Rouge Feu 4−3


 徐々に見えてきた聖地はその名とは逆に薄暗く荒涼とした風景の広がる土地だった。巨人の手から降り立った場所は、聖地から第一階層を見る場所だったらしく、崩れ掛けてはいたが建物がある。そこへ一旦入った一行は窓の外の寒々とした景色を見つめた。
 「あれが元は聖地ラビルーナの中心だったところだよ。美しい緑と青い空と花々や光に満ちあふれた穏やかな都だった」
 「でも、何にもありませんね」
 「地下かなんかに潜ってるのかな」
 「そうだねえ。邪動族は地下に基地を作るのが好きらしいから。ここには光の塔が建っていて、Xの称号を持つ魔法使いによってラビルーナ全域の平和を維持していたんだ」
 淡々と語るXメイに大地とガスは感心して聞いていたが、Xという称号の所ではたと彼女を見た。
 「Xってじゃあばっちゃんも?」
 「そうだよ。あたしとイマック、それにラーマスの三人が邪動族が来る前にはここでラビルーナを見守っていたんだ」
 「へええ、おばばさまって偉い方だったんですね」
 「邪動族との戦いの時、あたしとイマックは光の塔から逃げ伸びた。ラーマスが防いでいる間に」
 何かを考えているようなXメイに、大地とガスは顔を見合わせ首を振ってそこから離れた。取りあえずここで休息を取ってからラビの救出に、今は邪動族の本部になっている光の塔へ向かおう。
 「ラビ…」
 「ラビくんは大丈夫ですよ。殺すならあの時に殺していた筈です。なのに奴らは捕まえようとした、きっと何か考えがあるんでしょう」
 壁に寄りかかって座り込んだ大地に、ガスが元気づけるように言う。大地はちょっとだけ目を見張り、にっこりと笑った。
 「ガスがそんなこと言うなんておっかしいの。でも、ありがと。大丈夫だよな、きっと」
 ラビルーナに来てから、こんなに心細い想いを抱いたのは初めてで、大地は戸惑ってしまった。
 生意気で天の邪鬼で女の子ばかり追っかけてて、でも自分を好きだと言った。シャマンに捕まって闇の気に染まった時も、ラビが救ってくれた。いつも、口が悪くて心配性で戦士で…側に居たのに、今は居ない。
 ラビも自分が捕まった時にこんな風に感じたのだろうか。ならばこの感情は好き…というものなのだろうか。相手も自分も男なのに。
 うつうつと考えていた大地は滑息を付いて、ガスに告げると外に出た。さっきより更に空は暗く微かに稲光が見える。ラビはあの下に居るのだろうか。
 大地はただぼんやりとその空を眺め続けていた。

 「よくやった、シャマン。これで暗黒大邪神様は蘇り、世界は我らのものとなろう」
 「しかし、アグラマント様、こやつに何か使い道があるのですか?」
 エヌマが床の上に伸びているラビをちらりと見下ろし訊ねると、アグラマントはにやりと笑って言った。
 「いけにえよ。強い魔法の力を持ったこやつなら、大邪神様も喜んでお目覚めになるだろう。さあ、魔動戦士達が邪魔をしに来れぬよう、迎え撃つ準備をするがよい」
 「はは」
 「…はっ…」
 その言葉に深く礼を取り、エヌマはさっきの汚名を返上しようと勇んで出かけていく。だが、シャマンは一旦は外に出たものの、辺りを素早く見回すとそっと広間の方へ戻っていった。
 「目覚めよ!」
 「……ん…あれ、ここはどこだ?お前はっ誰だ!」
 アグラマントの魔法で目覚めたラビは自分が今どこに居るのか判らず、きょろきょろと辺りを見回した。その目が宙に浮かぶ小さな老人の姿を捕らえると、ラビはばっと立ち上がり脱み付けた。
 「わしはこのラビルーナを、ひいては宇宙を支配する者だ」
 かかか、と高笑いするアグラマントを胡散臭そうに見つめ、さっさと逃げだそうとラビは身を翻す。だが、アグラマントはその後ろ姿に呼びかけた。
 「わしと共に世界を手に入れるのだ。さあ、来るがよい、我が孫よ」
 老人の戯言と思っていたラビは、最後の言葉に足を止めくるりと振り返った。
 「俺が…なんだって?」
 「お前はわしの孫、マリウス・フォン・ラーマス。そしてわしはミミナガ族のXラーマスだ」
 「嘘…だろ」
