Nova Luna−2−

 当日快晴の中を2台の車が競うように高速を走っていた。衛の車にはうさぎと亜美、レイが乗り、はるかが友人から借りたという四駆のワゴン車には、みちる、まこと、美奈子とせつなまで乗っている。結局話が大きくなり、はるかやせつなが責任を持つからということでこの旅行は認められたのだ。
「うれしいなったらうれしいな。良かったねー、みんなで来られてさ」
「ほんとにね。ちびうさちゃんは残念そうだったけど」
 嬉しそうにはしゃぐうさぎに、後ろからレイが、最後まで一緒に行きたそうにしていたちびうさを思い出しながら声を掛けた。
「でも、うさこのママがほたるちゃんを預かってくれなかったらみんなで来られなかったんだし、ちびうさはほたるちゃんと居られて結構嬉しそうだったよ。もう少し大きくなったら一緒に行けばいいさ」
 レイの言葉にうさぎは一瞬寂しそうな表情をしたが、ついでフォローするように言った衛の笑顔に元気を取り戻す。やれやれとレイと亜美は顔を見合わせ肩を竦めた。
「もうすぐよ、あの山の奥だから」
「何だか怖い感じのする山ね」
 レイが座席の後ろから身を乗り出し、前方に聳える山を指さすと、それを見た亜美が口元に手を当て何かを感じ取ったように眉を顰めた。
「うーん…私の修験場の近くだから……霊山なのよ、あそこ」
「そんな所に大勢で行っていいの?」
「大丈夫、別に怖い場所じゃないってば。そんな場所に別荘なんか建てるはずないでしょ。ただ、近いってだけよ。別荘の周りは緑と水の綺麗な所よ。小さな湖もあるし」
「ふーん。でも怖いって言うより、神秘的って感じ」
「うさぎからそんな言葉を聞こうとは」
「あ、ひっどーい、レイちゃんてば」
 しみじみと前方の山を見ていたうさぎが呟いた言葉に、すかさばレイが茶々を入れる。怒って暴れるうさぎの隣で、衛は困ったように苦笑した。
「おいおい、狭い場所で暴れるな。運転ミスって自己でも起こしたらご両親に申し訳がたたない」
「……ごめんなさい」
 しゅんとして大人しくなるうさぎに微笑みかけ、衛はアクセルを踏み込んだ。

「何だか不思議な山ね」
「ああ、でも不安は感じない。楽しみだよ」
 衛の後に続くはるかの車の中は、おしゃべりな美奈子が居るにも関わらず静まりかえっている。せつなは雑誌を捲っているし、まことは野外料理の本を夢中で読んでいる。今晩はバーベキューにしようと張り切っているのだ。
「あーあ、前の車に乗りたかったな」
「ぼやかないぼやかない。道を知ってるのはレイちゃんだし、くじ引きで公平に決めたんだから」
「そーなんだけど」
 一つ溜息を付き、美奈子はちらりと運転席の方の二人を見た。どっからどう見てもお似合いのカップルに見える。そんならそうで、人のもんにまでちょっかい出さないで欲しうと説に願う美奈子だった。
 いや、うさぎは衛のものではあるのだけれど。
「星が……流れる」
 ふっと呟かれたせつなの言葉に、二人は振り返った。雑誌から目を離し、窓の外を見詰めるせつなに、今のはどういう意味かと訊ねようとした美奈子は、口を開きかけたものの突然山道に入って上下に揺さぶられ、とても話が出来る状態ではなくなってしまった。
 陽が西に傾き掛けた頃、漸く道の終点に辿り着き、2台の車は動きを止めた。
 道は広い庭へと繋がっていて、その奥に大きく古風な洋館が建っている。別荘と言うからもっとバンガローやらコテージのような物を想像していたみんなは、車から降りてそれを見ると、一様に感嘆の声を上げた。
「すっごーい! ヨーロッパのホテルみたい」
「レイちゃんのうちの別荘だって言うから、もっと日本風な物を想像していたわ」
 目をきらきらさせて感心するうさぎの横で、亜美も感心したように頬に手を当て溜息を付いた。先に立って歩いていたレイは、ベルを鳴らし玄関の扉を叩いた。
