薄々は解っていたことだった。ただ、闇雲に見ない振りをしていたに過ぎない。我夢がそれを見せようとすればするほど、頑なに拒んでいた。そのつけの支払いは思ったよりも大きく重かった。
潰れそうになる自分をただ救うために、全てを放り出して無くしてしまえば済むわけでもないのに、その場はそうするよりなかったのだと、思っていた。 それも今は単なる甘えだと解っている。裏切られた、傷ついたと嘆き悲しんで、その要因を自分ではなく他人のせいにして自分がそれ以上傷つかないように逃げたのだ。 藤宮はドイツの地方都市の一角にある安ホテルで、あまり品質の良くない電話回線を使い、ジオベースのメインコンピュータに密かに入り込んでいた。 アグルの光を得、バージョンアップしたガイアとファイターチームの活躍により、ゾーリムを呼び込んだ巨大なワームホールは消え去った。あのワームホールが現れた経緯とガイアやアグルのぶつかり合ったエネルギーの量など、全てのデータを引き出し検討するために藤宮は世界各地のあらゆるデータを集めていた。 ジオベースに保存されているデータだけでなく、古代の神話や伝説などからも破滅招来体の影が窺えればそれを引き出し検討する。 今まで地球の破滅は人類がもたらすと信じさせられ、そのデータを持っていたが、改めて違う角度から検討していくと、それは遙か昔から何度も繰り返されてきた破滅招来体による意志だと思うようになってきた。 藤宮は短く吐息を付くと、回線を切った。灯りを落とした部屋はノートパソコンから微かに光る灯りしか無く、藤宮の憔悴した顔を照らし出している。 我夢にアグルの光を渡してから、藤宮はほとんど眠ることなく世界各地に飛び、こうしてデータを集め考えていた。 眠るのが怖かった。起きていればある程度抑えて対処出来る物が無防備に降りかかる。自分が今までしてきた事、全てが無駄だとは思わないが、眠りの際に訪れるものはそれを否定し攻撃してきた。 漸く、我夢に全てを押しつけたつもりになっていても、自分自身が許していない以上、自分から逃げられはしないことに藤宮は気付いたのだ。 自分の行なってきた事の始末を付けるために、何が出来るのか。藤宮はそれ以来考え続け、検討し続けていた。 ぼんやりとモニタの画面を見るでもなく見ていた藤宮は、ホテルの電話からのコール音に思考の淵から呼び戻され、受話器を取った。 以前こっちに住んでいた時に懇意にしていた業者からの連絡を受け、藤宮は荷物を纏め部屋から出た。チェックアウトをし、バイクで街を出る。ここから数キロ南へ下った小さな町の外れに藤宮は屋敷を持っていた。 そこへは寄らずに更に町を抜け、小さな飛行場に着いた藤宮は、その一角にある格納庫にバイクを乗り付けた。中に入ると、そこにはXIGファイター機ほどの飛行機が一機だけぽつんと置いてある。横に積まれた資材を確かめ、藤宮は機体の中へ入っていった。 中は人が一人二人入れる程の空間しかなく、後はコンピュータ端末があるばかりだ。居住性などまるで考えられていないこの機体の中味は、ほとんど高性能爆薬だった。 席に座ると、藤宮は端末に今まで手に入れたデータをアップロードしながら、今日入った最後の資材で装置に手を加え始める。これですぐにも飛び立てる筈だ。 こんな小さな飛行場から飛び立てるのも、リパルサーリフトを積んでいるお陰だった。まだ完全に整備されていないそれを調整しながら、藤宮は今まで考えないようにしてきた人間のことを思い出した。 今我夢は一人で戦っている。XIGの戦力など微々たるもので役に立っていない。ただ、我夢の心理面では仲間が居るということは、今まで以上の力になっているだろう、きっとアグルが居なくなった分の心細さを彼らと、自分自身が強くなることで補おうとしている。その事は、ジオベースから得られるデータだけでも充分に知ることが出来た。 そうさせたのは自分なのだと、苦い後悔が藤宮の心の中に広がっていく。もし今我夢が倒れたなら、地球は、人類はどうなってしまうのだ。 藤宮は頭を振り、その考えを振り払った。今は自分に出来ることをするだけだ。これが成功すれば、少しは我夢の負担が減るかも知れない。自分たちを利用してコケにした破滅招来体への復讐の気持ちも多少はあるが、それより今まで傷つけた人々への償いがしたい。 藤宮は最後の調整を終えると、日本へ向かって機体を飛び立たせた。 