海を見ていた午後−2−


 長いこと海と追い掛けっこを繰り広げていたおかげで、行動範囲が読めるようになっていた炎は、彼が来ないだろう自分の教室でぼんやりと手首のダグコマンダーを見つめていた。
 「何ぼんやりしてるの」
 「…マリアか……何か用か?」
 「用か…じやないわよ、ねえ、海の返事は?あれから一週間もたつのに全然なーんにも言ってこないから、彼女心配しちゃって…聞いてない?」
 背中をどつかれ、炎は真理亜の方を振り返った。怒ったように両手を腰に当てて言う真理亜に、炎は眉を顰めてそっぽを向く。
 その顔に両手を当てて、無理矢理自分の方に向かせると、真理亜は再び言った。
 「いてて…何だよっ、知らねーよ、そんなの。海に聞きゃいいだろ」
 「いやあよ。どうせ、『おまえたちは学校をなんだと思ってるんだ』 とか何とか、小言言われるに決まってるもの。かおりが言われるのはしょうがないにしても、あたしまで巻き添えはごめんだわ。それにしても、かおりもみんなもほんと物好きよねー、カイのどこがいいんだか」
 真理亜の呆れたように言う言葉に、炎は僅かに目を見開いた。
 「みんな?」
 「そう、どーいう訳かあいつもててるみたい。FCもあるっていうし、憧れの王子様、に見えるらしいわよ。ちゃんちゃらおかしいと思わない?」
 今回はかおりが友達だから仕方なく橋渡しをしたけれど、そんなの頼まれてたらきりがないから受けたりしないと聞いて、炎は胸に棘が刺さったようにちくりと痛みを感じた。
 「そうか…そんなもてるのか」
 「顔だけはいいもんね。でも、中学、高校を通じて付き合った人は居ないって。ぜーんぶ断ってるみたい。その理由が学生には勉学が第一、恋愛など入る隙間はない、だもの」
 ほんと呆れちゃう、と呟く真理亜に、炎は肘を付き手に顎を乗せ溜息をついた。
 「ねえ、カイにどっちでもいいから早く返事をしてやれって言っておいてね」
 「…ああ」
 微かに領く炎に、真理亜は満足して去っていく。炎は自分の心に湧き起こった不可思議な感情を見据えることに集中していった。
何故、海に手紙を渡すのが嫌だったのか。何故胸が痛むのか。この一週間、はとんど海の顔を見ていないのが何故こんなに寂しくてつまらないのか。海のことを考えると、胸の内が熱くなって心臓が高鳴るのか。
 「好き…だったりして……」
 結論はとっくに出ていたのだ。認めるのが嫌だっただけで。
 結論が出てしまえば、行動するのは早い。告げてどうなるとも、男同士でこういう『好き』は普通じゃないかも、という考えはちらりと頭をかすめたが、とにかく何かに急かされるように炎は海の姿を探し求めて校内に彷偉い出た。
 巡回路を一通り見てみても海の姿は見つからない。焦って裏山への道へ出た炎は、ふと横の木立の中にいつもの白い制服姿を見いだしてほっとすると同時に胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。
 誰かと話している海に気づかれぬようそっと近づいていく。海の向かい側に立っているのは、髪の長い可愛い少女だった。
 「……どうしても…駄目ですか」
 「…さっきも言ったように、学生は勉学が主なものだ。君も、色恋などにうつつを抜かさず、勉学に励んでほしい」
 「学生は、人を好きになっちゃいけないと言うんですか!」
 キッと顔を上げた少女の目には涙が浮かんでいる。真剣なその瞳は、本当に海が好きなのだと訴えているようだった。
 「精神がまだ未熟なのだ。好きなどと軽々しく言われても…」
 「軽々しくなんてありません。私は本当に好きなんです。未熟なのは…そうかもしれないけれど、でも…でも、好きなんですっ!」
 少女は海に駆け寄り、抱きついた。一瞬狼狽えた海だったが、やんわりと、だが断固として少女の肩を押し戻す。
 「私には…判らない、そんな気持ちは。済まないが、君の気持ちに応えることは出来ないのだ」
