パスカルの群れ−AGUL−


 昼日中だというのに重いカーテンが窓を覆い、薄暗い部屋の中ではパソコンのモニターに映る文字の点滅だけが微かな灯りのアクセントとして彩っている。2台のモニターのうち一つは常時ニュースネットに繋がれてあり、世界各地の映像と情報がリアルタイムで流されていた。
 だが、その映像に伴う音声は小さく絞られ、思考の妨げにならないようになっている。その部屋の持ち主は微かなノイズ混じりのそれをバックに安らかとは言えない眠りに付いていた。
「うっ……」
 苦悶に顔を歪め、はっと目を開いた藤宮は、上半身を起こし額にびっしり浮かんだ汗を拳でぬぐい取った。
 あの時から何度も何度も見る悪夢…地球上が砂に覆われ、空には昏く翳りを帯びた太陽が血のような光を大地に投げかけている。その砂漠を自分以外の者の姿を必死に探して彷徨い、見つけたものは砂に半分以上埋もれた「アグル」の姿。
 もう一つは、その「アグル」が炎の廃墟の中に佇み、自分を見下ろしている夢。何度そのアグルに問いかけただろう、夢の中でも現実でも。しかし、応えは返らない。ただ、彼は自分を見詰めるのみなのだ。
「……」
 一瞬目を閉じ、軽く息を付くと藤宮はベッドから降りてシャワーを浴びるためにバスルームへ向かった。
 バスルームから出るといつものようにニュースをチェックする。一般に流されているものと、ごく一部のものにしか与えられない筈の情報。だが、いくらセキュリティを駆使したとしても、藤宮はいつも簡単にネットに侵入し必要な情報は手に入れてきた。
 元アルケミースターズ一員で光量子コンピュータの開発者だった自分に入れないシステムなどない。たとえそれが、今極秘裏に作られているGUARDという組織のホストコンピュータであっても。
 防衛組織の先鋒となるXIGのメンバーも揃い、本拠地となるエリアルベースも順調に稼働しているようだ。事務的な報告であっても、その裏に喜びめいたものを感じ取って、藤宮はうっすらと嘲笑を浮かべた。
「…所詮、子供だましだな……」
 根源的破滅招来体に対して、たかが人間の作ったものがどれほど役に立つものか。アルケミースターズという、端から見れば最新鋭研究者グループの作ったものでも、藤宮の目には玩具にしか見えない。そんなもので地球を守ろうなど甘すぎる。
 ふと、報告の中にアルケミースターズの高山我夢という名前を見いだして、藤宮はその部分だけピックアップして映しだした。
 エリアルベースの基本格と浮かばせるためのリパルサーリフトを設計し、攻撃用戦闘機の開発案を出したその人間の名前をどこかで聞き覚えがあったからだ。
 アルケミースターズといっても、世界各地に何百人も居る。日本ですら数十人は居るのだ。自分が研究開発していたグループには、組織の基金を集めるために主催となり今は議長になっているダニエルが居たが、日本人は稲森京子だけだった。
 そういえば、一年クリシスの答えを覆す試行錯誤を続け、どうしてもそれが見つからずそこでの研究に見切りを付けた時、ダニエルが紹介したい男が居ると言っていたような気がして藤宮はあの時の事を思い出そうとした。
 だが、元来人付き合いは得意でなく人の顔もろくに覚えない自分が一瞬会っただけの人間を覚えている訳がない。おまけにあの時、それどころではなかったせいか、顔も見なかったのではないか。こっちの苛つきが頂点に達しているというのに、憧れめいたミーハーな声を聞かされて無視したというのが本音だ。
 ダニエルがわざわざ紹介しようとしていたのだから、多分有能な男なのだろう。リパルサーリフトの理論やシステムなども取り込んで見てみたが、立派なものだった。それが地球を救う足しになるかどうかはさておいて。
 何故彼の事が気になるのか微かな引っかかりを覚えたが、藤宮はその資料を消すと次の情報を求めて別のシステムに入り込んでいった。


 空からコッヴが現れた時、藤宮はいち早くその情報を手に入れていた。だが、それが根源的破滅招来体のものなのか判断を付けられず、暫く様子を見ようと状況が一望できるビルの屋上から眺めていた。
