地球から月都市のカレッジに入学のためやってきた遥 大地は、ひょんなことから月の中に存在するという異世界に落ち込み、その世界で魔動戦士となって活躍?している。現在は階層となっているこの世界の二番目、氷の階層へ漸くのことで辿り着き、この階層を支える柱目指して旅を続けていた。 「へっくしょーん!ううう…いつまでこんな寒さが続くんだよ」
マジカルゴが引くそりの上でマントにくるまりながらぶつぶつとラビは誰にともなく文句を呟く。それを聞いていたガスはにこりと笑ってマジカルゴの上からそりに飛び降りた。
「そんなところでじっとしているから寒いんですよ。せっかくだからスキーとかスケートとかしたら身体も暖まりますよ」
「俺はお前みたいに頑丈にゃできてねーんだよ。こんな場所ではぐれたら凍死しちまうわい。…そういや、大地は?」
マジカルゴの周りをスケートで滑りながらはしゃぎ回るガスとグリグリに、ラビは僅かに頬を赤く染めながら訊いた。
「大地くん…」
「キャハハー」
「なら…」
「スーイスイーッ」
「何か…」
「てめーらっ、人が物を訊いてる時にはじっとしてろっ!」
すいすいと滑りながら応えるガスに、青筋立てて怒ったラビが食ってかかる。だが、ガスはきょとんとしてラビを見るとマジカルゴの速度に合わせて隣を滑り始めた。
「大地くんなら何か勉強しているようでした」
「勉強?」
首を捻りつつラビは籠の方を見る。籠の中は魔法の力で見た目よりだいぶ広く、いくつかの部屋に仕切られていてその一つは大地とラビの部屋となっていた。
「そうか…」
この世界に来る前、わざわざ地球から月のカレッジに入学するために来ていたくらいなのに、こんな騒ぎに巻き込まれてしまった。みんなの前では何も言わないが、早く月上のカレッジに戻りたいのかも知れない。
ラビは大きく溜息を付き、がりがりと頭を掻いてどっかりと腰を下ろした。聖地ラビルーナを侵略している邪動族を倒し、解放すれば魔動戦士としての役目も終わり大地は月上に戻る。
自分はどうするだろうとラビは考えた。ミミナガ族である自分が月上に行ったのは、共に戦う魔動戦士を見いだす為だった。人間として月上で暮らすことは難しい。それでは、結局旅の終わりには大地と離れなければならないのか。
「何難しい顔してんだ、ラビ」
「うわぁっ、だ、大地」
ふっと気配を感じ、顔を上げると悩みの種が目の前に居た。不思議そうな表情で赤くなったラビを大地は見つめている。
「…何だよ」
「別に、そうだ、何勉強してたんだ?やっぱり航空力学とか?こんな場所で役にもたたん物よく勉強しようって気になるよな」
漸く我を取り戻し、ラビは皮肉っぼく大地に言った。大地はむっとした表情になると、ラビの隣に腰を下ろし膝を立ててその上に腕を組み顎を乗せる。
「いいじゃないか…設計くらいやっとかないと忘れちゃうもん。俺実技で受かったようなもんだし」
「戻りたいのか?」
ぼそりとラビが訊ねると、大地はふっと微笑んで首を横に振った。
「そりゃあね、気にならないって言えば嘘になるけど、でも、俺ここが好きだ。月や地球より、なんだかほっとするし……」
その後も何か続けて言ったようだったがラビには聞き取れなかった。何だ?と聞き返そうとしたラビは、突如聞こえてきたガスとグリグリの叫び声にぎょっとして振り返った。
「何だぁ?」
「お花畑だグリ。いっぱいあるグリー」
「花だって?こんな氷の世界に?」
「あ、おい、大地」
ラビを残して大地はさっと立ち上がり、グリグリとガスの方に駆けて行く。残されたラビはむっつりと不機嫌そうに眉を潜めながら後を追った。
「見事ですねえ。あ、駄目ですよ、グリグリちゃん。お花を折っては」
花に触れようとしたグリグリをガスが注意する。きょとんと見ているグリグリの横に膝を付き、大地は注意深くその花を見つめた。
「これは…氷の花だ。綺麗だけど、俺達が触ったら折れるか溶けるかしちゃいそう」
「触らないダリ」
それを聞いたグリグリは両手を背中の方に回し、まじめな顔をしてそっと花を見つめている。それを見てにこりと笑い大地は立ち上がった。
