パスカルの群−gamu−

 エリアルベースのラウンジの一つで我夢は溜息を付きながらパソコンの画面を眺めていた。そこには先日訪れたクラウスの館に記されたルーン文字の解説が出ている。
「何溜息なんか付いてるんだ、眉間に皺、寄ってるぞ」
「梶尾さん…」
 コーヒーを持ち、軽い言葉を掛けながら梶尾は我夢の前に座った。相変わらず上着の前をはだけてはいるが、緊張感は持続させている。今の時間はBシフトの筈でエマージェンシーがかかればすぐにでも出撃するのだろう。
「お前、最近表情が変わってきたな」
「え?…そうですか?」
「ああ…」
 梶尾がぽつりと呟くように言った言葉に、我夢は見当が付かなくて自分の顔をぺたぺたと叩いた。どこか可笑しいところでもあるのだろうかと、鏡を探し始めた我夢を制し、苦笑しながら梶尾は続けて言った。
「鋭くなった…というか…甘さが無くなったというか」
「へえ、それって一人前になったってことですよね」
 嬉しそうに言う我夢に、梶尾は目を眇め黙ってコーヒーを一口啜る。梶尾の態度に素直に喜べないものを感じて我夢は笑顔を引っ込めた。
「馬鹿、まだまだ一人前と言えるか。……そうじゃなくて…」
 梶尾はコーヒーカップを置くと、まじまじと我夢を見つめる。梶尾の鋭く何もかも見通す瞳に晒されて、我夢は居心地悪く身を竦めた。
「何か…言うことはないのか?」
「え…、何かって…なんですか?」
 探るような梶尾の言葉に我夢はどきりとして応えた。もしかしたら、この人も石室と同じように何もかも知っているんじゃないかと、我夢はすーっと血の気が引いていく。
「俺には言えないのか……」
 むすりとして言う梶尾に我夢は大きな笑い声をあげてばしばしとその肩を叩いた。
「やだなあ、梶尾さん。知ってるんならそんな鎌かけないで下さいよ。実は…こないだ稲城リーダーに聞かれたんで、教えちゃいました」
 我夢の態度と答えに面食らったように梶尾は目を見開き、何をと問いただした。
「梶尾さんのスリーサイズ」
 にっこり笑って我夢は言った。梶尾は一瞬硬直していたが、額に青筋を立てて我夢の頭を小突き、席から立ち上がる。
「そんなもの聞いてどうするんだ。…何考えてんだよ、クロウは…」
 ぶつぶつ言いながら去っていく梶尾に、我夢はほっと胸を撫で降ろす。梶尾の真っ直ぐな視線に嘘は付きたくない、が本当のことも言えない。
「ごめんなさい…」
 我夢はこっそり梶尾の後ろ姿に謝ると再び視線を画面に戻した。クラウスは自分自身の中の闇に負けて精神寄生体に心と体を奪われてしまった。誰に出もある闇の部分、自分にはそんなもの無いと思っていたのに…否、思いたかったのに、気付いてしまった。
 今まで見ないようにしていたことに正面から突きつけられて、我夢はどっぷりと落ち込んでいた。誰にでもあるから気にするなと言われても、ちょっとやそっとで立ち直れるほど神経は太くない。みんな鈍感で楽天家で無邪気な子供だと我夢の事を考えているのかもしれないが、単に臭い物には蓋をしているだけだなんてこと、自分が一番良く知っているのだ。
 我夢は再び溜息を付くと、ノートを閉じて立ち上がった。
 今日の所はもう所定の勤務は外れているし、明日は休暇だから制服姿でうろうろしてなくてもいいのだが、我夢の仕事であまり決まり切った仕事というのはない。いつ呼び出されるか判らないので、大抵はそのままの格好で部屋にも居る。
 だが、今は部屋に帰って一人になると、もっと落ち込みそうな気がしてEXの点検でもしようかと格納庫に向かっていった。
「どうかしたんですか?こんな時間に」
「米田さん」
