Rouge Feu 5

 

 翌日から大地は積極的にこの世界についてのいろんなことを興味を持って見始めた。本当のラビルーナは小説で読んだファンタジーの世界そのままで、不思議な生物や出来事が溢れている。
「あんまりちょろちょろすんじゃねーよ。はぐれたらどうすんだ」
「だって、さあ。あっ、なあ、ラビあれ何だ?」
「人の話聞いてねえな…こいつ」
 溜息付くラビのことなど知らず、大地はまた何かを見つけて籠から身を乗り出す。そのうち飛び降りてそっちの方へ走っていった。移動していく速度は緩やかなものだったので、ちょっと見てきても充分戻れるだろうとラビは放っておいたのだが、暫く経っても戻る気配がない。そろそろ夕刻が近付き、今晩の休む場所を見つけなければならないのに。
「あいつ、しょーがねーな」
 一瞬躊躇したラビは、待っているようにと言うと自分も飛び降りて大地が消えた方向に走りだした。
 どこに行ったのかときょろきょろと辺りを探し回る。何であいつのためにこうまでしなくちゃいけないんだと、腹立ちを覚えると同時に、不安感が募っていく。
 暫く名前を呼びながら歩いていくと、煌めく湖に出た。美しさに感心して近付くと、目の端を見慣れた洋服が掠める。慌てて目を向けると、そこには脱ぎ散らかされた大地の服が木の枝に引っかかっていたのだった。
「大地っ」
「こっちこっち、ラビ」
 ぱしゃぱしゃと水の跳ねる音が聞こえ、ラビはその方向を見た。すると水に反射する光と夕日を浴びた大地の裸体が鮮やかに目に飛び込んでくる。
 絶句して見ていたラビは、不思議そうに笑顔を向ける大地にね焦って背を向けた。
「どうしたんだよ。ラビも入れば? 気持ちいいよ」
 ぱしゃんと音を立てて大地は水の中に潜っていく。まさき、月で本物の湖水浴が出来るとは思っていなかった。
「早くあがれ。もうすぐ夜になっちまうぞ」
「えー、まだいいじゃん。俺、このところシャワーも浴びてなかったからさ。ラビも来いよ」
 暢気そうに大地は水を切って泳いでいる。ラビは眉根を釣り上げて怒鳴った。
「さっさとあがれっ! 出ないと置いていくぞ」
 いきなり大声で怒鳴られ、大地はびっくりしていたが、限りなく本気のラビに渋々水から上がっていった。
「何そんなに怒ってんだよ。あ、もしかして、ラビ泳げないんじゃあ」
 にやにやと揶揄うように言った大地に、ラビは押し黙ったまま歩き始めた。図星を付いたと知って大地は、力無く笑い、服を手早く身につけた。
「ごめん。ほんとに泳げないとは思わなかったんだよ。だからってそんなに怒ることないじゃないか」
 籠について、食事を採り、休む時間となった時でもラビはむっつりしたままだった。このままじゃ朝ご飯までまずくなる、と大地は意を決して背をこちらに向け横になっていたラビに話しかけた。
「怒ってねえよ」
「ならなんでそんな顔してるんだよ」
「生まれつきだ」
「そっか、ここには女の子が居ないから愛想ふる必要がないってか」
 大地は冗談のつもりで言ったのだが、ラビはぱっと起きあがると、拳を握り締めて呟いた。
「そうか、そうだよな。うん、全くここには女が居なさ過ぎるのがいけないんだ」
 あの大地の裸体にどきりとしたのは、きっと欲求不満だったからだ。とラビは納得した。でなければ、何故野郎の裸に顔を赤くしたりするのだ。
 一人で頷いているラビに大地は呆れて溜息を付く。シャマンと戦っている時は、確かに正義の戦士とか言われても納得いくけれど、上に居た時は両手に花でにやけてただけのような気もするし。
「よーし、確か樹の柱近くには村がある筈だ。そこでめいっぱいナンパしてやるぞ」
 そんなことを宣言しなくても…と再び大地は呆れる。でも本当に村があるなら楽しみだ。この世界の人々はほんとに全てあのような耳があるんだろうか。
