weird science-3-
イギリスに来て一週間が過ぎた。今までと違って大忙しの日常でも、ふと藤宮のことを思いだして我夢は苦笑を浮かべる。こっちに着いてから、メールで知らせたけど、それに対しての返信はない。新クリシスはほとんど完成したと噂に聞いたけど、細かいバグ潰しがまだ残っているようだ。 「我夢、手が空いたなら今の内に食事しておこう」 「うん」 ダニエルに誘われて我夢は研究施設に付属のカフェテリアに向かった。サンドイッチとプリンサンデーをトレイに取り、風通しの良い中庭に出て食べ始める。 「君が来てくれたお陰で、開発速度が大分早まったよ。ありがとう」 「そうかな?それならいいんだけど」 「君は自分の価値を過小評価し過ぎるよ。君が来なかったら、この計画は成り立たなかったかも」 「大げさだなあ。そんなこと言っても、これは上げないよ」 ダニエルの真面目な顔に、我夢は笑ってプリンを掬うと口に入れた。ダニエルは苦笑して、僕は甘いもの苦手だからいらないよと言い、自分もランチを食べ始める。 「藤宮から連絡は?」 「…ないよ。今最終段階だろうから、忙しくてそれどころじゃないんだろ。でも、玲子さんが居るからちゃんと食べて寝てると思うけど」 一瞬手を止め、すぐに何でもないように再び食べ始める我夢をじっと見つめ、ダニエルは言った。 「意外だったな。僕は藤宮はすぐに君を取り戻しに怒鳴り込んで来ると思っていたよ」 その言葉に我夢は喉を詰まらせ、ごほごほと咳き込んで胸を叩いた。 「まさか、そんな訳ないだろ。あそこに行ったのも僕の押し掛けだし、それにもう最初っから僕の方が憧れててさ…覚えてる?無理言って初めて紹介して貰った時のこと。クリシスのことがあったからって、まるっきり無視されたんだぜ。あれはちょっとショックだったなあ」 手に持ったスプーンでダニエルを指しながら、我夢は眉を寄せて怒ったように言った。あれから自分も藤宮もウルトラマンの力を得て、お互いがそうだと解った時、彼は初めて自分を真っ直ぐに見て我夢と呼んだ。 あの時漸く対等に並び立った。もし自分がガイアにならなければ、藤宮は我夢のことなど眼中になかっただろう。 ぼんやりと回想に入ってしまった我夢を、ダニエルは心配げに見つめた。破滅招来体との戦いの間、二人を見守ってきた。二人がウルトラマンだと解っても驚きが少なく、すぐ受け入れられたのはどこかでこの二人の魂が繋がっているように感じていたからだろう。 傍目には深く繋がっているように感じられるのに、当の二人はお互い気を遣い合って、結果離ればなれになっている。確かに心で繋がっていれば、たとえ遠くに離れていても平気だとよく言うが、それはやせ我慢というんじゃないか。 ダニエルはお節介だと思いつつも、二人がもっとちゃんとお互いの心を確かめ合った方がいいんじゃないかと思った。だから一週間の時を待ったのに、忙しいで済ませてしまうなんて、これだから日本人は…と肩を竦めてしまう。 「我夢、もう一度、藤宮と会って話した方がいいんじゃないかな。こっちの計画も軌道に乗ったし、一日くらい向こうに行っても大丈夫だ」 「……いいよ、もう。いいんだ」 ぱくりと最後のクリームを口に含むと我夢はトレイを持って立ち上がった。また会ってどうしろと言うのか。何も言ってこないのが藤宮の応えなのに。 「さ、早く食べちゃって、続きやろう。僕らの時代に宇宙の友人達の所へ飛び立てるように」 にっこり笑い我夢は歩き始める。その後ろ姿に、ダニエルは再び溜息を付いた。 ジャンプワームホールは以前一度作られたこともあってか、我夢の協力を得た今回の物はかなりの精度を持って座標を決定し、長時間繋げていられるようになった。だが、もう二度と向こう側の星を攻撃するためのような使い方はしたくない。 