パスカルの群−gamu2-4

 深緑を倒し、我夢はキャスを見送るために地上に再び降りた。別に後を付けた訳ではないのだが、偶然梶尾が律子と逢っている公園に来てしまい、我夢は木陰からこっそり二人の様子を窺った。二人がキスをしている場面まで目撃した我夢は、慌ててその場から離れ目を逸らす。
 あの二人に自分と藤宮を重ね、口付けを思い出して我夢は顔を朱に染めた。
「どうしたの」
「え、いや…」
 キャスが赤くなっている我夢を訝しげに見つめ、にこりと笑うと頬にキスをしてくる。びっくりして頬を押さえ目を見開いて見る我夢に、キャスはくすりと笑った。
「ありがとう。アナタが居なければ、私の作ったシステムを止める事は出来なかった」
「あれは君の力だ。君が自分で自分の未来を決めようとしたから出来たことさ」
「ウン…そうネ。でも、ヤッパリ我夢があそこに居なかったら、負けてたと思う。我夢の一言がトテモ嬉しかった。私はアナタが好きだから」
 僅かに頬を染めてキャスは我夢を見つめ言った。
「我夢は私のコト、好き?」
 呆然としている我夢に、キャスは真剣に訊いてくる。
「好き…だけど」
「ライクじゃないの、ラヴの方」
 キャスはそう告げて顔を近付けた。唇が触れそうになって、我夢は思わず顔を背けてしまう。
「ご、ごめん…僕は」
 違うのだ。この唇ではない、求めているのは…
 俯いた我夢は、キャスが立ち上がる気配に目を上げた。
「そろそろ行かなくちゃ、見送りはイラナイワ。…サッパリした、言いたかったの。私の想いを知って欲しかった。聞いてくれてアリガト、また合いましょ」
 キャスは手を我夢に差し出した。我夢はそれを握り締め、立ち上がる。僅かにキャスの目が濡れているような気がしたが、彼女は輝くように笑うと手を振って歩き出した。
 キャスのことは好きだ。初めて女の子として意識した相手かもしれない。でも、違うと囁く声がある。想うだけで心から熱くなるのは。
「藤宮…」
 うわぁっ、と我夢は両手で頬を押さえた。これだけ熱いとなると顔は真っ赤だろう。我夢は再び木陰にずるずると座り込んだ。
 キスもそれ以上のこともしているというのに、今までどうして気付かなかったのだろう。こんなにも藤宮が心を占めていることを。
 馬鹿だ、自分は大馬鹿だと我夢は自分の頭を抱えて膝に埋めた。アルケミースターズの一員で天才でガイアでも、自分の気持ちにさえ気付かないなんてと自己嫌悪で胸が苦しくなる。
「お前、何してるんだ? こんな所で」
「か、梶尾さんっ」
 頭を叩かれて我夢は飛び上がった。呆れたように梶尾が我夢を見下ろしている。隣では律子が心配そうに見ていた。
「あ、え、とキャスを送りに」
「居ないじゃないか。顔赤いぞ、風邪でも引いたか」
「いえ、行って来ます」
 我夢は立ち上がるとダッシュでその場から駆け出した。

 エリアルベースが墜ち、ジオベースに移った我夢たちは人々の落胆と失望を一身に受けることとなった。地上に降りて身近になった分、文句の矛先が向けやすくなったのだろう。テレビ番組でも一気に破滅招来体の話題が増え、埒のないやりとりに人々は苛立ちを覚えている。
 我夢もそれをひしひしと感じていた。攻撃力のあるファイターは全て失い、次に破滅招来体が現れた時に戦えるのはガイアである自分と藤宮だけになるだろう。その時、必ず勝つことができるだろうか。
 ぼんやりと考えていた我夢は、突然の警報に我に返り、モニターに向かった。異質なエネルギーが一点に集まり、その中心に不気味な姿が現れる。それは人間の言葉で嘲笑しながら、ウルトラマンを生け贄に差し出せと言った。