 「手紙、ありますか」
 素直に身体を離した少女はぽつりと呟いた。眉を上げ、海は開封した手紙をポケットから取り出すと差し出す。
 「…あなたを好きになんてならなければよかった……っ!」
 最初は小さく、後は叫ぶように言うと、少女は手紙をひったくりそれを散り散りに破り捨てると駆け去っていった。
 呆然としてそれを見送っていた海は、大きく溜息を付くと踵を返す。自分に気づくこともなく去っていく海を見送り、炎は大きく息を吐くと木に凭れかかった。
 さっきの少女と自分の姿がだぶる。これじゃまるでよくある少女漫画だよ、と自分で情けなく思いながら炎は片手で顔を覆い苦笑を浮かべた。
 「カイが好きなのか」
 かさりと落ち葉を踏む音がして後ろから声を掛けられる。炎は一瞬驚いたが、現れた竜の姿にむっとして睨み付けた。
 「悪いかよ」
 「悪くはないが、大変そうだな」
 言いながら竜は炎の隣に腰を下ろした。それ以上何も言わずにただ風に髪を弄ぶらせながら側に居る竜を不思議に思いつつも、炎は疼いていた心が癒やされるのを感じて目を閉じる。
 何であんな堅物でくそ真面目で煩くて、一番苦手なタイプだと思っていた奴を好きになんかなってしまったんだろ。女の子なみに顔は綺麗だけど、自分よりでかいし、しつかり男なのに。
 炎はぶつぶつと自分の感情に理不尽だと悪態を付いていたが、ふと目の前が暗く翳ったのを感じて目を開いた。
 誰かのアップが自分の目の前にある。それはゆっくり近づいてきて、やがて唇に柔らかい吐息が掛かった。ぎょっとして身を引こうとする炎の顎を押さえ、竜は唇を触れる寸前まで近づける。
 「り、リュウ…?」
 「何をしているっ!」
 焦って問う炎に竜はそれ以上近づけることもせず、うっすらと笑みを浮かべた。その時、竜の後ろから殺気立った声が掛けられる。ぎくりと身を強ばらせて居る炎から竜は身を離し、涼しげな顔で振り返ると険しい顔をしている海を見た。
 「別に…」
 「いかがわしい行動をこんな場所でするとは」
 「いかがわしいって…えっ?何もしてねーよ、違うって」
 竜を睨み、ついで自分にも怖い表情を見せる海に、炎は首を横に振った。海はしっかり誤解して憤懣やるかたないという表情のまま、二人を交互に見ていたが、誤解を解こうと必死で話しかける炎にびしりと竹刀を突きつけた。
 「言い訳など男らしくないぞ、エン。リュウが好きなら、潔く認めてみろ。ただし、校内での交際は禁止する」
 「冗談じゃないっ、俺が好きなのはカイだっ……あ…」
 思わず怒鳴ってから口を押さえた炎を、海は驚いたように見つめた。だが、すぐに眉を潜める。
 「私の名を言い訳に出すなど、見下げ果てた奴だな。おまえのことを見くびっていたようだ」
 くるりと背を向けて海は歩き始める。炎はその背中に何も言うことが出来なかった。
 「…何でこーなるんだよお……」
 「誤解したか」
 何の口も挟まずただ見ていた竜はばそりと言い、口端を上げる笑みを浮かべた。キッと竜を睨み付け、炎は怒鳴り掛かっていく。
 「何言ってんだよっ、てめーの悪戯のせいでカイ怒らせちまったじゃねーか」
 「悪戯?」
 スッと真面目な表情になって竜は炎を見つめる。
 「そうだっ」
 「……ではそういうことにしておこう。きっかけは作った。後はどう出るか…」
 訳の分からない独り言を呟いて竜は姿を消す。唖然として竜の居た場所を見ていた炎は、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。
 「さいってーな告白」
 海に思い切り軽蔑されてしまった。最後に自分を見た冷たい瞳が胸に突き刺さる。それまでは、海を好きな自分をちょっと変だと思いながらも、わくわくやどきどきを経験していたのに、今胸の中に渦巻く物は、苦しさや痛みだけだ。
 「ちっくしょうっ!ずりーぞっこんなの…」
