パスカルの群−GAIA−

 一面に広がる果てのない砂漠。空は赤く低く、空気は乾いてぴりぴりしている。ほとんど足首まで埋まってしまいそうな砂ばかりの中を、我夢は一人必死に何かを探し求めて歩いていた。
「……ここは…」
 何故自分がここにいるのか、ここはどこなのか、ふと頭に浮かんだ疑問に足を止めて、我夢は辺りを見回した。すると、今まで何故目に入らなかったのかと思うような大きな建物、正しくは廃墟といった方がいいような物が目にはいってきた。
 そこへ取りあえず行ってみようかと一歩踏み出した途端、何かに躓いて我夢は膝を付いた。手に当たる堅い感触に、一体何が埋まっているのかと砂を払いのけてみる。
 我夢は現れた見覚えのある形に愕然として目を見開いた。慌ててもう一度辺りを見回すと、自分が居るのはまさに石と化したガイアの胸の上だった。その先には身体半分が埋もれたアグルの姿もある。突然我夢は理解した。自分が今居る場所は、滅びた地球なのだということを。
 全身が総毛立ち、孤独と恐怖が我夢を取り囲む。
「うわあぁーっっ!」
 頭を抱えて絶望と恐怖の叫びを上げた我夢は、自らの叫び声に飛び起きた。
「我夢…どうしたんだ?」
「…あ…マコト…うん…大丈夫。……夢見て…」
 あれは本当に夢だったのだろうか、それとも未来の予知なのか。我夢は額にびっしょり浮かんだ汗を掌で拭い、まだ鳥肌立っている腕を撫でた。
「ヤな夢?…だよな、その様子じゃ。お前…XIG入ってほんと良かったのか?最初はびっくりしたけど、俺達の我夢が地球を守るなんて格好いいってちょっと誇らしかった。でも、だんだん状況厳しくなってさ、お前苦しそうな顔しだしたし…おまけにスパイだって追い出されたんだろ」
「ごめん…迷惑かけて」
 そんなの酷い、と言いかけたマコトを制して我夢は頭を下げた。マコトは眉を顰めて、飯喰うだろとキッチンへ戻っていった。
 梶尾と共に夜を徹して藤宮を追いかけ、長野で彼を見失った後、我夢は取りあえず一人でマコトのマンションに転がり込んだのだ。自分の下宿先はXIGに入った時に解約してあったし、ホテルでは満足に情報を得ることができない。
 でも、ホテルにした方が良かっただろうかと、我夢は溜息を付いて手で顔を覆った。マコトにあんな風に思われてるとは思わなかった。心配させるつもりはなかったのだ。
「早く…藤宮を見つけないと」
 我夢は寝ていたソファから起きあがると、すぐ目の前にあるマコトのパソコンを立ち上げ、ネットに繋いだ。何か異常がないかとあちこちのサイトを渡り歩き、探っていくが話題は昨日現れた怪獣と地底貫通ミサイルのことばかりだった。
 怪獣は倒されたが、ミサイルの方はかえって地球の環境を破壊するのではないかとか、青いウルトラマンの目的は地上に怪獣を呼び出して倒すためだとか、勝手な憶測と推理が飛び交っている。
「…情報は無しか…」
 あれ以来青いウルトラマンの姿を見た者は居ないらしい。我夢は吐息を付いてパソコンの前から離れた。
 あんなに疲れてぼろぼろになって、姿を消した藤宮は今頃どこで何をしているのだろう。あの、KCBのアナウンサーとはどういう関係なのだろうか。
 後半の考えに我夢ははっとして頭を降った。どういう関係も何も、自分にはそんなこと関係ないじゃないか。あの人はどうやら藤宮がアグルだと知ってるようだったけれど、ガールフレンドだったとしても、意外には思うけど、自分には関係ない…。
 と、思いながらも、彼女の思い詰めて藤宮を見る姿が目の前をちらつく。藤宮が自分にしたことを思いだして我夢は、更に困惑した。