 自衛隊の戦闘機など役に立たず、次々に爆発炎上していく。ビルや道路が壊され沈められていく様子には僅かな痛みも感じなかった。むしろ、こんな薄汚れた街など壊されつくした方がいいとさえ思う。クリシスの答えを信じるとすれば、破滅を回避する方法は人間を排除することなのだ。
 二年ほど前まではまだ人間も地球も救う方法があるのではないかと、稲森博士と研究を続けていたが、アグルに出会いあの夢を頻繁に見るにつれてどんどん人間が汚いものに見えてくる。
「あんなもので…ん!?」
 突然現れた見慣れない戦闘機に藤宮は僅かに目を見張る。現れたのはXIGの戦闘機だろう。少しは自衛隊のものより攻撃力が上がっているようだが、それを使いこなせていないのは丸解りだった。案の定次々と墜落していく戦闘機に、藤宮は苦笑を浮かべる。やはり人間の力では破滅招来体の先触れをすら止めることができない。
 だが次の瞬間、藤宮は再び大きく目を見張った。光の帯が地上から天に伸び、その中に赤と銀の巨人が現れたのだ。その姿は夢の中で出会ったアグルと似ている。
 まさか…と驚愕した藤宮は身を翻してビルを降りていった。避難している人間に逆行して危険地帯に向かい、巨人と怪獣の戦いが空気の振動となって感じられるくらい近くに来た藤宮は、ビルの間から見える光景に眉を顰めた。
「……何故…」
 自分の他にも地球の声を聞いたものがいるというのだろうか。それともあれはアグルとは全く別物なのだろうか。そう考えるには巨人は似すぎていた。赤と青という差があるものの、戦い方も現れ方も自分が人の居ない荒野で密かに変身した姿にそっくりなのだ。
 睨み付けるように戦いを見ていた藤宮は、巨人の光線技によって怪獣が倒されると、アグルの力を借りて一気に戦いの中心地だった場所へ飛んでいった。
「………あれは…高山…我夢?」
 光が収束した場所に現れたのは、リパルサーリフトの資料を引き出した時に一緒に映しだされていた写真と同じ人間だった。
 がくりと膝を付いた彼の前には、柔らかな光の球が浮かんでいる。それを胸ポケットから出した光電管に吸い取り我夢はじっとそれを見つめているようだった。
 呆然と見ていた藤宮の前で我夢は降りてきたピースキャリーに乗り込み、空へ去っていく。藤宮は集まりだした野次馬に紛れて疑問を抱えながらアジトに戻っていった。
 テレビのニュースでもネットでも、突然現れた怪獣とそれを倒した光の巨人の話題で持ちきりだった。謎の解明と題してあちこちで議論が起こり、週刊誌や新聞では特集記事となっている。それを一つずつ切り抜いて壁に貼り、藤宮は眉を寄せてそれらを眺めた。
 あの時のミーハーな声が思い出されて、藤宮は一体我夢がどういうつもりで巨人の力を得たのか納得できなかった。地球は守りたいという意志に反応して誰にでもあのような巨人の力を与えるのか。ならば自分があれほどその応えを得たいと無我夢中でやってきた一年間はなんだったのだ。
 怒りと苛立ちに心を逆立てながら壁に貼られた自分と道を同じくすべきものの姿を睨み付ける。もし、我夢が自分と同じ課程で巨人の力を得たなら、力を合わせて地球を根源的破滅招来体から守らなければならない。
 その考えに藤宮は改めて苦笑した。アルケミースターズという一般的にも認められた地位を捨て、人間の側に付くという立場も捨てた自分が、協力者を求めるなどとは。
「……我夢………」
 敢えて呼び捨てにした名前は、口の中でほろ苦く広がっていく。どうあっても、彼を自分の側に引き入れなければならない。でなければ…真っ向から対立することになるだろう。それだけは避けたかった、何故だかは自分でも解らなかったけれど。
 最初の出会いはアグルとして、他にも巨人が居るのだと知らしめた。次の出会いは海の側、我夢の故郷だという街のはずれにある岩場だった。
「人間は地球を汚すばい菌に過ぎない。XIGなんて止めてしまえ!」
 そういう藤宮に我夢は真っ向から睨み付け、頑としてはねつけた。
「君の考えは絶対に間違っている!」