そういう以前の反省に基づいてコンセプトを作り直し、慎重になっているというのは、新クリシスと同じだな、と我夢は薄く笑みながら研究施設に隣接しているアパートに向かっていった。違う場所で違う研究をしていても、根っこは繋がっているのだ、藤宮と。 我夢はアパートの鍵を開けようとして、違和感に気が付いた。確かに鍵を掛けて出てきた筈なのに開いている。まさか泥棒か?と我夢は慌てて扉を開いた。 「相変わらず、部屋を散らかすことに対しては天才的だな」 「…ふ、藤宮……何で…」 資料や本が積み上げられた部屋の中央に憮然とした表情で藤宮が立っていた。我夢は呆然として藤宮を見つめる。 「誰かが置いていったこれを届けに来た」 そう言われて初めて我夢は藤宮が手に見覚えのあるクッションを持っていることに気付いた。それは藤宮の帰りを待っていたときに抱えていた物で、我夢のお気に入りである。 「あ…そう…ありがとう…でも」 それだけのために忙しい中ここへ来たのかと我夢は目を見張り、クッションを受け取った。藤宮は部屋の中をぐるりと見回し、眉を顰めると手当たり次第に片づけ始めた。びっくりして突っ立っている我夢に、見てないで手伝えと命令し藤宮は更にてきぱきと掃除を始める。 「やっと人が住めるような場所になったな」 「……そんな酷かったかな…」 あらかた片付き、冷蔵庫からミニペットボトルを取り出して藤宮に渡すと、我夢は自分ももう一本を手に取ってごくりと中味を飲んだ。 「散らかってるけど、僕にはちゃんと理由があって何処に何があるか解ってるんだし…」 「お前が解っていても、一緒に暮らす人間に理解できなければ仕方ないだろうが」 綺麗になったフローリングの床に腰を下ろし、同じように座っている藤宮に文句を言いかけた我夢は、返ってきた言葉に口をぽかんと開けて見つめた。 「一緒に暮らす…って…」 「今日から暫く俺もここに住む」 藤宮はにやりと笑うと隅の方からボストンバッグを取り出して見せた。 「今日から…って、新クリシスはどうなったんだ?あっちの研究放って来たのか!」 「新クリシスは無事に稼働した。研究も事後の後継も決めて全部済ませて来た。これからは新クリシスの計算力とジャンプワームホールの同調が必要になってくる。コンマ1違っても百億光年違う場所へ出るからな」 それは確かにそうだけど、と我夢は驚きながらも頷いた。 「それで…ここへ?」 「システムを同調させるだけなら俺でなくてもいい」 藤宮はそう言うと、我夢をじっと見つめた。今までばたばた片付けたり掃除していたから、考える暇もなかったが、そうやって改めて見つめられると我夢の胸はどきりと鳴ってしまう。 「ただ…会いたかった…」 「藤宮…」 見つめる藤宮の瞳は真摯で我夢の心の琴線に触れるような鋭さを秘めている。我夢は目を逸らせずに藤宮を見つめ返した。 「もう、どこにも行くな。俺の前から消えるな。我夢…」 藤宮はそっと腕を伸ばし、横にいた我夢を抱きしめた。藤宮も自分と居たいと思っていたと解って我夢は戸惑いながらも背中に腕を回し抱き返す。 藤宮は僅かに身体を離すと、我夢に顔を近づけていった。唇が触れ、慌てて我夢は目を閉じる。優しい口付けはしっとりと唇を包み込み、我夢の戸惑いを消し去って喜びに変えていった。 徐々に藤宮の身体が傾き、我夢を床に押し倒す。背中を床にぶつけて痛みに顔を顰めながらも、どきどきしていた我夢は、そのまま藤宮が動かないことに気が付いて不審に思い、とんとんと背中を叩いてみる。 「ふ、藤宮?」 「一週間…ほとんど寝てない…突貫工事でやっつけて…」 ぼそぼそと呟きが掠れ、やがて寝息になっていく。我夢は大きく溜息を付くと、すっかり寝入ってしまった藤宮をどうやってベッドまで運ぼうかと思案に暮れた。 |