 我夢は思わず立ち上がり、司令室から出ようとする。だが、石室に止められ、我夢は唇を噛み締めた。このまま見過ごしていては、奴は街をもっと破壊するだろう。何か罠が仕掛けられているとしても、出ない訳にはいかない。
「青いウルトラマン!」
 ジョジーの声に我夢はモニターを見た。アグルが戦っている。我夢にはそれは青いウルトラマンではなく、藤宮の姿に見えた。何が待ち受けているか判らないのに一人で先に立って戦う藤宮を見て、我夢は胸が苦しくなる。
 早く、助けに行かないと。一緒に戦わなければ、自分は地球を守るためにこの力を欲したのだから。
「藤宮っ!」
 アグルが手傷を負い倒れた時、我夢は思わず叫んでいた。心臓を鷲掴みにされたように息が苦しくなり、足が震える。周りの目が一斉に向けられるのを無視して我夢は強く拳を握ると、息を整え石室に告げた。
「ずっと一緒に戦ってきた友人が苦しんでいる。僕はあいつを許すことができない」
 そうだ、と我夢は石室を見つめた。地球のため、人類のため戦う意志を持って力を手に入れた。けれど、今はただ藤宮を救いたい。それだけなのだ。こんな簡単なことだったのに、ずっと迷って悩んでいたのか。
 我夢は一礼すると司令室から走り出た。変身して戦いの場に駆けつけた我夢は、アグルの傷を治し、破滅招来体に向かっていく。
 我夢は苦戦を強いられたが、途中梶尾達の助けと米田の決死の攻撃もあって、破滅招来体を撃破することが出来た。今回の戦いはエネルギーの大半をアグルの治療に費やしたためか、我夢は変身を解いた途端に意識を失ってしまった。
「我夢…我夢!」
「梶尾さん…」
 目を開くと梶尾の心配そうな顔が目に飛び込んでくる。我夢はゆっくり半身を起こすと、藤宮の姿を探して辺りを見回した。稲城に教えられた方へ目を向けると、玲子に支えられた藤宮の姿が目に映った。
 我夢は藤宮が生きていたと安心して息を吐いたが、二人の姿に微かに切なくなる。それを振り切るように頭を振った我夢は、米田の安否を尋ねた。黙り込んでしまった二人に、まさかと我夢は息をの飲む。だが、直ぐに生きていると伝えられ、三人は安堵の息を漏らし、立ち上がった。
 結果的に藤宮がアグルであるとばらしてしまった我夢は、自分がガイアであると知られたことよりもそっちの方を心配していた。それでなくても藤宮は要注意人物としてマークされているのに、加えてあれほどの力を持っていると知られれば、上層部がどう出るか。
 藤宮をジオベースの医療センターに運び、我夢は溜息を付いて司令室に向かった。扉を開くと、一斉にみんなの目が我夢に向けられる。一瞬ぎくりと身を竦めたのは、子供の頃自分たちとは違うというだけで無視されたり虐められたりした思い出が蘇ったからだ。
「お帰り、我夢」
「オカエリー。みんな無事でよかったネ」
 敦子とジョジーが笑顔でいつもと同じように言って出迎え、堤も普段と変わらず資料を見ている。我夢は力を抜いて頷き、自分の持ち場に戻った。
「我夢、後で藤宮と私の部屋へ来てくれ」
「はい」
 石室の言葉に、我夢は再び気を張り詰めて立ち上がった。誰がなんと言おうと、藤宮を非難したり行動を束縛したり、ましてや裁かせたりはしない。もし上がそういうつもりなら、自分はXIGを止めてでも藤宮を守る。
 我夢はそう決意すると、司令室から出ていった石室の後に続いて部屋を出た。医療センターのドアを開くと藤宮は既に意識を取り戻し、立ち上がっていた。
「藤宮、気が付いてたんだ。痛みはどう?」
