The night when it noyiced love -2-

 
 桜もすっかり緑の葉を色濃くし、それを揺らす風も爽やかさを増してくる中、男子テニス部は真夏の最中のように汗を流していた。
「朝からきっつー」
 一年生達は朝練のきつさに早くも根を上げ、部を退めていく者も居たが、リョーマは汗を流しながらも平然とメニューをこなしていく。
 それに触発され、他の部員達の多くが今まで以上に練習に身を入れていた。
「これで朝の遅刻さえなければいいんだが」
 漸く朝練が終わり、コートを整備し始めるリョーマを眺め、大石は苦笑を浮かべた。寝汚いのか、単に夜更かしが過ぎるのか、寝坊のため遅刻が多すぎる。一般部員の見本となるべきレギュラーがそれでは問題だ。
 とはいえ、既にもう誰もリョーマに普通のレギュラーのような態度を求めている者は居なかった。それでも皆に嫌われていないのは、何故だろう。
 嫌うどころか自分も含めてリョーマには甘すぎる、と手塚辺りは口に出さずとも思っているような気配が時折伝わってくる。
「大石、ぼーっとしてると授業に遅れるよ」
「あ、ああ」
 着替え終わった不二が忘れ物でもしたのか、コートの入り口に立って大石に声を掛けた。
 気付けば、数名の一年がまだ残っているだけでみんな出てしまったのに気付き、大石は慌ててリョーマに声を掛けた。
「もういいから、早く着替えて教室に戻れ」
 部室の鍵を預かっている大石は、一番最後でないと戻れない。
「あ、僕が鍵掛けておくから。ちょっと用事があるんだ」
 だから行っていいよと不二に言われ、大石は少し躊躇っていたが頷いて部室へ行った。
 ぞろぞろと疲れ切った一年がコートから出ていく。挨拶をして次々に出ていく彼らの中から目当ての者の腕を軽く掴むと、不二は何気なくその群れから引き離した。
「なんすか?」
 早く着替えたいと不機嫌な表情で上目遣いに見るリョーマに、不二はにっこり笑いかけた。
「今日昼休み、体育館裏で待ってるから」
 その言葉は先に行こうとしていた堀尾達の耳にも入った。驚きの声を上げる堀尾に、不二はちらりと顔を向ける。
 途端に、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった堀尾と、再び顔を戻して見詰めてくる不二を交互に見ると、リョーマは小さく頷いた。
「わかりました」
 多分、そう答えなければこの腕を離してくれなかっただろうと、リョーマは自分の手首を見た。それほど力が入ってないような握り方だったのに、振り払えなかった。
 何事もなかったように歩き始めたリョーマを追って、やっと硬直の取れた堀尾達が駆け寄ってくる。部室で着替えるリョーマに、堀尾達は不安そうな視線を向けた。
「ねえ、越前くん。不二先輩に何かしたの?」
「別に」
「体育館の裏に呼び出しっていったら、普通リンチとかヤキ入れるとか」
「堀尾くん、漫画の読み過ぎだよ。そんなことないって、あの不二先輩に限って」
 不安そうに声を掛ける加藤に続き、堀尾が言うと水野が慌てて諫めた。荒井や海堂ならそんなこともあるかもしれないが、不二の容姿と暴力とは結びつかない。
「桃先輩に相談してみるとか」
「駄目だよ」
 思いついたように加藤が言うと、入り口から声が掛けられた。驚いて皆が振り返ると、相変わらずおっとりとした表情で不二が扉を開け立っていた。
「さ、早く着替えて、ここ閉めないといけないから」
 ぱん、と一つ手を叩かれ、皆は焦って着替え始めた。着替えている最中にもリョーマは背中にちりちりと突き刺さる視線を感じて、鬱陶しさに軽く溜息を付いた。
 何かした覚えはないが、何もしなくても喧嘩を売ってしまう己の性格は良く知っている。
