Silent Step -2-

 


 翌日は朝からどんよりと雲が低く垂れ込め、今にも雨が降りそうな天気となった。一応朝練があるつもりで家を出た不二は、途中から雨に降られ校門を潜った時には少しばかり濡れてしまった。
 昇降口に駆け込んで入り口を振り返ってみると、既にしゃれにならないほどの降りである。これは練習は出来ないなと溜息を付いた不二は、仕方なく校舎の中に入ろうとした。
 その目端に黒い傘を捉え、不二は動きを止めた。傘が少し上向き、隠れていた姿が露わになる。その堅い無表情は見慣れた物。
「お早う、いい天気だね」
 皮肉っぽく言う不二に何の反応も返さず、手塚は昇降口に入ると傘を畳み、上履きに履き替えた。そのまま教室に向かうのかと思っていた不二は、隣で立ち止まり身体ごと向き直った手塚に訝しげな視線を向けた。
「丁度良い、今なら話が聞けるな」
 手塚の言葉に、不二は納得して頷いた。この雨で朝練が無くなったため、時間はたっぷりある。朝が早いから生徒達の姿も疎らで、人に聞かれたくない話をするには絶好だ。
 不二は手塚と共に屋上へ上がる階段の、一番上の踊り場に向かった。多少の話し声は雨の音で下には聞こえないだろう。
「で、何だ」
「…君は越前が好きなのか」
 手塚に遠回しな詮索は無用だろうと、不二は直球を投げかけた。手塚は僅かに眉を上げ、暫く不二を黙って見詰めた。
「好き…だと言ったら」
「手塚!」
 手塚の言葉に、不二は目を瞠り、詰め寄った。
「勘違いするな。俺は、お前と同じ様な意味で越前を見てはいない」
 不二を牽制するように、手塚は静かに言う。
「じゃあ、どういうつもりなんだ」
「ライバルで、自分の後を継げる力を持った男、だ。あれだけの腕と力、テニスの輝きは充分人を惹き付ける」
 不二は拳を握り締め、顔を背けた。
「越前は、それと同じで君に惹かれている」
「自信がないのか」
 ハッと不二は目を見開き、手塚に視線を戻した。顔を僅かに綻ばせ、手塚は眼鏡を押し上げると不二の肩に手を掛けた。
「お前も、輝く腕を持っている。誇って良いと思うが」
「自信…か」
 テニスのことなら確かに自信はある。けれど、リョーマに関しての自信はあったつもりなのに、土台がぬかるんで嵌っていくようだ。
「負ければそれすら崩れるぞ。体調を万全に整えていつでも上を行くことだ」
「それは君もだろ。左肘、完治してるってことだけど、庇ってる癖が直らないと右腕もおかしくなるよ」
「ああ、承知している」
 手塚は真顔に戻ると、不二から手を離し、階下に降りていった。不二は暫くその場で俯き、考え込んでいたが、やがて大きく溜息を付くと階段を下り始めた。
 雨のために部活は中止となった。勿論三年と一年では部活の他に会えることは滅多にない。図書室へ行ってみようかと、窓の外を見ていた不二は後ろから菊丸に声を掛けられ振り返った。
「雨が続くと辛いにゃ」
「練習が出来ないからね」
 それだけじゃないだろ、という目で見てくる菊丸から不二は視線を外す。お喋りな菊丸が黙って自分を見続けているのに根負けし、不二は顔を戻して薄く笑った。
「図書室へ行ってみるよ」
「うんうん、テニスプレイのタイプと違って、来たのを打ち返して点を取るだけじゃ駄目だよん。攻めも必要。最近不二ってば諦めよすぎ」
 指を立て、したり顔で言う菊丸に苦笑すると、不二は教室から出た。
 残念ながら図書室にリョーマの姿は見えず、仕方なく不二は置き傘を持って学校から出る。このまま家に帰って再びメビウスの輪のような考えに陥るよりは、せめてリョーマの顔くらい見たいと、不二は家に戻る道とは反対方向へ足を向けた。
 賑やかな商店街を抜ける途中、ふと目を向けたガラス窓の向こう側に、探していた顔を見つけて不二は立ち止まった。
 顔を尊大に上げ何か言っているリョーマの前には、さっき分かれた菊丸が座っている。再び何か言ったリョーマの隣に席を移し、菊丸は覆い被さるように抱き締めた。
 傘の柄を握る不二の指が白くなるほど力が込められた。菊丸は直ぐに離れ、リョーマも怒っているそぶりは無かったから、何かしたわけでは無いのだろうが、動揺に胃の辺りが冷たくなる。