「我夢、ちょっと来てみろ」
「え…?」
 戸惑い、何となく苛つく心を持て余していた我夢は、マコトがベランダから呼ぶ声に、我に返って立ち上がった。
 ベランダにはマコトの趣味なのか、天体望遠鏡がでんと置かれている。それを覗き込みながらマコトは、我夢を手招きした。
「これ、見てみろよ」
 マコトに代わって望遠鏡を覗いてみると、都会にしては綺麗な星空が見えた。だが、その配列は見慣れたものではなく、歪んでいる。え?と思って顔を離し、肉眼で確認してもよく解らないが、望遠鏡で見るとはっきり違いが見てとれた。
「な、変だろ」
「ああ…これは…」
 星の配置が変わっている訳ではなく、空間に歪みが生じているようだ。これは以前宙から怪獣が降りてきたワームホールの出現にも似ているが、こんな普通の望遠鏡で確認できるほど大きな物は初めてかもしれない。
「…知らせないと…でも…」
 何か巨大な物が降りてくる可能性もあると、いつもならすぐにナビで報告するところだが、追放されている身ではそれもできない。暫く考えていた我夢は、思いついたように笑顔を浮かべるとパソコンの前に座った。
「じゃあ頼むよ」
『解った。君も苦労するね』
 モニターの向こうのダニエルはちらりと苦笑を浮かべると我夢の依頼を受けて接続を切った。これでエリアルベースでも宙への対処はできるだろう。だが、あれほどの歪みを生じさせるものが降りてくるとなると、本物の破滅招来体が来るのかもしれない。
 その時、自分はガイアとして戦うのはもちろんだが、藤宮はどうするつもりなのだろう。共に力を合わせて戦わなければ絶対に勝てないというのに。
「マコト…車貸してくれる?」
「……また行くつもりか」
 眉を顰めて非難するように言うマコトに、我夢は一瞬目を見張ったが、すぐに強く頷いた。一旦言い出したらそれを翻すことがないことをよく知ってるマコトは、溜息を付くとポケットから車のキーを取り出して我夢に渡した。
「壊すなよ」
「大事に乗るよ」
「ウソ付け」
 にっこり笑って礼を言う我夢に、マコトはにっと笑って言い返す。そんな中、再び接続音が鳴り、ダニエルが姿を現しエリアルベースへ伝えたと報告してきた。名前は言わなかったが、向こうにはちゃんと伝わったらしいと言われ、我夢は僅かに微笑んでダニエルに礼を言った。
「じゃ…また」
「気を付けてな」
 マコトのマンションを出て車に乗り、PALを起動する。多少気が咎めたが、一番確かに情報を得るには今藤宮を追っているリザードをハッキングするほかない。心の中でごめんなさい、と謝りながら我夢は密かにジオベースのネットワークに入り込み、リザードが藤宮を追跡している情報を取り出した。
 どうやらあのKCBアナウンサー、吉井玲子と藤宮は行動を共にしているらしく、海岸沿いの道を車で移動しているようだ。その道筋を読み、瀬沼とは逆方向から接近しようと我夢は車を走らせた。
 瀬沼より早く藤宮を捕まえなくてはと気ばかり焦る。目の前に広がるのは道路と青い海だと言うのに、我夢の目にはそれが夢で見た砂漠と重なって見えた。

 人気のない海岸で藤宮を見つけた我夢は、玲子と二人で何かを楽しそうに語り合っている姿に僅かに胸が痛むのを感じて、拳を握りしめた。
 これは、この感情は何なのだろう。我夢は脳裏に浮かんだ疑問を払いのけ、二人に向かって歩き出した。
「お前は地球のことを何も解っていない。本当に地球のことを解っているのは俺だ」
「そんなの間違ってる」
 これまで何度も繰り返されたやりとり、けれど今回は心の底にあるどろどろとした何かが表面に這い出してきて、いつものように理論的に話すことができない。