 アメリカに居た時も向こうでは日本人というだけで、さんざんいちゃもんを付けられたりしたものだ。もちろん大人しく叩かれっぱなしではいない。
 きっちり落とし前は付けていた。そういう生活をしてきたせいか、遠慮とか謙譲とかいう言葉はどこかに置いてきたらしい。
 来るなら来い、というようにドアを潜る時に堂々と不二の横を通り、リョーマは教室に戻っていった。

 殆どの生徒が早く昼休みにならないかと心待ちにする四時限目、不二は窓際の自分の場所から外の校庭を見下ろしていた。
 何を見ているのだろうと、後ろの席の菊丸も外を見てみる。そこでは体育の授業が行われているようで、体操服姿の中にリョーマの顔を見い出した。
 さすがにいつもの帽子は被ってないなと思いながら、再び不二に視線を戻す。後ろからだと表情が良く判らないが、纏う気配は楽しげだった。
 確かにおチビちゃんを見てると飽きないな、と思いつつ菊丸は再び校庭に視線を向けた。
「こら、菊丸、何外見てるんだ。今の所、和訳してみろ」
「えっ」
 いきなり教師に名指しされ、菊丸は焦って立ち上がった。
 教師の言ってる場所が判らず、おたおたしている間にそれを宿題にされてしまう。菊丸はがっかりして椅子に座ると、元凶の不二を睨み付けた。
 不二は教師に見つかる前にちゃっかり教科書に目を向けていて、後ろを僅かに振り返り、そんな菊丸に笑顔を返していた。
 漸く昼休みになり食事を終えた不二は、体育館に向かった。昼休みを楽しむ生徒達の間を抜け、裏手に廻ると途端に静けさが満ちる。
 あまり陽が差さない所だったが、一ヶ所だけ木々の中に太陽の光が降り注いでいる場所があった。
「越前君」
 木の向こうに小さな黒い影が見える。不二はそれに近付くと、正面に回り込んで彼を見下ろした。口を半開きにして木に身を凭れかけ、リョーマは幸せそうな表情で眠っていた。
 微かに笑みを浮かべると、不二はそっと身体を屈ませ、リョーマの頬に指先で触れる。
 起きるかと思ったが、予想以上に寝入っているらしく、ぴくりと反応しただけで目を覚まさなかった。
 不二は指を頬から薄く開かれているリョーマの唇に滑らせた。少しかさついた唇の感触に、不二は誘われるように口付ける。
 二度、三度と唇に触れ、舌を口腔に忍ばせて深い口付けをすると、息苦しくなったのかリョーマの眉間が僅かに顰められた。
「……不二、先輩?」
 目が開く前に不二はリョーマから離れ、立ち上がった。目を擦って欠伸を一つ洩らし、リョーマも制服に付いた汚れを叩きながら立ち上がる。
「何の用っすか」
「うん、もうすんだから」
 答えになってない応えを返し、不二は手を振るとまだよく状況が判ってないリョーマを残して、その場から立ち去った。
 変な先輩だと思いつつ、教室に戻ろうと歩き出したリョーマはふと口に違和感を感じて足を止め、指で自分の唇に触れる。
 僅かに濡れているのは、寝ているときに涎でも垂らしたのかと、拳で拭いて再び歩き出した。
 教室に戻ってきた不二が、ノートに何か書き付けているのを見つけた菊丸は、興味深げにそれを覗き込んだ。
 そこには『変』という字が書かれていて、その隣には矢印が描いてある。
「前言ってたやつ? クイズか?」
「答え、解る?」
「これだけじゃ解るかよ。ヒントないの」
 無いよ、と首を横に振る不二にギブアップして両手を上げ、菊丸は答えを問うた。
「実は僕もまだ掴めてないんだ。これがどうなるか」
「何だよそれは」
 呆れたように吐息を付いて菊丸は自分の席に戻っていく。
 不二は暫くノートを眺めていたが、そっと指で自分の唇に触れた。
 まだ唇にはリョーマの柔らかい唇の感触が残っている。自分のまだ掴めない想いが、リョーマに会えば形になるだろうかと不二は呼び出したのだが、かえって困惑が増すばかりになった。