あの時と同じエネルギーを得るには、新しく開発されたGUARDの対空間攻撃レーザーが有効なようだった。藤宮はジオベースに潜り込み、ダミーのウィルスに紛れさせ、本体を仕込む。わざと姿を現して足跡を残せば、きっと我夢はやってくるだろう。 藤宮は使われていない廃屋の一角に腰を据え、我夢が現れるのを待った。そういえば、あの時もこうして我夢を待っていたと、藤宮は思い返していた。時間がないと破滅招来体に思い込まされ、各地で怪獣達を起こす前にもう一度我夢を説得しようと思い、誘い出した時のことを。 結局、我夢の考えを改めさせることは出来なかった。今から思い返せば、自分自身からして疑問を抱えていたのだから、説得できる訳がない。本当は、説得が目的ではなく、ただ会いたかったのかもしれない。 情動に任せて我夢を無理やり抱いてしまってから、自分の気持ちに気が付いた。好奇心、反発、憎悪…それがいつこんな気持ちに変化したのか。藤宮の中で、まだ戸惑いはある。認めたくない気持ちもある。けれど、こうして我夢を待っている時の、不安や恐れとは別物の痛みは確かにあるのだ。 微かな足音に藤宮は想いから引き戻された。軽やかに駆けてくるそれは多分我夢のもので、藤宮を必死に捜しているのだろう。そのことに微かな自己満足を得て、藤宮は薄い笑みを浮かべた。 「藤宮っ」 「我夢…」 声を聞いた途端、藤宮の鼓動が跳ね上がる。振り返って我夢を見たら、決心が崩れてしまうかもしれないと、藤宮は前を向いたまま我夢に応えた。 「無事だったんだね」 「ああ」 安心したような我夢の声に被さるように別の足音が聞こえ、玲子の声が聞こえた。二人は決して藤宮を責めようとはせず、そのことがかえって心に突き刺さる。まだ責められ、詰られる方が良いのに、我夢はあれだけ酷い目に遭わされた藤宮と、もう戦う理由がないから一緒に行こうと呼びかける。 どうして許せるのだ。理不尽な仕打ちを繰り返され、肉体的にも、精神的にも傷つけさせられた自分を。 「君たちが許しても、俺は…」 唇を噛み締め、藤宮は次の言葉を飲み込んだ。自分自身が許せない、と言えば我夢はこれからすることを見破ってしまうかも知れない。 リザードの瀬沼が現れたのをきっかけに、藤宮は自分の腰に付けた爆薬を見せ、出口に向かって歩き出した。 「今度は手加減するな。でないとお前が怪我をするぞ」 「…君はまだそんな」 我夢の顰められた眉や苦しげな目の光が自分を捕らえる前に、藤宮は足を早めてそこを通り抜けた。我夢を挑発し、フォトンエッジを放たせなければ、今度の計画は崩れてしまう。藤宮はそのために姿を現したのだ。いや、最期の前に一度顔を見たかったのが本音だろうか。 飛び立つEXの後から自分の機体も飛び立たせる。タイミングを上手く掴まないと、本当にエリアルベースを落とすことになるか、対空間レーザーが破壊されるかになってしまう。 「待っていろ、我夢」 呟いた瞬間、アラートが鳴り響き、目の前に侵入者として亡き稲森京子の姿が現れた。自分のために命を落とした稲森の姿に、藤宮は深い後悔と自己嫌悪と悲しみを再び沸き起こされる。これは、破滅招来体の罠であり、偽物なのだと理性で解っていても現実に死なせてしまったことは変わりない。 「あなたは気付かせてくれた。俺は、アグルである前にただの人間だったということに」 アグルの力は絶対だと信じていたのに、稲森一人助けられなかった。アグルが人を見捨て、地球を救う使命を持っていると信じているのに、彼女の死に、藤宮の心は張り裂けそうな程慟哭した。 彼女一人の死に、自分の心がこれほど傷つくなら、自分が見捨て傷つけた人々の心にはどれほどの物が残っただろう。 ウィルス撃退プログラムによって消えていく稲森のホログラフィーを見つめながら、藤宮は揺らめく自分の心を叱咤するように叫んだ。 「消えろ!」 ボタンを押し、稲森の悲鳴を聞きながら目を閉じる。拳を握り締め藤宮は、ジオベースのコンピュータに仕込んだウィルスプログラムを発動させた。 レーザーの照準をエリアルベースに合わせると、予想通りガイアが現れた。レーザー砲を放ち、ガイアのフォトンエッジのエネルギー量と合わせて徐々に出力を上げていく。計算では最大の出力で丁度アグルとガイアが以前戦ったのと同じエネルギーが得られ、あのワームホールが開く筈だ。 