 我夢の表情には写真で見た時の甘さが若干は残っているものの、以前のようなミーハーな感情は感じられない。真剣に地球を想い、戦いを受け止めている顔だ。
 ぞくりとくる感覚に藤宮は僅かに狼狽えて我夢の顔を見つめた。自分に対し、ここまで真っ向から否定あるいは反論する者は今までいなかった。研究に対しても、いつも自分は正しく相手を論破し頂点を目指してきた。
「……いいだろう。暫くお遊びで地球と人間を守るがいい…だが、いつかこっちの考えが正しかったと解る日が来る」
「そんなの、解るもんか。僕は地球も人間も守ってみせる」
 ぐっと拳を握りしめ、きらきらと輝く瞳で自分を見つめる我夢に、藤宮は目を眇め踵を返した。
「藤宮くん!」
 名を呼ぶ声がしたが無視して歩き去る。何故ああも真っ直ぐに人を見つめることができるのだろう。何故、あれほど人間が守るべき存在であると確信できるのだろう。人間不信にも嫌いにもなったことのないお気楽な頭の持ち主だというのか。
 自分と同じく天才としてアルケミースターズに名を連ねるほどならば、大小はあるがいくつかは傷つく出来事だってあっただろうに。
 藤宮は我夢に会う前以上に苛つきを増して、アジトに戻った。
 それから何度も我夢の決心を変えさせようと接触を試みたが、全く受け付けず返ってこちらを説得してくる始末に藤宮は苦々しく思っていた。
 人間などくだらない、害悪にしかならないと頭では理解しているのに、身体が勝手に動いて助けてしまうことも何度かあり、藤宮は自分自身にも戸惑いと苛立ちを覚える。
 本当は自分は人間も救いたいのか…地球を救うためには人間の排除が必要だから敢えてその感情から目を反らしているのではないか。
 そんな考えが浮かんだときは必ずあの悪夢を見る。地球の破滅の夢。一人彷徨い応えることのない相手を探して絶望と孤独に生きなければならない。
 声なき悲鳴を上げて飛び起きた藤宮は、荒く息を吐くと掌で顔を覆った。
「くそっ…」
 ふらりと起きあがり、パソコンが置いてある部屋へいくと、壁一面に貼られてあるガイア関連の記事に拳を打ち込んだ。自分と手を組めないならば、排除するしかないのに何故自分にはそれができない?あの夢でほんの僅かな希望をもって探しているのが多分奴だからか…
 藤宮は目を閉じるとその考えを振り払うように頭を左右に振った。
 軽い電子音が響き、ジオベースに密かに侵入しているネットに繋いだモニターの上に、宇宙から反物質生命体が地球めがけてやってきているという情報が入ってきた。これが地球にぶつかれば、下手をすれば地球どころかこの宇宙すら消し飛んでしまうだろう。
 すぐさま藤宮はもっと情報を得るために、キーボードを叩き深く潜入していく。反物質生命体と戦うには自らも反物質にならなければ無理だ。それを我夢に告げ、自分ならばガイアを反物質化できると藤宮は持ちかけた。
「解った。やってくれ」
「…俺はお前を元に戻さないかもしれないぞ」
 それに応じてすぐ頷いた我夢に、藤宮は意地悪くそう伝える。すると我夢は一瞬目を見張り、きっぱりと言った。
「僕は君を信じている」
「……」
 その、自分の殻を突き通すような視線に、藤宮は目を外し、行くぞと声を掛けてアグルに変身した。どうして我夢はいつでも人を信じられるのか。もし、本当に自分が元に戻さなかったら反物質のまま宇宙を彷徨わなければならないというのに。
 今度のことは、地球自体が危ないから我夢に手を貸すのだと言い聞かせながら、アグルとなった藤宮はバリアから飛び出した反物質を消去し、躊躇いながらもガイアを戻した。
「僕たちは一緒に戦えるよね…藤宮」
 変身を解いた後、微笑みを浮かべて手を差し出す我夢に、藤宮は一瞬逡巡する。この手を取ったなら、自分は違う道を行くことができるのだろうか。
 だが、それは自分を救うことにはなるかもしれないが、地球を救うことにはならない。この手を取る訳にはいかない…。
「勘違いするな、俺は考えを改めた訳じゃない」
 はっとする我夢を残し、藤宮は踵を返して歩き始めた。


