Whispering Wind -1-

 
 午前最後の授業が始まり5分も経たないうちに、リョーマは瞼が重くなっていくのを止められなかった。退屈な授業のうちでも輪を掛けてつまらない英語の授業。アメリカで暮らしていたリョーマにとって、今更初歩の英語の授業など聞いているのもかったるい。
 単調な単語の繰り返しに、うつらうつらしていたリョーマは教師に差されて立ち上がった。苦々しい視線など気にせず欠伸を一つして、黒板に示された答えを書いていく。教師は狼狽えリョーマに席に着くように言うと、それ以上指名して煩わせることは無かった。
「ったく、お前ってほんと傍若無人だよな」
 いくら帰国子女で英語が出来るからって、と堀尾が授業後いつものように喚き散らす。が、そんな文句は耳タコだったのでリョーマは気にせず昼食を採りに食堂へ向かった。
 食事を終えると図書当番のため、図書室へ向かう。普段なら屋上にでも行って昼寝をするのだが、当番の日はそれが出来ない。誰でも必ず何かの委員にならなければいけないなどという、くだらない規則が無ければ良かったのに、と思いつつ図書室へ入った。
 期末試験が終わった後のせいか、図書室に人影は無かった。夏休みが終わる間際には多分人で溢れるだろう室内は、冷房が効きすぎていてちょっと寒い。青学の施設は古くても立派なもので、こういう文化的な物にも惜しみなく金を使っているようだ。
 リョーマは小さく欠伸をするとカウンターに手を付いて目を閉じた。教師も生徒も居ない、静かな図書室にいつしか微かな寝息が満ちる。
 ふと、頭に感じる違和感にリョーマはぼんやり目を開いた。間近にある人の顔に、ぎょっとして身体を起こす。そんなリョーマに良く見知った顔がにっこり笑って手を挙げていた。
「やあ、今日は当番だったんだね」
「ども…」
 嬉しそうに微笑む不二に、リョーマはぺこりと頭を下げた。いつからそこに居たのだろう。頭に感じた違和感は、今挙げている手で撫でられていたからだろうか。
「何かお勧めの本はあるかな」
「…今週入った新刊なら、あの本棚です」
 カウンターに身を乗り出すようにして聞いてくる不二に、リョーマは僅かに身を引いて答えた。さして興味も無さそうにリョーマの言葉に頷いた不二は、カウンターから離れていった。
「越前、ヨダレ」
「えっ」
 慌てて口元を拳で擦る。そんなリョーマを喉の奥で笑うと不二は言った。
「う、そ。可愛い寝顔だったよ」
 リョーマの顔がカーッと熱くなる。睨み付けるリョーマを意にも介さず、不二は棚から何冊か本を取り出すと再びカウンターへ戻ってきた。
「じゃあ、これ借りていくね」
 何か言うともっとからかわれることを解っているリョーマは、機械的に貸し出しカードをチェックし、本を渡した。しかし、不二はカウンターから離れようとしない。
「もう用ないんじゃないっすか。さっさと行ってください」
「次の日曜、暇?」
 いきなり何を言い出すのかと、リョーマは目を見開いて不二を見た。不二はカウンターに肘を突き、いつものように読めない表情でリョーマの返事を待っている。
「な、何」
「デートしよう」
 更に大きく目を見張ってリョーマは絶句した。放課後に偶に一緒に帰ったり、その際寄り道したりはあるけれど、デートと言うようなきちんとしたものはしたことがない。
 それは二人とも中学生だし、同性だし、なんていう一般常識とは別にして単に考えもしなかっただけのことだったが。
「何で」
「したいから」
 にこにこと言う不二に、リョーマはどう返事をして良いか判らず黙り込んだ。不二に好きだと告白されて、身体を繋いで、最初は流されてるだけだと思っていたのに、実は自分も好きだったと気付いてから、リョーマはあまり不二に近付けなくなった。
 自分では意識していないつもりでも、不二の姿や顔を見たりすると、鼓動が早くなって身体が僅かだが緊張するのだ。
 好きだと自覚する前も同じ様な状態だったが、その方がまだマシだった。今はもっと拙い状況に陥りそうにもなる。流石にテニスをしている時は、吹っ切れるけれど。
「暇じゃないっす。もうすぐ都大会決勝なのに、自主練とかしないんすか」
「へえ、君がそんなに練習熱心で真面目だとは思わなかったなあ」
