Nova Luna−3−
夜になってもうさぎはさっきのことが忘れられず、ベッドで寝返りを幾度か打った後、諦めて起きあがった。吐息を付いてカーテンを開くと、窓の外には見事な月が輝いている。灯りなど点けなくても窓から差し込む月明かりで充分明るくなった部屋で、うさぎはいつもの自分らしくないと重い気分に再び吐息を付いた。 「どーしちゃったんだろ、私。まもちゃんが好きで、まもちゃんも私が好きで……多分、私のこと」 でもそれが運命で決まったレールの上でのことだと、さっきみちるに言われたようで胸が痛くなる。もし、自分が月のプリンセスではなく、衛が地球のプリンスでなったら、二人は恋に落ちることなどなかっただろうか。 軽くドアをノックする音に、うさぎはハッと扉の方を振り向いた。今時分誰だろうと返事をすると、予想外の声が返ってきた。 「亜美ちゃん?」 「夜遅くにごめんなさい。何だか気になったものだから」 扉を開け亜美を招き入れると、うさぎは灯りを点けようと手を伸ばした。だが、それを止め、亜美はうさぎと一緒にベッドに腰を下ろした。 「さっきのことごめんなさい。私がいけなかったわ」 「何? なんで亜美ちゃんが謝るの」 「だって私が衛さんに質問しなければ、せつなさんだって」 衛とせつなの名前がデルと、胸が急に痛み始める。お似合いの二人、それに、セーラープルートはキングエンディミオンを慕っていた。 「別に、ヤキモチなんて妬いてないもん。平気よ、私、まもちゃん信じてるから」 無理に笑顔を作ろうとすると頬が引きつってしまう。亜美はそっと手を伸ばし、うさぎの冷たい頬に触れた。 「無理しないで、私たち親友じゃない。何でも話して」 ぽろりとうさぎの目から透明な滴がこぼれ落ちる。それを指先で拭い、亜美は涙の跡をたどるように口付けた。驚いて見るうさぎの瞼にも口付け、さらに唇も重ねる。 「あ…み……ちゃん」 「好きよ、うさぎちゃんが。プリンセスなんて関係ない、私の親友…いえ、もっと大事な人」 いつの間にかうさぎは亜美に押し倒されていた。月明かりに浮かぶ亜美の白い顔は、驚くほど真剣で真摯な瞳を向けている。何か言おうとした唇を再び口付けで塞がれ、舌先がそこを割って入り込もうとして、漸くうさぎは驚きに目を見開いた。 「……うさぎ、起きてる?」 亜美の手がパジャマに掛かった時、扉の外から声が掛けられ、うさぎは焦って口付けを振り払った。 「れ、レイちゃん」 「そう……、えっ、亜美ちゃん!」 さっき亜美を招き入れた時、鍵をかけるのを忘れていたため、入って来られたレイはベッドに押し倒されているうさぎを見て絶句した。 「亜美ちゃん、何してるの」 「見れば分かると思うけど」 にっこり笑って上から退き、起きあがる亜美の下から素早く抜け出すと、うさぎはぴたりと背を壁に押しつけてどうしようかと交互に二人を見た。 二人の間には見えない火花がぱちぱちと爆ぜている気がする。 「こんな夜中に、うさぎに何の用なの」 「レイちゃんこそ、何かあったの」 言葉は穏やかなものの、裏に込められたライバル意識に、うさぎは不思議に思いながらも漸く気付いた。 「あの…二人とも、もう遅いし、夜中だから寝た方がいいんじゃない」 「うさぎ!」 「は、はいっ」 強い口調にぴんと背筋が伸びてしまう。つかつかと近づいてきたレイは、強くうさぎの両肩を掴むと、いきなり顔を寄せて口付けた。 「……レィ…」 「さっき何があったか知らないけど、忘れちゃいなさい。でも、これだけは覚えていて、私はうさぎが大好きよ。キスだってなんだってしたいくらい」 「………」 にっと笑ってレイは再び口付ける。肩から手を離すと、うさぎはへたへたと床に座り込んでしまった。 「負けないわよ、亜美ちゃん」 「私も頑張るわ」 ぎゅっと拳を握り締め、二人は見つめ合い、お休みと挨拶をして部屋から出ていった。残されたうさぎは一体今何があったのかと呆然と扉を見詰めてしまう。 そりゃ、あの二人も、あの二人も……レイと亜美、はるかとみちるのことである……好きだけど、それとキスとは繋がらない。