「たいしたもんだな」
「そうね」
「凄い凄い、こんな別荘だとは思わなかったわ」
「ほんとだね、これじゃバーベキューよりフランス料理のフルコースの方がよさそうだ」
 後ろの車から降りたはるか達も驚いたように別荘を見詰め、それぞれ感想を呟く。漸く玄関の扉が開き、中から管理人らしき初老の男が現れた。
「ようこそいらっしゃいました。お嬢様、ご友人の方々、どうぞお入り下さい」
「正木さん、今年もよろしくお願いするわ」
 レイが言うと、深く正木と呼ばれた男はお辞儀をし、みんなを中へ導き入れる。中に入ったみんなは再び感嘆の溜息を付いた。
「一人一部屋用意してあるから。ちゃんと扉に名札貼っておいてもらったから、迷子にならないでね」
「迷子にまるくらい広いってのか」
「そこまで広くないわよ。でも扉がみんな同じだから、間違えるといけないと思ったの。さ、荷物は部屋へ自分で運んで」
 ここはホテルではないのだから、とレイはてきぱきと指示してみんなを部屋へと向かわせる。一階には亜美、まこと、せつな、そして衛だった。
「まもちゃん下なのか」
「残念? 別に一緒の部屋でも良かったんだけど…」
「えっ」
 レイがにやりと笑ってうさぎと衛を見ると、二人は顔を見合わせ真っ赤になる。一緒の部屋で寝たことが無い訳ではなかったが、こういう場所で言われると妙に恥ずかしい。
「そりゃやっぱまずいよ」
「冗談だって。だってもし衛さんと……なんてことになったら、うさぎちゃんのご両親卒倒しちゃうでしょ。それに……」
 意味深に言いよどむレイに、みんなの視線がうさぎに注がれる。見詰められた訳が解らないうさぎは、戸惑いつつ首を傾げた。
「さて、残りの人たちはみんな2階よ。荷物を置いたら下のリビングに来てね」
 手を叩いてレイがみんなを促した。未だに首を捻りつつ、うさぎは荷物を持って2階へと上がり始めた。
「なんなら僕が一緒の部屋になってもいいけど」
 一段下を上がりながら、ウィンクして言うはるかに、うさぎはぱっと赤くなる。その言葉は幸いにも衛には聞こえなかったようで、うさぎは慌てて2階に駆け上がった。
「抜け駆けは駄目よ、はるか」
「それじゃあ何のためにここまで着いて来たんだい。チャンスは生かさなくちゃね」
 にっこりと言うはるかに、亜美と美奈子の表情が強張る。かえって衛と同室だった方がうさぎの身の安全は守られたかもしれない。
「がんばろうね、亜美ちゃん」
「そうね、美奈子ちゃん」
 負けてられるかと美奈子が言うと、亜美も大きく頷いた。
 部屋に入って荷物を置いたうさぎは、一つ溜息を付くとベッドに腰を下ろした。部屋の中も結構豪華だったが、落ち着かないというほどではなく、丁度良い品の良さで統一されている。窓の外には緑の木々の影からきらきらと夕日を反射して光る水面が見えていた。
「こーいう所、まもちゃんと二人っきりで来たかったなあ」
 みんなで賑やかに旅行するのは楽しいけれど、こんなロマンチックな風景なら運命の恋人である衛と二人で来たかったと、うさぎはベッドに横になって考えた。
「よーし、次はまもちゃんと絶対二人きりで来よう」
 うんうんと頷いて反動を付けてベッドから起きあがる。窓を開けると小さな張り出しがあり、うさぎは身を乗り出して外を眺めた。
「お嬢さん、僕と散歩に行かないか」
「わっ! はるかさん、びっくりした」
 ひょいと目の前に出てきた顔に驚いて、うさぎは身を仰け反らせる。にこにこと笑って誘うはるかは、窓の外に張り出しに腰を下ろしていた。
「ここ、2階なのに」
「隣から伝って来たんだ。これくらい平気さ」
 隣の窓を指さして見せる。これくらいと言うが、かなり距離があるし、落ちたらいくらはるかとはいえ危ないんじゃないだろうか。