 悪夢は藤宮の心の揺れを反映するように酷くなり、安らかな眠りを奪って神経を圧迫していく。XIGの動きや我夢の行動を探るうちに目にする、彼と仲間との信頼関係や笑顔のやりとりに更に苛立ちは増していった。
 藤宮は苛立ちを少しでも抑えるためにモニターの一つにプロノーン・カラモスに据えられたカメラアイからの映像を映しだした。そこには人工の物でありながら神秘的な光を湛えた水槽が映しだされている。
「…俺のやり方は正しい…そうだな、アグル……」
 夢の中の青い巨人は藤宮の問いに黙して語らない。どのように受け止めようとも、それは自分の心の引き写しなのだろうか。
「何故答えない!……やることは解っている、だが俺は…」
 突然ノイズが走り、映像が乱れた。何事かと藤宮は別のモニターをチェックした。金属生命体がプロノーン・カラモスに向かっていると知り、眉を顰める。何故今更あの場所を狙うのか。あそこにはもう何もない…いや、まさか…と藤宮はアグルの力を借り、一息にその場所まで飛んでいった。
 現れたアルギュロスを傷つきながらも退けた藤宮は、倒れ伏しそうになる身体を引きずるようにして建物の中に入っていった。このまま、足下があやふやなままでは戦い続けられない。応えが欲しい。自分が絶対正しいということの、地球の意思を理解しているのは自分なのだということの証が。
「…アグル…光を…応えを、俺に…アグルよー!」
 叫びながら水槽に飛び込んだ藤宮は光を求めて底へと潜っていく。初めて青い光と出会った時のように、水槽の底から、地球の中から光の束が藤宮の身体を包み込み溢れかえった。
 一瞬のうちに傷は癒え、再びアグルとなって建物の外に飛び出した藤宮は、変身して共に戦おうとする我夢を手で止めた。
 この戦いは自分だけでやりとおさなければならない。答えを見つけるために。
 アルギュロスを倒した藤宮は、我夢にもう手を貸せとは言わなかった。アグルは答えをくれなかったが、再び更なる力を与えてくれた。その事実が自分への応えと受け止めて、一人となっても戦うことを決心させてくれたのだ。
「行けよ…仲間のところへ」
 我夢を迎えに来た堤の方へ視線を向けると、自分をじっと見つめている稲森と視線が合う。その目の深い輝きに藤宮は僅かに躊躇い、身を翻し去った。
 その後エリアルベースと地上で等身大のまま我夢と戦い、本気で殺そうと思ったこともあったのに、最後の最後で躊躇いが生まれ果たせなかった。
 どうしても、我夢に対しての拘りが解けない。我夢に対して知れば知るほど、どうにもできない心の中の拘泥は時に憎悪となり、時に友情にも似た同類意識となって藤宮を悩ませる。
 こんなことなら、最初からガイアの正体など知ろうとせず、我夢を仲間に引き入れようなどとしなければよかった。
 迷いを内包しながらも、藤宮はごく近い未来にやってくるだろう破滅招来体への対抗手段を色々と考えていた。古代恐竜の卵から採取したサンプルを奪い、その時に我夢にだけ解るよう暗号を残して誘い出す。
 それを解いてこのアジトまでやってきたなら、今度こそ邪魔をさせないよう自由を奪ってやろうと考えながら、もう一方で、本当にそれだけの目的で彼をおびき出そうとしているのかという自問が沸き起こっていた。
「藤宮…」
「さすがアルケミースターズ、よく解ったな」
 藤宮は、予想通りにやってきた我夢に奪ったサンプルの説明をしてやる。それを聞いて顔色の変わった我夢をじっと見つめながら藤宮は、肩に手を置いて振り向かせ鳩尾に拳を打ち込んだ。
「っ!……ふ…じ…」
「今度は邪魔をさせない…」
 床に崩れ落ち意識を朦朧とさせた我夢を抱きかかえ、藤宮はいつも使っているトレーニングマシンに運ぼうとした。
「……ど…ぅし…て…ぼくた…ちが…」
 すっかり気を失っていると思っていた我夢の口から、微かに途切れながらも漏れる声に、藤宮ははっと顔を見る。我夢の目は閉じられていたが、藤宮の背中の方に落ちていた手がふらりと上がり、力無く布地を握りしめた。