 痛みを追い払うように炎は立ち上がり森の中に向けて怒鳴った。森は炎の声を飲み込み、静かな空気を秘めている。それがまるで竜の謎めいた微笑のように感じられ、炎は唇を尖らせて舌打ちするとその場から駆け出した。
 駆け続けているうちに海岸まで出てきてしまった炎は、荒く息を付くとぺたりとその場に座り込んだ。街の近くにある海なのに、ここの海岸は驚くほど綺麗で澄んだ水と白い波が美しいコントラストを描いている。夏も終わった岸辺には人の姿は無く、炎は安心して溜息をついた。
 「リュウの馬鹿やろう、おかげできっちり告白も出来ないうちに失恋しちまったじゃねーか」
 カイに誤解されたままでいるのは辛い。けれど、あのカイが素直に自分の話を聞くだろうか。このまま暫く時をおかないと、開いてもくれないだろう。その間誤解されたままでいるのは嫌だけれど仕方がない。
 「は〜あぁ」
 がっくりと肩を落としている炎の耳元に、ダグコマンダーから呼び出しの音が聞こえ、慌てて開いてそれを受けた。
 『宇宙人が街に現れた。すぐに来てくれ』
 「おうっ、判った」
 通信の画面は竜で、炎はすぐにファイアーストラトスを呼び現場へと向かった。宇宙人の乗り物らしきものは道路の真ん中に着地していて、周りの建物に手を伸ばしている。どうやら電気などのエネルギーを補給しているらしいそれに、他のみんなは融合合体して立ち向かっていた。
 「こいつは」
 まるでみんなの武器が通じない円盤に、それぞれ合体して最強の武器で戦おうとフォーメーションを組む。だが、それを見透かしたように円盤から電光が放たれ、合体は阻止されてしまった。
 「うあぁーっ!」
 円盤は倒れたみんなにさらに電光を浴びせかけ傷つけていく。何とか立ち上がろうとするのだが、思ったようには身体を動かせないようだった。
 「みんなっ!」
 ばらばらにふっ飛んで地面やビルに叩き付けられる姿を見た炎は、自分も合体しようとする。しかし、ふと見た円盤の底に入り口があるのを見つけてストラトスに再び飛び乗り向かっていった。
 「俺が中からやっつける。そうすれば、そのやっかいな電光も消えるはずだ」
 「無茶です!中がどうなっているか判らないんですよ」
 「やめろ!炎。無謀だ」
 「大丈夫だっ、任せろ」
 冷静な海の言葉に、炎は一瞬怯んだが、それを振り切り、炎はストラトスで円盤の入り口を破壊すると中へ飛び込んでいく。
 よく判らない機械が並ぶ中を走り抜け、一番奥の機関室のような場所まで来た炎はそのまま融合合体して、それを壊そうと銃を向けた。なかなか壊れそうもなかった機関だったが、手応えを感じた場所へ集中して撃ち込むとそれは煙を上げて火を噴いた。
 「やったぜ!」
 『電光が止まった、サンキュー。さっさと逃げ出せよ、エン』
 『すぐそこから出ろ』
 森と竜の言葉に炎は領いて融合合体を解き、再びストラトスに乗り込もうとした。だが、突如壁から電光が放たれ、炎はそれを受けて床にもんどり打って倒れ込んだ。
 「うわあっ」
 『エン、どうしたんです?ああっ』
 叫び声に呼びかけるように翼が通信した時、円盤はふわりと浮かび上がり、稲妻の形をした電光を周りで窺っていたみんなに撃ちだした。それは固体のような形を持っていて、それぞれの身体を地面に縫いつけ動かせないようにする。
 「な、なんだ、これは」
 「おい、見ろ」
 地面から拘束しているそれを引き抜こうともがいていたみんなは、森に言われて空を見上げた。円盤はそのまま高く浮かび上がり、海岸の方へと飛んでいく。間一髪で電光から逃れた竜のみがシャドージェットでそれを追い掛けていった。
 「あの円盤はエネルギーを補給してたようですね。でも、機関の一部を中から壊されたので一時退却したんじゃないでしょうか。どこかで修理してまた来ると思います」
 「エンのやつ、大丈夫かな」