 何故菊丸がリョーマと話しているのか、どうしてあそこに居るのは自分では無いのだろうか。
「あっ、すみません」
 よそ見をしていて不二にぶつかった女性は、何突っ立ってるんだ、というように見たが、傘の中の表情を見ると慌てて謝り歩いていった。不二は傘で視界を隠し、ゆっくり歩き始める。暫くして店の方を振り向くと、丁度リョーマが傘を広げている所だった。
 気付かれぬように踵を返し、早足で逃げるようにその場を立ち去る。家に帰り着いた不二は、洗面所で顔を洗い、走ったためにかいた汗を流した。
 顔を上げると情けない自分の姿が鏡に映る。拳で鏡に映る自分を打ち、不二は宙を見据えた。
 腹が立つのは菊丸にではない。怯えている自分自身に猛烈に腹が立った。あまりの怒りに、笑いさえ込み上げてくる。
「攻め、あるのみ、か」
 決心が付いた。リョーマが自分を避けていようと、こちらから向かっていけば良い。体裁や面子なんて構っていられない。リョーマが欲しい。
 不二は顔を拭くと、リョーマの本心を引き出すための手段を検討し始めた。

 次の日も朝から雨だった。不二は僅かに赤い目を隠して朝食の席に着き、普段と同じように食事を採った。そんな不二の前で、由美子は上目遣いに見ながら紅茶をゆっくりと啜っている。
「姉さん、ちょっと頼みがあるんだけど」
「…何かしら」
 いきなり言われ、由美子は驚きながらも微笑んで応えた。この良く出来た弟は、二番目の弟と違って自分や両親に面倒を掛けた事がない。頼み事も滅多にしないのは、裕太にかまけているのが判っているからだろうか。
「知り合いのスポーツクラブあったよね。そこ紹介無しだと使えないかな」
 由美子は友人関係も幅広く、その内の一人に都内でスポーツクラブを経営している人間が居る。そのことを言っているのだろう。
「居るわよ。紹介くらいいつでも大丈夫、何、クラブ活動だけじゃ物足りないの」
「この時期だけでいいんだ。雨だと学校のコートは使えないから。良かったら今日から借りられるように出来る?」
 目を瞠る由美子に、不二は両手を合わせ頼み込んだ。
「分かった。電話しておくから。可愛い弟の頼みならきいてあげる。あ、格安でって言っておくわ」
 にっこり笑ってバッグの中から名刺入れを取りだし、不二に渡すと由美子はダイニングから出ていった。不二はそれを大事そうに鞄に仕舞い、自分も席を立つ。
 このスポーツクラブには屋内テニスコートがあり、前から目を付けていたものの、クラブ活動だけで充分やっていけたので必要ないと思っていたのだが、今回役に立ちそうだ。
 つまらない授業が終わり、放課後になると直ぐに教室から出た。何度か菊丸の問いたげな視線に気付いていたが、敢えて無視する。校門の側でとりどりの傘を見ながら立っていた不二は、目当ての人間が出てきたのに気付くと、一度深呼吸してから近付いていった。
「やあ」
「…不二先輩」
 びっくりして大きな目を更に大きく見開いているリョーマに、不二はにっこり微笑みかけた。
「久しぶりだね」
「そうっすか」
 愛想も何もない答えに怯まず、不二はリョーマの行く先を塞ぐように立ち、続けて言った。
「今日、付き合わない」
「えっ」
 通り過ぎようとするリョーマの腕を掴み、不二は更に笑みを深くする。リョーマは強引な不二の行為に反抗心を覚えたのか、上目遣いに睨み付けると腕を振り払おうとした。それを許さず、リョーマを自分の方に引き寄せる。
 リョーマの手から傘が落ち、じたばたする身体を抱き込んで不二はその耳元に囁いた。
「駄目、ほんとはしたいんでしょ」
「なっ、何を」
「取り敢えず、テニスかな」
 カーッとリョーマの顔が赤くなる。不二は落ちたリョーマの傘を畳むと、小脇に抱え歩き始めた。途中でタクシーを呼び止め、スポーツクラブの場所を告げる。観念したのかリョーマはむっすりと黙ったままだが大人しくシートに身を沈めていた。
