Summer days -1-
 

 じりじりと陽炎が立つほど暑い校庭を、リョーマは部室へ向けて歩いていた。漸く梅雨が明け思う存分テニスが出来ると思ったら、期末試験だの球技大会だので部活は潰され、こんなに暑い季節になってしまった。
「あっちぃ〜。もうダメ、茹だる」
「堀尾くん、これからもっと暑くなるんだよ。今からめげててどうするの」
「だって、暑いもんは暑いっての。こんな暑い中練習なんてしたら死ぬかも」
 隣で暑い暑いと連呼され、リョーマは僅かに眉を顰めた。クールな顔をしていても、やっぱりリョーマだって暑いのである。ただでさえ、堀尾は暑苦しいのに。
「先行くよ」
 だらだらと歩いている堀尾達を追い越し、リョーマはさっさと部室へ向かった。室内はむっとしていたが、日差しが無い分いくらか涼しい。
「あ、来た来た」
 リョーマは、にっこり笑顔の不二に出迎えられ、一気に体温が下がってしまった。冷房いらないな、などと思いつつ挨拶をする。
「なんすか」
「夏の合宿の話」
 リョーマはバッグを開ける手を止め、目を瞠って不二を見詰めた。中間テストの前に合宿をした時の事が蘇る。
「あそこでまた?」
「うーん、越前くんがどうしてもって言うなら別荘でやるよ」
 嬉しそうに笑みを浮かべて言う不二に、リョーマはいいかも、と思った。ハプニング続きだったけれど、結構面白かったし。
「それじゃ、僕と越前くんは二人だけで合宿ってことでいいよ、ね」
「ね、じゃないだろ、不二。勝手に決めるな」
 呆れたように首を振りつつ、奥にいた大石が近づいてきた。不二に気を取られて気付かなかったが、部室にはいつの間にか大石以外にも何人かレギュラーがいる。
「独り占めはずるいにゃー。みんなで楽しむんだから」
「楽しむってどういう意味っすか。危ねえな、危ねえよ」
「うるせー、馬鹿。変な意味に取るんじゃねえ」
 菊丸の言葉に反応して騒ぐ桃城に、海堂が突っかかる。直ぐにも応戦体勢を取った桃城と海堂は睨み合った。
「というわけで、部として合宿するんだ。一年、二年も参加できる。レギュラーは必ずだけど、他は出来ればってことで」
 やれやれと汗を浮かべつつ、大石は説明した。
「マジっすか? 俺たちも参加できるんだ」
「うわあ、僕合宿なんて初めて」
「リョーマくんは一度してるよね。どうだった? 楽しかった?」
「……まあね」
 リョーマの後から部室に入ってきた堀尾たちは、大石の言葉を聞いて大騒ぎで喜んだ。カツオに訊ねられたリョーマは、一瞬不二を見たが視線を逸らすと着替え始めた。
「後で合宿の申し込みプリントを渡すから」
 そう言うと、大石達は出ていった。部室に残った一年は合宿の話で持ちきりである。この前は少人数だったからまだしも、大人数での団体行動は苦手なリョーマは、小さく溜息を付き着替え終えると部室を後にした。
 部活が終わった後、乾が合宿の説明をしながらプリントを配った。一枚目には夏休みに入って直ぐ、二泊三日の行程が書いてあり、二枚目は保護者の印鑑が必要な申込用紙だった。
 今度の合宿先は長野のコテージを何棟か借り、近くのテニスコートを練習に使うというものだった。食事当番や後片付け当番は一年生が担当らしい。ほとんどキャンプのノリだな、とリョーマは思いつつ鞄の中にそれを無造作に突っ込んだ。

 集合時間ぎりぎりにリョーマは欠伸をしながら駅前広場にやってきた。集まったメンバーを見てみれば、レギュラー以外の二年生と堀尾達以外の一年生の姿が見えない。不思議に思ってリョーマは側にいたカチローに訊ねた。
「なんか少なくない」
「先に行ったんだよ。人数多いから分かれてって、プリント見なかった?」
 首を振るリョーマに呆れたようにカチローは笑った。それにしても、どういう分け方をしたんだか、とリョーマは一行を見渡した。