「あっちに家がある。きっとこの花畑作った人だよ。行って柱がどこにあるか聞いてみよ」
「何であの家に居る奴がこの花作ったって判るんだよ」
大地の確信を込めた言葉に、ラビが噛み付く。何でと言われても、と怯む大地にちょっとばかりうさをはらしたラビは、くるりと踵を返し、その家に向かい始めた。
「俺が聞いてきてやる」
素直じゃないと溜息を付くガスに、大地も溜息を付いて笑った。
ラビの後から大地とガス、それに籠から出てきたXメイもその家に入っていくと、ラビは丁度可愛い女の子相手に色々と口説いている最中だった。
「ラービ、何してんだよっ、たく。ちゃんと場所聞いたのか」
「あれ、来てたん?いやー、これから聞こうと思ってたところなんだ」
腰に手を当て睨み付ける大地に、へらへらと笑い掛け、ラビは再び少女に向かった。
「あの…良かったらお茶でも飲んでいかれませんか?ここには滅多にお客様は来ないので」
「でも、俺達急いで…」
「勿論、飲みますとも!こんな可愛いお嬢さんのお誘いを断る訳ないじゃないですか」
断ろうとした大地の横っ腹をどつき、ラビは揉み手をして少女に笑い掛ける。ごほごほと咳き込み、睨む大地の背を押してラビは部屋の奥へと入っていった。
「あの花は、あなたが作ってるんですか?」
「ええ……でも、今はそれも無駄なことなんですけど」
お茶の準備をしている少女の後ろ姿にラビが話しかける。応えた少女の暗い口調に、テーブルに付いていたガスや大地、Xメイは顔を見合わせ首を捻った。
「無駄?」
続けて不思議そうに聞く大地に、少女は一瞬肩を落としたが、すぐににっこりと笑ってお盆を持ってテーブルにやってくる。そのお盆の上に乗っていたのは、氷のたっぷり入ったアイスグリーンティーだった。
それを見てみんなの目が点になる。少女はにっこり笑ってさあ、どうぞとそれを勧め、みんなは震えながらそれを啜った。
「あれは氷の女王様に差し上げるお花なんですけど……今、女王様は邪道族の者に永久に溶けない氷付けにされてしまって」
「氷付け?え、でも氷の女王様って」
「いくら氷のと付いても、ミミナガ族であることは間違いないのですから。悪しき力で凍らされて、お陰でこの世界を支える柱も光を失ってしまいました」
「柱!そうだ、柱はどこにあるんだ」
その言葉に大地は勢い良く立ち上がり、少女はびっくりして見つめた。
「女王様のお城が柱です。でも、今は誰も入れません。邪道族がいますし、みんな氷付けで動ける者もいないのです。何とかしないと、城が溶けて崩れてしまえば、氷の柱も折れてしまいます。今
だんだん柱が細くなって、溶けだしている証拠です」
大地はガスとラビを見て大きく領いた。二人も立ち上がり、拳を握りしめる。何がどうしたのか判らなかった少女も、Xメイに説明されて初めて納得し不安げな表情で城の場所を指し示した。
「気を付けて下さい。あそこには強い邪道族が居ます。女の人なんですけど、ここの村の者も何人か戦いにでかけましたが、みんな凍らされてしまいました」
「大丈夫ですよ。この私にお任せ下さい」
ラビが胸を張って宣言する。大地はそれを見ると何となくむっとして足早に部屋を出ようとした。玄関までくると、さっきは見えない位置にあった場所に一枚の絵が掛けられていて、大地は驚いてそれを見た。
「大地、そんな焦って行くなよ。もーちょっとここで、どうしたんだ?」
「あれ…」
大地の指さす方を見たラビも、驚いて目を見開く。その絵には優しそうな長い金色の髪をした女性と、その腕に抱かれている幼い少年の姿が描かれていたのだ。
「あれ、ラビくんの小さい頃みたいですね」
「うん、良く似てる」
ラビは黙ったまま目を眇めてその絵を見つめている。後ろから来たXメイは何事かとその絵を見た。 「この絵は?」
「それは女王様と王子様です。王子様は邪道族が攻めて来た時に、女王様が地上に逃がしたと聞いています」
「ラビ、それってもしかして」
はっと大地はラビに顔を向けた。真剣な表情でじっと絵を見ていたラビは、その視線に気付くとふっと息を吐いてにやりと笑い片目をつぶってみせた。
「行くか」
「ラビ」