 途端にその掴まれた背中からぞくりと電流のような物が走り抜け、藤宮は目を見張った。それきり本当に意識を失ったのか、ぱたりと腕は落ち我夢の全身から力が抜ける。背中を掴まれた感触は僅かなものだったにも関わらず、いつまでも藤宮に痺れたような感覚をもたらしていた。それは何故か不愉快なものではなく、微かに甘さを含んでいる。
「我夢……」
 トレーニングマシンに我夢を降ろし、前に倒れた頭を起こして藤宮はその顔を見つめた。いつも真っ直ぐ人を見つめる目は閉じられ、思いの外長い睫が影を落としている。
 そっと少年期の丸みをまだ残した頬に掌を当て、なぞってみた。さっきの背中から起こった痺れるような感触が掌からも沸き起こる。
 藤宮は内側から突き動かされるように顔を寄せ、唇を合わせた。軽く触れ合うだけのキスに、暫く誰とも接していなかった肉体が熱くなり始め、藤宮は狼狽えて顔を離した。
「…馬鹿な…何故…俺は……」
 人間などくだらない生き物であり、子供を作り産み育てる発情期もないのに、年中そればかりの輩はもっとも下劣なものだと考えていた。男の生理としての処理はしていたが、身体を合わせても熱くなるのは一時で、頭はいつも醒めていた。
 なのに、今自分のしたことは、何も考えずただ情動のままに動く他の人間達と一緒ではないか。しかも、異性で有ればともかく同性の我夢にそれを生じるとは。
 藤宮は沸き起こるそれを無理矢理ねじ伏せ、我夢の腕をマシンに縛り付けた。
「う…っ…」
 腕を縛られた痛みで目を覚ました我夢の上着からエスプレンダーを取り出し、目の前の机に置く。本気で変身させないつもりなら、これを海にでも放り込んでしまえばいいのに、藤宮には何故かそれができなかった。
「君にだって有るはずだ!大切な…守りたいものが」
 外に出ようとする藤宮に必死で我夢が呼びかけてくる。一瞬藤宮の脳裏に浮かんだのは、自分が命を救って飼ったハムスターと良き理解者であり助手だった稲森博士、そしてちっとも地球の状況を解っていないのに、自分の足下を揺らがせる言葉を吐く玲子だった。
 我夢の言葉を振り切り、藤宮は外へ出ていく。そのうちあの生物はなんらかの形態をもって増えすぎ強欲になりすぎた人類を滅ぼしてくれるだろう。
「それが地球にとって、必要なことだ…」
 サンプルを眺めながら自分に言い聞かせるように藤宮は呟いた。本当に?…という我夢の問いかけが蘇る。それは自分もアグルに向けて無意識のうちに何度も問いかけている言葉だった。地球の意思が本当に人類を滅ぼせと言っているのなら何故我夢はガイアとしてそこに居るのだ。
 我夢が間違った道を歩んでいるのだと確信していたのに、今の自分はどうだ。言葉一つで信念も揺らぎ、あまつさえ間違っていると思っていたやつに惹かれている。
「馬鹿な…」
 今思考の隅に起こった感情に藤宮は愕然とした。自分が我夢に惹かれているなど、認めない。だが藤宮は我夢の頬の柔らかさ、唇の甘さを思い出してしまった。
「どうかしている…!?」
 首を振りながら呟いた藤宮は突然大学の方から現れた怪獣に視線を向けた。あれは多分自分がゲシェンクと名付けた古代生物の変化した姿だろう。恐竜には寄生という手段を取り、人類に対しては怪獣となって滅ぼすのか。
 XIGの戦闘機が現れたが全く歯が立たない。頼みのガイアは変身できない状況にある。が、本当に我夢は変身できず手をこまねいているだけだろうか。
 そんな出現を待っているかのような自分の心境に合わせるように、ガイアは姿を現しゲシェンクに対峙していく。やはり…と藤宮は僅かに唇の端に苦笑を浮かべて仰ぎ見た。
 だいぶ変身するときに力を使ったのか、パワーゲージを示す胸の印は赤の点滅に変わっている。戦い方も切れが無く押され気味だ。
「ママー」
 ふと聞こえた子供の声に藤宮は振り返った。このへんの住人の避難はゲシェンクが唐突に現れたためか遅れているらしい。子供は親からはぐれたのだろうか。ちらりと見たきり気にもとめなかった藤宮だったが、ゲシェンクが放った光球がこの近くのビルを直撃し、崩れようとするのを見て咄嗟に動いてしまった。
 瓦礫から子供を思わず庇ってしまった藤宮は、礼を言われて呆然と己の手を見た。人類など滅ぼされて当然だと豪語していたのに、今自分がやったことはなんだ。