 驚いて目を見開き、見つめるラビにアグラマントは徐々に近付いていく。じりじりと後退くラビを妖しく光る目で見ながらアグラマントは追いつめていった。
 「わしと共に世界を……マリウス、全てを手に入れることが出来るのだ……」
 「……全て」
 あまりの驚きに無防備になっていたラビの心深く、アグラマントの言葉が浸透していく。自分はひとりぽっちだと思ってきた。母親とはぐれ、イマックに地上で育てられ何でもやって生きてきた。それがいきなり祖父だと言う。しかもそれが敵の首領であったとは。
 「全ては、我らのもの」
 「そうだ、マリウス。暗黒大邪神を蘇らせるために、お前の力を使うのだ」
 ラビの瞳から正気の光が消え、アグラマントに言われるままに暗黒大邪神の前の大きな闇の魔法陣の上に立ち、指を組み合わせ呪文を唱え始めた。
 「ジャハ・ラ・ドク・シード……世界は全て我らのもの! よみがえれ、暗黒大邪神!」
 ラビの両手から魔動力が魔法陣に発せられ、赤い光が天に向かって柱を作る。その中から大きな六本の腕を持った暗黒大邪神が轟音を立てて現れた。
 「良くやった。さすが我が孫。さあ後は邪魔な魔動戦士達を殺すのだ。行くが良い」
 「…魔動…戦士を殺す……」
 ラビは生気の抜けた瞳で暗く呟くとアグラマントの魔法によって地上へと転送された。その様子を出ていった筈のシャマンがじっと見ていたことに、アグラマントは気付かなかった。
 ぽんやりと空を見ていた大地は、地平線から動いてくる影に気付いてはっと身を堅くした。
 「ラビ? 良かった無事だったんだ。逃げて来た」
 「殺す…魔動戦士…」
 「な、何言ってんだよ、ラビ」
 逃げてきたのかと一瞬喜んだ大地だったが、その姿と呟かれた言葉にぎょっとして目を見開いた。鋭く光るラビの目ははっきりとした殺意を持って自分を見つめている。
 戸惑う大地にラビは腰に下げた剣を抜き飛びかかってきた。咄嗟に避けたものの、ラビのように剣技に長けている訳ではない大地はすぐに追いつめられてしまう。廃墟の壁に背を押しつけ、大地は必死にラビに呼びかけた。
 「どうしたんだよっ、ラビ! おかしくなっちまったのか」
 「殺…すっ…く……」
 剣先が大地の喉元に突きつけられる。もう駄目かと思った時、大地はふっと静かに目を閉じた。
 「…そんなに殺したきゃ、殺せよ。そのかわり、絶対崇ってやるからな!俺のこと好きだって言ったくせに、ラビの馬鹿野郎!」
 決意を込めて強く言う大地に、ラビの剣が怯み腕がだらりと垂れ下がる。そろそろと目を開けると、目の前のラビはさっきまでの殺気は無く、苦しげな表情で大地を見ていた。
 「…こ…ろす……くっ……」
 かしゃんと音がして剣は地面に落ちた。次の瞬間大地は痛むほどの力で抱きしめられ唇を奪われる。息も付かせぬ程激しい口付けに、大地はくらりと目眩がしてラビにしがみついた。
 「ラ…ビ……」
 「…ううっ……わああっ!」
 漸く唇が離れると、ラビは大地を突き飛ばし頭を抱えて唸り始めた。どうしたのかと手を伸ばそうとした大地に、ラビは再び剣を取り斬りかかっていく。だがそれは、さっきまでのように明確な殺意を持った剣ではなく、盲滅法に振り回して別の何かと戦っているようだった。
 「目を覚ませ! アグラマントの呪縛から自分を取り戻しなさい」
 ふわりと現れた黒い影がラビの前に立ち、剣を交えて強く言い放つ。
 「黒武者? 何で?」
 「アグラマントに操られているのです。けれど今なら未だ取り戻せるはず。あなたなら」
 今までの口調とはまるで違う感じに、大地は横に立った黒武者を見つめた。初めて間近に見る黒武者の、兜の下の顔は窺えないが目だけは見える。深い碧色の、どこかで見たような懐かしい彩だった。 「俺が?」
 「そうです。早くしないと、邪神が…」
 黒武者の言葉が終わらぬ内に地面が揺れ、ひび割れた地の底から暗黒大邪神とエヌマが姿を現した。物音に驚いたガスやXメイ達も廃屋から飛び出してくる。
 「だ、大地くん…ラビくんも」
 剣を抱えたままぽんやりと立っているラビと黒武者、大地を見てガスは何が起こったのかと首を捻った。そうしている間にも邪神は地響きを立て迫ってくる。