衛とはストレートに繋がってくるのに。 「だって……女の子同士で」 くらくらする頭を押さえつつ、うさぎはベッドに潜り込んだ。きっとこれは夢で、時分の胸が痛いのも、みんなが変なのも一時の気の迷いに違いないと無理に納得させ、うさぎは眠りに就いた。 「どーしたの、うさぎちゃん、名前の通りに目が真っ赤」 「ちょっと夢見が悪くて寝られなかったの」 次の朝、洗面所で会った美奈子に指摘され、ぼーっとした顔で鏡を見詰め顔を洗うと、うさぎはやはりあれは夢だったのだと思うことにした。でないと顔が合わせ辛い。 「おはよう。今日も可愛いね」 くい、と顎を持ち上げられ、頬にキスされる。ぎょっとして飛び退くと、笑顔のはるかが立っていた。 「お、おはようございます」 「何? そんな顔して」 びくびくと壁に張り付いているうさぎを笑って見詰め、はるかは首を傾げた。 「いえっ、別に」 ぶんぶんと首を横に振ってダッシュではるかの横を駆け抜け、うさぎは時分の部屋へと戻った。走ったせいか、はるかの顔を見たせいか、胸がどきどきしている。 「おはよう、うさぎちゃん。食事の支度出来てるから早く降りといで」 「あっ、うん。ありがと、まこちゃん」 扉をノックして言うまことに、うさぎはほっとして応えた。取り敢えず今のところまことと美奈子、それにせつなは何も言ってこないし、まさかあの三人もなんてことはないよね、とうさぎは胸を押さえた。 胸の鼓動と別の痛みが沸き起こってくる。 「うん……せつなさんは…、違うよね…」 溜息を付いてうさぎは服を着替えると、1階へ降りた。みんなが揃っている中に努力して笑顔を作り、うさぎは席に着く。できたての朝食はまことの手作りらしく、暖かくて美味しかった。 「まーもちゃん、外に散歩に行こうよ。すっごい湖が綺麗なんだよ」 食事をしていくうちにすっかり元気を取り戻したうさぎは、新聞を見ている衛を散歩に誘おうと声を掛けた。 「宿題は終わってるのか」 「え、まだだけど」 「後で困るのはお前なんだぞ。朝の内の方が勉強しやすいんだから、今の内にやっておけよ」 むーっと膨れてしまったうさぎの頭をぽんと叩き、衛は再び新聞に目を通し始める。普通ならここでもっとだだをこねて衛が呆れながらも付き合ったりするのだが、今日のうさぎはそれもせずにくるりと踵を返すと、一人で外へ出ていった。 「あまりうさぎちゃんに厳しくしてると、嫌われちゃいますよぉ」 苦笑しながら今の出来事を見ていた美奈子がからかうように言うと、衛は一瞬ぎくりとしたようだったが、咳払いをして威厳を保つように新聞から目を離さずに言った。 「甘やかすとつけあがる」 「ほんっとーに、いいのかな」 この旅行に掛けるみんなの意気込みを衛は知らないから、そんなに悠長にしていられるのだろう、と美奈子はこっそり呟いた。 夕べは疲れてぐっすり寝てしまい、出遅れてしまったかもしれない。今朝のうさぎの様子は何か変だ。美奈子はそう考えると、うさぎの後を着いて外に出ていった。 うさぎは木立を抜け、綺麗な草むらに来ると涼しげな木陰に座り込んだ。さやさやと身体を包んで流れていく風に身を任せる内に、心の中で渦巻いていたもやもやが洗われていくような気がする。 目を閉じて木に凭れかかったうさぎは、そのまま心地よい眠りに引き込まれていった。 「あれ、こんなとこで寝てると風邪引いちゃうのに」 口を小さく開けて眠っているうさぎを見つけ、美奈子はくすりと笑った。そっと滑らかな頬に指先を滑らせる。前世がどうだとか、使命がどうとかいう前に、ここに寝ているただの少女が好きだという気持ちは、みんなと変わりない。 「寝込みを襲うってのは感心しないな」 「はるかさん」 キスしちゃおうかな、と考えてじっと見詰めていた美奈子は、掛けられた声にハッと振り返った。 「可愛い顔して……」 「手を出さないでください」 はるかが伸ばした指先を、ぴしゃりと美奈子ははね除ける。