 子供が離れ、探しに来たらしい母親の元へ駆け去るのをぼんやりと見ながら藤宮は、自分の心の揺らぎに歯がみし拳を地面に打ち付けた。


 藤宮は今まで使っていたアジトを捨て、別の場所へと移動した。金なら腐るほどあるがそれにあまり執着したことはない。必要な時に必要なだけあればいいからだ。だからアジトとして使っている場所は世界各地に点在していたが、コンピュータ関係とネットを贅沢に使ってはいるものの人が住む場所としては最小限の機能しかない。
 以前の場所もそうだった。藤宮は今度の足場にするための館を振り仰ぎながら、苦いものを思い出して眉を顰めた。
 ここも、家の姿を取り繕ってはいたが、「家」ではなかった。
 周りを鬱蒼とした林に取り囲まれた古びた洋館に来たのは何年ぶりだろう。人を使いコンピュータを設置する場所と寝る場所だけは掃除させ、電気水道などは復活させたが、それ以外に手を入れていない。
 何故ここを使う気になったのか、他にない訳でもなかったのに。藤宮は自分でも戸惑いながら中へ入り、次の手を考えるためにモニターの前に座り、世界の異常な状況はないかと検索をかける。その中の一つ、日本の近海に異常発光する場所があるというのを見て藤宮は詳しい状況をスキャンし始めた。
 取り出したデータから分析し、次に現れそうな怪獣の予測を付ける。地上にあがれば大打撃を及ぼすだろうこの怪獣は、海で生まれたにも係わらず水の中では半分くらいの力しか出せないようだ。
 暫くデータを眺めていた藤宮は別の回線を開くと、エリアルベースの内部に潜り込んで我夢の端末に直接メールを送り込んだ。
 もう一度直接会って確かめたい…自分が我夢をどう思っているのかを。呼び出してどうなるかという予測は付けられない。自分自身に関してのデータはあやふやで簡単に外れてしまうからだ。
 藤宮は来るも来ないも流れに任せ、モニターの前から離れると隣室のソファに寝っころがった。
 微かな物音に閉じていた目を開き、藤宮は身を起こすと隣の部屋への扉を開けた。モニターを覗き込んでいる我夢の後ろ姿に一瞬どきりとし、藤宮はじっと見つめる。
 いつもこうして見つめてきた、仕事ぶりや戦いを。その度にこの不可思議な思いは蓄積されていったのだろうか。憎悪と愛情は似ていると誰かが言っていたような気がする。この想いはどちらに近いのか。
「これが欲しいか?…愚かな人類のために」
「たとえ愚かだろうと…僕は地球と人類を守る。大切な人のために、仲間のために戦う」
 自分に気付いた我夢に、藤宮は嘲るような口調でディスクを見せた。また前回のように罠だとは思わなかったのだろうか。それほどまでに我夢は守りたい大切なものがあるというのか。
 きっぱりと言う我夢に、藤宮はずきりと胸が痛んだ。その怯まない真っ直ぐな視線は誰の上に注がれるのか。藤宮を通り越して大切だと断言するもののためにあるのか。
「………」
 藤宮は自分のそんな想いと痛みに自嘲の笑みを浮かべると、我夢にディスクを放った。慌てて受け止めた我夢は藤宮を驚いたように見つめている。
「仲間に大切な人か…どちらも俺にはないものだ」
「そんな…君にも必ず居るはずだ。大切な…守りたい人が。でなければ何故僕をここへ呼んだんだ?何故いつも助けてくれるんだ…」
 真摯な我夢の言葉に藤宮は追い打ちを掛けられる。自分の足下を確かめようとしたのにこれでは逆効果だ。もっとも効果など期待してなかったのかもしれないが。
 もう行けというように藤宮は手を振り、我夢を追い出そうとする。我夢は小さくありがとう、と礼を言って踵を返した。が、その動きが止まり、振り返らずにぽつりと我夢は藤宮に言った。
「君も…君も僕の大切な人だ。……共に地球を守る仲間だ」
 その言葉を聞いた瞬間、藤宮の思考は微塵と化した。
 歩き出そうとする我夢の身体を背中から抱きしめ、藤宮は身体の奥からあふれ出る奔流に身を任せる。ぴったり押しつけた身体に感じる我夢の暖かさに、更に藤宮の理性は崩壊し、次の行動を起こさせた。