「女の子が沢山で余るようだったら、大地にも回してやるよ」
「いらないよ。余るほど女の子がラビに寄っていくとは限らないじゃないか。俺の方に来るかもしれないし」
「それは、ない」
 きっぱりと言ってのけるラビに、大地はがくりとのめった。
「なぜなら、俺はこのラビルーナ一いい男だからだ。この俺を好きにならない女はいない」
「その根拠のない自身はどっから来るんだか…いいけどね」
 あまりに言い切るので大地は思わず笑ってしまった。確かに見た目はいい男の部類である。でも性格が今いちじゃないかと。
「大地は、俺のこと、好きか?」
「え…?」
「あ…いやその…」
 ラビはしまったという顔をして横を向いてしまった。でも、そのままちらりと横目で大地を見ている。
「好きか…どうか、まだ判んないな。ラビのこと良く知らないし、第一、ラビこそ俺が嫌いなんじゃないの」
 反対に聞いてくる大地に、ラビは無言で横になってしまった。
「ラビ」
 呼びかけても応えないラビに、大地も諦めて横になった。暫くすると睡魔が訪れてくる。
「…好きか…嫌いかっていえば、好き、だと思う」
 完全に眠りには居る前に、大地は小さく呟いた。そう、短い間にこの結構自分勝手なラビが気に入ってしまったのだ。でなければ、魔動力の意味も良く知らないまま、簡単に着いてきたりしない。
 その声が聞こえたのか、聞こえていないのか、ラビからの答えはとうとう聞けなかった。

 遠くに見えていた天まで届くかという樹が、だんだん近付いてくる。根本など、まるで山や丘のようだ。だが、広く高く張り巡らされた枝葉は、病んでいるように茶色や赤に変色している。
「泣いてるみたいだグリ」
 グリグリがぱらぱらと散りかかる葉を拾いながら上を見上げて呟いた。つられて上を見上げた大地は、本当に泣き声が聞こえたような気がして辺りを見回した。
「泣き声が聞こえない?」
「気のせい…」
 風向きが変わったのか、更に良く聞こえてくる。否定しようとしたラビもそれに気付いて、言葉を続けた。
「じゃないようだな。女の子の声みたいだけど」
 さすがにその辺は耳がいい。V−メイに確かめてくるように言われ、大地とラビは声の聞こえる方へ歩いていった。
「やっぱ女の子だ」
 草むらを掻き分けて歩いていたラビは、前方を指さして言った。大地もラビの後ろから覗いて見ると、確かに自分と同じ年くらいの少女が木に縋って泣いている。
 二人はゆっくりと少女に近付いていった。すると少女は驚いたように泣くのを止め、二人を見た。
「誰?」
「愛と正義の魔動戦士、ラビさまだ」
「どうして泣いてるの」
 大見得を切ってふんぞり返っているラビを放っておいて、大地は近付き優しく訊ねた。少女は思いだしたように涙を浮かべ、大地の胸に飛び込んで泣き始めた。
「あ、あの、大丈夫、誰も君を虐めやしないから」
 宥めるように肩を叩き、大地はそっと呟く。少女は顔を上げ恥ずかしそうに拳で涙を拭うと、微笑みを浮かべて離れた。
「ごめんなさい。私はこの先のアンナカ村に住んでいるフィアンと言います。明日、魔樹王さまの所に生け贄として行かなければならなくて、それでみんなとの別れが哀しくて」
「俺は遙 大地。生け贄って」
「俺はラビ。生け贄なんてひでえことするな。そんな魔樹王なんか俺様がやっつけてやるぜ」
 大地が聞こうとしていた所をラビが押しのけてフィアンの手を取り、自分の胸を叩いた。
「そんな、できません。魔樹王さまを倒してしまったら、この世界が潰れてしまいます」
「え?」
 このやろー、と睨んでいた大地は少女の言葉に目を見張った。ラビも同じように驚いている。
「じゃ、あのでっかい樹が?」
「そうです。だから私が哀しいのは生け贄になるからではなくて、別れるのが辛いからなんです」