「俺が本当のウルトラマンだ」
「違うっ、僕が本当の」
 我夢の言葉を遮るように藤宮は殴りつける。我夢は砂浜に倒れ、痛みも忘れるほど沸き起こった怒りに身を任せて藤宮に殴りかかった。
「やめてっ!この人弱ってるの…」
 藤宮に伸しかかり、殴りかかろうとした我夢は、玲子の叫びにはっと振り上げた拳を止めた。見れば藤宮は自分の下で、抵抗もせずにぐったりしている。
「もう…止めて。そっとしておいて。…行こう、藤宮くん」
 我夢が退くと、玲子は藤宮に手を貸して立たせた。玲子は、我夢を非難するように睨み付けると藤宮に肩を貸して歩き去っていく。藤宮は俯いたまま一度も我夢を見ようとしなかった。
 拳を握りしめたまま何も言えず二人を見送った我夢は、次々に沸き起こってくる怒りと苛立ちを冷静に分析しようとして成せなかった。どうしてか、頭には藤宮と玲子の姿が渦巻き、怒りが収まらない。
 彼らの姿に苛つくわけじゃない、地球に選ばれているのは、本当のウルトラマンは自分だということを解ろうとしない藤宮に怒りが募るんだと、我夢は思いこもうとした。せっかく、地球を守れる力を得たのに、あんな風に追われ逃げ回っている藤宮の姿に怒っているんだと。
「……僕が本当のウルトラマンだ!」
 叫んで変身しようとエスプレンダーを掲げた時、周りの景色が一瞬変わった。
 あの夢の景色が辺りに広がる。一面の砂漠、そして廃墟と足下には石と化したガイアの姿。何故、と辺りを見回すと、僅かに離れた場所に上半身だけ砂から出たアグルの石像があった。
 ほんの僅かの時間だったのか、再び海岸の景色に戻った場所で我夢はじっとエスプレンダーを見つめた。心の隅で、今の景色や夢はアグルと戦い続けたために訪れた未来ではないのかと、小さな声が呟く。
 だが、その小さな呟きは怒りの前に無視され、我夢は再びエスプレンダーを掲げるとガイアに変身し、アグルの後を追いかけた。
 悠々と空を飛んでいるアグルに追いつき、決着を付けようと促す。アグルは近くの浜辺に掌に乗せていた玲子を降ろすと、ガイアに対峙した。
 力も技も互角の二人の戦いは、なかなか決着が付かない。力を推し量るように暫くは小出しにしていたのだが、次第に熱くなりそれに比例するように戦いも大きくなっていく。
 二人の周りを窺うように飛んでいるファイターは邪魔をしようとせず、攻撃も援護もしてこなかった。みんなが固唾を飲んで光の巨人達の戦いを見守っている。
 いつまでこんなことをしていても終わりは来ない。我夢は最後の力をぶつけようと一度アグルと腕を合わせ、一歩下がり全身の光を額に集約した。
 アグルもまた、全部の力を額に集め、フォトンクラッシャーを放った。同時にガイアもフォトンエッジを放つ。二つの光は真ん中でぶつかり合い、目も眩むような光を放った。
 ぶつかった光は二重螺旋を描いて空へ上っていく。凄まじいエネルギーに空は裂かれ、帯電した雲は稲妻を地上へ向けて振り落とした。
 光の螺旋の中で、二人は向かい合っていた。藤宮は我夢の成長を誉め、ついで非難した。その力を何故地球のために使わないのかと。何度も言われていたその言葉に我夢は初めて強い怒りを覚えた。今までは間違っていると反発はしていたものの、怒りや憎しみなど感じたこともなかったのに、冷静に受け止め考えることができない。
 我夢が藤宮の言葉を切るように最後の力を振り絞ると、光はますます強く輝き空へ向かっていった。雲の中心が歪みを生じ、徐々に大きな渦となっていく。二つの光の帯はその中に吸い込まれるように消えていき、途端、ものすごい反動が二人を襲い跳ね飛ばす。
