胃とウインザーとの甲胃を身に纏った大地とガスが走ってくる。それを笑って見ていたラビは、再び天井を見上げ更に溶け出している様子に慌ててさっきの部屋へ戻った。
 「ばあさん、魔法で元に戻せないのか」
 「やってみるけど………ヤラレッパッパ…」
 Xメイが懸命に呪文を唱え、魔法を掛けてみるが氷の像は溶ける様子もない。なのに城はどんどん溶けだしているようだ。
 「やっぱり駄目だね。この魔法を掛けた者でないと解けないんだろう」
 溜息を付いて説明するXメイに、ラビは愕然として女王の足下に鎚り付いた。魔法を掛けたのは多分エヌマだろう。あの時逃がさずに捕まえておけばよかったと後悔してももう遅い。このまま城は崩壊し、女王も氷のまま埋もれてしまう。
 「ちくしょう……ちっくしょうっ!」
 もしかしたら母かもしれない女王の姿を目の前にして何も出来ない自分が腹立たしく、いつしかラビは泣いていた。涙の一滴が頬を伝い、女王の像の足下に落ちる。途端にそこから金色の光が輝き、みるみるうちにそれは像全体を覆っていった。
 「何…?」
 光が消えた後には穏やかな表情を浮かべた生身の女王が立っており、涙を流したまま蹲っていたラビを微笑んで見つめている。
 「あなたが、呪いを解いてくれたのですか?」
 「…女王…様?」
 「ありがとう。これで城も、柱も救われます」
 女王の言葉通り溶けかかっていた城は元のように強固な氷の城となり、柱も光を取り戻して輝き出す。氷付けとなっていた城の人々も生気を取り戻し、動き始めた。
 「よかったな、ラビ」
 大地が背中をつつくと、初めてラビは何が起こったのか理解して顔を赤く染めた。

 城の人々が見守る中、大地達は次の階層に行くために女王の前に立っていた。ラビが何か聞きたそうにもじもじしているのがらしくなくて、大地はくすりと笑ってしまう。
 「聞かないの?」
 「………」
 「女王様、お聞きしたいことがあるんですが」
 「だ、大地」
 無言のままのラビに、大地が口を開いた。何でしょうというように大地を見る女王に、ラビは慌てて止めようと肘で小突く。
 「邪動族が攻めてきた時に、王子様を地上に逃がしたと聞いたのですが、もしかしたら…ここにいるラビがあなたの息子じゃないのかと思って」
 小突かれても気にせず、大地は女王に訊ねた。女王は、頬を赤く染め俯いているラビを見つめゆっくりと首を横に振った。
 「残念ですけど、私の息子は第五階層の知り合いの所で安全に暮らしている筈です。あの時、あの子を逃がすだけで精一杯でした」
 大地はそれを聞いてちらりとラビを見た。さぞ、がっくりしているだろうと思ったのに、ラビは軽く溜息を付いて顔を上げ女王に笑い掛けた。
 「良かった。女王様が俺の母さんじゃなかったのは残念だけど、王子様が安全な所に居るなら安心ですよね」
 「ありがとう、あなたは優しい子ですね。…こちらへいらっしゃい」
 女王はラビを招き寄せ、両腕の中に抱きしめる。その感触は長い間憧れ続けた母親の腕の中にも似て、ラビはうっとりと目を閉じた。
 「僅かですが、あなたの力になりましょう……これを」
 片腕でラビを抱きしめたまま、もう一方の腕を伸ばし、女王は空中から一つのペンダントを取り出した。それは半月型をしていて何かの文様が描かれている。
 「あなたのお母さんは生きています。これのもう半分を持っている人があなたのお母さんです。きっと会えますよ」
 「これが…」
 ラビは女王から身を離し、まじまじとそれを見つめた。遠くからその様子を見ていた大地は、残念だけど良かったとほっとしたが、隣で息を飲む音が聞こえ振り向いた。
 「あれは……ラーマスの」
 「Xメイ、何か知ってるの」
 低く呟かれた言葉を聞き取ることができず、大地は聞き返した。だが、Xメイは首を振り、黙ってしまった。
 何だろうと思う間もなく、女王は光の柱に彼らを導き、次の階層へと促した。しっかりペンダントを握りしめたままラビはいつまでも下で見送る女王を見つめている。