 我夢の姿に気付いて同じように点検に来ていたらしい米田が声を掛けてくる。いつものように穏やかな口調はとても歴戦の戦士とは思えない。
「いえ、ちょっと見に来ただけです」
「そうですか…高山さんは研究者なのに、こういうものにも熱心ですね」
「ええ…基本的に好きなんですよ、パイロットとか憧れてましたから」
 にこにこと嬉しそうにEXの機体を撫でる我夢に、米田も微笑みを浮かべて見つめた。元々この機体は堤の物だったのだが、もうすっかり我夢専用機となってしまっている。噂によると色々と仕掛けを施してあるとかで、我夢以外が乗ると自動的に放り出されるとかなんとか、聞かされていた。
「何か…ありましたか?」
「え?」
 米田の変わらない口調の問いに我夢ははっとして彼を見つめた。梶尾のように単刀直入に訊く訳でもなく、自分の機体を点検しながらさらりと訊く米田に、我夢は返答に窮して黙ってしまった。
「私は…色々自分に悩みがある時に、こうしていつも共に飛んでいる奴に会いに来るんです。点検は専門家がいるけれど、自分の手で触れて聞いて、話しかけると不思議に落ち着いて来るんです」
「米田さんが…」
「可笑しい奴だと思われるでしょうね」
「そんなこと無いです。僕にも解ります…その気持ち」
 俯いてしまった我夢に、米田はほんの少し笑みを見せて続けて言った。
「でも、機械は機械です、自分の心を映す物にすぎません。話せるようなら…誰かに吐き出してしまっても良いと思いますよ」
 我夢は顔を上げて米田を見た。
「でも…僕は」
「それくらいの弱さを認めてもいいんじゃないでしょうか。きっと神様だって許してくれますよ」
 米田の言葉にぐらつきそうになるのを抑え、我夢は微かに笑みを浮かべるとEXの中に乗り込んだ。
「飛んできます…」
「気を付けて」
 それ以上何も言わず、敬礼すると米田は我夢を見送った。

 パルに操縦を任せ、我夢はぼんやりと眼下を見下ろした。青く輝く海から白い砂浜、緑の牧草地帯と乾いた砂丘を飛び越し雪を頂いた山を迂回する。ここから見る地球は言葉にすることもできないくらい美しく、平和に満ちているように見えるのに、一歩大地に降り立つと激しい生命の営みがあるのだ。
『それを人間であるお前が守ろうなどというのは、高慢な考えじゃないのか』
 いつしか目を閉じていた我夢は、はっと目を見開いて前方を凝視した。あの時、自分の闇の部分が抜け出して告げた言葉が蘇る。
『ガイアの力を手に入れたから、自分が神様になったようでさぞかし気分がいいんだろう』
「…違う……」
『今まで自分を阻害していた人間が畏敬を込めて感謝する…それが欲しいんだ。地球を守るとか人類のために戦うなんてお為ごかしもいいところだ…我夢』
「やめろっ!僕はそんな…」
「ドウカシマシタカ?ガム」
 耳を両手で押さえ叫んだ我夢は、パルから掛けられた言葉にゆっくりと視線を移した。画面には自分が作った人工知能の心配そうに見える姿が映っている。
「……なんでもないよ…ごめん。あ…と、今どのへんかな」
「後2分デドイツルール地方上空ヲ通過シマス。前回降リタ場所デス」
「…そこで降りて」
 はあ…と大きく息を吐いて我夢はパルに告げるとぐったりとシートにもたれかかった。気が付けば額にも掌にもびっしり冷や汗を掻いている。
「地球は…僕に何を望んでいるんだ……」
 自分が望んでウルトラの光を得てガイアになった。だけど、地球はその見返りを求めているのだろうか。哀れな子供に身を守る術を与えただけなのか。
 適当な空き地を見つけてパルはEXを地上に着陸させた。ヘルメットを脱ぎ捨て、我夢はEXから野原に降り立つ。遠くに見えるのはクラウスの実家がある小さな街だ。