 変身が解け、地面に打ち付けられた我夢は、一瞬嘲り笑う声を聞いたような気がしたが、肩の痛みに意識を失ってしまった。

 気を失っていたのはほんの僅かな時間だったのだろう、気が付くと我夢は草むらに転がって無意識のうちに痛む肩を押さえて歯を食いしばっていた。誰かが近づいてくる気配に、霞む目を開けると石室の心配そうな表情が飛び込んでくる。
「大丈夫か…」
「……コマンダーは、僕のこと…」
 堤の問いに、誰も居ないと応える石室を見て我夢は薄々思っていた事を確信した。石室は我夢がガイアであると知っているのだろう。でなければ、ここに自分が居ることを告げる筈だろうから。
 だが、石室は我夢の問いに応えず、その身体を抱え上げると近くにあった工事現場の事務所に運び込んだ。外れかかっていた肩を治し、石室は我夢の腕を固定する。
「…怒りや、憎しみで、戦っちゃいけないって…解っていたのに…どうしてぼくは……」
 あれほど心に渦巻いていた怒りはすっかり消えていた。代わりに沸き起こるのは、どうしてこうなってしまったのかという苦い後悔ばかりだ。何故、二人が戦わなくてはならなかったのだ。戦う相手は別に居るというのに、すぐそこに迫ってきているというのに。
「それを望んだものがいた…」
「え…?」
 石室は低く言うとちらりと窓の外を窺った。空は暗く、稲光が宙を切り裂いている。何かが自分たちの戦いを設定した?操られて戦ってしまったのか?
「早く傷を治せ…そして、戻ってこい」
 石室は自分のナビを外すと机の上に置き、去っていった。我夢は痛む身体を起こすと、その場に丁度あったパソコンに電源を入れ、元々の起こりであるクリシスにアクセスし解明しようとした。だが、クリシスからの応答はなく、ただ画面には意味のないパルスが流れるばかりだった。
「どうして……これは?!」
 クリシスのパルスパターンと空を走る稲光のパターンに相似を見いだして我夢ははっと気付く。もしや、クリシスの異変はあれと関係あるのではないかと。
「そんな…僕らがしてきたことは……」
 我夢は愕然としてパソコンの前から立ち、外の様子を窺おうと扉に手を掛けた。その扉が力を入れない内に開き、はっとして我夢が身を引くと重い足取りで藤宮が中に入ってくる。
 石室と堤のやりとりでジオベースのラボに収容されたと思っていたのに、そこから脱走してきたのか。
「藤宮…」
「…時間が…ない……あくまで邪魔するなら、ここでお前を…殺す」
 言葉は痛烈なのに、藤宮の表情は苦しげで切なささえ感じられるようだ。地球を救いたいという気持ちは同じなのに、何故戦わなければならないのか。戦う理由など無かったのだ。
「僕らは…戦っちゃいけなかったんだ…」
「…何?」
「彼は警告してくれたのに…二人が戦えばどうなるかって。夢に出てきた砂漠になった地球の姿は、僕らが本当にすべきことをしないで起こった未来なんだ」
 藤宮は我夢の言葉にはっと目を見開いた。我夢はその逆に、思い出すように目を閉じ、顔を伏せた。
「お前も…夢を見たのか」
「うん…誰も居なくて、ひとりぼっちで、怖くて寂しくて誰か居ないかって探しまわってる」
「なら解っている筈だ。人類など見捨てて、地球のためになすべきことが」
 お前も、という言葉に、我夢は藤宮も同じような夢を見ていたのだと知り顔を上げる。辛そうに顔を顰め、藤宮は拳を握りしめて我夢を睨み付けていた。
「違う…違うよ、藤宮。地球は人類を滅ぼすことなんて望んでいない」