 漸く拘束を解くと、融合合体も解いてテクター姿のまま集まった。翼の分析に領いていた海は、森の心配そうな一言に眉を潜めて自分のビーグルに向かった。
 「だから止めろと言ったのだ。全く変わっていないなあいつは」
 「ちっとそれはないんじゃないかのう、エンのおかげでわしらは助かったんじゃし」
 振り向いた海のきつい視線にぽりぽりと頬を掻きながら激は苦笑いをこぼす。海は暫く何か言いたげな一同を見ていたが、またビーグルに向かい乗り込むとそれを発進させた。
 「やれやれ…」
 「はあ…」
 翼と森が同時に溜息を付く。それを見て激だけは首を捻りつつも、自分のピーグルに向かい、炎を助け出すのだ、と息巻いて乗り込んだ。
 どうやら気絶していたのは僅かな時間だったらしい。炎は意識を取り戻すとストラトスに乗り込み出口の方へ向かった。だがその手前で急ブレーキを勝み慌てて飛び降りる。
 「げっ、マジ?飛んでんじゃねーか」
 目の前には空と海が広がっている。かなり早い速度で飛行しているようなのだが、計る物が無いのでどれくらい早いかは判らない。
 炎は暫く考えていたが、殺気を感じてそこから飛び退いた。途端に鞭のような物に足を取られ、そこから身体中に電撃が走る。
 叫び声を上げて床に転がった炎は、見下ろしてくる宇宙人に体当たりを食らわせ奥へと走り込んだ。追ってくる宇宙人をやり過ごし、仲間にコンタクトを取る。
 『こちらリュウ…無事だったか』
 「ああ、一応な。それよりここどこらへんだ」
 『多分、八の島へ向かっているんだろう。あそこは無人だ』
 「他のみんなは?」
 『今遅れて追ってきている』
 「よし、じゃあ俺はもう少しここを中からぶっ壊す。パワーショベルは呼べないからな」
 竜から現況を開いて、即座に炎は決心した。だが、画面の向こうの竜は僅かに眉を潜めて首を振る。
 『あまり無理をするな。まずは脱出することを考えろ』
 「だいじょーぶだって、さっきみたいにみんな拘束されちまったらやっつけらんねーだろ。それを出来ないようにするのさ」
 片目を瞑り炎は通信を切って、再び機関室へと向かった。どうやら島へ着いたらしい衝事を感じ、炎は急いでその場へ向かう。ストラトスを呼んで融合合体をしようと思ったのだが、どうやらそれは無理そうだった。
 「ちっ…」
 わらわらと宇宙人たちが機関を修理し始めている。せっかく壊したものを直されてはしょうがない。炎は拳を握りしめ、そいつらに向かっていった。
 島で円盤を相手に戦っているシャドーダグオンに合流した海達は、次々に繰り出される電光に苦労
していた。なかなか、一撃を浴びせるチャンスが巡ってこない。この程度の円盤ならば、無限砲など使わなくとも、ライナーの必殺技で充分なのに、その機会が無い。
 『よしっ、今押さえてるから、撃て!』
 突然炎の声が響き、敵の攻撃が弱まる。だが、まだ炎が中にいると判っていて攻撃することにみんなは躊躇した。
 『早くしろっ』
 「けど…」
 『俺は不死身だ、やれっ』
 炎の言葉に決心したライナーは必殺技を放つ。円盤は外郭が崩れ、中から爆発が起こりふっ飛んだ。爆発の気配がやや収まると、合体を解いた一同はその周りに集まった。煙の中からストラトスが飛び出してきてみんなは漸く安堵の息をもらす。
 中から無事に出てきて変身を解いた炎に、みんなも変身を解いて迎えた。
 「エン」
 強い音とともに、炎の頬が張られる。みんなは驚いて平手打ちをした海を見つめた。
 「…何すんだよっ」
 「何も考えずに飛び込んでいくなと何度言ったら判るのだ。無謀な行為は己だけでなく全員の危機にも通じるのだぞ。少しは自覚しろ」
 赤くなった頬に手を当て、炎は目を見開いて海を見つめた。いつものことなのに、こんなに怒っている海を見たことは無い。もしかしたら、その前の出来事が影響しているのかと炎は思い、口も開けずにただ俯くばかりだ。
 「そろそろ戻ろう。ストラトスは俺が運ぶ」