セーラー戦士としてのウラヌスは信用出来て頼もしいけど、ことうさぎに関しては危険人物ナンバーワンだと美奈子は思っていた。 「ん……何?」 緊張した空気に気付いたのか、うさぎがぼんやりと目を開いた。立って見つめ合っている美奈子とはるかを見て、何かあったのかと首を傾げる。それに気付いた美奈子は、うさぎの手を取り引っ張ると、はるかの前から引き離すように歩き始めた。 「ど、どうしたの、美奈子ちゃん」 「別に、ここは良くない場所だから、向こうに行きましょう」 「良くない?」 何が良くないんだろうと考える暇もなく、どんどん歩かされて湖の岸辺まで来てしまった。 「あ……」 手を引いて歩いていた美奈子がぴたりと足を止める。勢い余ってその背中にぶつかったうさぎは、一体どうしたのかとぶつけた鼻の頭を押さえながら前方を見た。 ここからちょっと離れた岸部に、衛とせつながしゃがみ込んで何かを見ている。さっき時分が誘った時にはあんな風に邪険にしておいて、せつなとは来るなんて…、とうさぎは急に哀しくなって美奈子の手を振り解き駆け出した。 「うさぎちゃんっ」 焦る美奈子の声を背に、うさぎは今来た道を駆け戻っていく。途中木の根に引っかかってあわや転びそうになった時、誰かの腕に支えられた。 「そんなに急いで何処に行くの。危ないよ」 「……はるかさん……」 よろけた身体を支えてしっかりと立たせたはるかは、にこりと笑うとうさぎを見詰めた。うさぎははるかの服にしがみつき、顔を埋めてしまう。 「まもちゃんは…、まもちゃんは、せつなさんが好きなの? もう私なんか好きじゃないんだ」 「泣かないで、じゃないとまたキスしちゃうよ」 ぴく、とはるかの言葉に反応してうさぎは恐る恐る顔を上げ見た。はるかは再び笑みを浮かべると、うさぎの肩を抱いて近くの木陰へと連れて行った。 「どうして彼がせつなのこと好きだなんて思うんだい」 「だって、私がここに誘った時は怒ったのに、今せつなさんと一緒に」 「ヤキモチ? 可愛いね」 くすくすと笑うはるかに、うさぎは顔を背けて唇を噛み締めた。 「はるかさんやみちるさんみたいに何でも出来て、格好良くて、美人で強い人には私の気持ちなんかわかんないよ」 「僕らが何でも出来る? 自分の気持ちにさえ振り回されてるってのに」 今までの笑いを含んだ声ではなく、苦みを帯びた声にうさぎは顔を戻した。眉を顰めてはるかは地面を睨み付けている。 「自分の、気持ち?」 「そう……ひとりぼっちの外惑星で、ずっと憧れ続けていた美しいプリンセスとクイーンに感じた気持ちと、今ここに居る普通の女の子に感じる気持ちが何故同じじゃないんだ」 地面を見ていたはるかは、いきなりうさぎを強く抱き締めた。 「見ているだけで幸せだった、あの頃は。でも今は全身で君を感じたい、抱き締めて口付けて」 「はるかさ…」 はるかの唇がうさぎの唇を塞ぎ、しっとりと吸い上げる。 「あいつが手放すなら、僕は……」 囁いて再び口付けようとしたはるかは、地面を踏みしめ歩いてくる足音に、ゆっくりと振り返った。青ざめた顔で衛が立ち尽くしている。ぼんやりと目を開いたうさぎは、衛とその後ろにいるせつなを見ると、強く目を閉じた。 「うさこ」 「はるかさん、足が痛いの、別荘に戻ろ」 「ああ」 軽々とうさぎを横抱きに抱え、はるかは二人を無視して歩き始めた。うさぎは両腕を強くはるかの首に回して抱きつき、衛たちの方を見ないようにして顔を伏せた。 「いいのか」 「まもちゃんだって、きっと私みたいな我が儘お子様より、大人で綺麗で優しいせつなさんの方が好きになったんだよね。仕方ないよ、人生そんなこともあるって」 別荘の前まで来ると、はるかの腕から降りたうさぎは大きく溜息を付いて言った。 「僕は我が儘お子様の方がいいけどな」 「ありがとう。優しいね、はるかさん。私もはるかさん好きだよ、だけど……」 「うさぎーっ、何してんの。もうみんな宿題始めてるよ。早くおいで」 「はーい」 ぺろりと舌を出してレイに応え、うさぎは別荘の中に走り込んでいく。