 「ラビ」
 「この歳で母親探して何千里ってのもないけど…でも生きているなら会いたい」
 「会えるさ、絶対」
 輝く柱の中でそれ以上輝く笑顔をもって大地が大きく領く。ラビはそれを見ると思わず手を伸ばして抱きしめたくなった。
 と、いつものパターンで地面に落ち、折り重なるようにして第一階層に辿り着いた。
 「お、重い〜つ、早く退け」
 「あ、済みません。ラビくん大丈夫ですか」
 「いいから退けっての」
 丁度ラビの上に乗っていたガスがあははと笑いながら頬を掻くのを突き飛ばし、肩で息をして大地の姿を探す。どうせ上にのっかるなら大地の方がどれぐらいいいか、などと不遜なことを考えてしまうラビだった。
 どんよりと曇る低い空を見上げると、その中央あたりに巨大な影が見える。それは空中に浮かぶ巨大な島で、大地は口をぽかんと開けてそれに見入った。
 「あれ、何だ」
 「あれが聖地ラビルーナだよ。本来はもっと空の上に浮かんでいるのさ。邪動族がきてから段々下に落ちてきて、あのままではここに墜落してしまうね」
 Xメイがじっと聖地を見つめ真剣な表情で語るのを聞いて、ガスや大地はごくりと唾を飲み込んだ。あれがここに墜落したら、ここに住んでいる人々はどうなるのだ。見渡せば近くに街が一つあるばかりで、遠くを見ると地面が徐々に上に上がっている。
 つまり球体の中にあるラビルーナは真ん中に行けば行くほど小さい世界になるということだ。
 「ってことは、あれが落ちるのをくい止めないと」
 中心に位置する聖地が落ちればそれがどんな影響をラビルーナ全体にもたらすか判らない。ラビルーナだけでなく地上、月の上にまで影響が出るかも知れない。
 「そうだな。何とかして、あの上に登る方法考えないと」
 もうすぐ落ちてしまいそうに近くに見えても、実際梯子を掛けるとか、ジャンプするとかで届く訳ではない。
 「ばあさんの魔法でなんとかならないのか?」
 ラビの問いに、Xメイは潜息を付いて首を振った。
 「そうだねえ、聖地を支えている巨人に話を付ければ上がらせてもらえるかもしれないね」
 「巨人?」
 「そう、ほら見えるだろ」
 びっくりして聞く大地に、Xメイは指さして見せる。その先に目を向けると、聖地を肩に担ぐようにした大きな男の姿があった。苦しそうな表情で巨人は片足を崩し地面に付いている。
 「苦しそうですね」
 ガスが心配そうに呟く。大地はきょろきょろと辺りを見回し、小高い山のようになっている場所を見つけ駆け上がった。
 「おーい、聞こえるかあっ」
 大きな声を張り上げて大地は巨人に向かって呼びかけた。巨人はそれに気付いたのか僅かに身体を揺らし振り向いた。その途端、島から崩れた大きな岩が地面に落下していき、大地の上にも降り注ぐ。
 「ばかっ」
 慌てて追ってきたラビは咄嵯に大地を庇い地面に伏せると、怒鳴りつけた。ぱらぱらとまだ降り注ぐ石を払い、ラビは大地の手を引っ張って立たせる。
 「あぶねーだろ、いきなり無茶なことすんじゃねえよ」
 「ごめん。怪我無かったか」
 しゅんとした様子で大地はラビに謝ると巨人の方を向いた。今度は注意してゆっくりと呼びかける。
 「俺達を聖地に上げて下さい」
 『? 何故だ』
 「邪道族から聖地を取り戻したいんです。どうしても、そこへ行かないと」
 巨人はじっと大地を見ていたが、疲れたように溜息を付きがくりともう一方の膝も崩してしまった。途端に岩がばらばらと地面に降り注いでいく。今度は大地達とは逆の方向へだったので、びくりと頭を抱えただけで済んだ。
 『お前はミミナガ族ではない。地上の者なのに、何故そうまでする?』
 「…この世界が好きだから。ここに住んでいる人々は俺達と同じです。困っているのに見ぬ振りは出来ない。ここの人たちが、大好きなんです」
 「大地…」