 普通、男が男にキスしたいなど思わないだろう。リョーマがまだ男というよりは少女のような容貌を持っているとしても、ちゃんと自分と同じ性を持つ者だ。
 それなのに、唇に指が触れた途端、確かめたくなった。あの唇は柔らかくて甘いだろうかと。
「甘いのはあまり得意じゃないんだけどな」
 不二は小さく溜息を付き、シャーペンの先でノートをリズムを付けつついた。相手が女の子なら話は簡単だ。そういう欲望は不二だって例外ではなく持っている。
 一年の時から女の子に告白されるのは両手で収まらず、そのことごとくを断って、周りから淡泊だのもったいないだの噂されていても、不二だってそれなりに溜まってたりするのだ。
 ただ、テニスという発散するものがあるし、女の子は面倒だから付き合わないだけで。
「…不二っ、不二ってば、しゅーすけちゃん」
「何?」
 不二は菊丸に呼ばれて振り返った。少しびびったように菊丸が身を引くと、不二は漸く授業が終わってることに気付いた。
「どーしたの、珍しいじゃん、呼んでるのに気付かないくらいの考え事なんてさ」
「ごめん」
 あっさり謝られて菊丸はさらにたじろいだ。
 いつも周囲を何もかも解ってる風に遠くから見ている不二が、周りの状況に気付かないくらい深刻になってる上に素直に謝るなんてのは珍しい。
「ぶ、部活、行くだろ」
「もちろん」
 にっこり笑って不二は荷物を纏め、さっさと教室を出ていく。残された菊丸は呆然とそれを見送っていたが、慌てて自分も荷物を持ち後を追った。
「何だよ、いつもとかわんないじゃないか」
 さっき見せた姿は幻だったのだろうかと、菊丸はぶつぶつ言いながら着替えコートに出た。
 不二は既に準備体操をしている。その隣ではリョーマが桃城と組みになって柔軟をしていた。
「なんか、びみょーな間というか、空気というか」
「何が」
 不二を見ながら呟いた菊丸の言葉を捕らえ、河村が不思議そうに訊ねた。訊かれた菊丸は、両手で丸のような四角のような形を作り、河村を見上げて小首を傾げる。
「ね?」
「わからん」
「わっかんないか」
 ぽりぽりと頭を掻きながら去っていく菊丸に、河村は大きく溜息を付いた。
 あれで解るのは多分大石くらいなものだろう。菊丸はその大石に今と同じことを繰り返している。一体何が言いたかったのかと、河村は不二の方を見た。
 柔軟を終え、コートに出ようとするリョーマに不二が何か話しかけている。リョーマを挟んで不二の反対側には桃城が居て、何となく居心地の悪そうな表情を浮かべていた。
 リョーマほどでは無いにしても桃城は結構先輩に対して不敵なのだが、不二には弱いらしい。
 それでも離れずリョーマの隣をキープしているとは、相当気に入ってるなと、河村はほのぼのした気分で桃城を眺めていた。
「越前君は休みの日何をしてるの」
「テニスっす」
「どこかのクラブで?」
「いえ…隣の坊さんちで」
 にこにこと素振りをしながら不二はリョーマにとりとめのないことを話しかけていた。
 取り敢えずリョーマはそれに応えていたが、何でそんなどうでもいいことを訊くのだろうと、徐々に不審を感じつつ練習を続けた。
 不二は付かず離れずいつの間にかリョーマの側に居て、目が合うとにっこり微笑みかけてくる。
 普通ならどんな風に見られようと、全く無視か気付かないかなのに、不二の視線だけは振り払えなくてリョーマは次第に苛々し始めた。
「おっと」
 乾の打ち込んでくるボールを返している間も、ついその視線が気に掛かりリョーマの意識が疎かになる。
 うっかり別の者が外したボールがリョーマの足下に転がり、それに足を取られ転がりそうになった。それを隣で打ち込んでいた桃城が咄嗟に支える。
「危ねえな。俺みたいに捻挫でもしたら大変だぞ」
 桃城はボールを外した者に怒鳴りつけると、リョーマの身体を起こしてやった。