 びっくりしたように言う不二に、むっとしてリョーマは睨み付けた。不二の笑顔が真剣になってリョーマに吐息が掛かるくらい近付き、囁いた。
「会いたいんだよ。一日中君と居たい」
「…不二先輩」
 自分の顔が赤くなるのを感じてリョーマは顔を伏せた。そのことに凄く負けた気がして悔しくて、更に顔が朱に染まる。くすりと耳に届いた小さな笑い声に、リョーマは拳を握り締め顔を上げた。
「あれ、おチビ何真っ赤になってんの。あ、さては不二に変なこと言われたんだにゃ」
 言い返そうとしたリョーマは、驚いて扉の方を振り返った。滅多に図書室に来ない菊丸が、にやにやしながら二人を見詰めている。
「英二、戸口で止まるな。早く課題の資料を探さないと、昼休みが終わるぞ」
 菊丸の後ろから大石の声も聞こえる。カウンターにいるリョーマと不二を見て少し驚いたようだったが、大石は菊丸の背中を押して中に入ってきた。
「なんだ、不二も資料探しか? 6組の授業に必要だから探しに一緒に来てくれって言ってたけど、不二が居るなら俺が来る必要は無かったじゃないか」
 やれやれと大石は菊丸に言った。
「違うよ、大石。僕は資料を探しにここに来た訳じゃない」
 否定された大石は、目を僅かに見開いて不二を見た。じゃあ、単に本を借りに来たのかと納得しかけた大石は、ついで言われた不二の言葉に一瞬息を止めた。
「越前をデートに誘いに来たんだ」
「せっ、先輩っ」
「へぇー、らぶらぶじゃん」
「それがそうでもなくて。なかなか応じてくれないんだ。せっかく都大会前の気晴らしにデー…」
 デート、という単語をもう聞きたくなくて、リョーマは慌てて不二の口を押さえた。菊丸だけならまだしも、大石の目が点になっているし、他の生徒も入り口に姿を見せている。
「行く、行くから黙って」
 肩を荒く上下して息をするリョーマの、自分の口を覆っている手を取ると、強く握り締めて不二は満足そうににっこりと笑った。
「な、なんだ。気晴らしか。そうだな、大会前だし練習もいいがそういうメンタルな面も大事だ」
 大石はなんとか立ち直ると、不二の言葉はちょっとした冗談なんだなと納得し、菊丸を促して本棚の向こう側に歩き始めた。菊丸はちらりと振り返ってリョーマに向け、Vサインを送る。
 大きく溜息を付いたリョーマは、いつしか居なくなっていた不二を探して辺りを見回し、自分の手に握らされていたメモ用紙に目を落とした。
 そこには時間と場所が書いてある。いっそこれは見なかったことにとも考えたが、会いたいと想う気持ちは不二に負けず劣らず自分にもある。ただ、どうしていいか解らないだけだ。
 表面上は変わらずに装ってはいるけれど、心は不二に会う度右往左往上昇下降を繰り返す。そんな自分が嫌で嫌で、でも不二の顔が見られないのも、会えないのも嫌で自己矛盾に頭を抱えたくなる。
「って、進歩ないな、俺も…まだまだだね」
 不二はこの所かなり積極的にリョーマに接するようになってきた。それまでは、腫れ物にでも触るようにちょっと怯みがちで不二らしくない様子だったのに。
 それに比べて自分はまだこの状況に慣れないでいる。
「何がまだまだなんだ」
 不思議そうに訊ねる大石を無視して、リョーマは差し出された本を取り、カードを受け取る。大石は一瞬鼻白んだが、いつものことだと吐息を付いてリョーマから本を受け取った。
「おチビにも色々悩みがあるんっしょ」
「えっ、越前に?」
 素でその言葉に驚く大石に、菊丸は吹き出した。
「煩いっすよ、先輩たち」
 むっとした表情でリョーマは呟いた。まだ可笑しそうに腹を抱えて笑いを堪えている菊丸に、じろりと剣呑な視線を投げかける。
「あ、ああ、すまん。悩みか…」
「傲岸不遜、超マイペース、我が儘気ままな越前に、ほんのちょっぴりでも人並みな悩みもあるのかって大石は驚いたんだよね。うんうん、わかるよその気持ち」
「英二、俺はそこまで言ってない」
 慌てて菊丸を制する大石にもちらりと視線を向け、リョーマは大きく息を吐くと、カウンターから出て二人を扉まで押しだした。
「煩いっつーの。用が済んだらさっさと出てけって」