 スポーツクラブに入り、カードを提示すると姉から連絡が入っているのかすんなり奥に通された。普通なら未成年、しかも中学生の使用者は保護者同伴でなければ、この手のクラブには入れない。姉に感謝しながらロッカー室で着替え、コートへ通じる扉を開いて中にリョーマを招き入れる。
「へえ」
 短い感嘆の声を上げ、リョーマは辺りをぐるりと見回した。コートは2面しかなく、他のスポーツと混合のようだったが充分に整備されている。
「今日は先生も手塚も居ないから、思う存分にできるよ」
 目を輝かせて嬉しそうに見ているリョーマに、不二の気持ちも高揚してくる。軽くストレッチを行い、コートで向かい合うと自分が惹かれた、強い光を持つ瞳が不二を見詰めていた。
「手加減抜きで」
「もちろん」
 言葉通りに不二は鋭いサーブをリョーマのコートに打ち込んだ。軽々とリョーマはそれを打ち返し、暫くラリーが続く。お互いにサービスゲームを取っていったが、ワンゲーム不二がブレイクしてマッチポイントを迎えた。
 それでも負ける気などさらさら無い表情で、リョーマは不二を見据えている。試合することで感じるリョーマの熱や息づかい、自分自身の高揚感と満足感は、ある意味身体を繋ぐ行為より不二を熱く燃え立たせていった。
「僕が勝ったら話したいことがあるんだけど」
「いいっすよ。負けませんけど。何の話?」
「夢の話」
 ボールを高々と放り上げ、サーブする間際に不二は言った。また長いラリーになる前に今回で決める、とダッシュでネットに出てきていた不二は、リョーマが驚愕した表情で立っているのを見て動きを止めた。
 ボールはそのままリョーマの脇を抜け、ライン際ぎりぎりに突き刺さり後方へと跳ねていく。息を荒げて突っ立ったままのリョーマに、不二は訝しみながらも近付いていった。
「僕の勝ち」
「ズルイっすよ。…何で知ってんですか」
 リョーマは恨みがましい顔で不二を見上げた。訳が解らず、不二は首を傾げてリョーマを見ると訊ねた。
「知ってるって?」
「とぼけんなっ、俺の夢に毎晩出てきて…っ」
 いきなり怒鳴られて、益々訳が解らない。怒鳴った後、顔を赤く染めて、ぼそぼそと文句を言っているリョーマの、夢に毎晩出てくるとは、何が出てくるのだろうか。不二は確かめるように顔を近付け言葉を聞き取ろうとした。
「越前くんの、夢?」
 リョーマは不二が顔を近付けてくると、びっくりしたように飛び退いた。その様子に不二は眉を顰める。
 何だか知らないが、どうやらその夢のせいで避けられているらしい。そうでないとしても、今の態度に関係があると不二は確信して、それ以上聞き出すのは止めた。
「まあいいや、それは後にして、取り敢えず汗を流して何か食べよう。お腹空いてない?」
 毛を逆立てた猫のように身構えていたリョーマは、自分が育ち盛りの中学生ということを思い出したのか、不二を睨んだまま小さく頷いた。
 シャワーを使い、着替えるとスポーツクラブ隣の建物へリョーマを連れて行く。その建物は下の階はレストランやショップなど入っているが、上階はホテルという複合施設だった。今日こそははっきりさせたいと決心したのだから、勿論リサーチ済みで予約も取ってある。
 レストランに入る時に、ちらりとリョーマの顔を窺うと、しまったという表情を浮かべているのが分かった。今更逃げられてたまるかと、不二はさっさと奥の席に座り、極上の笑みで手招きし呼び寄せた。
 学生服の男の子二人では浮いてしまうようなレストランの内部は、しっとり落ち着いていて、食事の内容も素晴らしい。和食好きというリョーマも、暫くはぴりぴりしていたが、次第に出てくる料理一つずつに興味を示して喜んで食べ始めた。
「美味しい?」
 頷くリョーマに、不二はそれだけでお腹一杯になってしまった。箸を止め、リョーマはあまり料理に手を付けていない不二を問うように見た。どうやら今更料金の心配をしているらしい。不二はにっこり笑うと、心配ないよと家族会員となっているカードを見せた。
 途端にむっとして、再びリョーマは食べ始める。美味しい料理に嬉しがったり、心配したり、むっとしたりというリョーマの顔を、不二は今まで会えなかった飢えを満たすようにずっと眺めていた。