はるかも肩を竦めて後に続いた。 ぎこちない衛とうさぎの様子に、みんなは何かあったのかと思いはするものの、誰も聞こうとはしなかった。そのうちに昼となり、夕食も済んで夜となる。 「うさぎ、入るわよ」 「おじゃましまーす」 「こんばんは」 「まだ寝てないわよね」 ぼんやり窓の外を見ていたうさぎは、突然ぞろぞろと入ってきた4人を驚いて見た。夕べのこともあったから、今晩はしっかり鍵掛けて誰も部屋に入れないで寝ようと考えていたのだが。 「どうしたの、みんな」 「今晩は抜け駆け禁止ってことで、みんなで来たの」 「抜け駆け?」 「そんなことより、ねえうさぎちゃん。衛さんと喧嘩でもしたの」 ほがらかに言う美奈子を黙らせて、まことが心配そうに訊ねた。顔を曇らせ目を伏せるうさぎに、4人はやっぱりと顔を見合わせ頷いた。 「喧嘩じゃないけど」 「せつなさんのこと? 衛さんでも浮気するのかなあ」 「するんじゃない、男だし」 「えー、そんなんあり? 酷いよ、うさぎちゃんが居るのに」 「だから浮気だって言うんじゃない」 「みんな浮気浮気って言わないで、うさぎちゃんの気持ちも考えてあげてよ」 喧々囂々と言い合う他のみんなを制して亜美が言うと、みんなはしまったというように口をつぐんだ。 「浮気…じゃないかもしれない」 ぽつりと呟くように言ううさぎを、ハッとみんなは見詰めた。 「まもちゃんが、本気でせつなさんを好きだったら、私どうなるのかな。まもちゃんと結婚してクリスタル東京を作るネオクイーンセレニティにはならないのかな」 「だって、そしたら未来が変わっちゃうじゃない。ちびうさちゃんだって生まれてこないことになる訳」 美奈子が疑問を口にすると、亜美が頷いた。 「いいえ、未来はそこまでは変わらないと思うわ。時間はどうにか修復しようとするものだから」 「そうそう、それにたとえばもし衛さんがせつなさん好きでも、ちびうさちゃんが生まれることはあるし」 えっ、と一斉にみんなはそう言ったレイを驚いて見詰めた。 「愛情と子供は関係ないこともあるのよ。私みたいに」 苦々しく言うレイに、みんなは二度驚いて見詰めた。そういえば、レイは両親のことをあまり話さない。 「要は政略結婚ってこと。……嘘よ、そんな目をしないで、うさぎ」 ぽろりと涙をこぼしたうさぎに、慌ててレイは否定する。 「でも、ちびうさもせつなさん、いえ、セーラープルートを自分の母親以上に慕ってた。私より彼女の方がいいのかもしれない」 「うさぎちゃん」 「うさぎ、泣かないで」 慌てて他のみんなもうさぎを慰めた。 「あたしらみんなうさぎちゃんのこと、大好きだよ。もちろんうさぎちゃんがプリンセスじゃなくたって好きなんだ。だって初めて会った時にはそんなこと、全然知らなかったんだから」 「そうよ、私は、セーラームーンがプリンセスだってこと知っていたけど、でも、うさぎちゃん自身が好きなのよ。だってプリンセスはおしとやかで軽やかで優雅で何でも出来たけど、うさぎちゃんはおっちょこちょいだし成績だって私とどっこいだし、泣き虫で…」 それって全然慰めてないじゃないかと、みんなが焦って美奈子を見る。 「でも私たちの先頭に立って一番危険なときにあなたを守らなければならない私たちを、逆に守って励ましてくれる。それはうさぎちゃんだから。うさぎちゃんじゃなきゃ駄目なの」 「美奈子ちゃん」 「敬愛じゃない、友愛、親愛……愛にも色々な言葉があるわ。私はうさぎちゃんを愛してる」 「亜美ちゃん」 「ほんと、すぐ泣くんだから、私が付いてないとね」 「……レイちゃん」 「少しは、いや、絶対自信持っていいよ。こんなに好かれてて文句言ったら罰が当たるぞ」 「まこちゃん…みんなありがとう。へへ、駄目だね。私こんなにみんなに励まして貰ってるのに、まもちゃんのことでぐずったりして。もう泣かないよ、大丈夫。きっとそのうちせつなさんにも負けないような大人のオンナになってまもちゃんを見返してやるから」 次第にうさぎの表情が明るくなり、最後にはいつもの笑みを浮かべてにっこりとVサインを見せる。