Rouge Feu 6

 

 次の日、尊重や村人達に丁寧に見送られ、大地達はフィアンを乗せた輿を引いて魔樹王の根本に向かった。近付くに連れ、ますます薄暗く妖しい雰囲気が満ち始める。鳥の声も薄気味悪い。
「段々うすっ気味悪くなるなあ」
「あっ!」
「な、何だよ、驚かすな、ガス!」
「あれは何でしょうか?」
 ガスが指さしたのは、大きな洞窟だった。両脇に滝が流れ落ちている真ん中に、それはぽっかりと空いている。その中から、すっぽり頭を覆うマントを身につけた者が出てきた。
「生け贄はどこだ」
「お前が魔樹王かっ」
 フィアンの乗った輿を守るように大地達は立ちはだかった。それはくるりと身を翻し、洞窟の中に入っていく。
「あ、逃げたぞ」
「捕まえろっ」
 三人が端って中へ入っていく。それを見ていたV−メイは慌てて止めたが遅かった。
「ああ、まったく、どんな罠があるかも判らないのに、無鉄砲な子達だよ」
 溜息を付いて、心配するフィアンに暫く様子を見ようとV−メイは言った。心配どおり大地達は入ったものの、明かりがあまり射さない洞窟の中で、それを見失い途方に暮れていた。
「何か灯りはないのか」
「アップライトでもあればいいんだけど…そうだ」
 ポケットの中をごそごそと探っていただいちは、小さなキーホルダーを取り出してスイッチを入れた。この世界で着くか不安だったがそれはちゃんと付き、漸く三人の顔が見られるようになった。
「ちっくしょう、奴はどこに行ったんだ」
「ここにいる。魔動戦士達よ、ようこそ闇の魔法陣へ」
 哄笑と共に辺りに赤い光が輝き、周囲が見えるようになった。
「シャマンっ」
 はっと気付いた大地は足元を見る。見覚えのある円の縁に足がかかっていた。
「みんな、逃げろっ」
 どん、と二人を突き飛ばし、円から外へ押しやる。だが、一瞬遅く大地は円の中に取り残されてしまった。
「うわあっ」
「大地っ」
「大地くん!」
 シャマンの呪文が闇の魔法陣を活性化させ、中にいる大地を苦しめる。大地は地面に膝を突き、肩を抱いて苦痛に耐えた。
「くそっ、シャマン、堂々と勝負しろ!」
「そんなことをしている暇はない。まずこいつの命を奪い、邪動力で邪動戦士に変化させてやる。それからお前達と戦わせるのも楽しいかもしれんな」
 勝ち誇ったように言うシャマンと、苦しげな大地の様子に、ラビは激怒して飛びかかっていこうとする。だが、それをガスが止めた。
「待って下さい。今のままでは勝てません。私が引き付けておきますから、その間に外へ出て光の魔法陣を呼び出すんです」
「おお、ガス頼んだぜ」
 出口を塞ぐシャマンにガスが飛びかかり、気を逸らせた隙にラビは外へ飛び出した。今まで暗かった反動から、眩しくて目を開けていられない。だから、迷うことなく流れ落ちる滝壺目指して飛び降りる。
「ドーマ・キサ・ラ・ムーン! 光出よ、汝アクアビートっ」
 飛び降りつつ呪文を唱えると、水面に光の魔法陣が現れた。ふわりとその上に浮かんだラビに光が纏いつき、やがて甲冑となって身体を覆った。
「待ってろよ、大地」
 勢いを付けてラビは飛び上がり洞窟へ入っていく。ガスはシャマンと取っ組み合っていたが、形成は明らかに不利だ。
「シャマンっ、てめえの相手は俺がしてやる」
「面白い」
 ガスを振り払い、シャマンはラビに対峙した。ラビはシャマンの一瞬の隙を見逃さず打ちかかっていく。薄暗闇ではシャマンの方が有利なのか、ラビは徐々に押され気味になった。
「ラ、ラビ…」
 壁際に追いつめられてしまったラビに、地面に崩折れていた大地が手を差し伸べた。シャマンに弾き飛ばされたガスは、顔を蹙めながら立とうとしていたが、果たせず苦しげな顔で二人を見上げた。
「くっ」
「終わりだ、魔動戦士」
 にやりと笑い剣を振りかぶったシャマンの目に、眩しい光が飛び込んできた。目が眩み、怯んだシャマンにラビは斬りかかった。
「うっ、くっ…」
 腕を切られ、剣を取り落としたシャマンは、邪魔をした原因を睨み付ける。
「へへ、こんなのが役に立つんだ…」
 そこには苦しげな表情でも笑みを浮かべた大地がさっきのポケットライトを手にしている。小さいながらもこの暗闇では思いの外効果があったらしい。
「…次には必ずしとめてやる」
 憎々しげに呟き、ゆらりとシャマンは姿を消した。
「この闇の魔法陣はどうやったら消せるんだ」
 シャマンが居なくなっても闇の魔法陣は消えず、大地はさっきのことで最後の力を奮ったのか、がっくり俯せたまま動かない。焦ってラビが怒鳴ると、入り口の方からV−メイの声が響いた。
「魔法陣に向けて光の魔動力を放つんだ。あたしがやるからあんた達も真似をおし」
 V−メイの手から光がほとばしり、闇の魔法陣に降りかかる。ラビとガスも同じように自分たちの呪器を使って魔動力を発動させた。
 闇の魔法陣は端から光の魔法陣へと変わり、洞窟の中を明々と照らし出す。ほっと息を付くと、ラビは大地を担ぎ外に駆け出した。
「大地、こら大地、しっかりしろ」
 ぺしぺしと頬を叩く。うっすらと目を開けた大地は、心配そうなラビの顔を見ると淡く微笑んだ。
「だい…丈夫、だったか、ラビ…」
「大丈夫か、じゃねーよ! なんだって自分だけ残るようなへましたんだ」
「そうだね、俺ってとろいかも」
「馬鹿やろうっ」
 へらへら笑う大地を、ラビは強く抱き締めた。顔が間近に近付いて、随分綺麗な碧色だなあとラビの顔をぼんやり見ていた大地は、冷たい感触が唇に当たるのを感じて、我に返った。
「ラビ…?」
 呟きは再びされた口付けの中に消える。一体どうして、と不思議に思ったが、ぼーっとした頭ではこれも悪くないかなとそれ以上考えることを拒否して身体から力を抜いた。
「ラビ、年寄りを走らせるんじゃないよ。いきなり飛び出したりして、大地は死んじゃいないから安心…」
 ばっ、と大地を突き放し、顔を真っ赤に染めてラビはV−メイを見た。その後ろからガスが不思議そうな表情で眺めている。
「そうだよな。殺しても死なねえ奴だよな、こいつは。ははは」
 大地を指さして力無く笑うラビを、眉を顰めてV−メイは見つめた。
「何だよ、痛いじゃないか」
 突然突き飛ばされた大地は、当然地面と仲良くなっており、背中をさすって起きあがった。
「大地、もう大丈夫かい?」
「うん、もう平気みたい」
 自分でもタフだと思ったのか、大地は苦笑いをこぼした。
 それじゃあ行こうかとV−メイは溜息を付きつつ前を歩き始める。続いて行きながら、大地とラビは今さっの自分たちの行動に、不思議と疑問と、訳の分からない感情をプラスしたものを胸に抱きつつ、不安そうに待っていたフィアンの所へ戻っていった。


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