パスカルの群−fujimiya-2

 エリアルベースが墜ちたことで世間は一斉に、破滅将来体による地球規模の危機感を煽られた。今までも怪獣被害はあったが、自分たちに被害がなければどーでもいいという見地があったし、ウルトラマンが居てXIGが居るのだから任せておけばいいという思いがあったのだ。
 電気店の店先にあるテレビに映る破滅将来体に対しての討論会を目にした藤宮は、立ち止まってその自分勝手な彼らのやりとりを眺めていた。
 今更のように破滅将来体と対話しようと言うものも居るが、何が本質的な問題なのか彼らは解っていないと藤宮は眉を顰めた。
 単に破滅将来体は、宇宙へ進出しようとしている人間が目障りなだけで滅ぼそうとしているのかもしれない。が、もしかしたら、本当にあの手先が言っていたように、ウィルスのように宇宙に害なす存在なのかもしれない。
 もう短絡的に、だから人間を滅ぼそうなどとは思わないが、なんとかウィルスにならないような努力をすべきじゃないのか。
 拳を握り、踵を返そうとした藤宮は突然テレビが切り替わり、破壊され始めたビル街を見て息を飲んだ。次々に破壊されていくビル街の空間に、あの破滅将来体の手先が浮かび上がる。
 それは逃げまどう人々を嘲笑うと、両手を上げウルトラマンを生け贄として捧げるよう告げた。
「ウルトラマンを差し出せ。そうしたら街の破壊は止めよう。お前達が破滅将来体と呼んでいるものも地球に害をなさぬようにしよう」
 人々の間に動揺が走る。本気なのか、嘘なのか、本当な訳は無いと思いながらも、今実際の危機に晒されている人々はウルトラマンが現れることを願った。
「駄目よ、藤宮くん。きっと罠だわ」
 一歩足を踏み出した藤宮の拳を覆うように両手で握り、玲子は首を横に振った。
「ウルトラマン出て来いよー、俺達を守ってくれるのが仕事だろ。さっさと出てきてあいつやっつけてくれよ」
「そうそう、ちゃちゃっとやっつけてくんないと、こっちまで壊されちゃうじゃん。困るよね」
 同じようにテレビを見ていた若者たちがはしゃぎながら言い合っているのを横目で見て、藤宮は玲子の手をもう片方の手でやんわりと引き剥がした。
「あんなこと…あの子達みたいなのばかりじゃない」
「判ってる…いや、我夢ならきっと、それでも守るだろう」
 藤宮はそう言うと被害が出ている地区へ向かって歩き出した。今の放送は多分我夢も見ているはずだ。そして、例え罠だと知っても必ず出てくるだろう。生け贄になれと言われれば素直になってしまうのが我夢なのだ。
 そんなことは絶対にさせない。
 藤宮の決意に満ちた表情に、玲子は僅かに哀しげな表情を浮かべたが、それを振り払うようににっこりと笑い頷いた。
 人々が避難し誰も居ない道に着いた藤宮は、宙に浮かぶ手先に対峙した。ガイアが現れないうちに、アグルとなって敵と戦い、その習性と弱点を探るのが役割だと藤宮は考えている。こいつがどんな罠を仕掛けていても
、それに自分がかかればガイアは無事に戦えるだろう。
 藤宮はアグレイターを取り出し、青い光を纏ってアグルとなった。
 手先は姿を怪獣ゼブブへと変え、アグルに向かっていく。いつも通りに戦っていた藤宮だったが、一瞬の隙を突かれ致命的な傷を受けてしまった。
 地面に倒れ、傷を受けた部分から流れ出るエネルギーに、自分の命まで流れるような錯覚を覚える。いや、この痛みは錯覚ではなく本当に命までなくなるのだろう。
「やめてー!」
『藤宮ーっ!』
 玲子の声に被るように我夢の声が聞こえたような気がした。脳裏に我夢の叫びと共に、ジオベースで誰かと話している姿が浮かんでくる。我夢を取り巻く人間の驚きは、ガイアの正体が判ったからだろうか。
『我夢…駄目だ』
 今まで我夢がガイアであると知らせていなかったのは、特別な扱いを受けるのが嫌だったからではないのか。それを自分のせいで知らしめてしまうことが、藤宮には辛い。が、自分のために正体を明かしても構わないと思ってくれたのが嬉しくもある。
 意識が遠退く中、エネルギーの流れが逆流し暖かい光が身の中に流れ込むのを、藤宮はぼんやりと感じていた。
『ガイアの…我夢の光か』
 変身が解け、地面に横たわる藤宮に玲子は駆け寄った。ガイアと…否、我夢とXIGの連携でゼブブは倒れたのだ。藤宮は駆け寄ってくる我夢をぼんやりと見つめ、意識を失った。