「まだ言うのかっ!」
 藤宮は叫び、我夢の襟首を掴むと締め上げた。指が喉に食い込み、息をするのが辛くなってくる。けれど我夢は抵抗もせずに静かに藤宮を見つめていた。
「…君も…人間だ……僕も、ただウルトラマンの力を…借りているだけだ…。人間が…人間を見捨てたら…人間すら救うこともできなくて、どうして…地球を…救え…る…」
 目の前が暗くなり、身体から力が抜けていく。我夢は必死に藤宮を見ていたが、やがて瞼が落ちていった。
 ふっと首を絞めていた藤宮の力が抜け、その手が我夢の頬を撫でる。ふわりと身体が浮き、イスに座らされて我夢はうっすらと目を開いた。
「お前は…何故そこまで人間を信じられる」
 藤宮の悲痛な表情に、我夢は微笑みかけて見つめた。
「好きだから…人間が。弱くて愚かな人間である自分が好きだから…。君も…」
 藤宮は我夢の言葉を遮るように唇を合わせた。しっとりと吸い上げられ、我夢は吐息を付く。薄く唇が開いた所へ藤宮は舌を差し入れ、ゆっくりと口腔を辿っていった。
「…我夢……」
 逃げようともせず口付けを大人しく受けている我夢に、藤宮は次第に深く唇を合わせていく。我夢は藤宮の肩に縋るように手を掛け、握り締めた。
 藤宮の手が滑り、肩を掴まれた我夢は痛みに顔を歪めてしまった。その様子に気付いたのか、藤宮は顔を離し、じっと我夢を見つめる。
「俺達は…何故戦ってしまったんだ…。そんな場合じゃなかった、もうすぐ奴が降りてくる…なのに何故今…」
「あいつのせいだ…僕たちを戦わせて、そのエネルギーを利用したんだ」
 我夢は稲妻の光が走る窓を見上げて言った。眉を顰めて見る藤宮に、今度はクリシスの映像を映しだしているナビを見せる。
「…まさか……クリシスが…!」
「いつからか解らないけど…あいつはクリシスの中で息を潜めて、お互いを滅ぼし合おうとする様を見ていたんだ。労せずして地球を滅ぼそうと…」
 我夢の言葉に、藤宮は愕然として膝を付いた。
「…クリシスの結論は間違っていたというのか……ただ、操られただけだと…俺は…」
「藤宮…」
「来るなっ!…俺を見るな…」
 両手を床に突き、顔を伏せた藤宮の肩が微かに揺れている。我夢は思わず近づこうとして鋭い否定の言葉に動きを止めた。
 ふらりと立ち上がった藤宮は、そのまま外へ出ていく。我夢も続いて外に出た。
 空は夜の闇よりなお重く低く垂れ込め、中天には大きな異界へ続く穴が渦巻いている。その中から巨大な怪獣の頭部が眼下を睨め付けていた。
 チーム全部が束になってかかっても、かすり傷一つ負っていないそれは、悠々と首を振り炎を吐いて地上を脅かしている。あれが全てこちらへ出てきたとしたら、世界は終わってしまうのか。
「今までしてきたことは、全て無駄だったのか…俺がやったことは、ただ人を傷つけただけだったのか」
「違う!…そんなことはない…」
 我夢の必死に否定する声に、藤宮は振り返った。その表情は絶望に彩られ、瞳は昏く沈んでいる。そんな藤宮を見たくなかった。いつだって不遜で不敵で…強い藤宮にいつしか惹かれていたのに。
「お前に俺の気持ちが解るかっ…信じていたものに裏切られた気持ちが…」
 藤宮の悲鳴のような叫びに我夢はそれ以上何も言えなかった。
 今までクリシスを…否、自分を信じてやってきたことが単に操られていただけだなどと、藤宮の誇りはどれほど傷つけられただろう。ぐらつく想いを全て切り捨てて、身を裂く思いでアグルの力を使ってきたのだろうに。