 扉を閉め、再び吐息を付く。扉の向こうで菊丸が、それが先輩に対する態度かと怒る声がしたが、無視してカウンターに戻った。
 メモ用紙を弄ぶうちに昼休み終了5分前の鐘が鳴り、リョーマはそれをポケットの中に突っ込むと図書室を後にした。

 土曜日の晩から寝付けないでいたリョーマは、目覚ましが鳴る大きな音で目を覚ました。目を擦り欠伸をしてダイニングへ降りていくと、菜々子が珍しそうにリョーマを見て声を掛けた。
「今日はお休みだから、もっと寝ているかと思った。試合は来週よね」
「…うん」
 頭を掻き、かったるそうにテーブルに付くリョーマの前に、手早く菜々子は朝食を用意する。未だ半分寝ているような感じでそれらを食べると、リョーマは支度をするために自分の部屋へ上がった。 制服のポケットからくしゃくしゃになったメモを取り出す。そこに書かれている待ち合わせ時間にはまだ余裕があったが、行きたい気持ちと行きたくない気持ちとのせめぎ合いに、のろのろ支度をしているうちに、刻々と時間が過ぎていく。
 漸く支度を終えて出かけようとした時、目の端にテニスバッグが映り、リョーマは暫く躊躇した後それを抱えて玄関を出た。
「お、リョーマ、出かけるのか? もしやあのかわいこちゃんとデート…なんてことはねえか。まったくお前は色気がないね。休みの日までテニステニスって」
 玄関先で鉢合わせをした南次郎にからかうように言われ、リョーマは僅かに頬に朱を散らす。テニスバッグに隠されてリョーマの表情に気付かなかった南次郎は、自分の言葉を即否定するとがりがりと頭を掻きながら家の中に入っていった。
 待ち合わせ場所の駅前広場に着くと、既に不二が本を読みながら待っていた。一瞬足が止まって廻れ右したくなるが、その前に不二に気付かれ手を振られて、リョーマは意を決して歩いていった。
「おはよう、越前」
「…はよっす」
 小さく頭を下げ、リョーマは不二を見上げた。いつもの制服やジャージではない私服の不二を見ることはあまりない。どこかのブランドだろうか、何気ない半袖シャツなのにぴっしり決まっていてパンツも涼しげな色合いの上等そうな物だった。
 一方リョーマは、普段学校外で練習する時に着ていくTシャツと短パンに、短め半袖ジャケットを羽織っていた。南次郎がデートでないと見なし、練習に行くのかと納得するほどに、普通の格好である。
 不二はデートだと言っていたが、自分のそのつもりはあまり無いんだと確認するために持ってきたテニスバッグが肩に食い込む。不二は黙ってリョーマの姿を眺めていたが、口元に手を当て笑みを浮かべると言った。
「やっぱり持ってきたんだ、越前らしいね。じゃあ行こうか」
 デートにラケット持参で来たことを詰られるかと思っていたリョーマは、拍子抜けして目を開いた。どこへ行くのか判らないまま不二に手を引かれ、歩いていたリョーマは暫くして繋いだままの手に気付き、離そうとした。
 途端にぎゅっと強く握り締められ、離せなくなる。ちらりと見上げた不二の横顔は、とても楽しそうで、リョーマはやれやれと肩を竦めた。他人の視線は少し気になるが、見ようによっては仲の良い兄弟に見えないこともないだろう。
 やがて見覚えのある場所にやってきて、リョーマはその建物を仰ぎ見た。隣にホテルがある全天候型のスポーツクラブ。以前不二と対戦した場所だった。
 唖然としているうちに不二はリョーマを連れて中に入っていく。慣れた手つきで会員証を見せると、さっさとロッカールームに入っていった。
「先輩、今日って、あの…」
 デートとやらではなかったのだろうかと、リョーマは思ったが口に出すのは憚られた。ラケットを持ってこいとは言ってなかったし、あの誘い方はどうみたってここへのものではないだろう。
「ん? もしかしたらラケット持ってこないかなって思ったけど、越前なら自分のラケットじゃなくても平気だろうしと思って」
 ロッカーの中から不二はラケットとタオルを取り出すと、リョーマを促してコートへ向かった。前回と同じように、試合の後隣のホテルでどうこうするのだろうかと、リョーマは眉を顰めながらも大人しく不二に着いていく。
 取り敢えず、普通にデートするよりはテニスをしていた方がずっと楽しい。相手が不二なら余計にわくわくする。