 昼過ぎののどかな町並みを我夢は当てもなく歩いていたが、取りあえずあの謎のルーン文字があった場所へ行ってみようとクラウスの館へ歩き始めた。
 通り過ぎる人々は破滅の予感など微塵も感じないように明るく楽しげな表情を浮かべている。宙を見上げるより、地に着いた暮らしを楽しんでいるようだった。
「あ…ごめんなさ…じゃなかった…」
 通り過ぎる人とぶつかった我夢は咄嗟に日本語で謝った後、ドイツ語が出て来ず、口ごもって顔を見た。白っぽい帽子を目深に被り、下から睨み付けるような目で見られ、我夢は慌ててドイツ語で再び謝りぺこりとお辞儀をして歩き出す。
 普通、こういう街の人は気のいい人達ばかりで、気軽に謝り声を掛けられるのに、今の人はなんだったのだろう、と我夢は訝しく思って振り返った。
 すると、その帽子の男の後ろにもう一人同じような帽子を被り、同じような服を…昔のチェニックのような…着ている男が歩いている。
 あれ?と思う我夢の脇を、やはり同じような服装と帽子の男…いや、女性か…がすっと通り過ぎていった。
「…お祭りかなんかなのかな…?」
 今風の服でも、ここの民族服でもなさそうな格好に、我夢は首を捻って辺りを見回す。するといつのまにか大勢同じ格好をした人間が歩き回っていた。
 何となくぞっとするものを感じて我夢は走り始める。程なくクラウスの館の前まで来て、我夢は荒く息を付いた。
「何なんだ…」
 夕暮れが近くなり、空が赤く染まっていく。このまま暗くなっては肝心のルーン文字を見られないと、我夢は以前クラウスと戦った森の中央目指して再び走っていった。
 以前は噴水か何かだったのだろうか、丸く縁取られれ石が敷き詰められている中央に白く円が別の石で描かれている。それはただの円ではなく、二重に複雑な模様で描かれていた。
「この文字の意味は…と…」
 抱えていたパソコンを取り出し、資料に照らし合わせて解読していく。が、なにせ一文字が大きいのと、どれが始まりの文字なのか解らなくて、まるでクイズのような言葉の羅列が現れてしまった。
「えーと…これで全部かな…」
 更に薄暗くなってきた中、我夢は漸く立ち上がって周りを見渡した。抜けの文字はない筈だが、このままでは調べようがない。一旦EXに戻って分析しようと戻り掛けた我夢は、前にぬっと立った影にびっくりして一歩後退さる。
 そこにいたのは、さっき街で見かけた不気味な集団だった。帽子のせいで表情は伺えないが、じりじりと近づいてくる気配はぞっと我夢を総毛立たせる。
「な…何…」
「コンゲンハメツ…ショーライ…」
「コンゲン?…根源的破滅招来体?! なんでそんな」
 ぶつぶつと呟きながら近づいてくる一団の、言ってる意味が解った我夢はぎょっとして立ち竦んだ。そういえば、最近日本でも、根源的破滅招来体が愚かな人類を滅ぼし残った人間に幸せを与えてくれるなどという新興宗教のような物があるらしい。
 それが何故こんな平和な街にまで、と我夢は周りを取り囲まれ、逃げ場を無くしながら呆然と考えていた。
 腰に手を当て、ジェクターガンを抜こうと思ったが、休暇前ということもあって外していた。それに、普通の人間相手に使うのは躊躇われる。使ったとしてもこんな大勢では全員を眠らせるという訳にもいかないだろう。
「コンゲン…ハメツ…ウオォゥ…」
「わあっ…」
 じりじりと近づいてきた一団は、我夢に一斉に飛びかかってきた。思わず地面にしゃがみ込んで一人をやり過ごした我夢は、その隙間から逃げ出そうとする。だが、すぐに別の男に後ろから掴みかかられて転びそうになった。
「我夢!こっちだ」