 堀尾達は初めての合宿ということではしゃぎたいのだが、レギュラーの中に取り残されてどうしようという感じだし、桃城と海堂は既にやりあったのか背中を向けている。当たり障りのない大人しい方を竜崎は選んで引率していったんだなとリョーマは納得した。
「じゃあそろそろ第二陣行くぞ。遅れるなよ、一年」
 大石の言葉に大きな声で返事をして堀尾達は付いていく。リョーマは面倒そうに一番後ろを歩き始めた。
「おやおや、まるでカルガモの親子だな」
 馬鹿にしたような口調に、リョーマは振り返って見た。駅前ロータリーの柵に半分腰掛け、にやにやと笑みを浮かべた男が青学一同を見ている。
「氷帝の跡部……」
「カルガモだとおっ。馬鹿にしてんのか」
 腕まくりをして突っかかろうとした桃城を、大石は慌てて止め跡部に向き直った。
「何か用か?」
「いや、ちょこちょこ連れだって歩いてんのが見えたからよ。何だ、合宿か」
 跡部は大石をちらりと見た後、再びリョーマに視線を移し見下ろした。リョーマは不敵な目で跡部を見返し口端を上げる。
「猿山よりはカルガモの方がいいんじゃない」
「え、越前。こんな所でいざこざはごめんだぞ」
 挑発するように言うリョーマに、心配性の大石が焦って口を挟む。跡部は鼻先で嗤うと、立ち上がった。思わず桃城が援護しようと一歩踏み出したが、ついで言われた言葉に膝がくじけそうになった。
「ああ、可愛いよな、カルガモは。特に一番後ろを歩いてる奴」
「……ふーん…。俺、猫の方が可愛いし好きだけど」
「俺も好きだぜ。生意気で爪を尖らせた子猫ちゃんは」
 なんて会話だよ、と常識人の一年生トリオと大石は硬直して二人を見ていた。唖然として見ていた桃城は、会話の不穏当な空気に再び止めようと動こうとしたが、目の前に現れた人影に阻止されてしまった。
「越前くん、いつまでも馬鹿の相手してると、馬鹿が移るよ。時間も押してるし、そろそろ行こう」
 ぴくりと跡部の眉が上がる。リョーマを跡部の目から隠すように立ちふさがった不二は、口元に笑みを浮かべていたが、目は凍り付くように冷ややかだった。
「えらい、言われようやな」
「まあ、当たってなくもないし」
「んでも、跡部相手に一歩も引かないなんて、流石天才不二周助」
「それは関係ないんじゃ」
 何時の間に居たのか、氷帝のレギュラー陣が跡部の後ろで呆れながら様子を見ていた。跡部は味方からのフォローが無いことも気にせず、目を眇めて不二を見た。
「親猫登場、いや、ライオンか」
「豹の方が好みだな」
 ばちばちと見えない火花が二人の間に飛び散っている。一般人から見れば、見目麗しい男の子が見つめ合っているという状況に、何人か興味深げに覗き込んでくるが、冷ややかな空気を感じ取ってそそくさと歩き去っていくのだった。
「大石副部長、何とかしてください」
「リョーマくんも止めなよ」
 呆然としていた大石に、カチローが泣きつき、カツオもリョーマの服を引っ張り言った。
「いいじゃんやらしときなよ、思い切り。んで、先に俺たちは行ってるってことで」
 リョーマに後ろから抱きついて、菊丸はずるずると引っ張り始めた。
「漁夫の利、か。だが、不二が許すかな」
 眼鏡をきらりと光らせて乾が呟くと同時に、不二は振り返り菊丸を見据えた。
「英二、越前くんが苦しがってるよ」
「そんなことないにゃ。ね、越前」
「……痛いっす」
 ごりごりと頭を撫でられ、リョーマは眉を顰めた。ええー、と菊丸は口元に両手を持っていき目をうるうるさせる。
「ああもう、時間がない。行くぞ、越前、不二」
 切れたように怒鳴り、大石はリョーマの腕を取った。取り敢えず、リョーマを連れて行けば自動的にその他も付いてくるという、大石ならではの観察力である。
「そんなに急いでるんなら、一人限定で俺たちのゴージャスなバスに乗せてってやってもいいんだぜ」
 大げさに手を振り、後方を指し示す跡部に、青学一同は目が点になった。確かに大型リムジンバスが停まっている。中には見覚えのある鋭い視線の氷帝顧問の姿が見えた。