 食べ終えると箸を置き、丁寧に挨拶をする。不二は先に立って会計を済ませ、そのままエレベーターに向かった。昇る方のボタンを押して開いた扉の中に入り、リョーマを押し込んで閉めるボタンを押す。
 上昇する感覚に気付いたのか、リョーマは目を眇めて不二を睨んだ。
「どこ行くんですか」
「静かにゆっくり話ができる場所」
 リョーマの表情は不機嫌さを増し、不二の心を曇らせる。
「最初からそーいうつもりだったんだ」
「このごろ会えなかったし。越前くんに会いたかったんだ。でも会ったらもっと話したい、触れたい、欲しいって思うのは当然じゃない」
 リョーマの表情は困惑に彩られ、不二から顔を背けた。
「そんなの、知らない」
 不二の高揚感は潮が引くように静まりかえり、胸の痛みが蘇る。何が何でも今日、リョーマの心が知りたいと決心してきた筈なのに、泥沼に足を取られたような重さがのし掛かってくる。
 扉が開き、不二はリョーマの腕を取った。繋いだ手は、振り払えない程強く掴んでいる訳ではない。逃げようと思えばいつでも逃げられる状態なのに、まだリョーマは不二に引かれるまま歩いている。そのことに少しばかり勇気づけられ、不二は予約してある部屋の前に立った。
 カードキーを差して中に入ると荷物を置き、小さなソファセットに不二は座った。リョーマは俯いたまま立っている。
「夢の話って」
「嫌なら何もしないよ。怖がらないで、座って」
 怖がっていると言われたことに反発したのか、リョーマは乱暴に不二の前に座った。じっと不二はリョーマを見詰め、どこから話して良いか考えていた。自分の全てを曝け出しても、リョーマが欲しいけれど、それで嫌われるのは怖い。
「話って、何」
 沈黙に耐えきれなくなったのか、リョーマは強い口調で不二に訊ねた。
「この前、僕がロードワークでラストになった事があったよね。越前くんは、何だかそのことで酷く怒っていたようだけど」
「当たり前だろ。俺のこと庇ってワザとビリになるなんて、ムカツク。怒って当然」
 不二はやはりと頷いた。あの時は何故あんなに苛々して怒っているのか分からなかったが、庇われたと思っていたのなら頷ける。苛々していたのが、そんなつまらない理由でだったのは力が抜けた。 もっと別の、不二に会えないからとか構われないからとか、そういう理由であって欲しかった。菊丸達があの時、不二が原因なんじゃないかと遠回しに言っていた意味も、こんなことだったのか。
「わざとなんて、僕が越前くんを侮辱するような真似、する訳ないじゃないか。負けるのが嫌いなのは僕だってそうだよ」
「じゃあ何で」
 納得できないように問うリョーマに、不二は一瞬言葉を飲み込んだが、一つ息を吐き出すと話し始めた。
「…夢を見て。毎晩夢の中に君が現れて、寝不足で足がふらつくなんて、相当参ってるよね」
 自嘲して不二が言った言葉に、リョーマは目を見張り僅かに腰を浮かせた。
「不二先輩も、夢見てたんだ」
「も?」
 リョーマは慌てて口を押さえている。そういえば、さっきのゲームで夢という語に反応し、ポイントを落としていたなと、不二はリョーマの夢の内容が気になった。
「どんな夢?」
「先輩には関係ない…っす」
 ぷいと横を向いたリョーマの顔が赤く見えるのは気のせいか。不二の夢の中にリョーマが出てくる、という状況と同じ夢ならば、リョーマの夢には自分が出てくるのか。
 不二は微かに希望の予感を見出して、ソファから立ち上がり、リョーマの膝元へ跪いた。ぎょっとして身を引こうとするリョーマの腕を握り締め、不二はその顔を見上げながら話し続けた。
「夢の中で君は大人しく僕に抱かれる。触れれば喘ぐし、甘い吐息も漏らすけど、決して目を開けない。僕を見てくれない」
 リョーマは自分が今抱かれているかのように、頬を紅潮させ不二の言葉を聞いている。不二は片手を離し自分の胸辺りのシャツを握り締めると、続けて言った。
「哀しくて…何故見てくれないのか、分からなくて涙が出てくると、君は腕の中から消えてしまう」