 え?と思う間もなく腕を取られて立ち上がった我夢は、導かれるままに走り始めた。後ろから大勢の人間が追ってくる足音が聞こえ、振り返ろうとするのを鋭い声で止められる。
「振り向くな!今は逃げることを考えろ」
 森の木々の中を右左に走り抜け、草むらを這うようにして進み、大きな木の陰に隠れる。
 息を弾ませて地面にへたり込んだ我夢は、未だに手を握っている相手を見つめた。
「藤宮…どうしてここに?」
「……変な波長を感じた」
 我夢の隣に座り込み、藤宮は漸く手を離した。相変わらず黒っぽい格好が、薄暗くなってきた森の背景に溶け込んで険しい表情だけが浮かんで見える。
「変な波長?…まさか、メザード…」
 あの不気味な感覚はメザードのものだったのだろうか。でもそれとは違う感じも受けたのだが。
「いや…違うかもしれない。まだ断定はできないが」
「そう…」
 やっぱりというように我夢は吐息を付いた。だとすると、あのクラウスを取り込んだ精神寄生体と関係があるのだろうか。それはこのルーン文字とも関係あるのかもしれない。
 我夢は手に持っていたパソコンを見つめ確かめたいと思ったが、だいぶ暗くなっているこの場ではディスプレイの灯りが漏れて彼らに見つかるかも知れない。
「EXまで戻れればいいんだけど」
「無理だな。奴らは待ち伏せしているだろう。普通の人間にウルトラマンの力を使う訳にはいかないしな」
 藤宮の言葉に我夢は僅かに目を見張った。以前なら人間など屑だとか言って平気で変身していたというのに。
「俺がそう言うのが可笑しいか」
「えっ…いや…」
 周りを見ていた藤宮が振り向き、じっと我夢を見つめてくる。我夢は慌てて首を振った。
「…アグルの力を取り戻した時に、漸く解った…自分が守るべきもの、守りたいものがな」
「藤宮…」
 ふっと笑ってそう言う藤宮の表情に、我夢は思わず見とれてしまう。なんて柔らかく笑うようになったのだろう。
「君の迷いは無くなったんだね…」
 ぽつりと呟き我夢は藤宮から視線を逸らすと手の中のパソコンを見つめた。あれだけ色々あって、苦しんで、悩んだ末に見つけたのだろう、藤宮は。
「無くならないさ…俺が人間である以上。だけど、それより今は守りたい、それだけだ…」
 頬に視線を感じて我夢はゆっくり視線を戻す。途端に藤宮の視線と出会って、我夢は目を逸らせなくなる。
「我夢…俺が」
 真摯な表情で藤宮が言いかけた時、がさりと近くの木が音を立てた。途端にすっと藤宮の気配が変わる。鋭い猛禽類のような緊張感を秘めた視線と身体に、我夢も息を殺して周囲を見つめた。
「……まだ、走れるな」
「うん」
 ゆっくり二人は立ち上がり、そろりと後ろへ足を踏み出す。がさがさという音は次第に近づいてきて、藤宮は再び我夢の手を取ると音を立てぬよう、だが急ぎ足でその場を駆けだした。
 森や藪の中で我夢は蹴躓きそうになりながらも、必死で藤宮に付いていく。どこか当てがあるのか、藤宮の走りに迷いはない。

 そうこうしているうちに、ぽっかりと森の中に開いた道へ出た藤宮は、それを一直線に先へ向かい始めた。
 道の行き止まりは古びた鉄の門があり、藤宮は手を離すとひょいとそれを乗り越える。自分の背よりも高いそれに手を掛け、我夢も同じように乗り越えようとする。が、もたもたしているうちに藤宮に引きずり降ろされてしまった。
「わっ」
「中へ入るぞ」
 引きずり降ろされたといっても、地面に落とされた訳ではなく、藤宮の腕の中に抱きかかえられるようにして降りた我夢は、そのまま門の奥へ運ばれる。
「お、降ろせよ、藤宮」
「…ぐずぐずしてるからだ」
 にやりと笑った藤宮に我夢が漸く降ろされたのは、大きな館の玄関まで来た時だった。ノックも呼び鈴も押さずに中へ入る藤宮に続いて、我夢もそっと入っていく。
