パスカルの群−gamu2-2

 イザクが現れたとの知らせに、我夢は一瞬藤宮を振り返り、走り出した。
 迷いのある戦いは苦戦を強いられた。イザクは強く、ガイアは翻弄されてしまう。このままでは藤宮が言ったように自分が倒れてしまうと、我夢はスプリームバージョンに変身した。
   『オレハ、イキル…オレハ、イキル』
 その時聞こえてきた声に、我夢ははっと動きを止めた。それを見逃さずに、イザクはガイアの喉元に囓り付いてきた。
 イザクの顎門から地に響くような炎を吹き出す前の音が聞こえてくる。それは理性を吹き飛ばし、本能を蘇らせる音だった。
 我夢はイザクの顎を両手で掴み、自分の首から引き剥がすと一気に背負い投げを掛けた。起きあがったイザクに反撃する余裕を与えず、我夢は跳び蹴りを食らわせる。それが致命傷になったのか、イザクは一声遠吠えを上げると光の粒となって消し飛んだ。
 我夢は変身を解き、地上にがくりと膝を突いた。最後のイザクの生きたいという想いの隠った声が頭に響く。殺されると思った瞬間、自分はイザクの想いも願いも考えずに戦っていた。
「…許してくれ」
 そんな自分への嫌悪と、戦うことの虚しさと、誰にも向けられない怒りと切なさに、我夢は地面に両手を付き頭を垂れる。何故、こんなに弱い自分に地球は光を与えたのだと、それすら我夢は恨みそうになった。
「戦うのが辛ければ光を捨てればいい」
 静かな声に我夢は振り返った。今まで我夢が見たことのない穏やかな表情で、藤宮が自分を見下ろしている。
「誰もお前を責めたりしない。そうまでして戦う義務も無い」
「藤宮…」
 我夢には藤宮の告げようとしている事が理解できた。確かに誰も自分を責めたりしないだろう。だが、自分自身が戦いから逃げたことを責めるのだ。以前藤宮がそうだったように。
「イザクを殺したのはお前じゃない。アルテスタイガーを絶滅させたのは俺達人間だ。お前が感じている痛みを人間全てが背負っていくと理解すれば、人間は変われるんじゃないか? お前が前に言っていたように」
 自暴自棄になっている藤宮に海岸で告げた言葉を返され、我夢は呆然として彼を見上げた。藤宮は静かに笑みを浮かべ我夢を見つめている。その笑みと言葉に、我夢の心に澱んでいた闇が薄れていった。
「俺達はイザクを忘れない」
「ああ」
 我夢は立ち上がると藤宮の横に並んで星空を見上げ、頷いた。
 藤宮の腕が伸び、我夢の肩を抱き寄せる。されるがままに抱き締められた我夢は、熱くなった目頭を隠すように顔を藤宮の胸に埋めた。
 ぼんやりと心ここにあらずというように宙を見ている我夢を、敦子はちらちらと窺っていた。この前からかなり変だと女の勘が告げている。
「変なのはイツモじゃナイ」
 呆れたように言うジョジーを一瞥し、敦子は首を横に振った。我夢が暗く沈んでいるかと思えば、次には口元に笑みを浮かべ顔をほんのり赤く染めたりしてるのを見ると、敦子は何となく胸にしこりができたような感じを覚えるのだ。
「アッコも変てことだネ。…もしかして、恋ワズライかな」
 途端に敦子が手に持っていたペンが真っ二つに折れた。目を見開いてそれを見るジョジーに、敦子はさりげなくポケットからもう一本ペンを取りだし仕事を続けた。
 我夢はそんな二人のやりとりにも気付かず、今までの怪獣との戦いをデータベース化しながら考えていた。
 殺すことの是非を考えると、思考の泥沼に填る。それから抜け出すために藤宮の言葉を思い出すと、それ以外のことまで思い出して恥ずかしさに赤くなるといったことを繰り返して、我夢は頭を抱えた。ぐるぐる同じ場所を廻っていて抜け出せない。
「コマンダー、アルケミースターズのダニエル議長から通信が入っています」
「繋いでくれ」
 敦子と石室のやりとりに、我夢は我に返ってメインスクリーンを見た。相変わらずダニエルは飄々とした様子で話し始める。その内容は、破滅招来体の主星を突き止め、自分たちで作り出したワームホールを使って攻撃できるというものだった。
 その報告を受けたコマンドルームは喜びに沸いた。ただ一人我夢を除いては。
「ダニエル、ワームホールの研究はまだ見知らぬ宇宙へ僕らの友人を探しに行くためにしていたんじゃないのか。破滅招来体の星を攻撃しても意味がないと、クラウスは言ってたそうだ。僕も、そう思う」
「我夢、だからといって広い宇宙には友人ばかり居るとは限らないんだ」