さっきとはうってかわったラビの態度に、少女は首を捻りつつみんなを見送ってくれた。
「さっきの女の人がもしかしたらラビくんのお母さまかもしれないということなんですね」
Xメイや大地から話を聞いたガスが感激したようにラビを見て言った。だが、ラビは黙ったままマジカルゴの背中に寝ころび、空を見ている。
「それでは必ず助け出さないと」
「うん」
大地も領き、そっとラビを窺い見る。その向こうには、空の果てまで氷の柱が伸びていた。
深い闇の通路を抜けたそのまた奥に、冷気の立ちこめる場所があった。四つの区画に分かれたそれの一番奥の部屋に小さいが存在感は巨大な一つの影がじっと立ちつくしていた。
「…やはりあれは……」
その影の前にはまるでビデオ画像のように第三階層で起こった出来事が映し出されている。ラビが邪道力をそれ以上の力で跳ね返した時の場面に来ると、影はくるりと振り返り別のモニターを睨み付けた。
「エヌマ、エヌマはおらぬか」
「はっ、ここにおりますわ。何かご用でしょうか、アグラマント様」
モニターには妖艶な美女の姿が映し出される。アグラマントは一呼吸置くとエヌマに命令を告げた。 「魔動戦士の一行にミミナガ族の少年が居る。その者を私の前に連れて来るのだ。殺すのも、怪我をさせるのもいかん。生きたままここへ連れてこい」
「ははっ。でも、何故なのですか?」
「余計な詮索は無用だ」
不思議そうなエヌマをじろりと脱み、アグラマントは通信を切った。消えたモニターを見つめるエヌマの眉が僅かに顰められる。だが、くるりと振り返ると自分の使い魔を呼び、今魔動戦士達がどこに向かっているか調べるよう命令した。
「気にはなるけど、取りあえず、そいつを捕まえるのが先よね。これで手柄を立てればシャマンに大きな顔をさせなくて済むし」
ほほほと笑い、一日二度の沐浴を行うためにバスルームへとエヌマは入っていった。
もう一つの部屋ではシャマンが腕組みをして考え込んでいた。先ほどのエヌマとアグラマントとのやりとりとを盗み聞きしていたシャマンは、何故ラビを捕まえようとしているのか不審に感じたのだ。
「エヌマに先を越させる訳にはいかん。手を打っておくか」
シャマンは腕を解くとアグラマントにも聞かれない極秘通信を使い始めた。
そんなことなどつゆ知らず、一行は何とか氷の城に入ろうと悪戦苦闘していた。ガスの馬鹿力でもって漸く僅かに開いた扉の隙間から中に入ると、凍り付いた人々が何かに驚いたような顔で立っている。ためしにとXメイが魔法で炎を作り出しその氷を溶かそうとしたのだが、まったく溶ける様子は無かった。
「これは魔法の氷だから、氷付けにした者でないと溶かすことは出来ないかもしれないねえ」
「そいつを見つければいいのか」
「女王様はもっと奥の間だと思うよ、ラビ。手分けして探そう」
ぎゅっと拳を握りしめるラビに、大地が声をかける。おお、と領き自分と共に歩き始めたラビを見て、大地はぴたりと足を止めた。
「何で一緒に付いて来るんだよ。手分けしてって言っただろ」
「だから、俺とお前。ガスとグリグリで手分けすればいいじゃねーか。ほら、行くぞ」
大地の肩に手を回し、ガスとグリグリにあっちへ行けと指示してラビは歩き始める。溜息を付いて大地は仕方なくラビと共に女王を捜し始めた。
しんとした中に二人の足音だけが響く。ちらと横を見ると、ラビの真剣な目と合って大地は慌ててを逸らした。
「女王様がお母さんだったら、どうするんだ?」
「そんなこと判るかよ。まだそうだって決まった訳じゃないし。もう母親に甘える歳じゃねーし」
と言いながらも、ラビの長いミミナガ族特有の耳がぴくぴくと動いている。照れ隠しなのだと判って大地はこっそりと笑った。
「お前こそ、地球の家族が恋しくなってんじゃないのか…そろそろ」
ぼそりと呟くように言うラビに、大地ははっとして振り向いた。さっきよりもっと真剣な瞳が自分を見つめている。好きだと告白されてからいくらもたっていないのに、相変わらずのラビに今まで忘れてしまっていた。
「まだ、ホームシックには早すぎるよ。俺、三年は地球に戻らないつもりで居たんだから」