 中は薄暗かったが、藤宮は持っていたらしい懐中電灯で照らしながら二階へと上がっていった。
「どうした?着いてこい」
「でも…ここは?」
「俺の家だ」
 簡潔に答えられ、我夢はびっくりして藤宮の背中を見つめた。そういえば、ドイツの大学を出たというプロフィールを見たことがあったけど、こんな大きな家に住んでいたとは。
 藤宮の姿が二階の奥へ消えそうになった時、焦って我夢も上り始めた。廊下の一番奥の部屋に灯りがついている。その部屋に入った我夢は、今までの暗さから突然明るくなったのに慣れなくて、目をぱちばちと瞬かせた。
「一応この屋敷の周りには電磁フィールドが張ってある。どこまで奴らに効くか判らないが、無いよりはマシだろう。普通の人間だったら入っては来られない」
 部屋の中は屋敷の外見とかけ離れていて、簡単な事務机とパソコン、資料の束や本が整理されて置いてある。周りの壁や窓は中世ヨーロッパ風の模様で彩られているのに、イスにしても座り心地は良さそうだが事務用のものだ。
「ここも…君のアジト?」
「アジト?…ああ…そうだな、俺はテロリストだったな」
 複雑な笑みを浮かべて我夢に応えた藤宮は、パソコンの電源を入れた。
「ごめん…」
「いいさ、その通りだったからな。それより、それを寄越せ。調べたいんだろ」
「あ…僕がやるよ」
 自分の言葉の迂闊さに我夢は唇を噛んで首を振り、机に向かった。小さいノート型のパソコンを立ち上げてさっきのルーン文字を調べ始める。
「……やっぱり…」
 暫く後に現れた答えに我夢は溜息を付いて呟いた。
「根源的破滅招来体…か」
「…地球に破滅をもたらし、新たな人類に希望と栄冠を与える者を崇めよ、差し出せ、心を預けよ…さすれば彼の者、喜びを与えん……彼の者…光の力を得て……強大なる力と意思とを破滅のために振るわん…」
 要約した言葉を語る内に、我夢の心に小さな疑問が生じてくる。この光の力を得て強大な力を振るう者とは…何のことなのだ。
 まさか、と思いついた答えに慌てて首を振る。
「我夢…」
 くしゃりと頭を撫でられて、我夢ははっと顔を上げた。
「…藤宮」
「俺達は、地球と人類を守る。俺達が人間である限り。クラウスは心と体を差し出して人間であることを止めたんだ」
 ゆっくりと穏やかに言う藤宮の声に、我夢は目を閉じてこくりと頷いた。そう、自分が人間であることを止めない限り、ウルトラマンは人類の味方だろう。
 頭を撫でていた藤宮の手は、いつしか我夢の頬に掛かり、そっと持ち上げて上向かせた。優しい手の感触に、そのままでいた我夢は、唇に触れた感触に驚愕して目を開いた。
 目の前数センチの所に藤宮の閉じられた瞼が映る。重ねられた唇は離れることもなく、更に強く合わされた。
「ふ…じみ…」
 一瞬離れた唇から吐息のような我夢の声が漏れる。藤宮はそれを封じるように再び口付けた。唇の合わせをゆっくり藤宮の舌が辿り、するりと中へ入り込む。
 びくりと震える我夢の舌を逃さぬように、藤宮は己のそれで追い、絡めて吸い上げた。
「んっ……」
 我夢の眉が苦しげに寄せられ、腕が上がって藤宮の身体を押し返そうとする。だが、藤宮はそれを許さず腕の中に抱き込むと、縦横に口腔を舌で愛撫していった。
「…っ…ふ…ぁ…」
 息が続かなくなって我夢は手で藤宮の顔を押し戻すと、漸く離れた唇で貪るように空気を吸い喘いだ。押し返そうとしていた腕で藤宮の胸に縋り付き、我夢は大きく肩を揺らす。頭の芯がぼーっとして、くらくらと目眩がしそうだった。
「我夢…」