「あの扉を開くんだ」 二つのエネルギーのぶつかりから螺旋の渦が宙に向かって伸び、そこにワームホールが現れた。藤宮はレーザー砲のスイッチを切ると、機体をその中へ飛び込ませた。あの向こう側に奴らが居る。なんとしても一矢報いなければと、藤宮はスピードを上げた。 「さらばだ…我夢」 視界から空と星が消え、ワームホールの中に入ったと判ると、藤宮は目を閉じて呟いた。だが、ワームホールの途中でどうしても中へは進めなくなり、向こう側からは何か別の物がやってきた。当ては外れたが、それでもいい。これで全てが終わる。悲しみも怒りも苦しみも、奴らと共に消え去ってしまえ。 藤宮は自爆スイッチを覆うカバーを跳ね上げると、それを押した。一瞬身体が浮くような感覚と共に意識が遠くなる。我夢の自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。 暖かい感覚にゆっくりと藤宮は目覚めた。見上げればそこは地獄の底ではなく、もちろん天国の花畑でもなかった。青い空をバックにガイアの姿が見える。良かったとでも言うように大きく頷くガイアに、藤宮は自分が救われてしまったことに気付いた。 ガイアの後を追って怪獣が現れる。そいつは藤宮の自爆によって傷つけられた手をあっという間に復元し、ガイアに向かっていった。 分身の術を使いガイアを翻弄する怪獣を見て、藤宮は立ち上がり思わず懐からアグレイターを取り出した。だが、アグルの光は無く、それはただの器にしか過ぎない。 藤宮はアグレイターを強く握り締めると、何も出来ない自分に腹を立ててそれを池の中へ投げ込んだ。我夢の手助けをしたくとも、人間としてでは何の力も無いのかと、じっと池を覗いていた藤宮は、怪獣の本体が水に映っていることに気付き、腰にまだ残していた爆薬を取ると、スイッチを入れて投げつけた。 爆風で吹き飛ばされ、藤宮は地面に叩き付けられた。効果があったのかなかったのか、気が付くと怪獣は倒されていて、我夢が池の向こう側に立っていた。 「何故…俺を助けた」 「甘ったれるな! 誰もあんな償いの仕方を望んでなんかいない。君は自分のしてきたことから逃げているだけだ」 身体中に走る痛みより、我夢の言葉が痛い。我夢に言われるまでもなく、藤宮には心の底では解っていたことだった。死んだからといって、全てがチャラになる訳ではない。 そういえば、前も我夢に言われた。逃げて簡単な道を選んでいるだけだと。いつでも我夢に逃げ道を塞がれ、立ち向かうしかなくなるのだ。 藤宮は呼び止める我夢の声を振り切るように、傷ついた身体を一歩ずつ進ませ、その場から離れた。我夢の視線が背中に突き刺さるように感じられる。アグルにもなれず、死ぬことも許されず、どの方法(みち)を行けばいいのか。 暗闇の中、ぼんやりとソファに身を沈めていた藤宮は、ネットを通じて入ってきた情報に目を留めた。玲子の勤めるテレビ局に怪電波が流れ情報が遮断されているらしい。藤宮は取りあえず今出来ることをするために、KCBに向かった。 途中怪しげな団体に阻まれ、藤宮は不覚にも意識を失ってしまった。目を覚ましたのはどことも知れぬ薄暗い部屋で、ピアノの音が流れている。それを弾いているのは誰なのかと、立ち上がり近付いた藤宮は、信じられない光景に目を瞠り一歩後退った。 「稲森…博士」 「私をホログラムだと思って? 私は蘇ったの、貴方と共に再び地球のことを考えたくて」 笑みを浮かべ、稲森はゆっくり藤宮に近付き、掌をその頬に当てた。滑らかで暖かい手の感触が藤宮の頬を辿り肩に縋り付く。これは現実なのか、それとも何かの陰謀なのか。理性ではこれは破滅招来体が作った偽物だと理解しているが、触れられ、縋られて藤宮の心は揺れ動く。自分が殺したも同然の彼女がもし生き返ったならば、自分の罪は許されるのだろうか。 「貴方の心を乱す悪い女…殺しなさい」 田端と井上に連れられてやってきた玲子が、二人の姿に驚いて目を見張った。稲森の言葉に翻弄される藤宮に、玲子は必死に訴えかける。藤宮は稲森に拳銃を向け、声を震わせないよう力を込めて言った。 「お前は、稲森博士じゃない」 「私を殺せるの? 私を殺してしまえば、もう二度と貴方の前には現れない。貴方の理想も苦しみも、全てを理解しているのは私だけなのに」 にこりと笑む稲森の目は、一度ならず二度までも自分を殺すのかと訴えかけている。