 心からそう思って大地はラビを見つめる。それはまるで自分だけに向けられた言葉のようで、ラビは胸が熱くなった。
 『そうか。だが、私はもう力が無い。こうしているのが精一杯なのだ。せめて音楽があれば元気が出るのだが。今のままでは片手を離してお前達を上げるだけの力も無い』
 「音楽? 音楽を聴けば元気になるんですね! 待ってて下さい」
 大地はその場に座り込み、何かを一生懸命考え始めた。突然のことにラビは呆気にとられて大地を見た。ガスやXメイ、グリグリもやってきて、真剣に考えている大地を固唾をのんで見つめている。
 「よーっし、まずは材料調達してこないと。ガス、ラビ、手伝って」
 「はい」
 「何をだよ」
 ぽん、と手を打ち座り込んだときと同じようにいきなり立ち上がった大地は、にっこり笑うとガスとラビに言った。嬉しそうなガスと、不審げなラビの手を引っ張り、大地は山を駆け下りて谷の方へと降りていく。
 「何する気だ?」
 「丁度この谷、コンサートホールみたいな形だから、音が響くように板か何かで囲んで、大きなオルゴールを作る」
 「オルゴール?」
 地面に設計図を描き始める大地を益々不審そうな目で眺め、ラビは軽く潜息を付いた。

 薄暗い室内を赤い炎の燭台が照らし出している。その中でアグラマントは指を組み、目の前の大きな像を見上げていた。
 「どうしても…必要なのだ。強い力が。この暗黒大邪神を蘇らせるために」
 ぶつぶつと呟いた後、身を翻しアグラマントはシャマンを呼び出した。
 「何か」
 「あの魔動戦士を捕らえるのだ。エヌマのような失敗は許さん。早く、わしの元へ連れてこい」
 「…はは」
 深く頭を垂れ、シャマンはその場から去ると、自分の部屋へ戻りモニターで一行の動きを監視する。結局ラビを捕らえることば出来ず、ただエヌマの邪魔をしただけで終わってしまった黒武者に微かに腹を立てたが、やはり自分で捕らえるのが確実かと下へ降りていった。
 「しかし、何故あいつを」
 ここ数日疑問に思っていたことを口に出し、シャマンは首を捻った。殺すのなら話は判る。だが、生きて捕らえよとはどういうことなのか。今まで律儀に使えていたが、本当にアグラマントは邪動族なのかも疑問に感じてきた。
 ここに訪れたときに圧倒的な邪動力に屈服し、家来となってラビルーナ侵略に力を尽くしてきたが自分たちとは僅かに目的が違っているようにも思える。
 「判らんが、とにかく捕らえぬことには始まらないな」
 出来れば、捕らえるなら金髪の小生意気な水の魔動戦士ではなく、黒髪で燃える炎を宿した大地の魔動戦士を手に入れたい。こんな思い入れを人に抱いたのは初めてだとシャマンは苦笑してしまった。
 ラビを捕まえれば大地は助けに来るだろう。それをじっくりと料理するのもいいかもしれない、と考えつつシャマンは第一階層へと降り立った。
 近くの街から大きな鋼の円盤を持ってきてそれを切り出し小さな突起をいくつも作る。きちんと図って音階に並んだ突起に合わさるように鋼板でリードを作り、ギアとゼンマイを組み合わせて大きなオルゴールを作っていく。
 生き生きとそれを設計し組み立てていく大地を、ラビは本当にそういうのが好きなんだなと感心して見つめていた。
 「出来た!ラビ、ちょっとそれ回して」
 大きなネジを指さされ、ラビは僅かに鼻白んだが結局はガスと一緒にえっちらおっちら回し始めた。もういいと言われるまで回し、離れると大地はゼンマイを止めてあったピンを抜く。するとゆっくりギアが回転しだし、リードが突起を弾いて綺麗な曲を奏で始めた。
 「へえ〜、綺麗な曲ですね」
 「へへー、だろ?俺の一番お気に入りなんだ」
 ガスが感心したように言うと大地は胸を張って応える。確かにそれはあり合わせのもので作ったオルゴールとは思えないほど明るく縮麗に響きだした。
 曲は谷にこだまし、板を共鳴して空の上まで響いていく。巨人は今にも崩れそうに伏せていた顔をふと上げ、聞き間違いではないのだと判るともっとちゃんと聞きたいというように身体を動かした。 「聞こえたみたいだな」