「…俺が欲しいのは仲間なんて言葉じゃない……」
「藤宮…?」
 自分の行動にどういう態度をとっていいか解らないような我夢を腕の中で反転させ、藤宮は頬に手を当てる。
 あの時と同じ痺れるような感触が掌から伝わり、それが熱となって全身に行き渡るようだ。藤宮は不思議そうに自分を見ている我夢にゆっくりと顔を寄せていった。
 微かにかさついた我夢の唇に触れ、すぐに離れる。きょとんとして見ていた我夢の表情がその行為の意味を理解すると鮮やかに変わり、羞恥に赤く染まるのを藤宮は喜びめいた感情で見つめていた。
「我夢…」
 唇を覆う手を取り、背中に回して押さえ込むと藤宮は再び唇を合わせた。
 逃れようとする我夢の頭を、頬に当てた手を後頭部に回して固定することで押さえつけ、深く口付けていく。舌先で唇の合わせをこじ開け、藤宮は滑り込ませた。
「…ん…っ…」
 怯え縮こまる我夢の舌を探り出し、藤宮は口腔を縦横に貪っていった。激しい口付けに、我夢の息が上がりもがいていた身体もいつしかぐったりと力が抜けていく。
 名残惜しげに藤宮が唇を離すと、足りなくなった息を取り戻すように我夢は大きく息を吸い込み喘いだ。
「な…に…」
 力の入らなくなった膝はくじけ、すがりついて持たせているような我夢の身体を藤宮は軽々と抱き上げ、隣の部屋に運んでいく。
 今まで自分が横になっていたソファに我夢の身体を横たえると、藤宮は我夢の上着のジッパーをゆっくりと引き下ろした。
 何をされようとしているのか、まるで解っていないような目が藤宮を見つめている。藤宮はそれでも止めようもなく今度はベルトに手を掛けた。
「…ふじ…みや…一体何を…」
 漸く朧気ながらも何が起きようとしているか解り始めた我夢が、信じられないという表情で見つめおろおろと止めようとし始めるのを、苦笑めいた思いで藤宮は眺めていた。
「欲しい…」
「え…何…が…?」
「高山我夢を一人」
 そう、今はそれだけが欲しい。他には何もいらない…もしかしたら地球さえ。
 上着の前をはだけ、中に着込んでいるシャツを押し上げると、藤宮は胸をゆっくりなで上げた。
「ぼ、僕を?…こんなことをしたって、僕の考えは変えられない…、人間の敵になる訳には…」
 ぎょっとして手で押さえつける我夢の目には、藤宮の行為があくまでも自分を仲間に引き入れようとするものに映ったらしい。ここまでされているというのに、まだ解らない我夢に、藤宮は苦笑が本気の笑いに変わり、喉奥で噛み殺せない笑いが漏れ出てしまった。
「何が可笑しいんだっ…僕は…」
「そんなことはどうでもいい…今は」
 藤宮は我夢の言葉を封じるようにじっと見つめた。我夢の目はまだ多少不安を感じている程度で脅えの影は無い。それほどに自分を信じているのかと、藤宮は凶暴な気持ちで手を我夢の胸に当てた。
 いっそこのまま力を使い心臓を止めてしまえばいいのかもしれない。それで自分を悩ませる原因はなくなるだろう。
 だが、藤宮は我夢の滑らかな肌を堪能するように撫で、突起を指先で愛撫し始めた。藤宮の目に気圧されるように大人しくなっていた我夢も、再び抵抗し始める。
 藤宮は手早くまくり上げたシャツで我夢の両腕を縛り上げ、堅くなり始めた突起に唇を寄せた。びくりと反応するのに気を良くして、更に舌先で転がし、もう一方は指先で摘み刺激を与える。
 女性のものとは違う堅く筋肉の付いた胸だったが、掌から感じられる熱さと滑らかさは充分に藤宮を熱くさせていった。
「嫌だっ!やめろっ…なんでこんな…」
 今度は生理的嫌悪からか、悲鳴じみた否定の言葉が我夢の口から放たれる。藤宮は胸を愛撫していた顔を上げ、羞恥と屈辱に赤く染まった我夢の顔を見つめた。
「…何故?……何故だろうな…俺にももう解らない…何が正しくて何が悪いのか…」
 そっと我夢の頬に手を伸ばし、目尻に浮かんだ涙の粒を拭い取ってやる。きつく睨み付けていた我夢の瞳はびくりと震え、戸惑いを浮かべて藤宮を見返した。
「…ただ、今はお前が欲しい…それだけだ」