「俺たちも合宿なんだ。こいつがなかなか乗らないんで、出発できやしない」
 溜息を付き宍戸が両手を上げる。そうそう、と言うように周りにいた他の氷帝レギュラーも頷いた。
「ねえ、さっさと行った方がいいんじゃない」
 リョーマは吐息を付いてそう言うと、帽子を被り直して歩き始める。慌てて菊丸が後に続き、不二も跡部を一瞥すると踵を返した。
「また、会おうぜ、子猫ちゃん」
「さむっ…」
「言うたらあかん」
 岳人が両腕で自分の身体を抱えるようにして言うと、忍足が汗を浮かべながら首を振り、バスへと戻っていった。
「氷帝も合宿って、どこでやるんだろ」
「さあな、あそこ金持ち学校だから軽井沢とかじゃないのか」
「だよね……まさか」
 カツオが続きの言葉を言おうとする前に、カチローと堀尾はその口を手で押さえた。不二の冷たい視線が三人を見据えている。だらだらと汗を流す三人に、直ぐに笑みを浮かべ不二は言った。
「早くしないと乗り遅れるよ」
「は、はいっ」
 ばたばたと三人は電車に乗り込む。その後からリョーマも吐息を付きつつ、乗り込んだ。
「ダメだよ、これ以上波風立てちゃ」
「そうだよなー、まさか同じ場所で合宿なんてことになったらって言うだけで、怖い…っ」
 せっかくカツオの言葉を止めたのに、ほっとした堀尾がついぺらぺらと喋ってしまう。青ざめた顔で自分たちの後ろを見るカチローに、堀尾は恐る恐る振り返ってみた。
「車内は静かに」
 にっこり笑顔の不二に、堀尾はそのまま固まってしまった。
 車内はそこそこ混んでおり、一同は座らずに通路に立つ。乾の提案で足の筋肉を鍛えるため、つり革にも掴まらないこと、というお達しがあった。
「今はいいけど、郊外に出ると結構揺れるよ」
 乾が言った途端、急なカーブに大きく傾いだ車内で、カチロー達はバランスを崩し近くの手摺りに掴まった。流石にレギュラー陣は少し揺らいだだけで、しっかり足を床に着けたままである。
「こんなのちょろいちょろい。なんなら片足でも平気だよん。な?おチビ」
 部員の中でもアクロバティック得意の菊丸は、荷物を大石に渡すと、片足を上げた。上手くバランスを取りながら、リョーマに挑発するように同意を求める。
 売られた喧嘩…では無いが、勝負には逃げる訳にはいかないと、リョーマもバッグを床に置くと、片足で立った。
「おいおい、危ないぞ二人とも。やめろ」
 慌てて大石が止める間もなく、電車は今までになく大きく揺れ、リョーマはバランスを取れずに足を着こうとした。が、更に横に揺れ後ろに倒れそうになった。
 誰かの身体にぶつかり、そのまま腕で抱き留められる。見上げると、そこには不二の澄ました顔があった。
「危ないよ、越前くん」
「……ども」
 一応謝って体勢を立て直そうとしたリョーマは、しっかり自分の身体に回された腕に阻まれ、離れられなかった。
「あの…もう大丈夫っス」
「いいからいいから」
 ぎゅっと抱き締める不二に、リョーマは困惑してちらちらと辺りを見回した。
「あー、ズルイ! そーいうの、俺の特権なのに」
「何言ってんすか、英二先輩。いっつも抱きついてんだからたまには俺が」
 菊丸と桃城が、不二に詰め寄り喚き始めた。車内の迷惑になると、河村はおろおろと両手を上げたり下ろしたりし、海堂は目つきを鋭くさせて睨んでいる。
「不二、それじゃ訓練にはならないぞ」
 一人のんびりとした声で言う乾に、そういう問題じゃないだろ、と突っ込もうとした一同は、次の瞬間息を飲んだ。
「これなら、訓練になるよ」
 不二はリョーマを横抱きに抱え上げたのだ。静けさが車内に満ち、ただ電車の走る音だけが単調に繰り返された。
「……ふしゅー…」
「ふっ、不二っ」
「成る程、腕の筋力増強にはなるな」
「でもあれじゃ、越前の足の筋肉付かないんじゃない」
「タカさんも、落ち着いてる場合かよ」
