その日海から現れ、東京湾を北上し首都を目指していた怪獣は、上陸する前にチームライトニングとファルコンの的確な攻撃により撃破された。
これは破滅招来体により怪獣が現れるようになってから始めてガイアなしで勝利したものであり、エルアルベースは一気に喜びの雰囲気に包まれた。 「ガイアが居なくても、私たちだけで戦えるね」 満面に笑顔を浮かべてジョジーは敦子に言い、振り返って我夢に親指を立ててみせる。今回の作戦が成功したのは、相手の特性をいち早く見抜き、効果的な攻撃方法を進言した我夢に負うところが大きいのだ。 千葉参謀も、普段は難しい顔をしている堤も、今回ばかりはにこやかに我夢に良くやったと言葉を掛けている。だが、我夢はその称賛に有頂天になるでもなく、曖昧に笑って目の前のディスプレイを見つめていた。 「今回はたまたま弱かっただけかもしれないわよ」 「アッコ」 自分が贔屓にしている梶尾ではなく、我夢が誉められていることにちょっとだけ苛ついて、敦子は言った。どんな反応をするかと、敦子がちらりと後ろを振り返ると、我夢は心ここにあらずという感じで考え込んでいる。 普段なら、もっと反応してくるのに、物足りないなと思いつつ、敦子は同じように不思議そうに我夢を見ていたジョジーと顔を見合わせた。 「…この前データを取りに地上に降りたが、あれが今回の敵に対するものなのか」 いつもと変わりなく、石室の落ち着いた声が我夢に掛けられる。問い正すでもなく、単に確認するだけのような口調に、反射的に頷いてから我夢はちらっと石室を見上げた。 「はい……あの…友達が、ちょっと…」 はっきりとしない口調で応える我夢に、僅かに石室の眉があがる。だが、それ以上聞かれることもなく、我夢はほっとして立ち上がった。 「すみません…じゃ…」 その場から逃げるように部屋を出た我夢は、ほっと息を吐くと自分の部屋へ歩き始めた。 「我夢」 「梶尾さん…」 途中でライトニングのメンバーに会い、我夢は立ち止まった。滅多に見られない笑顔で梶尾は我夢に近づき、ぽんと肩を叩く。 「今回のミッションが成功したのは、お前のおかげだ。感謝する」 「そんな…梶…ライトニングとファルコンの連携プレーの賜ですよ。いくら弱点が解っても、それだけじゃ勝てませんから」 ぽつりと言う我夢に怪訝な目を向け、梶尾は首を傾げた。 「そりゃそうだが…どうした?あんまり嬉しそうじゃないな。何か心配ごとか?」 「あ…いえ…嬉しいですよ。あ、まだ言ってませんでしたね。おめでとうございます」 言葉を裏切っている我夢の憂い顔に梶尾はますます訝しげな目を向け、両肩に手を置いて覗き込んだ。梶尾の顔が間近に迫って、我夢はぎくり身を竦める。 「か、梶尾さん」 「何かあるならちゃんと言え。ミッションに問題でもあったのか?それとも、個人的な悩みか?」 真剣に訊いてくる梶尾の表情に、一瞬藤宮の顔をだぶらせ、我夢は鼓動を跳ね上がらせる。いきなり赤くなって俯いてしまった我夢に、梶尾はぎょっとして身を引いた。 「な、何だよ」 訳もなくどきどきとして、声がひっくり返りそうな自分に、梶尾は狼狽えてしまう。 「……梶尾リーダー、虐めてるみたいですよ…」 「そうそう…」 ぼそりと傍観していた北田と大河原が呟くと、梶尾は慌てて手を離し、キッと振り返って睨み付けた。 「北田!大河原!」 北田と大河原は怒鳴られてぴんと背筋を伸ばす。まったく、と言うように奥歯を噛みしめるよう口端を上げる梶尾から、我夢は一歩離れた。 「あ…すみません。何でも無いんです。ちょっと疲れちゃって…ごめんなさい」 直立してからぺこりと深くお辞儀をして我夢は梶尾の横を足早に通り過ぎる。引き留められなかった梶尾は拳を握りしめ、ため息を付くと肩から力を抜いた。 梶尾に変に思われただろうかと思いながら我夢は自分の部屋に走り込み、息を付いた。 藤宮から受け取ったデータは確かな物だった。あれがなければ、今回の敵はXIGだけでは倒せなかっただろう。いつものようにガイアになって戦わなければならなかった筈だ。 どういうつもりで藤宮がディスクを寄越したのか…あの行為にどんな意味があったのか、ここに戻って来てからずっと考えているけれど、答えは出ない。 科学者としての自分は答えを出さなければならないと理解しているのに、何故か答えを出すのが怖いような気がして回答へたどり着けない。足下が確かでなく、ぐらぐらとふらついているようだ。 「藤宮…君は……」 我夢は自分の身体を抱き込むように腕を回し、そのままベッドに倒れ込んだ。 |