 「ええい、マリウスよ、何をしておる。さっさと魔動戦士どもを片づけぬか!」
 「アグラマント様、ここは私にお任せを。今までの失点、取り返してみせますわ」
 ヒドゥラムを身に纏ったエヌマはそう言うと大地達に向かって来た。慌ててガスはウィンザートを呼び出して彼女と戦う。
 「ガスっ」
 「大地くんはラビくんを頼みます。ここは私が」
 一人で立ち向かっていくガスにごめんと呟き、大地はラビに向き直った。アグラマントと邪神が現れた影響か、再びラビの瞳に殺気が滾っている。ぎり、と握り返した剣に大地はちらりと目を向け、次にはラビの懐に飛び込んでいった。
 「目を覚ませ!ラビ」
 しがみついてくる大地を剣で払うことが出来ず、ラビは眉を顰めてその腕を振り解こうとした。大地は両腕をラビの首に回し、その頭を下に向け自分から口付ける。
 ぴたりと止まったラビの手から剣が落ち、そろそろと大地の背中に腕が回された。抱き締めてきたラビに大地は顔を赤くしながら離し、じっと目を見つめる。ラビの睦は生気を取り戻し驚いたように大地を見つめていた。
 「元に戻った?」
 「え?…あれ?俺何でこんなとこに……えっ、黒武者っ!」
 はっと気付いたラビは慌ててきょろきょろと辺りを見回し、黒武者に目を留めるとぎっと眉を吊り上げて飛びかかろうとする。
 「駄目だよ。ラビ、その人はお前のこと教えてくれたんだから……それに、多分…」
 ラビの腕を引き止め大地はにっこりと黒武者に笑い掛ける。黒武者の瞳が僅かに和み、ラビの方に向けられた。
 「あの暗黒大邪神を倒すには、あなた方三人の魔動力をもってしても無理でしょう。太陽神を呼び出し、ゾーラブレードを手に入れなければなりません」
 僅かの間ラビを見ていた黒武者は顔を暗黒大邪神の方に向けるとそう言った。空中ではガスがエヌマを躱し、二人の側に降り立つと黒武者やラビを見つめ、一体何がどうなったのですかと、大地に目で訊いてくる。
 「何でそんなこと知ってるんだ?」
 不審げなラビの問いに、黒武者は首の後ろに手を回し、掛けていたペンダントを掌に乗せて見せた。それはラビが氷の女王から貰ったペンダントの丁度半分の形をしている。
 驚いてラビが自分の持っているものとそれを合わせると、それは最初から一つだったもののように跡もなく丸い一つのペンダントとなった。
 驚いてそれを見ているラビの前で、黒武者は兜をゆっくりと脱いでいく。その下から現れたのはラビと同じ形の長い耳を持った美しい女性の顔だった。
 「……マリウス」
 「…母さん?……」
 ラビの言葉にこっくりと黒武者は頷く。ゆっくり近づきラビは実物なのかどうか確かめるように掌で彼女の顔を撫で、腕を回して抱きしめた。
 「母さん…」
 「マリウス」
 ひしと抱き合う二人を感激の目で見つめていた大地の元へ、Xメイとグリグリが駆け寄ってくる。驚いたように黒武者を見つめたXメイは、にっこりと微笑むと彼女の方に向かっていった。
 「サユリさん、久しぶりだね」
 「メイ様。申し訳ありません。父がこんなことを」
 「そうだね、でも、あれは私らにも責任があるんだ。私はラーマスを止める。操るものが居なくなったとき邪神はどんな風になるか判らないが、やるしかない」
 「おばばさま」
 ガスが心配そうに名前を呼ぶと、Xメイは笑って領き邪神の方を指さした。
 「よし、行こう!」
 「おう。母さん達はここで見ててくれ」
 大地が言い、魔法陣を描いてグランゾートの甲胃を呼び出す。ラビもまたアクアビートを呼び出して三人揃って邪神に向かっていった。
 立ちはだかるエヌマも、ラビのウェーブカイザーで一蹴される。最後の力を振り絞りアグラマントに訴え掛けるエヌマを邪神の二本の腕が掴み上げた。
 「きゃああーっ」
 「はっはっは…暗黒大邪神の力となれ。エヌマよ、いろいろとご苦労であった」
 「そんな…アグラマ…ント様」
 がっくりと力を失ったエヌマを握りつぶそうとした邪神は、大地達の攻撃で彼女を離す。エヌマは地上に落ちるといずこかへ姿を消してしまった。