 轟音をたてて炎の柱が降り注ぐ。このままではあれは身体の全てをこちら側へ持ってくるだろう。我夢は藤宮のことを気に掛けつつも、ガイアに変身しようとエスプレンダーを掲げようとした。アグルとの戦いからまだ回復した訳ではないが、このままあいつが降りてくるのを手を拱いて見ているわけにはいかない。
「待て…そんな身体でどう戦うつもりだ」
 掲げた手を引き留められ、我夢ははっとして藤宮を見つめた。何もかも投げ出したような無表情の藤宮は身を引くと、アグレーターを構えその中からアグルの光を外へ出した。びっくりして見つめる我夢に、その光を取れと言い藤宮は背を向ける。
「俺にはもう…守るものなんて何もない」
 ぽつりと呟きゆっくり歩み去る藤宮の後を、思わず追おうとした我夢は炎の柱によって遮られてしまった。
「…守るものなんて、いくらでもあるじゃないかっ」
 藤宮の絶望と孤独がやるせない。自分ではそれを覆すことができないのかと思うと更に胸が痛んで、我夢はそれを振り切るように叫び、ガイアに変身した。

 巨大な敵、ゾーリムはアグルの力を得たガイアと格チームの協力によって退けられた。
 変身を解き、我夢は最後に藤宮を見た場所へ行ってみた。炎の後が地面に黒々と穿たれている。あの時、炎に吹き飛ばされてしまったのではないかと我夢はがっくり膝を付いたが、慌てて首を振りその考えを振り払った。
「…生きてる…藤宮は必ず生きてる……」
 拳を握り、我夢は自分に言い聞かせるように呟くと立ち上がり、天を仰いだ。暗さはすっかり消え、明るい空色の中、更に青いピースキャリーが浮かんでいる。
 我夢は石室から預かったナビを取ると、エリアルベースに連絡を入れた。みんなは喜んで我夢を再び受け入れてくれたが、心はすっかり晴れたというわけではない。
 藤宮は生きているだろうけど、今どうしているだろう。自分にはこうして迎え入れてくれる仲間がいるけれど、彼には誰もいないのに。
 だが、我夢はあの時一緒にいた玲子の姿を思い出して、ほっとすると同時に微かに胸の奥がちりちりと痛むのを感じた。
 彼女なら、きっと藤宮を受け止めてくれるだろう。守るものがないと言っていたが、ちゃんとあるじゃないか。操られて戦うのが破滅招来体の目的なら、もっと早くそうなっていてもおかしくない筈だったのに、今までアグルに助けられたり協力して戦ったりしたのは、藤宮が完全に人類を滅ぼすという気持ちになっていなかったからだ。
 それに気付かない筈はない。今は絶望の淵に沈んでいても、きっといつかそれに気付いて戻ってきてくれると我夢は証拠もないのに確信していた。
「何さっきから百面相してるんだ」
「…あ…いえ、その…」
 さっそく仕事だと、ゾーリムの被害調査のために地上に降りていた我夢は、藤宮の消えた辺りでぼんやりとしていたらしい。一緒に付いてきていた梶尾に不審がられ、我夢は慌てて調査に戻った。
 梶尾は我夢が話をうやむやにしたことに、僅かに眉を上げ不満げな表情を浮かべたが何も言わず横に立つ。
 何も訊かれないことに感謝して我夢は地面に膝を付いた。黒々とした跡に手を触れ、地面を撫でる。地球は自分たちの行為をどう思っているのか。やはり愚かな人間だと思っているのだろうか。
「…でも、応えてはくれないんだね……」
 ぽつりと呟いた我夢の声は風に消されて梶尾には届かなかったらしい。
 いつか、人間も地球の心が解る日が来る。藤宮は急ぎすぎたけれど、きっといつかゆっくりとでも解り合える日が来る。
 我夢はほっと息を付くと立ち上がって空を見上げた。


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