次の日、大地は漸く身体の痛みも取れて外に出ることが出来た。V−メイは、若いねえと羨ましそうに呟き、肩を叩いている。
「それにしても、ほんとーにそうなんだ」
大きくのびをしながら大地はゆっくり外を見回した。空気を思い切り吸い込むと、身体中が生き生きと活性化されるようだ。
「暢気な奴だな。本当に俺達と行く気なのか」
ラビが呆れたように声を掛ける。夕べみんなが集まっている時に、大地は一緒に戦うと宣言したのだ。何もできない、魔動力も無くて足手まといになるかもしれないけれど、一人で残されるのはもっと嫌だった。
「ああ、いつになるか判らない終わりを待つよりも、自分でけりを付けたいんだ」
きっぱりと言う大地に、ラビは呆れたように表情から驚きの表情に変わる。こんな右も左も判らない得体の知れない世界で、何故あんなにも素直に見つめられるのだろう。
じっと見られていたことに気付いた大地が、そっちの方に目を向けるとラビは焦って顔を逸らした。
「?」
「さあ、それじゃあ出発するかね。ラビも帰ってきたことだし、最初は第一改装の門を闇の魔法陣から解放することだよ」
V−メイが言い、前方を指さした。おお!と手を挙げて行こうとした大地は、そこに現れたものを見て絶句する。奇妙な世界だとは思っていたが、こんなものまで居るとは思わなかった。
そこに居たのはでっかいカタツムリだった。顔は、…まあ可愛いと思えないこともなかったが、がたいがでかすぎる。
「まさか、これに?」
「そうだよ、さあ、早くおし」
みんなはカタツムリにしつらえられたかごのような物に入り込む。どう見てもそんなに沢山の人間が入れる代物には見えなかったが、大地も続いて中に飛び込んだ。
「ひゃー」
入ってみると、そこはまるで家一軒分はあろうかという作りになっている。これも魔法の力なのだろうか。驚いて見回す大地に、グリグリは手を引いて中を案内した。
一つの部屋に小さなベッドが二つ置いてある。その一つはラビ用だと聞いて、大地は腕組みをし考え込んだ。ガスはV−メイと同じ部屋だと言う。今までラビは一人が良いと言ってこの部屋を占領していたそうだ。
「あーあ、せっかく一人で快適に暮らしてたってのによ」
「何言ってんだい、ここで一晩も寝ないですぐ上に行ったくせに。贅沢言うんじゃないよ」
居間兼食堂で食事を採りながら、ぶつくさ言うラビをV−メイが叱りつける。ラビはむすっとしたまま食事を採っていたが、終えると何も言わずに部屋へ行ってしまった。
「まったくしょうがない子だね。…気持ちは解るけど希望を捨てちゃいけないよ」
やれやれとV−メイは呟き低く呪文を唱える。すると汚れた食器は自らキッチンの流しの中に入り、綺麗になって食器棚に収まった。
自動食器洗浄機より便利だなと感心して見ていた大地に、V−メイはちょっと来てくれと手招いた。着いていくと魔法実験室とさっき案内された部屋へ入っていく。
「これを見てごらん」
V−メイはきょろきょろ部屋を見ていた大地に、机の上のばらばらになった部品を見せた。
「これが最後の呪器、魔動銃なんだよ。だけどあたしらの世界には銃ってもんがなくてね。組み立てられなかったんだ。大地なら出来るかね」
訊ねられた大地は、じっと部品を見ていたが、やがてパーツを組み立て始める。こういうのは大の得意である大地は熱中して5分もたたないうちに仕上げてしまった。
「ほら、できたよ、V−メイ」
大地の手には普通の形ではない銃が握られている。それが淡く輝いているのを見て、V−メイは目を見張った。そして懐から小さなメダルのような物を取りし出すと、大地の腕を引っ張って外に出た。
「な、何だよ」
「何だ? どーした」
「どうしたんですか」
いきなりばたばたと駆け出して、かごの中から飛び出していった二人に、ラビとガスは不審の目を向けた。
