パスカルの群−gamu2-3
自分の部屋で過去の戦いの資料を検討しながら我夢は、なんとか怪獣達と戦わずに済む方法は無いかと考えていた。人間同士なら話し合いを持つことが出来る。それでも争いは止まないが、理解を促す方向には持っていける。けど、怪獣相手にはどうすれば。 「我夢、持ってきてもらいたいものがある」 付けっぱなしにしていたモニターに藤宮がいきなり現れ、そう言った。何度もこうしてコンタクトを取ってきたことがあるので慣れている筈なのに、我夢は何故かどきりと鼓動を跳ね上がらせた。 「何?」 「稲森博士が残した地球環境改善プランとパーセルのデータだ」 解ったと頷き、待ち合わせの場所を決めると藤宮は姿を消した。途端に、胸の動悸も通常に戻っていく。我夢は溜息を付くと、本来なら持ち出し禁止の二つのデータをディスクに取り、藤宮の待つ地上へ向かっていった。 ジオベースでベルマンに乗り換え、埠頭に向かいながら、我夢は次第に気分が高揚し胸が高鳴ってくるのを不思議に思っていた。 昔から憧れていた人だからこういう風に語り合いたいとずっと思っていたし、敵対していた時はそれが出来なくて悔しくて哀しかったから、今は素直に喜んでいるんだろうと自分なりに納得した。が、ベルマンから降りて藤宮の姿を目の前にすると、納得できないくらいどきどきする。 「我夢」 「持ってきた」 取り出したディスクを渡す間も、胸の動悸は静まらない。声が上擦ってしまいそうになるのを押さえて、我夢は訊ねた。 「せめて地球怪獣と意志を疎通できるよう、パーセルを使えないかな」 「無理だ。パーセルは怪獣を操るためのものだ」 一言の元に却下され、我夢は僅かに朱に染まった頬を見られたくなくて顔を背けた。 「このままじゃ、人間と地球怪獣との争いを止められない。滅ぼし合うことしか出来ないなんて、同じ地球に生まれたもの同士なのに…」 「我夢…俺は未だに奴ら破滅招来体を招いているのは人間自身なんじゃないかと思うことがある」 驚いて我夢は振り向き、藤宮を見つめた。藤宮の目は辛そうに眇められている。 「そんな…」 そんなことは無いと我夢はきっぱり言うことが出来なかった。今までは何も考えずに人間を守り、ひいてはそれが地球を守ることに繋がると戦ってきた。けれど、今はそれが正しいのかどうか確信が持てない。 いつか人間は共存への道を歩むことが出来ると信じているけれど、自分がこうしてやっていることが果たしてそれへの道の一歩となっているのか。 「怪獣を操り、変えることは出来ない。だが、人間は変われるとお前は言った。…俺はお前を信じている」 淡く笑み、藤宮は我夢を抱き寄せた。 まただ、と我夢は目をぎゅっと閉じた。また、慰められている。これじゃいけないと思っているのに、藤宮の腕の中は暖かくて優しくて居心地がいい。耳の奥がじんと鳴り、頭に血が上って身体が熱い。心臓は爆発しそうに走っている。 「あ、ありがとう、藤宮。僕も君を…」 身体の変化を悟られないよう我夢は藤宮の胸を腕で押し、離れた。信じていると言おうとした言葉は確かにその通りなのだけれど、どこか違う気がして我夢は口元に拳を当て俯いた。 藤宮が微かに吐息を付いたような気がして、我夢は顔を上げた。呆れているのだろうかと合わせた視線は、強く熱いもので我夢は引き込まれそうになる。 「俺は今は迷わない。戦う理由があるからな」 藤宮はそう言うと踵を返しバイクに向かった。我夢は暫く佇んでいたが、やがて拳を握り締めベルマンに乗り込んだ。 戻ってからも我夢は藤宮の事が頭から離れなかった。今までも彼のことを考えて夜も眠れないということはあったけど、それとはちょっと違う気がする。 いくら考えても堂々巡りになってしまうので、諦めて我夢はベッドに寝転がった。腕を頭の後ろで組み、目を閉じる。 「戦う理由って何だろう」 藤宮が最後に言った言葉を思い出して我夢は呟いた。梶尾は、目の前の怪獣によって泣く人が一人でも居るならと言った。藤宮もそうなのだろうか。 あの時の熱い視線は何を意味していたのだろう。 我夢は無意識のうちに指先で唇を撫でた。すると藤宮の口付けと愛撫の全てがリアルに蘇ってきて、我夢は赤面し俯せになると顔を枕に埋めて髪を掻きむしった。 ガード国際フォーラムを襲撃したカラス天狗のような破滅招来体は、いつもの怪獣とは違いかなり知性の高さを匂わせていた。 モニターで見ていた我夢は、EXで出ようと踵を返した。だが、それを追っていた梶尾の、青いウルトラマンという呟きに振り返って再びモニターを見つめた。 アグルは破滅招来体と対峙し、戦っている。この前のイザクの時といい、相手の出方を窺うような戦い方に我夢ははらはらして見ていた。 「あっ」 アグルのライフゲージを破滅招来体が握り潰したのを見て、我夢は思わず叫び、慌ててEXに向かった。 「藤宮、藤宮っ!」 多分藤宮が変身を解いたであろう場所へ行くと、名前を叫んで探したが、姿は見えない。自分の足でどこかへ去ったのなら安心だが、あれだけの手傷を負っていて大丈夫だったのだろうか。 