「ダメだ。そんな足で、もし何かあったらどうする」
何かって何だ?と思いながらも炎は海の真剣に目に今度は手を振り払うことが出来なかった。海はそのまま手を引いて炎を促し歩き始める。暫くして海の家に着くと、風呂場に近いという勝手口の方に回された。
「それはかごの中に入れておけばいい…着替えを持ってくる。ああ、くじいた足はなるべくならあまりお湯を当てない方が良い」
「はいはい」
「返事は一度でいい」
「はーい」
まるで母親のようにあれこれ指示をしてやっと風呂場から出ていった海に、炎はやれやれとため息を付いた。海に言われたとおり、捻った足首にはお湯を当てないようにして、頭からシャワーを浴びる。ほんとに全身泥だらけでほこりが立つようだ。
さっぱりとして出て来た炎は、さっき着替えた自分の服を着ると風呂場から出た。家の中はしーんとして誰もいる様子がない。おまけに廊下の明かりは所々にしかついていなく、薄暗い。
「カイ〜、お先…風呂上がったぞ〜」
きょろきょろと部屋を覗いて廻っても人影はない。不気味〜と思いつつ、廊下を歩いていた炎は、いきなり後ろから肩を叩かれて飛び上がった。
「食事はどうする?…何だ?」
「ああ、びっくりした〜!脅かすなよ」
どきどきしながら振り向いた炎は、不思議そうに見ている海に怒った。炎の怒りの理由を理解した海は微かに笑むと着いてこいと言って歩いていく。海の薄い笑みにむっとしながらも、炎はここで置いて行かれたらたまらないと慌てて着いていった。
「先に怪我の手当をしておこう…」
薬箱から湿布薬を取り出し、海はベッドに腰掛けるよう言った。足を投げ出し、ベッドに座った炎は、手際よく湿布をし包帯を巻いていく海をぼんやりと見ていた。
「終わったぞ」
「あ、サンキュ……」
礼を言おうとした炎は、海がそのまま足首に口付けるのを見て硬直してしまった。
「か…カイ…?」
「エン…私は……」
立ち上がった海が炎の両脇に手を付くと、ぎしりとベッドが軋んだ。海の身体に押されるようにベッドに横になった炎は、目を見開いて目の前の真剣な表情を見つめた。
「…な、何だよ…カイ、変なもんでも喰ったのか?」
海のことだから屋台の物を食べたことなどないに違いない…が、まさかそんなことではないだろう。海は炎の茶化しを無視してどんどん顔を近づけた。
目の前が暗くなり、次に自分の唇に柔らかい感触を覚えて炎はぎょっとした。これはもしかして、キスだろうか…、何故海が自分にキスするのだ。
「…カイ…」
「こんな…私は、もっと冷静に自分を抑えられると思っていたのに……こんな風に、我慢できなくなるとは…」
顔を離し、苦しげな表情で言う海に炎は言葉が掛けられない。視線を一度外し、再び炎を見つめる海の目は熱く激しいものを秘めていた。
「…好きだ…エン」
いきなりの告白に炎は意識が付いていけなくてぼーっと海を見つめた。徐々に胸がどきどきしてすぐ側にある海の身体が意識の中に入ってくる。
「エン…」
再び囁き、口付けようとした海の後ろで扉がいきなり開いた。
「……兄さん…お金貸し……!?」
ぴしりと空気が凍る。入ってきた渚はもとより、炎も凍り付いたように身動きが出来ない中、海は怒りの表情でゆっくりと振り向いた。
「…ノックをしてから入れといつも言っているだろう」
「あ…ああ…ごめん…って、何してんのよーっ!私のエンにっ」
「誰が…私の…なのだ」
「エンに決まってんでしょっ、あああもうっ、嘘みたい〜何で兄さんが、ライバルなの〜っ」
びしばしと続く兄妹の戦いに、炎はただ早く家に帰りたいと心の中で祈り続けていた。