 コートへ続く扉を開いて中に入ったリョーマは、コートの一つで打ち合っている先客を見て目を瞠った。
「兄貴、何でここに」
 右眉の上の傷に切れ長の瞳。全体に穏やかな雰囲気の兄とは正反対な、堅く張り詰めた攻撃的な雰囲気を持つ裕太が、不審げな表情で不二を睨み付けていた。
「あれ、裕太もここに来てたんだ」
 聖ルドルフ戦で会った時、裕太が兄に対してかなりコンプレックスを持ち、敵対視しているのをリョーマは知った。子供じみた怒りをそのまま不二にぶつけるのは、肉親故の甘えも含まれていると、リョーマは見抜いている。今も肩を怒らせ睨んでいるのを見て、リョーマはやれやれと首を竦めた。
「姉貴に聞いて来たんだよ。今日は学校のコートが使えないから」
 兄貴が来るって知ってたら来なかった、とぶつぶつ文句を言う裕太に不二はにっこり笑いかけると、近づいていく。
「元気そうだね。どう、調子は」
「関東大会で絶対青学倒してやるからな」
 じろりと不二の後ろにいたリョーマを見て、裕太はラケットを突き付け言った。リョーマは目を閉じ、両肩を上げた。
「ま、頑張れば」
「っんだあっ、このっ」
 生意気な口調に切れた裕太がラケットを振り上げ近づこうとするのを、慌てて一緒にいた柳澤が止めた。
「こらこら、こんな所で暴れるんじゃないだーね」
「相変わらず負けず嫌いだね」
 楽しそうに裕太を見て笑う不二に、リョーマは僅かに眉を顰めた。胸の辺りが僅かに鈍く痛む。裕太への笑みは普段誰にでも見せる笑顔とはちょっと違うよう気がして、リョーマはじっと見詰めた。
「何? どうかした」
「…別に」
 踵を返し不二に背中を向け、リョーマは素振りをした。何となく今の自分の顔を見られたくない。きっと変な顔をしている。
「じゃあ、やろうか」
 不二は小首を傾げると、そう言ってサービスの体勢に入った。
 暫く無言でラリーが続く。最初はウォーミングアップ程度の打ち合いだったが、次第に熱が入ってきた。自分は練習するのと対して変わらない格好だから良いとして、不二の服では動きにくいだろうとネットの向こうを見ると、汗一つ掻いていない顔が目に映る。
「ムカツク」
「まだまだ、でしょ」
 その余裕を崩してやる、とリョーマはスライディングしてドライブBを叩き込んだ。ボールは短く跳ねて低い軌跡を描くが、二度目にコートに着きそうになったそれを不二はかろうじてラケットの先で捉えた。
「うわっと」
 ボールはリョーマのコートにではなく、隣のコートに飛んでいき裕太の顔にぶつかりそうになった。焦ってそれを手で受け止め、裕太は不二を睨み付けた。
「危ねえじゃないか。こんな奴の球くらいちゃんと受け止めろよな」
「ごめんごめん。でも裕太も、こっちばかり見てたら練習にならないんじゃない」
 謝りながら言う不二に、裕太は顔を真っ赤にして拳を握り締めた。
「ああっ、誰が見てるって!」
「やめるだね、裕太」
 ボールを不二に投げつけ、裕太は悔しそうにラケットを振り回す。呆れたように止める柳澤に構わず、裕太は不二に近づいていった。
「俺はお前らなんか見てねーよ」
「そう。見とれてるのかと思った」
「ばっ、馬鹿兄貴!」
 掴みかからんばかりの勢いで裕太は不二に顔を近付ける。そんな裕太に微笑みを浮かべ、不二は指先で裕太の鼻先を突いた。
「ねえ、どーでもいいけど、試合の邪魔、しないでくんない」
 胸が痛い。じりじりと焼け付くような感覚を覚え、リョーマは無意識にシャツを握り締めると、ラケットを裕太に翳して言った。
 この不快感は試合…既にデートという単語は頭から消えている…を邪魔した裕太に対して持ったものなのか、それとも笑顔で弟をからかう不二に対するものなのか。
「そうだよ、裕太。僕と越前のデート、邪魔しないでくれよな」
 デートという単語に、馬鹿にされたと思ったのか益々裕太に怒りの気配が満ちていく。一瞬どきりとしたリョーマは自分を見て微笑む不二に、目を眇めむっとした顔を見せた。
「馬鹿にしてんのか、コラ」
「あ、そうだ。せっかくだからダブルスしようか。滅多に出来ないし」
 不二の提案に、裕太は額に青筋を浮かべ拳を握り締めたが、ぷいと踵を返すと足音も荒く戻っていった。