怪獣を思いのままに操れるパーセルの開発に稲森博士が当たっていると聞いて、我夢はジオベースに向かった。パーセルは元々藤宮が研究開発していたものだ。あの時は操ることに失敗し、結局アグルとなった藤宮が無理矢理開かせようとしていたが、あれから少しは改良できたのだろうか。
そんな研究者としての興味もあったが、それよりも多分藤宮とは自分より親しい間柄だった稲森博士に会って話を聞きたかったのだ。 初めて会った時は一瞥すらして貰えず、ダニエルに光量子コンピュータクリシスの開発者だと聞かされた藤宮に会うのを楽しみにしていたのに、かなりがっかりした。今考えれば、あの時はそんな暇は無かったのだと判るけど、本当に楽しみにしていたのだ。 あの時も稲森博士は側にいた。そして、それからすぐに藤宮はアルケミースターズを脱退し、彼女と二人で研究所に閉じこもってしまったのだ。藤宮が去った後も研究を続けていた彼女を護るためにアグルは戦った。 きっと、そんなに近しい彼女なら、藤宮の行動の意味が解るだろう。我夢はジオベースから出した車の中でぼんやりと考え込んでいた。 「何ぼんやりしてるんだ。パーセルのことで何か問題でもあるのか」 「いえ……」 車を運転している梶尾に問われ、我夢は小さく首を振る。心が遠くに行っているような我夢に、梶尾は短く息を吐き出すと車を走らせることに専念した。 「これが、パーセルですか。これで怪獣を操ることが?」 「いえ、これは怪獣の気を静めるために改良したものです。捕獲、研究が目的ですから」 研究所に着くと、さっそく興味津々という感じで梶尾が稲森に訊ねた。稲森は静かに微笑みながら答え、仕様を話していく。感心したように見ている梶尾を置いて、我夢は稲森にすっと近づいた。 「稲森博士…ちょっとお話が」 「…そう…外へ出ましょうか」 何の話かとも聞かず、稲森は頷いて歩き始める。我夢は、梶尾にここで待っていて下さいと言い、後を追って外へ出た。 「……これは…藤宮の飼っていた…?」 「寿命だったのね…あれからすぐに逝ってしまったわ」 研究所の庭の片隅に、小さな十字架がたてられている。その前に佇んだ稲森は、遠くを見つめて呟くように言った。 「話って何かしら?彼のことでしょ」 いきなり振り向いて言う稲森に、我夢ははっと目を瞠る。ふっと笑い、頷く稲森に我夢はごくりと唾を飲み込んで話し出した。 「あなたは藤宮とずっと一緒に居て、研究を続けていた…人類を、地球を救う道を」 「そう、答えを求めて必死になっていた」 「それなのに藤宮は結局、人類を見捨てる道を選んだ…何故です?」 ほんとに聞きたいのはこんなことじゃない。我夢は自分の言葉に歯がゆく思いながらも、稲森の応えを待った。 「諦めてなどいないわ…。与えられた応えに与えられた力、それを使う道を選んだのは確かに自分だけど、待ってる、変えてくれる者を、止めてくれる者を…それは多分…」 稲森は自分に納得させるような口調で言うと我夢の方を見た。もしかしたら、彼女は藤宮がアグルで自分がガイアだと知っているのかもしれないと、我夢は僅かに目を見開いて稲森を見つめた。言葉は無く風がさやぐ音しか聞こえない時の中、漸く我夢がそのことを訊こうと口を開いた時、後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえ振り返った。 「怪獣が現れたそうだ。いくぞ」 「…はい」 梶尾はちらりと稲森を見ると、軽く頭を下げて踵を返す。我夢もぺこりとお辞儀をして走り出した。 「……私じゃない…でも…」 我夢の耳に微かに稲森の呟く声が聞こえる。さっきの続きなのか、それとも別の意味で言ったのか、訊く暇もなく我夢は梶尾の後を追った。 「これを俺が打ち込めば、怪獣が大人しくお寝んねしてくれるって訳だな」 「そんな簡単にいくもんでしょうか…」 暗く翳ってる我夢に珍しくも明るく煽るように言った梶尾は、ぼそりと返された応えにむっとして助手席を睨み付けた。 