「行こう」
「で、でも、はるかさん…きゃあっ」
 ふっと消えたはるかに、うさぎは慌てて下を見た。芝生の上に立ち、両手を伸ばして降りてくるようにとはるかは笑って言った。
「受け止めるから」
 はるかの姿に安心したものの、何で窓から降りなければいけないんだと溜息を付いたが、結局うさぎは覚悟を決めて窓から飛び降りた。
 ふわりとうさぎを両腕で受け止め、はるかはゆっくりと地上に降ろす。ぎゅっと目を瞑っていたうさぎは、地面に降ろされてから目を開いた。
「はー、良かった」
「僕がお姫様をおっことす分けないだろ。この先に景色のいい場所があるんだ。さ、行こう」
 安堵に胸を押さえていたうさぎの手を取り、はるかは湖へと向かって走り出す。慌ててそれに着いていったうさぎは、木立を抜けて現れた景色に呆然と見とれ立ち尽くした。
「ね、綺麗だろ」
「うん。ほんと、綺麗……」
 夕日を反射して光る黄金色の水面と赤く染まる山々、木々のざわめきの全てが平和と安らぎを、うさぎの五感に訴えてくる。うっとりと風に身を任せ見ているうさぎを、はるかも幸せそうに眺めていた。

「うさぎはどこへ行ったの」
「部屋には居ないようね」
 苛々して聞くレイに美奈子は首を振った。居場所を尋ねてみようと叩いたはるかの部屋からも返事はない。これは、と部屋の中を覗いてみると、窓が開けっ放しで風が入り込んでくる以外何もなかった。
「抜け駆けしたな」
「流石にやることが早いのね」
「感心してる場合じゃないでしょ、亜美ちゃん」
 親指の爪を噛んで悔しがるまことに言う亜美を見て、レイが眉を吊り上げた。
「何かあったのか」
「衛さん、せつなさん?」
 せつなの部屋から現れた衛を、レイ達は不思議そうに見た。みんなの不審そうな目にも気付かず、衛は何かあったのかと訊いてきた。
「いえ、たいしたことじゃないんです。それより、衛さん、せつなさんと何話してたんですか」
「え? いや、大学の専攻の事でちょっと。ほら、れいかさんと同じ研究室だろ? ちょっと興味があって」
 な、とにっこりせつなに笑いかける衛に、みんなの目が益々冷たくなっていく。せつなは気付いているのかいないのか、不可思議な笑みを湛えて立っていた。
「はるかなら湖の方へ行ったわよ」
「みちるさん」
 こちらも不可思議な微笑を湛え、みちる声を掛けた。それを聞いてレイとまことはいきなり走り出した。
「あらら、出遅れちゃった」
「もうすぐお夕飯の時間ですもの。戻ってくるわよ」
「そうね」
 口元を押さえて二人の走りっぷりに呆れていた美奈子は、亜美の言葉にそれもそうだと頷いてソファに腰を下ろしテレビを付けた。
 亜美も隣に腰を下ろして自分の持ってきた参考書に目を通し始める。一体何がどうしたんだと把握できない守りは、二人の美女に挟まれて、ただ曖昧に笑っているしかなかった。
「陽が沈む」
「そして美しい付きが昇る。僕の月が……」
 そっと肩に腕を回されて、うさぎはハッとはるかを振り仰いだ。はるかの目は真剣で、クサイ台詞を茶化そうとしたうさぎは口を開けず、魅入られたように見詰め返した。
 徐々に顔を近付けてくるはるかに、うさぎは思わず目を閉じてしまう。そっと唇に触れる柔らかな感触に、うさぎは震えた。しっとりとしたその感触は、いつもキスしている衛のそれとは微妙に違う。
 はるかの手が顎に掛かり、僅かに力を込めて押さえてくる。それに促されるように唇が開き、はるかの舌がそこを通り抜けて中へと入っていった。
「ぅ……」
 こんな激しいキスは衛とでさえあまりしたことがない。口腔を自在に動き翻弄するはるかに、うさぎは息も継げず身体が熱くなって頭が朦朧としてきた。
 漸くはるかが退くと、がくりとうさぎの膝が崩れ折れる。それを支えて再び口付けようとはるかが身を屈めた時、ぴたりと何か白いものが顔に張り付いて、驚きのあまり手を離してしまった。