「柳澤先輩、帰りましょう」
「まだ時間あるだーね」
「いいから。こんな所であいつらと居たらまともに練習なんか出来ません」
 嫌がる柳澤を引きずって裕太はコートから出ていく。それを唖然として見送ったリョーマは、何で怒ってるんだろ、というように不思議そうに見ている不二に溜息を付いた。
「俺、ダブルス苦手っすよ」
「うん、知ってる。だけど、ちょっと面白いかなと思ったんだ。裕太もダブルス不向きだから」
 苦手同士やらせてあたふたするのを楽しもうというのか。何だか、こういう人と付き合っていって良いものかと考えさせられる。
 考えると言えば、これはデートでは無かったのだろうか。
 リョーマは腕組みをして考え込んでしまった。
「続き、やろうか」
 そんなリョーマを見て苦笑を浮かべた不二はそう促し、ベースラインに下がった。今度はリョーマからのサーブである。
 しっかりこちらを見据える不二の眼は、真剣な光を宿している。リョーマはその瞳に闘志を燃え上がらせ、にやりと笑うとサーブを打ち込んだ。


 シャワーの熱い飛沫を浴びながら、リョーマは目を閉じてさっきの試合内容を思い返した。結局不二のカウンターテニスにしてやられ、負けてしまったのがかなり悔しい。涼しい顔で繰り出される技に、翻弄されてしまった。
 まだ不二の強さは計り知れない。多分全ての力を出していないのだろう。それがもっと悔しい。悔しさを紛らわす為に、タオルで頭をごしごし拭きながらバスルームから出たリョーマは、腕を引っ張られてよろけた。
「…っ」
「良い香り。甘そうだ」
 不二の胸の中で藻掻いていたリョーマは、顎を捕らえられ口付けられた。頭からタオルを取り、不二はそのままリョーマを膝の上に抱え上げる。
 漸く不二の口付けから逃れたリョーマは、上目遣いに睨み付けた。
「お腹空いてるんだけど」
「後でルームサービス取ってあげるよ」
 スポーツクラブのシャワーを使わず、隣のホテルに引っ張り込まれて仕方なくここのシャワーを浴びたのだが、やるとは思っていたけどいきなり来るとは思わなかった。
「こっちがほんとの目的?」
「どっちも」
 音を立てて首筋にキスをする不二に、リョーマは首を竦めた。項から肩へ不二は唇を這わせ、時折止まって強く吸い上げる。
 背中から回された手はまだ湿っている髪を弄び、もう一方の手はゆっくりと胸を撫でていく。さっきまでの試合の余韻がまだ残っており、動悸は激しく高鳴り身体は熱で火照ってきた。
「久しぶりだから? どきどきしてる」
 確かめるようにリョーマの顔を覗き込み訊ねると、不二はその胸に耳を押し当てた。不二の膝に横向きに座っていたリョーマは、不自然な体勢に思わず不二の首に片手を回して身体を支えた。仰け反るように上を向いたリョーマの喉元を、水滴を掬うように不二の舌が這っていく。
「試合…の、後だから」
「…テニスの方が楽しいのは仕方ないけど、今この状況でそれ言うかなあ」
 不二の舌や唇が辿る場所からじんじんとした刺激が身体を走っていくのを堪え、リョーマは低く呟いた。それを聞いた不二は、苦笑を浮かべ顔を上げてリョーマを見詰めた。
 潤んできた目に、不二の真摯な表情が映る。リョーマは目を閉じ、不二の唇が降りてくるのを待ち受けた。
 不二はそっとリョーマに口付け、何度か軽く繰り返すと、次いで深く貪るように唇を合わせた。侵入してきた不二の舌が縦横にリョーマの口腔を犯し、舌を捉えると吸い上げる。
 息を付き、吸い込むとうっすらと汗の匂いが鼻をくすぐった。そういえば不二はまだシャワーも浴びず、服を着たままである。それに気付いた途端、リョーマは自分だけ裸に近い格好で、良いように翻弄されていることが恥ずかしくなった。
「服、脱いでよ」
「おや、随分積極的だね。嬉しいな」
「ちがっ」
 不二の言葉を否定しようと顔を上げたリョーマは、再び口付けられるとベッドに横たえられた。
 不二に突き上げられ、自身を愛撫されてリョーマの意識は白濁してくる。試合をしている時より熱いかと不二は訊いたが、そんなものと比べようがないじゃないかとリョーマはぼんやり思いながら、自身に与えられる快楽に流されていった。

             テニプリトップ 次へ