これが偽物だと頭で理解していても、引き金を引くことが出来ない。 藤宮は再び拳銃を玲子に向けた。玲子は藤宮を信じているというように、一度見つめるとゆっくり目を閉じる。 もう誰も失いたくない。こんな想いを抱くのは、一人だけで充分だ。 藤宮は引き金に掛けた指に力を込めた。 「止めろ! 藤宮っ」 我夢の声と共に銃声が響き、倒れたのは稲森だった。はっと目を開く玲子と立ち止まった我夢を見た後、藤宮は稲森の方を見ずに目を伏せた。 「俺は…誰も救えなかった。俺のしてきたことは…」 必死に押さえても声が震える。手から拳銃が離れ、床に冷たい音を立てて落ちた。もう二度と、稲森の声を聞くことも姿を見ることも出来ないのだ。救うどころか、自分の手で二度までも命を奪ってしまった。 「藤宮くん」 玲子の声に藤宮は漸く顔を上げた。せめて、玲子だけでも自分の手で救いたい。自分を信じてくれた彼女だけでも。 「お前はあいつをやっつけろ」 「分かった」 頷き駆け去っていく我夢を見送ると、藤宮は玲子の腕を取りその場から逃げ出した。だが、途中でリザードの瀬沼に率いられたGUARD地上部隊とぶつかってしまった。 玲子を逃し、藤宮は自分の身体を張って彼らを制する。銃を突きつけられ、身動きが出来なくなった時、急に彼らは床に倒れてしまった。 我夢がクイーンメザードを倒したと解って藤宮は立ち上がった。玲子に手を貸し、立ち上がらせる。結局、ただの人間である自分には何も出来なかった。一人の人間さえ救えない自分が、地球を救うなどと大層に思っていたのが笑止ですらある。 「いつまで過去に捕らわれているのよ!」 玲子の叫びを聞きながら、藤宮は踵を返してKCBを後にした。何事もなかったように人々が過ごしている町中を、藤宮は苦い想いを噛み締めながら歩いていく。 「お兄ちゃん、あの時は助けてくれてありがとう」 いきなりズボンの端を掴まれた藤宮は少女に話しかけられ、足を止めて戸惑うように見つめた。にっこり笑って見上げる少女に、いつかの出来事が蘇る。あの時は助けるつもりなど毛頭なかったのに、自然に身体が動き助けていたのだ。 少女は満足したように母親の元に駆け寄っていく。何か告げられた母親が、深々と礼をするのを見て藤宮は歩き出した。が 、何かに惹かれるように再び少女の方を見る。少女は嬉しそうに力一杯手を振っていた。 それに応えるように手を上げた藤宮は、自分の行動に戸惑い、手を下ろして再び歩き始める。自分にあの笑顔を受け止める資格は無い。 過去に捕らわれているのは自分だけでは無かった。藤宮はもう一人、過去に捕らわれ大地を傷つけてまでも怪獣を滅ぼすべきだと信じている柊の行動を止めるために、地底貫通ミサイル発射場へ入っていった。 柊にこんな行動を起こさせるきっかけを作ったのは、藤宮自身だった。あの時、地球の怪獣達を叩き起こし破滅招来体に立ち向かわせなければ、とても勝ち目がないと信じていたから、やったことだ。けれど、それは結局多くの人を傷つけるだけの結果に終わってしまった。 地球を救うためと信じてしたことが、巡り巡って地底貫通ミサイルを使用し地球を自ら傷つける結果になっている。 どこかでこの輪廻を断ち切らなければ、人間は破滅招来体が嘲笑う中、自ら地球を壊してしまうだろう。人間として藤宮に今出来ることは、柊の行動を止めることしかない。言って解らなければ、実力行使をしてでも、と藤宮は決心して司令室へ向かった。 だが、柊の決意は固く、藤宮は地に伏すしかなかった。 「怪獣によって多くの人が傷つき悲しんだ。その責任をお前はどう取る。怪獣によって悲しむ人々を、もう二度と出さないためにも倒す」 柊の言葉は藤宮の心に重くのし掛かった。どう言葉や行動を尽くしても、二度と失われた物は取り返せない。 地底貫通ミサイルは発射され、地上にティグリスが瀕死の身体で現れた。悲痛な叫び声は、大地の悲鳴にも聞こえ、藤宮は歯がみをして拳で床を叩いた。 「お前には聞こえないのか! あの大地の叫びが」 「…あれは怪獣だ」 柊は更に攻撃を加えティグリスを追いつめていく。やがてティグリスは無念そうに柊の方を睨むと地面に倒れた。藤宮はふらつく身体で外に出ると、ティグリスの前に立ち、静かに黙祷する。直接ではないにしろ、彼を殺したのは自分なのだ。 ガイアがティグリスを大地に帰す姿を見送ると、藤宮は重い心と身体を引きずって歩いていった。 |