 僅かに困ったように眉を寄せ、ダニエルは応える。そうじゃなくて、と言いかけた我夢は石室に止められ、コマンドルームを出た。
 心の奥で、違う、その行為は間違っていると囁く声がある。その計画が実行されれば、破滅招来体と自分たちの立場は逆転し、人間が破滅をもたらすものとなるのだ。
 でも、人間は死にたくないし滅ぼされたくないから、戦う気持ちも解る。イザクと自分が戦ってしまったように。
「あなたはやっぱり軍人にはなれないわね」
 コマンドルームから追ってきた稲城に、今の自分の気持ちを正直に告げた我夢は、そう言われて何も言い返せなかった。
 やはり自分は甘いのか。覚悟を決めてガイアの光を受け止め、XIGに入ったつもりでいたのに、みんなと想いが擦れ違っていく。藤宮も、自分と敵対していた時はこんな気持ちだったのかもしれない。
「藤宮…」
 データ閲覧室で見るともなく今までの資料を見ながら、我夢は今ここに藤宮が居てくれたらと考え、溜息を付いた。ふと視線を感じて我夢は目を上げると、追いかけてきたのか稲城が歩み寄ってくるのが見えた。
「さっきはごめんなさい。酷いこと言ったわ」
「いえ」
 我夢は謝りにやってきた稲城に首を振った。稲城の気持ちも解るし、多分破滅招来体の星を攻撃することは殆どの人間の希望だろう。
「宇宙怪獣は何故暴れるのかしら」
 稲城の疑問に我夢は咄嗟に答えられなかった。そして、以前投げかけられた質問を思い出す。それは亡くなる前に稲森博士が呟くように言った疑問だった。

   『何故怪獣が現れるか、考えたことある?』

「地球の怪獣が暴れるのは私にも理解できる。多分、人間への警告とか環境の悪化とかって。でも、宇宙から送り込まれる怪獣は操られてるから?」
 我夢は稲城に、自分も考えてみますと言って席を立った。その足でEXに乗り、生物の生態を良く知っているだろう浅野未来にコンタクトを取り付けた。
 久しぶりねと現れた未来は、かなり感じが柔らかくなり、明るくなっていた。ほっとしながら我夢は、稲城の疑問をぶつけてみる。
「答えは簡単よ。怪獣だって生物だから。生きていくために、本能で生きるための場所を勝ち取ろうとする。今まで自分のテリトリーだった所から連れ出されれば、暴れるのは当たり前よ」
「そうか…そうだね。あ、じゃあ、地球怪獣が現れたのは」
「自分のテリトリーを荒らされたから、かな。最初に地球のが出てきたのは、宇宙から怪獣が落ちてきた時からだったでしょ。人間もかなり彼らのテリトリー侵してるけど、きっとそれが引き金になったんじゃないかな」
 明確な未来の答えに、我夢は目の前が晴れる様に感じて頷いた。未来はくるりと向き直ると、指先を我夢の眉間に当て、笑った。
「やっとその皺、取れたね。実はね、今の答えの半分は私の考え、もう半分は藤宮さんの考えなの」
 驚いて我夢は未来を見返した。未来は我夢から視線を外し、歩き始める。
「彼、クリシスが破滅招来体を退けるには人類を削除することって答えを出した時に、あらゆるデータを参照してそれを覆そうとしてた。うちにも問い合わせが来て…ほら、私の専門、もう滅んだ物ばかりだから…その時そんなことを言ってたわ」
「人類が他の生物のテリトリーを侵しているなら、排除した方が地球のためかもしれない」
「そう…」
 未来は頷いた。自分の知らない藤宮を知っている未来を、我夢は微かに羨ましいと思った。その時、自分にもうちょっと力があれば、藤宮の役に立てたかもしれないのに。
「その時私もちょっとそう思った。でも、今は思い直してる。人類を自分の身を挺してまで守ろうとする人がいると知ったから」
 にこりと未来は笑って我夢を見つめた。我夢はもしかして自分のことを言っているのかと、顔を赤く染める。未来は楽しそうに微笑むと、再び歩き出し我夢の方を振り向いた。
「頑張ってね」
「ありがとう、未来」
 我夢は頷いて踵を返した。
 単にコッヴが住んでいるというだけの星を滅ぼしても意味はない。破滅招来体は新たな星を地球と結びつけるだけだろうから、宇宙全てを敵に回す可能性の方が強い。そう石室や千葉に力説したが、理解はされたものの、既に賽は投げられたと取り合ってもらえなかった。
 ならば直接現地に行って止めようと我夢は地上に降りる。いくら言っても聞いてもらえず、その場から叩き出された我夢は、がっくりと地面に膝を突いた。