みんなはうさぎの背中を叩き、頭を撫でた。 「よし、今晩は飲み明かそう!」 「えっ、飲むって」 ぽん、と手を打ってさっさと部屋を出ていくレイに、慌ててうさぎが声を掛けた。だが、それを制してまことも腕まくりをしながら後に続いて出ていく。 「地下の蔵にワインがいっぱい入ってるの。おつまみは適当でいいよね」 「何か作るよ。余りものでもなんでもあれば」 「私も手伝うわ」 「私も……うさぎちゃんはここで待ってて」 美奈子と亜美も出ていき、うさぎは一人部屋に残されたが、もう自分の心に残っていた嫉妬の澱みは一掃されていた。 「機嫌は直ったかい、お姫様」 開けっ放しのドアを叩いてはるかが入ってくる。うさぎはにっこり笑って頷いた。 「はい、もう平気です」 「そいつは残念」 え? と驚いて見るうさぎに、はるかはウィンクして応えた。 「あいつに愛想尽かして別れることになったら、僕が恋人に立候補しようと思ってたんだ」 「そんなあ、はるかさんてば、じょーだんばっかり」 「この前のキス、本気だって思えなかった?」 真剣な表情をして顔を寄せるはるかに、うさぎは僅かに狼狽えて身を引いた。頬が熱くなるのを、手を振ってごまかす。 「あ、あはは、その時はよろしくお願いします」 「ああっ、はるかさん、またうさぎにちょっかい出して」 「今回は何もしてないよ…まだ」 ワインやジュース、おつまみにグラス等を持ってきたみんなは、はるかを見て眉を顰めた。まだ、という所にちょっと引っかかったが、取り敢えず支度を済ませ乾杯の音頭を取る。 最初の一杯はワインを空けたが、そこから先は流石にジュースや炭酸飲料などに替えていった。 「うさぎちゃーん、男なんかよりあたしの方がいいって」 「…れ、レイちゃん、酔ってる?」 「酔ってなんかいまへんよー」 ワイン一杯で既に呂律が回らなくなっているレイに押し倒されそうになって、うさぎは慌てて身体を捻り避けた。みんなノンアルコールに替えたはずなのに、かなり酔いが回ってるのかうさぎに絡み始める。 うさぎはといえば、ほんのりいい気分になってるくらいで、酔っぱらっているという感じではない。 「うさぎ…食べてもいいか?」 手の甲に口付けながら言うはるかに、うさぎはひくりと引きつってしまった。 「はるかさんも…酔ってません?」 「らめよー、うさぎちゃん。はるかさんってば天性のたらしなんらからぁ」 ぱちぱちとはるかの肩を叩き、笑いながら言う美奈子を見てうさぎはそっと周りを見回した。何故かワインの瓶が4本空になって転がっている。知らない内に開けたのだろうか、年代物の多分高いワインだろうに。それ以前に高校生がこんなに飲んでいいのか。 「私ちょっとトイレに行って、風に当たってくるね」 こっくりし始めている亜美の横を抜け、うさぎは部屋から出ていった。ほーっと息を吐いて下へと降りていく。 トイレに行ってロビーから中庭に面しているガラスの扉を開き、うさぎは外に出た。月が白く輝いて辺りはぼんやりと明るくなっている。 「もし、まもちゃんが私のこと嫌いになっても……大丈夫、みんなが居るから」 「誰が嫌いになるって」 「まもちゃん!」 胸の痛みより遙かに勝るみんなの好意が胸に暖かい風を吹き込んでくる。確かめるように呟いたうさぎは、いきなり後方から声を掛けられて驚いて振り返った。 扉に背を凭れかけるようにして、衛が真剣な表情で見詰めている。胸に突き刺さるような視線に、ズキリと心臓が鼓動を増し、うさぎは目を反らせた。 「うさこ……」 「だって、まもちゃん、せつなさんと。お似合いなんだもん。さっきだって私が誘っても怒ったのにせつなさんと」 口元を押さえ躊躇いがちに答えるうさぎに、衛は厳しい顔で近づいていく。 「お前だって、あいつと一緒だったじゃないか」 「あいつ? はるかさんのこと?」 驚いて顔を上げると、衛の顔が直ぐ側にあった。顔を逸らそうとしたが、強く抱き締められて果たせなかった。 