 我夢を抱えるようにしながら、藤宮はパソコンの乗ってない机の上に腰から上を横たえさせた。足だけが宙に浮き、我夢は不安定な状況に思わず藤宮の肩を掴んでしまう。
 藤宮は口付けを繰り返しながらコンバーツを器用に脱がせていく。上着とズボンが取り去られた時、漸く我夢は我に返って藤宮の手を止めた。
「…な、何するんだ…」
「欲しい…高山我夢が」
 その応えに我夢ははっと藤宮を見つめた。あの時も藤宮はそう言って自分を抱いたのだ。あれにどんな意味があるのかずっと考えていたのに、結局解る前に藤宮は姿を消してしまった。
 再び出会った時は、生きて出会えたことの喜びの方が大きくて、それは心の底に埋もれていた。
 あの時と同じ言葉だけれど、表情は違う。こっちの胸が痛くなるような切なさと苦しげな表情や瞳だったのが、今自分を見つめる瞳は熱く身体ごと心まで貫いていきそうだ。
 その瞳に捕らわれたように我夢は動けず、藤宮の腕に身を預けていく。藤宮は額に落ち掛かった我夢の前髪を掻き上げ、そっと額に口付けた。
 唇が瞼に降りてきて、我夢は慌てて目を閉じた。そっと藤宮の指先が顔の線を辿り、唇に触れる。細くてしなやかな指先に唇を撫でられると、我夢の中にびりっと電気が走ったような感触が起こり、ぎゅっと唇を噛みしめた。
「そんなに…噛むな…」
 ふっと笑う気配がして藤宮の唇が重なってくる。我夢は噛みしめていた唇を恐る恐る開き、藤宮の舌を受け入れた。

 二人の舌が絡み合う湿った音が静かな部屋に響き、我夢は口付けにもその音にも追い上げられるように我を忘れていく。身体の熱をどうにかしたい。
 それに応じるようにひんやりとした手がTシャツの下から滑り込み、我夢の胸を撫で上げた。ゆっくり胸全体を愛撫するように撫でていた藤宮の手が、乳首を捕らえ指先で押しつぶすように刺激を与える。
 びくりと震える我夢を宥めるように唇を離した藤宮は、軽く口付けると、そのまま顎から首筋、鎖骨に向けて滑らせた。
「ぁ……ふ…じ…」
 Tシャツをまくり上げ、露わになった胸へ唇を落とすと、藤宮はぷつりと勃ち上がった乳首を挟み込み舌で転がすように舐めた。もう一方も指先で刺激を与えていく。
 敏感になった乳首は刺激をダイレクトに快感に変え、我夢の下半身へ伝えていった。触れられてもいないそれが徐々に熱く勃ち上がってくるのを感じて、我夢は羞恥に身を捩り藤宮の下から逃れようとした。
「逃げるな…」
「あ…でも…外」
 逃れようとした我夢の両足を押さえ込み、藤宮はその間に身体を入れて身動きできないようにする。我夢はその体勢に頬を赤く染めながらも、強く抵抗する事はなく、顔をちらりと窓の方に向けた。
 藤宮はふっと笑うと、身体を上げて下着を押し上げている我夢自身をじっと見つめた。我夢は藤宮の見ている物に気付くと、カーっと全身朱に染めて足を引き、両手でそこを隠そうとする。
「み、見るなっ」
「感じているんだな…まだ触れてもいないのに」
 言い当てられて我夢は恥ずかしさに硬直し、目をぎゅっと瞑った。どきどきと胸は自分を裏切って鼓動を高めているし、それに伴ってただ見られているだけなのに、我夢自身もひくりと頭をもたげている。
「恥ずかしがることはない…俺も…」
 ぴったり押しつけられた太股に、布越しでもはっきり判る堅く熱く張りつめた藤宮を感じて、我夢はびっくりして目を開いた。
 さっきよりもっと熱く、情欲に濡れた瞳で藤宮は我夢を見つめている。ますます熱が上がった我夢は、その視線を遮るように手を上げて目の前を覆った。必然的に下半身はがら空きになる。
 藤宮はすっと手を伸ばすと、下着の上から我夢自身を握り締めた。びくりと反応するものの、手を顔から退けずにいる我夢に、藤宮は下着を潜って直に自身に触れていく。