 あまりのことに河村の精神がぶっ飛んだのか、冷静に乾に反論する。乾はそれもそうだな、と頷いた。桃城の言葉に、河村は頭を掻いた。
「い、いい加減にしろっ! 不二、今すぐ越前を降ろせ」
「あ、大石副部長が切れた」
 さっさと遠くに避難していた一年トリオは、額に青筋を浮かべて怒鳴る大石を見て首を竦めた。普段穏やかな人が切れると、結構怖い。
「やだなあ、大石。ほんのお茶目じゃないか」
 不二は天使のように微笑むと、リョーマを降ろした。リョーマはやれやれと息を付き、安全な位置まで素早く移動した。
「お茶目ってなあ」
「大石、怒りは解るがもうちょっと押さえてくれ。人目があるし」
「それなら大丈夫じゃない。こん中、もう俺たちしかいないよ」
 再び怒鳴ろうとした大石に河村が言うと、菊丸が続けて周りを見回し言った。不二がリョーマを抱き留めたあたりから何か予感を覚えたのか、一般の乗客達はそそくさと降り、または車両を移ってしまい、この中には青学テニス部員以外居なかった。
「頼むから、問題を起こさないでくれ」
「何か問題あった?」
 軽く小首を傾げる不二に、大石はがっくりと肩を落とした。それを菊丸がよしよしと慰める。
「目的地まで後どれくらいかかるんだ」
「一時間くらいかな」
「あはは…はぁ…」
 堀尾がげっそりして呟くと、カチローとカツオも笑いながら溜息を付き、早く合宿場所に着かないかと天を見上げた。
 電車を降り、バスに乗り換えて更に時間を掛け、漸く目的地の看板が見えてくると、大石はほっと胸を撫で下ろした。バスの席順でまたひと悶着はあったものの、不二があっさりリョーマの隣を桃城に譲ったので他のみんなも拍子抜けして騒ぎにはならなかったのだ。
 バスから降りた一行は、コテージやロッジが並ぶ広場へと足を向けた。一際大きな建物は共同ロッジで管理室もここにある。その前に竜崎が立ってみんなを出迎えた。
「みんなちゃんと来れたね。何か問題なかったかい」
「別に……ありません」
 力無く答える大石に訝しげに眉を上げた竜崎だったが、後ろで笑みを深くしている不二と横を向いているリョーマを見て、深く詮索するのは止めておこうと考えた。
「それじゃ部屋割り通りコテージに荷物を降ろして、十分たったら向こうのコートに集合だよ」
 はい、と返事をして一同は解散した。リョーマは一年生トリオと一緒のコテージである。途中の道で三年レギュラー達と分かれる時、不二はリョーマの側に近寄り囁いた。
「越前くんと別の棟なんて寂しいね。夜這いに行っちゃおうかな」
「……夜這いって、何すか。あっ、やっぱいい、説明しなくて」
 不二の笑みが深くなるのを見て、リョーマは慌てて言うと足を速める。一緒にいたカチロー達は、不二が夜這いに来るくらいなら、リョーマを謹んでそっちの棟に進呈したいと考えていた。
「あー、俺も俺も、夜這いに行く!」
「罠、仕掛けるよ」
 軽く言う不二に、菊丸は上げた手をそのままに硬直した。不二なら本当にやりそうで怖い、と聞いていた全員が思ったのは言うまでもない。
「リョーマくん、向こうのコテージに行った方がいいんじゃない」
「何で」
「レギュラーは一緒の方がチームワーク良くなる、とか」
 カツオの提案に憮然として訊ねたリョーマは、ついで言われたカチローの言い訳に眉を顰めた。言ったカチローも、リョーマにチームワークうんぬんなんてあまりに嘘っぽいかなと汗を浮かべる。
「行かない」
 そっけなく言い放ち、リョーマは指定番号のコテージに入っていった。他の一年生は八人泊まれるコテージなようだが、ここは四人部屋らしい。一階に小さなキッチンとダイニング、シャワー室があり、奥にベッドが二つ並んでいる。その上にロフトがあり、そこにもう二つベッドがあるようだ。
「風呂は無いんだな」
「確か共同浴場が一番大きなロッジにあるんだよ。食堂もあったよ」
 一度来たことがあるというカチローが説明した。自炊が主だが、外食できる設備も整っている。川や森など自然が一杯で環境も良い、都内から割合近い施設だから人気があった。