「何だ? お札?」
「それ以上は許さないわよっ」
「やれやれ、僕は悪霊かい」
「それより質が悪いさ。うさぎちゃん、大丈夫?」
 顔にぴったり張り付いたお札を取ったはるかを横目で睨み付け、まことはぼーっとして地面に座り込んでいるうさぎの頬を軽く叩いて正気に返した。
「あ、あれ、どうしたの? まこちゃん、レイちゃんも」
「もうすぐ夕飯だから迎えに来たんだ」
「あ、もうそんな時間なんだ」
 まことに手を貸されて立ち上がったうさぎは、睨み合っているレイとはるかを見て、今までのことを思い出した。
 途端に頬が熱くなり、再びくらりと眩暈がしてまことに縋り付いてしまう。それを支えて、まことはうさぎと二人を交互に見た。
「まこちゃん、早くうさぎを別荘まで連れてって」
「あ、うん」
 仕方がないとまことはうさぎを背中におぶって、別荘へ向かい歩き始める。レイは暫くはるかと睨み合っていたが、やがて踵を返すと歩き始めた。
「負けられない…いや、勝ち負けじゃないんだ」
 溜息を付き、はるかは独り言ちると、別荘へ向かっていった。
 別荘の前まで来てやっと元に戻ったうさぎは、まことに降ろしてと言い、中には自分の足で入っていった。安心したように出迎える美奈子と亜美に衛のことを聞くと、二人は黙って顔を見合わせた。
「何、まもちゃんどーかしたの?」
「さっきまでここに居たんだけれど、今はせつなさんと部屋に居るよ」
「せつなさん?」
 あまり話したことのないせつなの、大人っぽいエキゾチックな顔を思い浮かべ、何故衛と二人で居るのだろうとうさぎは訝しんだ。呼んで来ようかという美奈子の言葉に、うさぎは首を振って断った。何となく今は会いたくなかったのだ。
「すぐに夕ごはんでしょ。今日の料理はなんだろなー。あ、まこちゃんが作るの?」
 多分、はるかとあんなことをした後に衛に会うのは後ろめたいのだ。正直衛がこの場に居なかったことにほっとしている。
 でも、せつなと一緒に居るということに、ちくりと何かが胸の中で疼くのを認めたくないように、わざとはしゃいでまことに聞いた。
「ううん、今日は正木さんが作るってさ。でも、明日は庭でバーベキューしよう」
「わーい、まこちゃんの料理大好き! 楽しみだね」
「うさぎちゃん、明日の料理も楽しみだけれど、今晩と明日の朝からは宿題やらないとね」
「げっ」
 諭すように言う亜美に、うさぎは勿論まことも美奈子も冷や汗を垂らし胸を押さえた。丁度入ってきたレイも苦笑しながらそれを聞き、夕食の準備を見にキッチンへと入っていった。
 夕食の後は丁度良いということで、上級生二人と衛、せつながにわか家庭教師となり、それぞれ持ち寄った宿題を見て貰うことになった。ただ、亜美だけは宿題は済んでいるからと、参考書相手に一人で自習すると言う。
「こうなって、ああなると、解ったか?」
「うーん、まあ何とか」
「どうにか高校に入れたからって、今度は大学受験があるんだから、このくらいで解らないようじゃ大変だぞ」
「いいもーん、私はまもちゃんのお嫁さんになるんだから」
 ノートを目の前にして四苦八苦しているうさぎに教えながら、衛は溜息を付いた。舌を出してからにっこり笑ううさぎに、他のみんなは苦笑する。
「休憩しましょうか、とっておきの紅茶とクッキーで」
「わーい、賛成」
「こら」
 コン、とシャーペンで頭を叩かれ、うさぎは苦笑いして頭を掻いた。レイとまことがキッチンへと向かい、他のみんなは亜美以外やれやれと身体を伸ばした。
 亜美は夢中になって参考書を見ていたが、ふと目を上げると衛の方に近づいていった。
「衛さん、ちょっと伺ってもいいですか? この公式の展開方式なんですけど、こうなってこうすると……」