 ぽんと炎の肩を叩き、竜はそう言ってガードホークに命令する。炎はちらりと海を見たが、そのままストラトスに乗った。
 「ひで一言い方」
 「誰のおかげで助かったと思ってるんです?」
 「殴ることは無いんじゃ」
 三人がそれぞれ言いかけるのをひと睨みで黙らせ、海は自分のビーグルに戻っていく。三人は顔を見合わせると揃って溜息を付いた。
 山海町に戻ってくると、普段ならそれぞれダグベースに戻ってから変身を解いたりするのだが、今回竜と炎は海岸に降りてストラトスやシャドージェットを空で返した。ライナー達のバーグルは海の中からベースに戻るので途中で別れている。
 炎は街中に戻ろうとせず、そのまま海岸に立ちつくしてライナー達の上げた水飛沫を見つめていた。竜も何も言わずに炎の側に立っている。波紋が消え、静かな波が漂い陽が沈んでいく海を見つめ続けていた炎は、ふと隣を見て苦笑を浮かべた。
 「……いつまで俺に付き合ってるつもりだよ。俺なら全然大丈夫だぜ。あんなの今更だしな、ほんとうっせーんだよ、カイの奴」
 「無理に付き合っている訳じゃない。俺はお前の側に居たいだけだ」
 真面目な表情で言う竜に、炎は目を見張り困惑する。あんな悪戯をしたり、こんな風に自分を慰めたりするのはどういうつもりなのだろう。
 竜は炎に一歩近づき、そっと手を打たれた頬に当てる。痛みや赤みは消えていたが、その記憶だけは心に未だとどまっていた。
 「痛むか…」
 「…まあな」
 くすりと笑って炎は竜の手を取り除いた。竜は暫く炎を見ていたが、くるりと踵を返し街へ歩いていく。炎は竜を見送ると再び海に目を戻した。
 陽は既に沈み、海は赤い空を映して燃えているようだ。星も一つ二つ見えてきて、風が冷たくなってくる。
 「いつまでこんな場所に居るつもりだ、馬鹿者」
 「カイ!」
 いきなり後ろから声を掛けられて炎は驚いて飛び上がった。振り向いて見ると、いつものように生真面目な表情で海が立っている。
 「送ってやるから直ぐに家に戻れ、明日の授業に響く」
 「まだ怒ってんのかよ」
 炎がぼそりと呟くように問うと、海は僅かに躊躇い目を伏せた。
 「…さっきは済まなかった。いきなり手を上げたのは、いつも冷静であろうとしている私の信念にも反するものだが、気付いた時にはお前を殴ってしまって」
 海が謝ったことに炎は驚いて視線を上げた。戸惑うように自分の手のひらを見ている海に、炎は意を決して口を閃いた。
 「俺、カイが好きだ。冗談とか茶化しじゃない。普通女の子に感じる気持ちがこんなのかどうかってのも、よく判かんねーけど、とにかく好きなんだ」
 話していくうちに、どんどん胸の動悸が高まっていく。向けられる海の視線に、炎は息を詰めて反応を待った。
 誤解されたままよりは、きっぱり振られてしまった方が気分的に楽になれる。そうしたら暫くは辛いだろうけど、仲間として過ごしていけるだろう。
 「…私は……どう応えていいのか判らない。気持ちは嬉しいが学生の本分は勉学にあるのだし、それに、ダグオンとしての責務もある」
 男に、それもこんな問題児に真面目に告白されて、困惑しながらも応えようとしている海に、炎は胸が熱くなって首を振った。
 「わかった、解った。もういいや。別に困らせようと思って言った訳じゃねえし、無理に答え出さなくてもいいよ。ちょこっと覚えててもらえりゃいい」
 両手を振って笑いながら言う炎に、海はほっとした表情を浮かべた。
 「うむ、覚えておこう。さあ戻るぞ」
 「…っとその前に、カイ、ちょっと目え瞑ってくれ」
 引き留められ海は首を傾げながらも言われたとおり目を閉じた。炎は素早く近付くと下から顔を寄せて口付ける。
 「さ、行こうぜ」
 ほんの一瞬触れて離れたそれが何であるのか解らないまま、海は微かに頼を赤く染めた炎の後に続いて歩き始めた。

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