 荷物を置き、リョーマたちは自分の寝る場所を決めると着替えてコートに向かった。既に先に来ていた二年生、一年生たちが練習を始めている。
 リョーマたちの姿を見ると、竜崎は集合を掛けこれからのスケジュールを伝えた。
「まあ、練習ばかりじゃないがな。羽目を外さない程度に楽しんでおくれ」
 にやりと笑う竜崎の横で、大石が練習再開を告げる。夕食の時間まで、乾が組んだ練習スケジュールがみっちり詰まっていた。
「コート三面しか使わないん? あっちも空いてるじゃん」
 高い金網で仕切られた三面コートは、隣にももう一組あってそこは簡易な観客席もある。どうせなら向こうの方がいいのにと、菊丸は口を尖らせた。
「残念だけど、向こうは別の予約が入ってる」
「なんだー、そんじゃ仕方ないね」
 がっかりしたように言う菊丸に吊られ、リョーマは隣のコートを見た。途端に、僅かに目を見開いて観客席を見詰める。
「どした、おチビ」
「あれは……」
 リョーマの様子に気付いた菊丸が声を掛けると同時に、不二の口から低い呟きが漏れた。観客席にはいつの間にか何人もの人影が立っていた。
「よお、感動の再会だな」
 手を挙げる氷帝の部長に、リョーマは何だか以前にもこんなことがなかったっけ、と首を傾げた。
「なんだなんだ、また突然現れやがって。てめーらそんな風にしかできないのかよ」
 憤然と桃城がリョーマの脇から飛び出して、金網越しに怒鳴る。その様子を見て、リョーマは思い出した。
「ああ、ストリートテニスであったんだっけ」
「ストリートテニス?」
「桃先輩がデートしてた時に、こんな感じであった」
「デート!? 桃がっ、誰と」
 驚いたように訊ねる菊丸に、桃城は慌てて違うと弁解する。暫く見ていたリョーマだったが、ま、いいかと練習に戻ろうとした。
「おいおい、もっと感動したらどうだ」
「何に感動せいっちゅうんやろな」
「青学の合宿場所を下調べして、監督にお願いして、隣のコート借りて、ここに連れてこられた俺たちに感動、だろ」
 あほくさ、と吐息を付き、自嘲する宍戸に鳳も苦笑して頷いた。他の氷帝メンバーも樺地と跡部以外は大きく頷いている。
「合宿といえば、キャンプファイヤー、花火、語らい、そして……一夏の経験。なあ樺地」
「うす……」
 ドリーム入ってる風な跡部の語らいに、呆気に取られて見ていた青学テニス部一同は、ひそひそと話し始めた。
「たっぷり経験させてあげてもいいよ。……敗北という名の経験をね」
 一瞬真顔になった不二が金網越しに跡部を見据え言った。跡部は鼻先で嗤い、不二を睨み付ける。
「それは楽しみだ。やってみせろよ」
「挑発に乗るな、不二」
 大石が慌てて止める。
「そっちの子猫ちゃんには、特別にめくるめく熱い経験をさせてやるぜ」
 跡部の言葉に、止めようとした大石も拳を握り締め睨んだ。他のレギュラーたちもきつい目で睨む。海堂など、視線で人が殺せそうな感じである。
「へえ。じゃあ、する?」
「越前!」
「おチビっ」
 不敵に笑みを浮かべ、リョーマは跡部にラケットを突き付けた。
「大胆だねえ」
「いや、あれは解ってないな」
「解りたくもないよ」
「お前らの部長だろ、止めろよ誰か」
 ぼそぼそと跡部の後ろで話している氷帝レギュラーに、切れて桃城が怒鳴りつける。だが、彼らは顔を見合わせて肩を竦めた。
「止められるもんならこんなとこまで来てへんわ」
「そうそう」
 見つめ合う…もとい、睨み合う跡部とリョーマの視線を遮るように不二は前に立ち、にっこり笑って言った。
「大石、竜崎先生に言って練習試合させて貰おうよ。どうやら決着をつけなきゃならないようだし」
「そうだな」
 大きく溜息を付くと、大石は竜崎の元へ向かった。

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