「あ、梶尾さんの腕なら間違いなし!絶対大丈夫です」 梶尾の視線に気付き、我夢は慌ててフォローする。怒ってるかなと横を見た我夢は、真剣に心配そうな表情を浮かべている梶尾を見て、焦って視線を前に戻した。 「…俺の腕より心配なのは、お前の頭だ。一体何をぐだぐだ考えてるのか知らんが、任務に支障を来すようならさっさと結論付けろよ。お前だって…なくちゃならないんだからな」 XIGに、と小さく付け加える梶尾に、我夢は嬉しくなって久しぶりに心からの笑顔を見せた。梶尾はそんな我夢の様子に、少し照れたように唇を引き結び、黙って運転していった。 首尾よくパーセルを打ち込み、大人しくさせたのを見計らったように稲森は怪獣を操って姿を消してしまった。何故そんなことをと考える間もなく、我夢は藤宮と会っていたことを指摘され、XIGのライセンスを剥奪されてしまった。 反論もできず我夢はやっと着慣れてきた制服を脱ぐと、きちんと畳んで置き部屋を出た。ここへ戻るには藤宮を説得するしかない。もしかしたら、戻って来れないかもしれないけれど、それでも戦わなきゃならない。一人でも。 地上に降りた我夢は、取りあえず藤宮が住んでいたマンションに行ってみた。部屋はがらんとしていて人の気配はない。以前に来た時は気づかなかったが、壁には一面にガイアの記事が張られてあった。藤宮はこれを見ながら何を考えていたのだろうか。 ここに居なければ、あそこか…と思い浮かべた我夢は、あの時のことも思い出して眉間にしわを寄せた。あれの意味もまだ解らない。藤宮の行動には謎が多すぎる。 かたり、と微かな音がして我夢ははっと振り返った。もしや藤宮かと思ったが、彼なら突然後ろに姿を現すことがあっても物音などたてる筈はない。それじゃあ、と思いついた我夢はそっと隠れた。 「梶尾さん」 「…なんだ気づいてたのか」 辺りを窺いながら部屋の中に入ってきた梶尾に、我夢はやっぱりと声を掛ける。自分を見張っていれば藤宮に接触する筈と踏んだのだろう。でも、もう藤宮の方から自分に接触してくることは無いかもしれない。 「ここには居ないようだな」 何もかも捨てて、これから何をしようというのか。藤宮はどこへ向かっているのか。考えに沈み込もうとする我夢を梶尾のナビが呼び戻した。怪獣が現れ、街へ向かっているという。稲森は藤宮がしようとしたことを代わりにするつもりなのか。 怪獣の近くまで来た我夢は、梶尾に戦闘に行ってくれと頼むと自分は操っているだろう稲森を探して走り出した。 「稲森博士!」 稲森を見つけ、我夢は駆け寄る。いくら言葉を費やしても、彼女はもう引き返そうとしなかった。藤宮にこれ以上無理をさせないために、代わりに自分が悪者になって守ろうと、稲森は怪獣を操り街を人をすら破壊しようとしている。 「何故…あなたがそこまでするんですか。……あなたは藤宮のことを…」 ぎゅっと拳を握りしめ問いただす我夢に、稲森は微笑みを浮かべて首を横に振った。 「…あなたが思っているような意味は無いわ…いえ、無いと思う。私はただ、彼がこれ以上傷つくのを見たくないだけ」 「博士…」 「あなただって、解るはず。同じ魂を持っているんだから…。だから邪魔をしないで」 稲森はそう言うと、走り去っていく。後を追おうとした我夢は、怪獣の吐く炎に捲かれ見失ってしまった。 「同じ…魂…?…僕と藤宮は…同じ…」 そうかもしれない。元は同じ…だからこそ、止めなきゃならない。止められるのは自分だけだ、と我夢は再び走り出した。 結局、怪獣は操ることなどできず、稲森は藤宮の腕の中で亡くなった。ガイアとなって見下ろしていても、藤宮の慟哭は胸を突き、痛みが走り抜けた。 その痛みは、人が死んだことに対する痛みなのか、それとも藤宮の心への共感なのだろうか。 「…あいつのせいで稲森博士は死んだんだ。それでもまだお前はあいつを説得しようというのか!」 梶尾の非難が峡谷に響わたる。その声を振り切るように我夢は歩き始めた。 |