 自分がこんなにも他人を欲することが出来ようとは思いもしなかった。ガイアの力を持つからでなく、高山我夢というただの人間が欲しい…どうしても。
 藤宮は再び胸に舌を這わせながら片手を我夢の下腹部へ降ろしていく。ベルトを外しジッパーを降ろしたその部分を下着の上からそっと握りしめると、我夢は弱々しく身体を捩って逃れようとした。それを押さえつけ、下着を潜って直に握りしめる。
「う…っ…」
 胸への愛撫で熱くなり始めていたものをやんわりと握りしめると、藤宮は強弱を込めて上下に扱き始めた。
「やっ…やめろ…藤宮っ」
 起きあがろうとした我夢を手で押し戻し、止めることなく愛撫を繰り返しながら上半身の至る所に口付けを降らせた。他人の手など借りたことのない我夢の身体は与えられた刺激に抵抗もむなしく、全身の熱を一点に集め燃え立たせていく。
「あっ…あ…や……はな…せ…ふじ…み…」
「我慢するな…出せ」
「やだ…できな……ぁ…っ…」
 眉根を寄せ、歯を食いしばって堪える我夢の表情は、普段色気のかけらもない所に壮絶な彩を醸しだす。藤宮はぞくりと沸き起こる情欲に一旦手を離すと、身体の位置を変えて自分の口内に我夢自身を導いた。
「うあっ…く…は…っ……ぁ…」
 手を離した事で気を抜いていたのか、我夢はあっけなく藤宮の口中に放ってしまう。そんなはずはないのに何故か甘さを感じて、藤宮はそれを飲み込むことに苦を感じなかった。
 拳で飲みきれなかった液体を拭い、藤宮はぐったり力無く身体を伸ばしている我夢の身体から残りの衣服を剥ぎ取っていく。腕を拘束しているシャツはそのままに、我夢の両足を大きく開かせると受け入れさせる部分を見つめた。
 早く中に自身を埋めたいと気持ちは逸るが、このままでは我夢を傷つけるだろう。藤宮は指を自分の唾液で濡らし、その部分へゆっくりと挿入していった。
「ヒッ………な…に…?…」
 力の入らない身体を捻り、信じられない部分に入ってきた異物を退けようと我夢は小さい抵抗を始める。それを宥めるために藤宮はもう片方の手で前への愛撫を再開した。
 指の異物感や痛みと、前への刺激に我夢の口からは断続的に声と息が漏れ、それは藤宮の限界を一気に突き崩した。
「我夢…」
 呼びかける声にうっすらと我夢が閉じていた目を開き藤宮を見つめる。潤んだその瞳は微かに驚いたような彩を浮かべていた。
「……藤宮…」
 掠れた声が名を呼び、縛られたままの我夢の腕が自分を止めようとしているのか、それとも縋ろうとしているのか解らぬ動きで伸ばされた。
 指を引き抜くと藤宮は自身を我夢の奥まった部分へ侵入させていく。もう止められなかった。
「うあぁっ…!…いた…痛い…や…藤宮…」
 逃れようとする我夢を押さえつけ、藤宮は強ばってぎっちり締め付けられた部分を緩めようと再び前への愛撫を施す。次第に熱を取り戻すそれに、我夢の唇から吐息が漏れ、力が僅かに抜けた所を一気に最奥まで貫いた。
「くぅっ……う…ぁ…」
 暫く動きを止めていた藤宮は徐々に動き始める。前への愛撫を続けながら、甘い我夢の内部を貪っていた藤宮は、微かに足を抱えていた自分の手に触れる物に視線を移した。
 自由にならない手を我夢は藤宮に伸ばしている。縋り付くように腕に触れる我夢の指先を握りしめ、藤宮は身体を倒すと強く抱きしめた。
「ふじ…み……ぁあっ…!」
「…我夢っ」
 最奥に自身を注ぎ込み、ゆっくり身体を起こした藤宮は意識を失ってしまった我夢を見つめた。まだ我夢の手は強く藤宮の手を握りしめている。こうして、この手は取れるのに、何故全ては解り合えないのか。
 そっと指を外し、藤宮は涙と汗でぐしゃぐしゃになった我夢の顔を掌で拭うと口付けた。


 館を出ていく我夢を外から見つめていた藤宮は、苦い溜息を吐いた。
 自分は何を求め何を見つけようとしているのか。
 地球の危機は間近に迫っている。もう時間がない。迷っている暇など無いはずなのに…


「我夢……」
 藤宮は迷いを振り切るように踵を返し、歩き始めた。

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