「不二っ」
 大石の声に桃城とリョーマは振り返って隣のコートを見た。驚いた表情の大石と後ろで待っていた菊丸が大きく目を見開いているのを見て、リョーマは首を傾げる。
「ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
 にこやかに不二が謝ると、大石は気を取り直したようにボールを打ち込む。それを綺麗に返して不二は場所を菊丸に譲った。
「めっずらしいもん見ちゃった」
「ああ」
 先ほど打った大石のボールを、不二は完全にスルーしてしまったのだ。今まで一度もそんな不二を見たことが無かった大石と菊丸は、タオルで顔を拭いている不二をちらりと見た。
 不二は自分の意識が常にリョーマに向いているのに気付いて苦笑を浮かべた。
 テニスで相手に向かっている時にまで、あれだけの事で完全にボールを見失うなんてと、不二は微かに自嘲する。
 桃城がリョーマを支えたのを見た時、不二は身体を呪縛されたように動かすことができなかった。不快感が全身に毒のように廻り、不二の動きを止めたのだ。
 不二は一つ頭を振ると、再びコートに入り、いつものように完璧に練習をこなしていく。それを見てみんなは、さっきのことは何かの間違いだろうと納得した。
 ただ、桃城と菊丸だけは、不審げに不二を見詰めていた。
「おチビちゃーん。今度オレと対戦しよっ」
「いいすよ。でもチビチビ言わないで下さい」
「だって、ほんとにおチビなんだもん。悔しかったら牛乳一杯飲んで早くおっきくなんなさい。あーでも、ただでさえ態度がでかいのに身体までおっきくなったらカワイクないかも」
 菊丸は休憩時間にリョーマの背中からのし掛かるように抱きついて頭を軽く叩いた。迷惑がるリョーマに構わず、くっついたまま菊丸は不二の方をそっと窺う。
「別に可愛くなくていい」
「そういう憎まれ口も、今はちっさいから可愛いんだよね、不二」
「うん、そうだね」
 あれ、と菊丸は拍子抜けしてリョーマから離れた。普段の態度に普通の口調の不二は、菊丸がリョーマを抱き締めているのを気にした風もなく、ドリンク容器に口を付けている。
 絶対怖い顔で睨んでくると思ったのに、と考えて菊丸は首を傾げた。不二がリョーマを気にしてると思ったのは思い違いだったのか。それともさっきのや微妙な空気は別の事が原因なのだろうか。
「おかしいにゃ」
「考えすぎかな」
 同時に菊丸と桃城は呟いて顔を見合わせた。桃城も不二が纏う空気に、違和感を持っていたのだ。桃城がリョーマに絡む時、特にそれを感じて何故なんだろうと訝しんでいたのだが。
「何?」
 じーっと見ている菊丸に、不二は笑みを絶やさず訊ねた。菊丸は慌てて両手を振り、何でもないと視線を外す。
 だが再び気付かれぬよう目を向けた菊丸は、不二の視線が殆どの時間リョーマに向けられていることを確認した。
「不二と越前、気が散りすぎだ。グランド十周!」
 再び不二がボールをあらぬ場所へ打ち込み、リョーマがなんでもないサーブをネットに引っかけた時、眉間に皺を寄せ手塚が怒鳴った。
 リョーマだけならともかく、不二の異変にみんなは動揺する。軽く舌打ちをしてリョーマは毎度のことと、グラウンドへ向け駆け出した。
 続いて不二もコートを出ていく。唖然として見送る部員達に、手塚は練習再開を告げると、重い溜息を付いて腕を組んだ。
「何でオレ見てるんすか」
「見てるかな」
 隣について走り出した不二に、リョーマはさっきからの苛々の原因を突き止めるため訊ねた。とぼける気かと上目遣いに睨むと、思いの外真面目な不二の表情が目に映り、リョーマは僅かに驚いた。
 いつも穏やかに笑みを浮かべて、優しげであるけれど、実力は多分手塚に負けずとも劣らずな強い先輩。