ジオベースから来た車や沢山の報道の車が、怪獣が倒されるのを待ちかねたように道路を走り抜けていく。次に藤宮が訪れそうな場所を考えながらその方向とは反対に歩いていた我夢は、突然後ろからクラクションを鳴らされて立ち止まった。 「歩いて街まで行くつもりか」 「梶尾さん…でも…」 「いいから乗れ」 有無を言わせずドアを開ける梶尾に、我夢は感謝して乗り込んだ。 「お前も頑固だな」 「ええ、そうなんですよ、意外でした?」 「いや…そうだな、そういえば最初も素人のくせに、XIGに入るとか俺達相手に一歩も引かなかったしな」 ため息を付いて車を走らせ始めた梶尾の言葉に、我夢は小さく笑って応えた。そんな我夢を見て、梶尾は最初の出会いを思い出す。初めはなんて生意気な奴だと思ったものだ。頭でっかちでぼんぼんかと思ったら、畏れるでもなく敵に向かっていく。単なる向こう見ずなのかと思えば、深い考えでファイターの攻撃を指示したり、まったく正体が掴めない。 「…あいつは何者なんだ……青いウルトラマンと何の繋がりがある…」 正体が掴めないといえば、今追っている藤宮もそうだ。そういう点では似たもの同士ということか、と梶尾は妙に納得してしまった。 「……」 我夢は口をいったん開き掛けたが、何を話したらいいか判らなくて再び閉じた。アグルのことを話せば、ガイアのことも話さなければならなくなる。まだ自分がウルトラマンだと言うことを話す訳にはいかない。 「で、どこへ行く?当てがあるのか?」 「多分、何か行動を起こす筈です。稲森博士は、時間が無いと言っていました。…何かが起こった時、彼は必ず現れます」 確信を込めて言う我夢に、梶尾は目を見張った。何者にも踏み込めない、断ち切れない絆のようなものを二人の間に感じて僅かに胸の奥がちりちりと痛む。 「何が起きるって言うんだ。それまで待ってろってのか」 「それは僕にも……」 破滅招来体がすぐにでもやってくるのだろうか。それを見越して藤宮は行動しているのか?我夢は指を組むと、一点を見据えて考え込んだ。 唐突に車が止まり、我夢ははっと我に返った。運転席の梶尾を見ると、シートベルトを外してドアを開け外に出ようとしている。 ぼーっと見ていた我夢は、ドア越しに促されて自分も外に出た。 いつの間にか、山間から海岸に出てきていたらしく、人影のない静かな岩場に車を止めて梶尾は大きく伸びをした。 「あんまり根を詰めて考え込むな。そんな風に考えてもいい案は浮かばないもんだ。少しは気分転換してみろ」 くるりと振り返って笑う梶尾に、我夢も微かに笑みを浮かべて隣に歩み寄る。もうすぐ日が落ちるのか、大きくオレンジ色をした太陽が水平線の近くまで降りていた。 「……ありがとうございます」 「ん…」 風に吹かれて暮れゆく陽と海を見つめていた我夢は、小さく礼を言った。 「梶尾さん…友達とかたくさん居ますよね」 「え…何言い出すんだ、急に」 「僕にも…友達が居る。…こうして、心配してくれる仲間も居る」 梶尾は唐突に何を言い出すんだと、我夢を見つめた。だが、我夢はじっと海を見たまま話し続けた。 「でも…もう、藤宮には……」 誰も居ないのだ。多分唯一心の拠り所だっただろう稲森は死んでしまった。藤宮はこれからも一人で戦っていくのだろうか。全てを敵に回して。 「だからといって同情するな。その道を選んだのは奴自身だろう。へたな同情は返って相手を傷つける」 我夢は梶尾の言葉に驚いて顔を上げ、見つめた。 「梶尾さん」 「お前にはお前にしかできないことをしろ。説得するにしろ敵に回るにしろ、お前のすることは同情や哀れみをかけることじゃない」 梶尾の言葉は我夢の胸に響いた。 「はい…」 「それから、仲間が居ると認識しているなら、一人で悩んで抱え込むな…いくら頭が良くても、パンクしちまうぞ。俺でも役に立つんじゃないか」 にやりと笑って自分の頭を指さす梶尾に、我夢はにっこり笑って頷き正面に立つと、額を梶尾の肩にことりと伏せた。 「お…」 「すみません…少しだけ、貸して下さい」 藤宮は、何をしようとしているのか。何故自分にあんなことをしたのか。この心に燻るものは、同情なのか、それとも別のものなのか。 驚く梶尾に告げ、ぐるぐると回る考えをほんの少しだけ棚上げして、我夢はそのまま目を閉じる。暫く迷っていた梶尾は、躊躇いがちに手を我夢の肩に回すと、そっと包み込むように抱きしめた。 |