「ああ、これは、……と。俺よりせつなさんの方が分かり易いか、せつなさん」
 亜美の示した箇所を説明していた衛だったが、眉を顰めるとせつなに呼びかける。はい、と立ち上がって側まで来たせつなは、その部分を見てなにやら説明し始めた。
「凄いわねえ、亜美ちゃん。衛さんもせつなさんも大学では一流どころだし、博士号だって夢じゃないってのにあんな風に聞いていて、良く解ると思うわ」
 感心したように見て言う美奈子に、ふと眉を曇らせてうさぎは彼らとは反対側のフランス窓に近づいていった。外を見上げると、白く輝く美しい月が天中に浮かんでこちらを照らし出していた。
「気になる?」
「みちるさん…。うん、ちょっとは。だって、私ほんとはまもちゃんにふさわしくないかもって、どっかで思ってるから」
「ふふ…確かにお似合いに見えるものね」
 ちらりと衛の方を見ると、とっくに亜美は議論の輪から抜け、せつなと二人だけでなにやら難しい話をしているようだ。その二人の姿は、確かに美男美女、加えて頭脳明晰カップルに見える。
 急に胸が痛くなって、うさぎは二人が目を逸らすと月を見上げた。
「大丈夫よ、何しろあなた方は30世紀にはクイーンとキングになる運命なんですから。生き証人も居るし」
「それって、別にまもちゃんが私のこと愛して無くてもそうなるって言いたいんですか」
 皮肉めいた口調を敏感に感じ取って、うさぎはみちるを見詰めた。にこりとみちるは謎めいた微笑を投げかける。その肯定とも否定とも取れる微笑みに、うさぎはぎゅっと唇を噛み締めた。
「そんな風に聞こえて? 貴方はもっと自信を持っていいわ。衛さんはあなたのことを愛しているもの。いえ、衛さんだけでなく、私たちみんな貴方のことを愛しているわ、プリンセス……」
「私は…私は、今は普通の女の子でプリンセスなんて関係ないわっ」
「ど、どうしたのうさぎちゃん」
 突然響いた大きな声に、びっくりしてみんなうさぎとみちるの方を振り返る。はっと気付いて口元を押さえ、泣きそうな目をするうさぎに、慌てて駆け寄ろうとした衛は、一瞬遅くその役目をはるかに奪われてしまった。
「こいつが苛めたのか」
「う、ううん…何でもないの。ごめんなさい、大声出して」
 普段はクールで落ち着いているはるかが、うさぎを宥めるように肩を叩き、ついでみちるの方を睨み付ける。睨まれたみちるは、ふわりと微笑むとうさぎの目の前に顔を近付けて囁いた。
「ごめんなさい。そう……でも、私はうさぎが好きなのよ」
 ハッと伏せていた目を上げ、みちるをうさぎは見詰める。見詰め返す瞳は海の深い場所の彩、底の見えない神秘的な瞳。
「何かあったの?」
 ティーポットとクッキーを乗せたワゴンを押して、レイとまことが戻ってくる。緊張していた空気はそのおかげで前の雰囲気に戻った。
「私ミルクティー」
「はいはい、ほんとは美味しい紅茶はまずストレートがいいんだけど、お子様のうさぎにはたっぷりミルクと砂糖を入れてあげるわ」
「なによー、レイちゃんだってミルクティーが好きでしょ」
「残念でした。私は檸檬ティーの方が好きなの」
 はい、とみんなにそれぞれ好みの紅茶を入れ、クッキーの缶のふたを開ける。いつもなら隣には衛が居るのに、今は一緒に座りたくないと右にはるか、左にみちるという真ん中に、うさぎは腰を下ろした。
「ちょっとやりすぎたかしら」
 ぽつりと呟く亜美の言葉を捕らえて、美奈子は微かに眉を顰めた。
「亜美ちゃん?」
「衛さん、また教えてくださいね」
「あ、ああ。いいよ、いつでも」
 うさぎの態度が気になるのか、ハッと振り向き返事をする衛に、亜美はにこりと笑いかけた。

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