 まだ実際対戦したことはないが、いつかは戦って余裕の笑みではなく、真剣な表情をさせたい相手。いや、必ずさせると判ってる。
 そんな不二が対戦ではない時に、こんな貌をするのをリョーマは初めて見た。つい足が止まってしまったリョーマに、不二は足踏みをしながら微笑んで見詰めた。
「どうしたの」
「いえ…」
 再び走り出したリョーマと並んで不二も走り出す。そうしている間も不二の視線を感じて、リョーマは堪らず足を速めた。
「越前君」
 呼び止められても構わず走って行こうとしたリョーマは、腕を掴まれ引き留められた。
「もう十周終わってるよ。走り足りない?」
 止めるなと睨んだリョーマは、そう言われて微かに頬を赤らめた。気まずさに口をへの字に曲げるリョーマに、不二は笑いかけた。
「見ていたいんだ。駄目?」
「駄目って訊かれても。さっきみたいになるし」
「気にしてくれてるんだ」
 別に気にしてなんかいないと反論しようとしたが、実際気になる。敵意にしろ好奇心にしろ、見られることに慣れている筈なのに、不二の視線だけどうしてこんなに意識してしまうのだろうと、リョーマは彼を見上げた。
 不二は、見上げてくるリョーマの大きな黒目がちの瞳に吸い込まれるように見入った。勝ち気で、猫のように興味のない物には目もくれない瞳。
 見ていたい、その瞳に自分を映し続けたいと、不二は真剣に思い焦がれた。
 まだ掴んでいた腕に知らず力が入ったのか、リョーマが痛みに眉を顰め身じろぐと、漸く瞳の呪縛から解放されたように不二は視線を外した。
「戻ろう。あんまり遅いとまた手塚の眉間に皺が寄る」
「うす」
 これ以上リョーマも問い正すのは危険信号を感じて止めた。突っ込んで行くととんでもない深みにはまりそうだ。いや、既に片足突っ込んでいるのかもしれない。
 リョーマは不二に掴まれまだ微かに熱を帯びている腕を無意識にさすり、帽子を被り直すとコートへ向かって走り出した。

 次の日から二人は普通の状態に戻った。皆単にあの日だけ何かがおかしかったのだろうと思ってそのことは忘れてしまったが、菊丸と桃城だけは…いやもしかしたら手塚も…二人の間の微妙な空気を感じ取っていた。
「不二、忘れ物」
 授業が終わり部活へ行くため教室を出ようとした菊丸は、不二の机の上に出しっぱなしにしてあったノートを取った。
 中身を見るつもりはなかったが、指が引っかかりぱらりとめくれてしまう。
「あ、あのクイズ…」
 以前見せられた、クイズなのか何なのか判らない質問のページが開かれ、菊丸は何の気なしにそれを見た。
 それには以前の物に一文字書き加えられていた。その文字に、菊丸は驚いて目を見開いた。
「あ、ありがと、英二」
 にっこり微笑んで、不二は硬直している菊丸の手からノートを受け取ると鞄に閉まった。
「こここ、こいっ!?」
「何冷や汗流してんの。どこに来いって」
 小首を傾げる不二に、菊丸は焦って音が鳴るほど首を横に振り、脱兎のごとく教室から駆け出した。それを不思議そうに眺めると、不二も教室を出た。


 気付いて、掴んでしまった答え。不二はこの答えに戸惑ったが、表れてしまったからには仕方ない。いずれ結果が出るだろう。
「最初から負けてる気がするけど」
 軽く溜息を付いて不二はコートの中の小さな人影を見詰めた。
 自分が望んでいた変化では無かった気がするが、不二は満足していた。これからもっと変わっていくだろう。
「取り敢えず、あっちにも変わって貰わなきゃ」
 喉の奥で笑って不二はリョーマを見た。リョーマも不二を見ていたのか、視線が合う。嫌そうに、不審げに見返すリョーマにとびきりの笑顔を向けると、不二はラケットを握り締めた。

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