 「仲間まで殺そうとするなんて、許さない!」
 怒りに燃えた大地が邪神に向かって突進する。だが簡単に蹴散らされ、大地は地面に転がった。次にガスとラビが二人がかりで邪神に向かってもまるで歯が立たない。
 「ちっくしょう」
 「ラビ、大地、ガス…一旦戻っておいで」
 歯がみするラビ達にXメイが呼びかけ、三人は地上に降り立った。
 「私は今からラーマスの所に向かう」
 「ばっちゃん」
 驚く大地ににこりと笑い、Xメイは黒武者…サユリの方を見上げた。
 「サユリさん…後は頼みますよ」
 「はい、メイ様。さっきも言ったように、あの邪神を倒すにはゾーラブレードが必要です。そしてそれは元は光の塔だった邪動族の基地にある闇の魔法陣の中に封じ込められているのです」
 「あ、あれか」
 ラビが洗脳される前にちらりと見た、邪神が据えられてあった魔法陣を思い浮かべた。
 「それを解き放つには、そのラーマスの紋章を真ん中の窪みに填めなければなりません。マリウス 手を差し出すサユリにべンダントを渡そうとしたラビは、はっと気付いて腕を引いた。怪訝そうに見つめるサユリを見つめ、ラビはそれを強く握りしめる。
 「これは俺がやる。闇の魔法陣にミミナガ族が入るとどうなるか判ってるのに母さんにやらせられるか」
 「マリウス、これは私の役目です。父の悪行を止められなかった私の…」
 「嫌だ」
 一言言い捨てて走り出したラビの後を慌てて大地とガスも追いかけた。サユリも続いて走り出す。薄暗く冷たい気が満ちた光の塔の内部を走っていたラビは、広間までくると意を決して中へ入っていった。
 圧倒的な邪動力が闇の魔法陣から放たれている。今までのどの魔法陣より強いそれは、自分が入れば多分死んでしまうだろう。
 「その中に入れば、死ぬぞ」
 「シャマンっ!」
 それでもやらなければ、と一歩前へ出たラビの前に突然シャマンが現れた。シニカルな笑みを浮かべ、ラビを見ていたシャマンは後ろに駆けつけた大地達を見て一層笑みを深くする。
 「お前がアグラマントの娘だったとはな」
 「邪魔をするようなら容赦しません」
 きっと睨み付けるサユリにシャマンは低く笑うと暗黒剣を取り出し身構えた。ラビも光で剣を作りサユリと共にシャマンに対峙する。
 「退け」
 「退いてもいいが、私の剣に掛かって死ぬ方が辛くないと思うぞ。どちらにせよ、死ぬのなら苦しくない方がいいだろう」
 言葉が終わらぬ内にシャマンは二人に討ち掛かった。余裕の表情で剣を交えているシャマンに比べ、ラビ達の動きはぎこちない。それほど闇の気が強いのだ。
 「くっ……」
 シャマンによって剣を飛ばされたラビは、勢い余ってペンダントまで落としてしまった。まずい、と慌てて拾おうとするそれをシャマンの方が先に拾ってしまう。
 「無駄なことだ。まあいい、アグラマントも私が倒してやるから安心していろ」
 「そうはさせるかっ!」
 「何っ!」
 いきなり手からペンダントをむしり取られ、シャマンは驚いて大地を見つめた。大地はそのまま闇の魔法陣の端に駆け寄り飛び込もうとする。
 「ま、待てっ! お前とて光の魔動戦士、その中に入れば死ぬかもしれないぞ」
 「そんなこと、かまうもんか!必ず、邪神を倒してみせる」
 唖然とする他の者を後目に、大地は闇の魔法陣の中へ飛び込んだ。途端に強い闇の気が大地の身体を押しっぶすようにのし掛かってくる。
 「大地っ」
 「何だと……」
 息も付けず、ただ前へ進むことを考えて一歩一歩真ん中へ近付いていった大地は、目前でがっくりと膝を付きながらも手を伸ばしてペンダントを窪みにはめ込んだ。
 途端にぱあっと光が射し、闇の魔法陣は光のそれへと変化していく。だが大地は安心したようにそれを認めると目を閉じて動かなくなってしまった。
 「…大地? おい、嘘だろっ!」
 慌てて駆け寄り、大地の身体を抱え起こして揺さぶっても、がくがくと力無い身体には生気がない。呆然とするラビとガスに、サユリは痛ましげに目を閉じた。


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