 我夢は思わず藤宮が怪我をした部分に手を伸ばした。あの光の奔流はまるで血が流れ出したようで、思い出しても怖くなる。
「大丈夫だ。お前が光をくれたからな」
 藤宮の言葉に我夢はほっとして顔を上げた。僅かに眉根を寄せ、藤宮は我夢を見つめている。その表情にどきりとして我夢は再び俯いた。
「あの、ごめんね。君が倒れたとき、頭の中が真っ白になって、思わず君の名前叫んでしまって…だから君がアグルだってこと、みんなに知られてしまったんだ」
 ぐいと腕を引かれ、我夢は部屋の中に引き込まれた。背中で閉まる扉の音に、我夢の鼓動が早まっていく。
「いずれは判ることだ。…それより、お前は辛くないのか」
「特別扱いされるのが嫌だったから隠してたけど、大丈夫。君は?」
 我夢は自分がガイアだと知っても、殆ど変わらないでいてくれた梶尾や敦子達を思い浮かべて微笑んだ。
「子供の時から特別扱いが特別とは感じなかったからな、俺は。だから傲慢にも人間を見下し、滅ぼそうなんて考えたんだろう」
 皮肉っぽく頬を歪める藤宮に、我夢は胸が痛む。そんなことはないと、何度言えば解ってくれるのだろう。
「藤宮は優しいよ…きっとみんな解ってくれる」
 そう言った我夢は石室に言われていたことを思い出した。慌てて踵を返そうとすると、藤宮は我夢の腕を掴み抱き締めてくる。
「もう少し、二人で居たい」
 我夢は身動きも出来ず、藤宮の腕の中でじっとしていた。動悸は跳ね上がり、抑えようとしても益々高鳴っていく。藤宮に顎を取られ、持ち上げられると、泣きそうなくらい優しい顔が近付いてきた。
 キスされると思った時、腕のシグナビが鳴り、我夢は驚いて藤宮から離れた。顔が赤いのを見られるなと思いつつ、石室に応える。直ぐ行くと応え、我夢はちらりと藤宮を見て肩を竦めると扉を開いた。
 石室の非難の言葉に、藤宮は反論もせずただ聞いている。我夢は思わず藤宮を庇おうと口を開き掛けたが、ついで言われた石室の言葉に口を閉じた。
「我夢と同じように、君を信じている。我夢の力になってやってくれ」
 石室に何か言われても、徹底抗戦で迎えようと身構えていた我夢は、その暖かい言葉に深く頭を下げた。我夢は嬉しさに足下がふわふわする気がしながら、呆然としている藤宮を引っ張って外へ連れ出した。
「藤宮、ほんとにいいの。ここに泊まり込むって」
「ああ、別に構わない。いろいろ便利なことは確かだしな」
 ここに居ると監視されているような気にならないだろうかとか、玲子と会えなくてつまらなくはないだろうかと、さっきまでのふわふわ感が一気に醒め、我夢は恐る恐る藤宮に訊ねた。
 藤宮は気にした様子もなく軽く答えると、手を伸ばして我夢の髪をくしゃりと撫でた。我夢はされるまま藤宮に寄ろうとする。が、整備員の姿を目にして焦って離れた。
「ここは人目が多いな」
「うん…エリアベースから大挙して来たから余計ね。ごめん、群れるの嫌いだろ」
「俺はお前が居るから、ここに居たいんだ。お前の力になるために」
 藤宮のきっぱりとした答えに、我夢は目を見開いて見つめた。真摯な熱い視線に、自然顔が赤くなり、我夢は俯いた。
「それは本当か」
 突然鋭い声が掛けられ、二人は振り向いた。梶尾と稲城が厳しい表情で藤宮を見据えている。やっぱり今まで黙っていたことを怒っているのだろうかと、我夢はおろおろして藤宮と二人を交互に見た。
「私たちは精一杯、あなた達を援護していくわ。それを忘れないで」