 どうすれば止められるだろう。自ら破滅への道を行くのを黙ってみてるしかないのだろうか。我夢は悔しさに拳で地面を叩いた。
「あれは愚かにも人類が最後の希望としているものだ。それを打ち砕く勇気があるか、ウルトラマン!」
 いつの間にか側に居た藤宮が、そう言って目の前にあるワームホール発生装置を見上げた。確かにあれを破壊すれば、希望を打ち砕くどころか裏切り者扱いされるだろう。憎悪と絶望が押し寄せる予感に、我夢は身震いする。
 だが藤宮に自分の名ではなく、ウルトラマンと呼ばれたことで我夢はしなければならないことに決心が着いた。地球の一員として人類を宇宙の破壊者とする訳にはいかない。たとえ自分が糾弾され憎まれようとも。
 ワームホール発生装置が動き始め、エネルギーが空に放たれる。我夢はエスプレンダーを掲げるとガイアに変身して装置に向かって走り出した。
 装置は破滅招来体が向けた怪獣達によって大破されてしまった。ガイアが出てくることを見越して、破滅招来体はどっちに転んでもいいように窺っていたのだろう。二匹のパワーアップされた怪獣を相手に我夢は戦ったが、一対二では押され気味である。
 パワーの関係ばかりでなく、未来との会話で解った彼らがここで暴れる理由が頭から離れないためだった。
  『彼らは好んでここに来た訳じゃない。暴れたくて暴れてる訳でもない。それなのに殺してもいいのか。その資格が自分にはあるのか…』
 じりじりと押され、星を一つ破壊出来るほどのミサイルが設置されている場所まで後僅かに迫っても、迷いは捨てきれなかった。  突然、アグルが二匹の怪獣を蹴り飛ばし、加勢に入る。
  『お前はなんのために光を手に入れた』
 頭に藤宮の声が響いて、我夢は動きを止めた。
  『戦うために…人々と地球を守るために』
 そうだと言うようにアグルは大きく頷いた。今は戦って勝つことを考えろと、藤宮の意志が伝わってくる。我夢はそれに頷いて怪獣達に向かっていった。  怪獣を倒した後、去ろうとする藤宮に我夢は礼を言った。
「さっきはありがとう。駄目だね、僕は…迷ってばかりだ。前は君にあんなに偉そうに言ってたのに、恥ずかしいよ」
「迷うことは、恥ずかしいことじゃないと思う。それも人間だからだろう」
 藤宮の静かな言葉に、我夢は俯いていた顔を上げ見つめた。
「藤宮」
「迷って、悩んで、時間を掛けて答えを出せばいい。これから行く道を。人間にはそれが出来る力がある…と教えてくれたのはお前だ」
 ふっと微笑んで藤宮はヘルメットを被り、バイクに乗って行ってしまった。我夢は呆然とそれを見送っていたが、その姿が見えなくなると軽く吐息を付いてEXまで走った。
 エリアルベースで夕日を見ながら石室に後の顛末を聞いていた我夢は、考えていたとおり破壊しようとしていた星が破滅招来体の主星ではないと判ってほっと笑みを浮かべた。それを見咎めた石室に嬉しそうだなと追求され、我夢は小さく首を振った。
「一つ希望がなくなったからといっても全てが消えた訳じゃありません。人間は自分で自分を滅ぼすほど、馬鹿じゃないと僕は信じてます。これからどうしたらいいか、みんなで考えればいいじゃないですか。そのために僕らも居る」
「そうだな」
 殆ど藤宮の受け売りだと、我夢は思いだして笑みを浮かべた。いつの間にかこんなにも深く藤宮の想いが自分の中に浸透している。気が付くといつも側にいて支え、助けてくれる。
 自分は藤宮に甘えすぎていないだろうか。
 思い返せば、我夢が自分の中の闇に対峙し、怯えていた時に藤宮が自分を抱いたのも、怖がって泣いている子供を慰めるための行為ではなかったのか。
 人肌の暖かさに、それが禁忌であると知りつつも藤宮の腕を求めてしまった。最初の時とは違って止められなかったのではなく、止めて欲しくなかったのだ。甘えて縋り付いて泣いて、そんな我夢を藤宮は仕方なく抱き締めてくれたのかもしれない。
「どうした? いきなり難しい顔をして」
「え…あ、いえ、僕はまだまだ子供なんだなって思って」
 石室は我夢の答えに怪訝げな表情を向けた。泣き笑いのような表情をする我夢を石室は黙って見つめ、軽く肩を叩く。
「いいじゃないか、子供で。大人になんて直ぐになってしまうものだ」
 にっこり笑う石室に、我夢は小さく頷いた。

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