「V−メイ?」
「これを撃ってごらん。そして呪文を唱えるんだ」
ぽんと背中を叩かれて大地は戸惑うままに銃を構えた。どこに狙いを付けていいものか判らなかったけれど、とにかく引き金を引いてみる。篭められているのは弾丸ではなく、さっきV−メイが取り出したメダルだ。
小気味いい音と共に撃たれたメダルは、一直線に飛んでいったかと思うと地面に落ち、そのまま円を描き始めた。驚いて大地はその円形を見つめる。それはここに落ちる前、無意識に自分の指が描きだした物と同じ模様だったのだ。
「なんで、これ…」
「大地、円の中心に入って呪文を…ドーマ・キサ・ラ・ムーン…と唱えるんだ」
「…ドーマ・キサ・ラ・ムーン?!」
言われたとおり、大地はその円の中に駆け込んで呪文を唱えた。淡い光が徐々に強くなり、大地は身体を取り巻いていく。だが、それは完全に覆う前に弱くなり消えてしまった。円形も消えている。
「あーあ、やっぱ違うじゃねーか。おどかすなよ、ばっちゃん」
じっと成り行きを見守っていたラビは、苦笑いを浮かべて肩を竦める。ガスも大きく溜息を付いて微笑んだ。
「最初は私も上手く出来ませんでしたから、大地くんが三人目の戦士じゃないということは確定できないと思いますよ」
「だーめだめ、こんな奴にいつまでも付き合ってたって時間の無駄だぜ」
「何っ!」
あの光に包まれたとき、暖かく力強い意志を感じて気分が高揚した。けれど、それをしっかり掴む前にその感じに逃げられてしまったのだ。大地は呆然と立っていたが、ラビのあまりの言いぐさに今までのことも相俟って、怒りの視線で睨み付けた。
「何だよ!」
負けずにラビもにらみ返す。またか、とガスが止めに入ろうとしたとき、獣の鋭い悲鳴が辺りに木霊した。
「邪動族が近くに居る」
大地と対峙していたラビは、ぱっと懐から無知と小さな独楽を取り出した。ガスも背中に背負っていた由美を構える。だが、それには矢がつがわれていなかった。
「気を付けて、グリグリちゃんとおばば様は籠の中に戻って下さい。大地くんも」
風が吹き荒れ、左側の山の斜面に黒い円形が現れる。それにはさっきみた円形とは違う文字が書かれている闇の魔法陣だった。その中からシャマンの姿が現れた。
「ここから先へは行かせん」
「また邪魔しに来たか、シャマン」
「どう足掻いても無駄なこと。三人目が揃わぬ限り我らには勝てん。もっとも三人揃ったとしても勝てるとは思わんがな。だが、禍根は断っておく」
言うなりシャマンは大地に向かってきた。暗黒の剣を振りかざし、突きかかってくる。
「うわぁっ」
「大地っ」
その前にラビが立ちはだかり、無知でもってシャマンの動きを封じようとした。
「早くしろ、ガス!」
「はい。ドーマ・キ・サラ・ムーン…光出よ、汝ウインザート!」
唱えながらガスは矢のつがわれていない弓を大きく引き絞った。これ以上引けないというとこまでくると、光に矢が現れる。それを天に向けて放つと、光がガスの上に降り注ぎさっきと微妙に違う魔法陣が描かれていく。
魔法陣を描いた光は続いてガスの身体に渦巻いてまとわりつき、白と緑の甲冑となって覆っていた。
ガスは弓を引くとシャマンに向かって放つ。シャマンはそれを避けて飛び退くと、暗黒剣を目前に翳し呪文を唱えた。
「ジャハ・ラ・ド・クシード…闇より出て我に従え、汝ワイバースト!」
轟音と共に闇の魔法陣が現れ、シャマンもダークブルーの甲冑に覆われた。すっかり鎧姿となったシャマンは、放たれたガスの光の矢を軽々と剣で弾き飛ばすと大地に向かって走り出した。
「くそっ」
「遅い!」
嘲笑を浮かべながらシャマンは大地に打ちかかっていく。大地は逃げる間もなくそれを見ていたが、ラビに突き飛ばされて地面に転がった。
「ラビ!」
