悲鳴は女の子のようで、炎はちょっとだけ躊躇い、ええいと声のした方へ向かった。道無き道を草を踏み分け行くと、小さな空き地に出る。そこには祠があって、一瞬炎は踵を返そうかと思った。
 「エン!」
 「マリア…」
 人影に声を掛けられてびくりとするが、それが真理亜だと判ってほっとする。だが、真理亜は眉を顰め顔を強張らせていた。
 「おやおや、ボーイフレンドとデートだったのか。そいつは残念…ぼーや、彼女とのデートはあきらめな」
 その場に居たのは真理亜だけではなく、柄の悪そうな男が二人馬鹿にしたようなにやにや笑いを浮かべて炎を見ている。相手がお化けではなく生身の人間…しかも遠慮の入らない…と判って炎はにやりと笑った。
 「マリア、ずいぶん趣味のいいデートの相手だな」
 「馬鹿言わないでよ、こんな奴ら相手にするくらいなら、幽霊の方がずーっとましだわ」
 「な、なにいっ!」
 ふん、と真理亜は炎の言葉を否定する。男たちは頭に来たようで、真理亜の腕を掴み上げた。思わず悲鳴を上げる真理亜の腕を取っている男を蹴りつけ、炎は素早く飛びかかってくる相手をかわして足を引っかけ転がした。
 「早く逃げろ!」
 真理亜を逃がすと炎は身構える。再び飛びかかってきた男たちを余裕でかわしていた炎だったが、次第に慣れない下駄や浴衣捌きと昼間に痛めた足のせいで動きが鈍くなり、木の根に足を取られて地面に転がってしまった。
 「へへっ、どーしたぼーや、さっきの勢いは」
 「く、くそっ」
 足がじんじんと痛む。下駄は脱げてしまったから動きはまだましになったが、その分痛みが倍増してきた。
 これは楽勝と男たちが炎に飛びかかる。だが、どこからか飛んできた石が二人の額に当たり、痛みに身を屈めて男たちは呻いた。


 「な…何だっ!」
 「おとなしくここから立ち去ればよし、さもなくば成敗する」
 低い声とともに木の陰から竹刀ではなく木の枝を斜めに構えた海が現れた。すっと立ったその姿は、まるで時代劇に出てくる桃太郎侍…じゃなくて…若侍のようで、暫くぽかんと炎や男たちまで見とれてしまう。
 「ふ、ふざけやがって」
 男たちは顔を真っ赤にして飛びかかっていく。ひらりとそれをかわし、海はびしばしとあっという間に男たちを叩きのめしてしまった。
 「…大丈夫か、エン……」
 「ああ…と後ろっ危ないっ!」
 よろよろと起きあがった男の一人が海に飛びかかろうとする。海に手を借りて起きあがった炎は、男の身体を払った勢いでちょっとした崖になっていた場所から転げ落ちてしまった。
 「エンっ!」
 男にとどめをさし(もちろん殺した訳ではない…)海は慌てて崖下へ降りていくと地面に転がっている炎の側に屈み抱き起こした。
 「怪我は?…どこか痛むか」
 「大丈夫…うわ~泥だらけになっちまった…」
 そんなに高さの無い崖だったおかげで怪我は無かったが、地面を転がり落ちたせいでせっかくの浴衣が泥だらけである。
 「わりぃ…汚しちまった…」
 「そんなことはいい…しかし、このままではみんなの前に出られんな…」
 ぱたぱたとはたいたくらいでは汚れは落ちそうもなかった。
 「仕方ない…」
 「わわっ、カイっ、何すんだよっ」
 ひょいと炎を横抱きにし、海は山を下りていった。じたばた暴れる炎をしっかり抱え、山を下り参道まで戻った海は、漸く下ろした。
 「家へ戻って着替えよう…」
 「俺だけでいいよ…カイは花火見てれば」
 海の手を解き、ひょこひょこと足を引きずりながら炎は歩き始めた。だが、その手をがしっと握り海は怖い表情で炎を見つめた。

★カイの家へ行く    ☆自分の家へ行く