「…ぁ…っ…」
 声が思わず出てしまい、我夢は顔を覆っていた手の一方で口を押さえた。
 やんわり握り締め、上下に扱き始める藤宮に、我夢は声を殺すのが精一杯だった。いつのまにか下着も降ろされ、Tシャツ一枚の姿になっている。
 我夢は、堅く張りつめた自身の先端を親指で擦られると同時に、緩急付けて扱かれ一気に上り詰めてしまった。
「は…ぁっ…あ…」
 がっくりと力が抜け、両足がだらりと垂れ下がる。それを藤宮は両肩に抱え上げ、自分は床に膝を付くと我夢自身を口に含んだ。滑る口腔の感触に我夢は焦って力のでない腕を伸ばし、藤宮の頭を退かせようとする。
「やだって…そんなの…ふじみ…やっ…」
 我夢の抵抗など意に介さず、藤宮は再び張りつめてきたものを愛おしそうに舌で舐め上げ、すっぽり含んで吸い上げる。先端をくすぐるように舌先で愛撫し、幹に添えた指で軽く強く扱いた。
「あっ…あ…や…」
 不安定な机の上では強い抵抗もできず、我夢はただ頭を振り手で縋り付いて藤宮を止めようとする。もう耐えきれない、と思った時、藤宮の口は離れもっと奥へ向かっていった。ほっとするのもつかの間、後庭に滑る舌先を感じて我夢はぎょっとする。
「くっ……んっぁ…」
 自分の口から出た信じられないほど甘い声に、我夢は退けようとしていた手を口に持っていき指に噛みついて堪えた。それでも、喉が反り、指の間から声が漏れ出てしまう。
 藤宮は丁寧に唾液を塗り込め、指先を侵入させていった。二本侵入させ、熱く締め付ける我夢の内を拓げるように解していく。
 頃合いを見計らって藤宮は指を引き抜き、さっきから我夢の媚態と嬌声に張り詰めきっていた己自身を当てた。
 逸る身体を抑えて、藤宮はゆっくり挿入していく。我夢は一瞬息を止めて痛みに耐えていたが、藤宮の手が前への愛撫を再開すると、啜り上げるような吐息を漏らし力を抜いた。
 全部が我夢の内に収まると、藤宮は愛撫を続けながら腰を動かしていく。最初は痛みと熱さしか感じなかった我夢だったが、次第に前への愛撫だけでなく、内を貪る藤宮自身の動きにも快楽の証を見い出した。
「…ふじ…み…や……あっ…」
「……我夢…」
 我夢が揺さぶられながら腕を上げると同時に藤宮もゆっくり身体を倒していく。お互いの身体に腕を回してしっかり抱きしめ合い、藤宮は最奥に自身を吐き出した。と、同時に我夢も藤宮の腹に自身を放った。
 藤宮は汗と涙で濡れた我夢の頬をそっと掌で拭った。荒く息を付き、頬を紅潮させた我夢は、ぼんやりと目を開き、その手に自分の手を重ねる。二人の唇が重なり、未だ我夢の内に居た藤宮が、どくりと脈を打って蘇りそうになる。
「…藤宮…」
 それをどうしていいか判らず、我夢は困った表情で藤宮を見上げた。
「どうせ朝までここから出られない…」
「そんな…」
 にっこり笑って藤宮は自身を抜くと、そのまま我夢を抱き上げた。寝室になっているらしい隣の部屋への扉を開けて入ると、藤宮は我夢をベッドに降ろし、身につけていた服を手早く脱いで自分もベッドに潜り込む。
 おろおろしている内にしっかり抱き込まれて、愛撫を施され熱くなってくるのを懸命に抑え、我夢は藤宮の腕を取った。
「…あの時、守りたいと思ったのはお前だった。お前だけだ…我夢」
 藤宮の言葉に呆然として我夢は目を見張った。藤宮は晴れた表情で自分の腕を取っている我夢の手にそっと口付ける。
 我夢はその表情に見惚れ、繰り返される愛撫に身を任せていった。


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