ライフゲージを潰された場面を思い出して我夢は胸が締め付けられるように痛んだ。 EXでエリアルベースに戻った我夢は、何故藤宮があんな無茶な真似をするかと心配と不安で怒りすら覚え始めた。今までならガイアが先に戦い、ピンチになれば助けてくれることが多かったのに。ガイアを窮地に立たせないため? まさか、自分のために、と我夢は思いついて慌てて首を振る。 そんな筈はない。戦う理由が出来たから、積極的に出ているのだろう。自分が出るのが遅いからだ。エリアルベースから出る以上、それは仕方ないことなのだが。 我夢はなんとなくもやもやした気分のままコマンドルームへ入っていった。すると再びブリッツブロッツと呼称されたさっきの奴が、ガードの施設を狙って地上に降りたという。 モニターには今まで一度も敵の攻撃を受け撃墜されたことのない梶尾のSSが、炎を上げて地面に墜ちていく様子が映し出されていた。 我夢は本来なら石室か堤の命令を受けて出なければならない所なのだが、それを待っていては遅いとコマンドルームから走り出た。 EXでその場所に着くと、いつか地底貫通弾に撃たれ死んだ筈のティグリスが地下から現れブリッツブロッツと戦っていた。力の差が歴然としているのに、ティグリスはブリッツブロッツの動きを止めようと果敢にも向かっている。 我夢は下方に藤宮と柊の姿を見つけ、ほっとするとガイアに変身した。 ブリッツブロッツは強敵で、アグルとの戦いを見ていて解っていたのに、攻撃は吸収され反撃されてしまう。我夢は自らはなったフォトンエッジのエネルギーを受け、地面に倒れた。 ライフゲージを狙ってじりじりと近付いてくるブリッツブロッツに、ぼろぼろになったティグリスがガイアを守るよう対峙する。噛み付き、身体を張って対抗しているティグリスを見て、我夢は力を振り絞り立ち上がろうとした。 『立て、我夢』 『立ち上がれ、ガイア』 戦いを見守っている藤宮の意志が流れ込んでくる。同時に、柊やハーキュリーズの声も響いてきた。 『戦エ…ワレラの光ヲ持ツモノヨ…意志ノチカラハ、オマエノ中ニアル』 はっと我夢はティグリスを見た。既に戦う力を失っているが、目の光は強く輝いて我夢を見つめている。我夢は強く頷くと立ち上がり、ブリッツブロッツを倒した。 それを見届けるとティグリスの目から光が失われ、真っ直ぐ大地に立ったまま彼の命の炎は消えていった。 我夢が変身を解きEXに戻ると、敦子から梶尾が不時着して助かっていると通信が入った。ほっとしてEXを地上に降ろし、藤宮の元へ走っていく。側に何故柊が居るのか不思議に思ったが、彼のティグリスに敬礼という言葉に素直に従い、我夢は手を挙げた。 あの時聞こえた声はティグリスの声だったのだろうか。ティグリスは本能でテリトリーを荒らす敵と戦っただけでなく、自分を救い守るために戦ってくれたのか。 「あいつは、戦うために地上に現れた。それが自分の使命だから。地球に住む生き物は全て、生きている意味と役目がある。生きようとする意志がある…地球自身にも」 我夢は静かに話す藤宮を見つめた。戦う意味を問うより、意志を貫けとティグリスは伝えようとしたのかもしれない。我夢は迷いを振り切り、深く頷いた。 梶尾の怪我は思ったより酷くないようで、翌日には普通の任務に戻っていた。それにしても、あの梶尾が墜とされる程、破滅招来体が送ってくる怪獣達は強くなってくる。もしかしたら奴らはそろそろ焦れているのかもしれない。 藤宮を誑かすことに失敗し、我夢の暗黒面で翻弄することも効果は薄かった。小手先の仕掛けではしぶとい人間を滅ぼすことは出来ないと、大技を掛けてくる気配がする。その時は今までと違い、藤宮と二人で戦えることが大きな安心を生んでいた。 安心? 確かに安心で、藤宮が居ると思うだけで心強い。藤宮のことを考えると暖かさが身を包み、不安な心が溶けていく。 なんだろう、この感覚は。 我夢はぼんやり机に肘を突き、想いを馳せていたが、メールの着信音に我に返った。そのメールはマコトからで、サトウのことで相談があると言う。我夢は久しぶりに休暇で地上に降りることにした。 途中梶尾に会い、珍しくスーツできめている姿に首を傾げた。そういえば、敦子から律子と梶尾が付き合っているらしいという話を聞いたことがある。あの梶尾がとびっくりしてあまり信用してなかったけれど、本当だったのか。 「なんだよ!」 「いえ、別に…そっかあ」 その様を見られて狼狽える梶尾を残し、我夢はダヴライナーに向かった。 空にしか興味が無かったと思われた梶尾が、どんな心境の変化で彼女と付き合うようになったのだろう。空で死ぬことも厭わないと言わないまでも、周囲に感じさせていた梶尾が最近は、必ず生きて戻ると言うようになった。 待っている人が居るから、地球のためなんて大層なことでなくただ一人の人のために戦い、戻ってくる。梶尾にとって律子がそうならば、藤宮にとっては玲子がそれにあたるのかもしれない。 何故か微かに痛む胸を押さえ、我夢は地上に降りマコト達が待つ公園へと向かった。 |