カレッジを卒業するまでは、暇の面からもお金の面からも生活するのがやっとで地球に戻る訳には行かないだろうと思っていた。わがままを言って月に来たのだ。ちゃんと卒業して、資格を取って、そしていつかは宇宙を旅する…そんな夢があったんだよな、と大地は遠い目をして思いにふけった。
今の状況では今年度の単位をとるのは無理かも知れない。一年、地球に戻るのが遅くなる。
「帰さねえぞ!俺はまだ何にもしてないんだからな」
「ら、ラビ……!」
いきなりぎゅっと抱きしめられ、大地は慌ててもがいた。だが、すりすりと頬をすり寄せてくるラビに大きな溜息を付いて抵抗を止める。
「何もしてないって、そんな説得の仕方あるかよ」
「う……」
言葉に詰まるラビに、大地は笑い掛け抱きしめ返した。
「気にするなって。勉強なんていつでも、どこでも出来る。カレッジはいつでも行けるけど、ラビルーナにもし来なかったら、一生来れなかった。何も出来ないより、俺で出来るなら何かしたい。魔動戦士としての力もまだよく出ないけど、精一杯がんばるよ」
「大地っ!」
ラビは笑顔の大地に顔を近づけ、口付けた。始めは驚いて顔を背けようとした大地も、次第に熱くなる口付けにぎゅっとしがみついてしまう。
唇が離れ、ほうっと吐息を付いた大地の腰に手を回し、そろりと撫でたラビはいきなり突き飛ばされて盛大に尻餅を付いた。
「ってぇーっ」
「…ご、ごめん」
腰を撫でるラビに、大地は赤い顔をして謝る。未だそういうことに慣れていないのだ。勢い良く転んだ拍子に廊下に並んでいた扉の一つにぶつかってそれが開き、ラビは見るともなくその中を見た。 「こん中ってことは……あっ」
覗いた奥に動くものがあり、ラビはそれに惹き付けられるように中へ入っていった。
「ラビ?」
吹雪が舞い、それが治まった中に氷の女王が微笑みを浮かべて立っていた。両手を広げラビを迎えるようにさしのべて聖母のように微笑んでいる。
「さあ、いらっしゃい」
「……女王…母さ…ん」
それを見た途端、ラビの瞳から正気が抜け、ふらりと憑かれたように向かっていく。後もう少しで女王の腕の中という時、駆け寄ってきた大地がラビの服の裾を掴んで引き留めた。
「ラビっ、女王様は氷付けになってるって言ってたじゃないか。あれは本物じゃないかもしれないぞ」
「…女…王…」
必死に止める大地の力など無いもののようにラビはゆっくりとした足取りで女王の元へ歩いていく。これでは駄目かと前に回り、両手を広げて止める大地を突き飛ばし、ラビは後一歩で手を取るというところまで来た。
「ラビっ」
大地の叫びと一本の剣がラビと女王の間に突き刺さるのと同時に起こり、女王ははっと表情を険しくさせて剣が投げられた方向を睨んだ。
「それは私の獲物だ」
「何者!」
叫ぶ女王はもはやその姿をとっておらず、化けの皮が剥がれエヌマは邪魔をされた怒りに形相を変えて怒鳴りつけた。
「エヌマ!」
「え…うわっ」
正気に戻ったラビは、目の前に居るのが女王でなく邪道戦士のエヌマだと気付いて慌てて飛びすさる。その前に、黒い甲冑と兜を付けた剣士が立ちふさがった。
「だ、誰だっ」
「私は黒武者。依頼によりお前を捕まえる」
「俺を?」
びっくりして自分を指さすラビに、黒武者は近付いていく。だが、その後ろから怒りの電撃が飛び黒武者は飛び退いた。
「お待ちっ、そいつはあたしのだよ。横からちょっかいだそうなんて許さないからね」
「金を貰っている以上、それだけの仕事はする」
エヌマの掌がばちばちと電気を帯びて光を放ち、対する黒武者は剣を用いて対峙した。訳が分からず呆然とするラビの腕を掴み、大地はダッシュでその場を逃げ出す。
「な、なんだったんだ?何で俺が狙われるんだ」
「そんなのいいから、今の内に探そうよ」
今まではシャマンがどういう理由か大地を狙っていたのに、いきなり矛先が自分に向かってきてラビはびっくりしながらも取り敢えず走っていく。もうここまで来れば大丈夫だろうと、一番奥の扉の中に駆け込んだ二人は、息を荒がせてその場にへたり込んだ。
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