 しんみりとして言うフィアンに、二人は言葉を失ってしまう。そんな二人の様子に、フィアンは慌てて謝った。
「旅の方ですよね? どうぞ私の家にいらして下さい。他の土地がどうなっているか、私たちはこの周囲から外へは出たことがないのでお聞きしたいのです」
 にっこり微笑んで言われ、二人は一も二もなく頷いた。他のも連れが居るようなら、どうぞご一緒にと言われ、V−メイ達も呼んで今夜はフィアンの村に泊めてもらうことにする。ぞろぞろと入っていった村の中は、明日のことがあるからか、しんとした静けさが流れていた。
「ばあさん、あの樹はこの第七階層を支えている柱だろ? それが魔樹王ってのは、どういう訳なんだ」
「多分、闇の魔法陣に侵されているんだと思うよ。この第七階層はまだ碧も豊かさも残っている。けどここから先、第六、五と中心に向かうにつれて、どんどん邪動族の支配力は増していってるんだ。その支えている柱一本一本はきっと闇の魔法陣で封印され、変化させられている」
 お茶の用意をしてくるから、待っていて下さいとフィアンが部屋から出ていった隙に、ラビはV−メイに訊ねた。V−メイは考え込みながら真剣に話す。
「じゃあ、闇の魔法陣をどうすれば無くせるかってことだね」
「そうですね。おばばさまのお力で、それを消すことは出来ないのですか?」
 そう訊くガスに、V−メイは深く溜息を付いた。
「それなんだけどね、その場まで行ければ問題はないと思うよ。ただ簡単に行かせちゃくれないだろうね」
 必ず邪動族の邪魔が入るに違いないと、再び吐息を付く。
「それなら俺達が何とかするよ。だからあの子を助けて上げてよ。まだ、力が充分じゃ無いかもしれないけど、三人でやればなんとかなるさ」
 にっこり笑ってガッツポーズを取る大地に、三人は驚いて見ていたが、ガスは笑って頷き、テーブルの上に差し出された大地の腕に自分の手を重ねた。
「やりましょう」
「お、おい、俺だってもちろんやるぜ。第一、ここを抜けられなきゃ次には行けないんだからな」
 一応理屈を付けてラビもその上に手を重ねた。V−メイは微笑むと、どうやら決まったようだね、と呟き満足そうに椅子に深く背もたれた。
「どうかしたんですか?」
「決まりだグリ! 決まりグリ、キャハハ」
 そんなみんなの様子に、入ってきたフィアンは不思議そうな表情で茶器を置いた。
「どうかなさったんですか」
「明日、フィアンは生け贄になるって言ってたよね。俺達もそれに着いていくから」
 大地が言うと、驚いたようにフィアンは目を見張る。ラビが身を乗り出して気取って続けた。
「君のことは俺達が守る。魔樹王を元に戻して平和で美しい所に、戻してやるよ」
「そんなことが…」
 戸惑ったように俯くフィアンに、大地は笑い掛け言った。
「大丈夫、こっちは三人なんだから、まあ八割の確率で勝てるさ」
「そうですか…。でも危ない真似は止めて下さいね。私のためにみなさんが危ない目に遭うのは嫌ですから」
 ぽっと顔を赤らめて、フィアンは大地を見つめ真剣に言う。大地はうんうんと頷いていたが、ラビは面白くなさそうだった。
 夜用意してもらったベッドの上で、ラビは相変わらずふてくされている。ガス達とは別の部屋なので、ここには大地と二人きりだ。
「まったく、あの子も見る目が無いよな。俺の方が絶対いい男なのに、なんで大地になんかに顔を赤くするんだ」
「この村に入ったら女の子が山のように群がるなんて言ってたのは、どこのどなたでしたっけ」
「ふん、明日魔樹王をやっつければ、みんな目が覚めるさ」
 にやりと笑ってラビは横になった。


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