 梶尾と藤宮の喧嘩としか思えない言葉のやりとりがあった後、稲城が静かに告げた。胸に響くその言葉に、我夢はぺこりと頭を下げ、藤宮に引きずられるようにしてその場を後にした。
「どうしてそんなに喧嘩腰なんだよ」
「向こうがそうだからだ」
 確かにそうだけど梶尾さんの気持ちも解るし、と我夢は溜息を付く。部屋の中に入ると、漸く安心して我夢は藤宮を見つめた。
「お前は本当に好かれてるんだな…」
「きっとみんなも、藤宮のこと好きになるよ」
「俺は…」
 藤宮は複雑な表情で笑むと、我夢を抱き締めた。その柔らかい笑顔に、我夢の心も暖かくなる。綺麗な顔が近付いて、我夢は藤宮のキスを受け止めた。
 我夢の心臓が爆発しそうにヒートアップし、どうしていいか判らず藤宮の服にしがみついた。藤宮は我夢をベッドに横たえ、再び口付ける。
「ベッドは一つで良かったな」
 にやりと笑って言う藤宮に、我夢はその意味を理解して真っ赤になった。今までも、そしてこれからも藤宮は泣いて迷っている子供のような我夢を、慰めるために抱き締めようとしてくれるのか。
 自分は守られるだけの存在でしかないのか。  我夢は泣きそうな情けない表情を隠すために両腕を上げ、顔を覆った。その腕を藤宮は外すと、深く口付けていく。何度も貪られ、我夢は身体から力が抜けていった。
 藤宮は我夢のコンバーツのジッパーを下げ、中に手を差し入れていく。胸を撫でられ、突起を指先で捏ねられて我夢はぴくりと身体を痙攣させた。
「…あ」
 シャツを捲り上げ、藤宮は直に胸に唇を這わせ始める。胸の突起を舐め上げられ、我夢は思わず吐息のような声を上げていた。
 藤宮の頭を退けようと、我夢は手を伸ばした。だが、力は入らずその抵抗は無視される。藤宮に存分に胸を撫で回され、我夢は熱くなっていく身体を持て余し気味に捩った。
「やっ、駄目だ…まだ怪我…起きたばかりで」
 藤宮の手が下着に掛かり、我夢自身を捉えようとする。我夢は首を振り、藤宮の手から逃れようとした。藤宮は我夢の下着ごとコンバーツを取り去り、押さえつけ一旦動きを止めると、じっと見つめた。
「嫌か?」
 熱く真摯な瞳が我夢を直撃する。嫌な訳ではない。ただ、慰められている自分が情けないだけだ。我夢が黙っていたためか、藤宮は行為を再開した。
 我夢は言葉に出来ない想いを伝えるよう、藤宮の背に両手を回し抱き締めた。こんな状態で流されるまま、告げることは出来ない。
 けれど、身体は素直に藤宮に応え、快楽の喜びに打ち震えている。今だけは、何も考えず藤宮に任せよう。
 我夢は突き上げる藤宮の動きに翻弄されるまま、いつしか快楽とも痛みともつかない涙を流していた。

 空がイナゴに覆われ、これが最後の戦いになると決心して我夢は司令室を後にした。途中で姿を消していた藤宮も現れ、何故だか楽しそうにどこからか調達してきたハンバーガーを我夢に放ると、食べ始める。その様子に我夢も気張っていた力が抜けていった。
 エスプレンダーの中の光は今までにないほど弱い光を浮かべている。これで戦えるのかと一瞬不安を感じた我夢に、藤宮は告げた。
 お前とここに居ることを感謝していると。
 我夢の心にその言葉は染み通り、嬉しさに一気に闘志が燃え上がる。
「僕だってそうさ。君が居たから、ここまでこれた」
 我夢は藤宮の方に顔を向けた。藤宮はまだ何か言いたそうな表情を浮かべている。我夢はここで全て告げるのはやめにした。勝って必ず戻って、そうしたらもう泣いている子供ではなくなるだろう。藤宮と対等になれる。
「行こう!」
 我夢はにこりと笑うとエスプレンダーを空に掲げた。

BACK HOME