「まもちゃ……」 口付けは強引で激しく、普段の優しい衛とはまるで違う。振り払おうとするうさぎを許さず、衛はさらに深く口付けた。 「渡さない…誰にも」 つっと零れたうさぎの涙の滴が首筋に落ち、衛はハッと腕を緩めて腕の中の少女を見た。 「私がセレニティで、まもちゃんがエンデイミオンだから……だから、まもちゃんは私のこと好きになってくれたんでしょ。ただのおだんご頭の馬鹿うさぎだったら好きにならなかったんだよね」 ぽろぽろとうさぎの目から涙が溢れ出た。さっきあれだけみんなに言われて、もう泣くまいと思っていたのに、こんな風に目の前に突き付けられると胸が痛くて堪らない。 「何言ってるんだ、俺は」 「いいんだ。私頑張ってまもちゃんに相応しいオンナになるから。みんなにもそう宣言したし。そしたら改めて恋人にしてくれる?」 そう尋ねるうさぎを衛は強く抱き締めた。衛も以前自分がエンディミオンの生まれ変わりではなく、ただの地場衛だったなら、うさぎを愛することになっただろうかと考えたこともあった。けれど、今目の前にいる普通の少女以外、誰も衛の心を捕らえるとは出来なかったのだ。 たとえこの恋が前世からの繋がりであっても、今自分がうさぎと愛していることに間違いはない。 「今だって充分相応しいよ。いや、俺の方が相応しくないかもしれない。浮気してるなんて疑われるようじゃな」 「でも、せつなさんは……」 「彼女は優秀な人だ。魅力的だと思うけど、それだけさ」 多分、せつなの方はそれだけでは無いだろうと確信している。転生する前にキングエンディミオンに見せた切ないまでの想いを、うさぎは思い返して微かに胸が痛んだ。 「それより、あいつはお前のこと、本気なのか」 真剣に訊かれてうさぎは目を伏せた。 「渡さないからな」 抱き締めた衛の腕が腰に回り、唇は首筋にと移動していく。そっと胸に触れてきた衛の手に驚いて、うさぎは身を退こうとした。 「まも…」 「愛してる、うさ…」 口付けながら衛は手をうさぎの胸に這わせ、そのまだ未熟な乳房をゆっくりと服の上から撫でた。ぴくりと引きつるうさぎをしっかりと片手で押さえつけ、さらにボタンを外そうとする。 「まもちゃん…や……」 首を振って止めようとするうさぎを宥めるように口付けていた衛は、カタンという微かな物音にハッと見上げた。 丁度中庭に面した二階の窓から、はるかの冷ややかな顔が覗いている。その目は衛を睨み付けるように据えられていた。衛も負けじと睨み返し、うさぎからゆっくり手を離した。 「ごめん…」 「まもちゃん」 「焦った。誰かに捕られるんじゃないかと思って。こんな状況で初めてなんて良くないよな」 優しい笑みを浮かべて、衛はうさぎの肩を抱き別荘へ戻ろうと促した。頷いてうさぎは歩き始めたが、僅かに衛から身体を離している。 「うさぎちゃん、大丈夫だった」 「こんなとこで、いけない事しようなんて、衛さんてさいってー」 別荘に入った途端、ずらりと揃った顔ぶれに、ぎょっとして衛とうさぎは動きを止めた。そんな衛からうさぎをひったくるように離すと、みんなは口々に冷たくののしり始めた。 「怖かったでしょ、うさぎちゃん」 「男ってすーぐ狼になるんだな」 「ちょ、ちょっと」 衛が弁解の言葉を口に出そうとするのを冷ややかに一瞥して、みんなはうさぎを守るようにさっさと二階へ上がってしまう。呆然と残された衛は暫く立ち尽くしていたが、やがて現れた人影に身を引き締めた。 「本気なのか」 「本気さ。僕はいつだって。未来も運命も変えようと思えば変えられるもものさ」 「そうはさせない」 にやりと笑うはるかに、衛は厳しい表情で睨み付けた。 「なら、もっとちゃんとうさぎを捕まえておいて。でないと誰かの罠に引っかかってしまうわよ」 後ろから現れたみちるの言葉に、衛は益々きつい表情を向け、踵を返した。 「王子様は結構根性があるかもね」 「なかったら奪うまで」 笑みを崩さず言うと、はるかは首を竦めるみちるを残し自分の部屋へ戻っていった。 |