ぱらりと髪と共にラビの頭に巻かれていたターバンが切れて落ちる。すると今まで隠されていた長いうさぎ耳がひょっこり現れた。
「貴様から先に死にたいか」
ラビは唇を噛み締めると、反撃のチャンスを窺った。だが、相手は歴戦の戦士らしく隙を見せない。
「ドーマ・キ・キ・サラ・ムーン! 光出よ、汝グランゾート!」
驚愕して二人は声の聞こえた方を見た。そこには光の魔法陣の中に立ち、呪年を唱えている大地が居る。大地はみるみるうちに光に包まれ、やがて真っ白の甲冑に覆われた。
「大地…」
「ラビっ」
大地は夢中で手を前に出す。すると地面が盛り上がり、一つの剣となってその腕に収まった。
「大地と炎の魔動戦士…まさか、二つの魔動力を?」
驚いたようにシャマンは呟いた。ラビも目を見張って大地を見つめている。
大地は剣を振り上げると、呪年を唱えて振り下ろす。剣が地に突き刺さるとそこから亀裂が走り、それはシャマンに向かっていった。
「何っ」
亀裂がシャマンの前まで到達すると、そこから炎が吹き上がりシャマンを襲った。シャマンは間一髪でそれから逃れ飛び退く。マントの裾が黒く焼けこげていた。
「おのれ…やはり上でけりを付けておくんだったな。今は、不利か…」
マントを翻し、シャマンは姿を消した。ラビは起きあがって大地の方に近付いていった。
「大地、お前が…」
「俺、ラビを助けようと思っただけなんだけど」
自分でも驚いて呆然と身体を眺めた大地は、ラビに向かって情けない表情を見せた。今までのことは半分以上無意識で、どうやったのかなんて思い出せない。ただ、助けなくちゃと念じただけなのだ。
「凄いですよ、大地くん。良かったですね、やっぱり上で最後の戦士を見つけてたんじゃないですか」
元の姿に戻ったガスが嬉しそうに大地に笑い掛け、後の言葉をラビに言う。ラビは、ああ、と頷いたが、あまり嬉しそうではなかった。
「どうやらそうだったようだね。だいたい、魔動力を持っていない子がラビルーナに入ってこれる訳が無いんだよ。レーベの道でさえ難しいってのに、突発事故で入ってきたから多分間違い無いと思ってたよ。
大地、あんたはその名の通り、大地とそして炎の魔動力を持っている戦士だ。ラビルーナを取り戻すために、力を貸しておくれでないかい」
ラビの様子に疑問を感じながらも、大地はV−メイの言葉に頷いた。まだ、半信半疑ではあるけれど、なってしまった以上は仕方ない。
「俺が役に立つならやるよ。元々そのつもりだったし、でも、ほんとに俺にそんな力があるのかなあ」
いつの間にか元の姿に戻っていた大地は、手の中のメダルと魔動銃を見つめた。一体どんなメカニズムでこれがああなるんだろうか。どこからあのエネルギーは来るのだろう。その解らないところが魔法って奴なんだろうか。
しみじみ考えていた大地は、ぽんと肩を叩かれ振り向いた。
「悪かったな。あんなこと言っちまってよ。…だけどほんとに良いのか? 俺だって最初はさっさと逃げ出そうってことしか考えてなかったぜ」
素直じゃない謝り方に、大地は思わず笑みを浮かべてしまう。それを見て再びむくれたラビに、大地はきっぱり頷いた。
「俺にしか出来ないことなら、出来ることをやるよ。それになんかこの世界って面白そうだもん。変な動物はいるし」
「お前って…脳天気」
呆れたように呟くラビに向かって大地は極上の笑みを見せてやる。何故か顔を赤く染めたラビは、つられて笑みを浮かべた。
「そうだ、何で逃げようと思ってたのに、進んで戦おうって気になったんだ?」
「…気が変わったんだよ。別に理由はないさ」
途端に笑みを引っ込めて踵を返し、ラビは籠の中に入っていく。大地は慌てて後を追った。
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