 藤宮は意識を取り戻すと、見覚えのある部屋とベッドに眉を顰めた。藤宮の居るのはジオベースの医務室で、以前ガイアと戦い倒れた時にここに運び込まれた事がある。XIGとは距離を置きたかったのだが、自分がアグルだと知られてしまったのだからそれは無理かもしれない。
 藤宮は起きあがると上着を着て部屋の扉に手を掛けた。
「藤宮、気が付いたんだ」
 ぱっと明るい笑顔が目に飛び込んできて、藤宮は僅かに狼狽え身を引いた。我夢は立ち竦んでいる藤宮の上から下まで心配そうに眺めると、手でそっと攻撃を受けた場所に触れた。
「痛みは?」
「無い。大丈夫だ、お前が光をくれたからな」
 攻撃を受け傷ついた場所は、結構際どい部分にある。そこに触れられて藤宮は慌てて我夢の手を掴み、引き離した。
「良かった。…あの、ごめんね。アグルが倒れた時、思わず君の名前呼んじゃったんだ、みんなの前で。頭、真っ白になって」
 すまなそうに俯いて謝る我夢の手を、藤宮は自分の方に引き寄せる。扉が閉まり、部屋の中に二人きりになった。
「いずれは判ることだ。それより、お前の方が辛くないか」
 我夢は首を横に振ると嬉しそうに笑顔を向けた。
「隠してたのは、僕がウルトラマンだって判るとみんなが特別扱いするんじゃないかと思ってからなんだ。子供の頃から『特別』なのは凄く嫌だった。…君は?」
「俺は、自分が特別なことは当然だと育てられたからな。あまり感じたことはなかった」
 そういう環境で育ったから人間嫌いになって、自分が人間を滅ぼすのも当然だという傲慢な考えを持つに至ったのだろうと、藤宮は冷静に分析する。それが表情に現れたのか、見上げる我夢の目が微かに暗くなり揺らいだ。
「藤宮は優しいよ。みんなも直ぐ解る…あ、そうだ、コマンダーが気が付いたら呼んできてくれって言ってたんだっけ」
 はっと気付いたように我夢は呟き、踵を返そうとした。それを止め、藤宮は我夢を抱き寄せる。
「もう暫く、二人で居たい」
 我夢は藤宮の囁きに頬を赤く染めたが抵抗はしなかった。大人しく腕の中に収まって藤宮を見上げてくる。久しぶりに感じる我夢の体温に、藤宮の熱が上がりそれに押されるまま口付けようとした。
 それを制するようにXIGナビが通信音を発し、慌てて我夢は藤宮から離れると応答した。
「解りました。すぐ行きます」
 我夢はナビを閉じると、ちらりと藤宮を見上げ肩を竦める。藤宮は溜息を付き、髪を掻き上げ扉に向かった。
 石室の部屋へノックをして入ると、樋口が一緒に待っていた。我夢は一瞬何故だろうと思ったが、ジオベースは樋口の管轄だからだろうと納得して藤宮を促し扉を閉める。石室と樋口以外には誰も居ないことに戸惑いながら我夢は藤宮を紹介した。
「今まで君にはさんざん振り回された」
 厳しい表情で話し出す石室に、我夢は反論しようと口を開いた。だが、藤宮は我夢の肩を軽く掴み、僅かに首を振る。言われて当然のことをしたのだ、今更言い訳はしない。たとえ、どんなに非難されても仕方ないと、藤宮は覚悟を決めて石室を見つめた。
「だが、それと同じくらい君には助けられた。…そうだろう、我夢」
「は、はい」
 表情を和らげて石室は続けて言い、我夢に確認する。驚きながらも我夢は微笑んで頷いた。
「戦いは益々激化し、破滅将来体はそろそろ最後通牒を投げかけてくるだろう。ここの情報も設備も使って構わない。我夢の力になってやってくれ。以上だ」
 自分たちに協力しろという要請ではなく、我夢のために残ってくれと願う石室の言葉に藤宮は目を見開いた。
「コマンダー…、ありがとうございます」
 呆然とする藤宮の隣で、我夢は深々と頭を下げた。
「ここの設備の詳しい事は高山さんに聞いて下さい。部屋は、今個室が一杯なので高山さんの部屋に簡易寝台運ばせます。一緒でいいですか?」
 我夢にだけでなく藤宮にも敬語を使って話しかける樋口に、藤宮は我に返って小さく頷いた。本来ならこんな場所に泊まり込むなど気に入らないことなのだが、事態は逼迫していると自分の勘が訴えている。
 今まであれほど語る破滅将来体は居なかった。それだけ追いつめられているということなのだろう。今度は何を仕掛けてくるか予想も付かない。
 では、さっそく用意します、と樋口は出ていった。それに続いて我夢も石室に挨拶して藤宮を連れ外へ出た。

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