 「良かった。これで聖地に行けるな、ラビ」
 嬉しそうに言う大地に、ラビもやっと笑って頷く。けれど、もし聖地に上がり、邪動族を倒してしまったら大地と分かれなければならない。
 それを思い、このままずっとここでこの曲を聴いてては行けないだろうかと、ラビは大地の横顔をじっと見つめながら考えていた。
 「危ないっ、ラビくん!」
 「えっ!」
 うっとりと大地を見つめ曲に聴き惚れていたラビはガスの叫び声に振り向いた。途端に暗闇に包まれ意識を失ってしまう。
 「ラビっ!」
 「水の魔動戦士はいただいた。返して欲しくば聖地に上がってくることだ」
 ラビを肩に担いだシャマンを見て大地は咄嗟に駆け寄ろうとする。だが、闇の魔法陣の真ん中に立ったシャマンは大地の方を一瞥すると、にやりと笑って言った。
 「それとも、私と来るか。炎と大地の魔動戦士よ」
 シャマンのいつもとは違う言葉と目つきに、大地は足をぴくりと止める。暫く見合っていたシャマンと大地だったが、突然雷光が二人の間に打ち落とされた。
 「シャマンっ、抜け駆けは許さないよっ、アグラマント様にそいつを差し出すのは私だ」
 ヒドゥラムの甲冑を身に纏ったエヌマが怒りに頬をひきつらせながらシャマンに向かっていく。シャマンはきつい視線でエヌマを見据えるとラビを抱えたまま闇の魔法陣の中に消えていった。
 「お待ちっ!」
 「待て! シャマン」
 歯がみをしたエヌマは駆け寄ってきた大地に目を向けた。このまま帰ってはアグラマントに申し訳が立たない。ならばここで邪魔な魔動戦士の一人くらいは倒しておかなければ自分の身が危うくなる、とエヌマは今度は大地に向かって攻撃を仕掛けてくる。
 「大地っ」
 「大地くんっ」
 危うい所でエヌマの攻撃を避けた大地は、魔動銃を取り出し光の魔法陣を描いてグランゾートの甲胃を呼び出した。早く追わなければという想いが大地を焦らせ、攻撃も守備も頼りない。
 「このままじゃ、大地は危ないよ」
 「私もでます」
 Xメイの言葉にガスは谷から山の上へ昇り、魔動弓を射てウィンザートの甲胃を呼び出した。エヌマの鞭に追いつめられ、岩場に足を取られて転んでしまった大地がもう駄目かと目を閉じた時、ガスが駆けつけてそれをはじき飛ばした。
 「大丈夫ですか?大地くん」
 「サンキュー、ガス」
 「ラビくんのことは焦っても仕方ありません。今はこちらの相手をして、それから聖地に上がりましょう」
 にこりと笑って言うガスに、漸く大地の焦っていた心が軽くなり、そうだな、と領いてみせる。逆にエヌマは馬鹿にされたとぎりぎりと眉を吊り上げた。
 「相手をしてやるだって?その言葉後悔させてやる!ジャハ・ラ・ドク・シード…アイスレクイエムっ」
 指を複雑に組み合わせたエヌマの詠唱が終わると、空中から氷の結晶が集まり鋭い剣となって二人に襲いかかっていく。大地は降りかかるそれを避けながら呪文を唱えた。
 「ドーマ・キ・サラ・ムーン…いでよっサラマンダー!」
 大地の前の地面から炎の竜が姿を現し、エヌマに襲いかかっていく。必死に打ちかける氷の剣を蹴散らし溶かしながら竜はエヌマに突き進んでいった。
 「きゃああぁーっ、あ、アグラ…マント様……」
 エヌマはサラマンダーの炎に包み込まれ、消えていく。死んだのではないかと思ったがサラマンダーが消えた後に彼女の姿は無く、逃げたのだと知れた。
 「…ラビ……」
 『魔動戦士たちよ、美しい音楽をありがとう。お陰で私も元気が担ってきた。さあ、これに乗るがいい』
 巨人は微笑みを浮かべ片手で聖地を支えながらもう一方の手を伸ばした。大地とガス、それにXメイ達もその上に乗り聖地へと向かっていった。


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