「何が哀しいの」
「君の心が分からないから」
 リョーマの問いかけに、するりと不二の本心は現れた。さっきまで、どう言おう、なんて言ったらリョーマに伝わるだろうかと考えていたのに。
「分からないんなら、訊けばいいじゃん」
「えっ」
 不二はリョーマの言葉に、目を見張った。間違えようもなく顔を赤く染めながら、リョーマは不二を見下ろし、くすぐったいような表情を浮かべ言った。
「何度でも分かるまで、聞けば。言ってくれなきゃわかんないよ」
 なんて我が儘な言いぐさだろう、と不二は思わず笑い出しそうになった。今まで不二がさんざん好きだと言い、自分のことを好きかと訊いても答えてはくれなかったくせに。
「そうか、訊けば良かったのか」
 それならば、こちらもとことん我が儘になって付き合って貰おう。自分の欲しい答えを引き出すまで。既にリョーマの中に答えは在る筈。
「じゃあ、訊いたらちゃんと応えてくれるんだ。……僕の欲しい答えを」
「知るか、そんなの」
 不二は手を握ったまま立ち上がり、今度はリョーマに覆い被さるようにして言った。ぷい、と背けられたリョーマの顎に手を掛け、自分の方を向かせると、不二はそっと口付ける。
 久しぶりのリョーマの唇に、うっとりしていた不二は、ちろりと舐められて驚いて顔を離した。挑戦的な光を帯びたリョーマの目と不二の目が合う。
 言葉ではないが、不二は欲しい答えをもう引き出しているのかもしれない。
「リョーマくん…」
 不二は笑みを浮かべるとリョーマを横抱きに抱え上げると、ベッドにゆっくり下ろした。何かリョーマが言ったような気がしたが、それを確かめる余裕もなく、学生服のボタンを一つずつ外していく。
「やっぱりそういうつもり」
「ご希望にお応えしようと思って」
 希望なんかしていないと睨んでくるリョーマの態度は、もう気にならなかった。答えはここにある。
 露わになったリョーマの肌に掌を滑らせ、不二は滑らかな感触を楽しんだ。夢の中でも手にしっくりと馴染んだ肌だったが、汗は冷たく指先に感じるのは生きている感触では無く陶磁器のそれだった。
 今自分の手に感じる張り詰めた感触は、熱い人の肌。掌を通してさえ、感じて震えているのがはっきりと分かる。それをもっと感じたい。感じさせたい。
 じわじわと撫でているのがくすぐったかったのか、リョーマは身を縮めて横向きになってしまう。不二は衣服を脱ぎ捨てると、リョーマの背中側に潜り込み、後ろから手を回して上着を脱がせた。

 不二の愛撫に素直に応え、果てたリョーマは瞳を閉じたまま息を荒げている。その様に鼓動が徐々に早くなり、不二の手が僅かに震えた。このまま目を開かず、消えてしまうのではないかと、不安がどんどん大きくなる。
「……リョーマ、好きだ…」
 リョーマの瞼が微かに動き、ゆっくり開いて潤んだ瞳が現れた。泣きそうになるくらいほっとして、不二はリョーマの額に口付け、耳元に囁いた。
「気持ち良かった?」
「ウルサイ」
 瞳は快感に潤みながらも勝ち気さを失わず、不二を見詰めている。不二はリョーマの目尻に浮かんだ涙を指先で拭うと、口に含んだ。塩辛い熱さがじんわりと不二の身体の中に染みいってくるような感覚を覚える。
「……僕を見て」
 懇願するように不二が言うと、リョーマは蹙めていた眉根を緩め、目を開いた。じっと見詰める瞳に吸い込まれそうになる。
「不二…せんぱ…い……」
 ゆっくりとリョーマの手が上がり、不二の頬に触れた。暖かいリョーマの手を握り締め、不二は熱く溢れる想いを表すように口付けた。
 自分の胸に顔を埋めて、軽い寝息を立てているリョーマの頬をそっと指先で撫でる。
 このあどけない顔で眠っている子供は、まだ自分の気持ちをはっきりと理解していないのだ。けれど自分の指に、声に応える様は、ちゃんと不二の望む答えを示している。
 それだけ解ればもう焦る必要はない。負けん気の強い意地っ張りの恋人を、ゆっくり時間を掛けて育てていけばいいのだ。
「油断できないけど」
 目を離せば別の者に興味を移すこともあるだろう。リョーマの相手としての条件は、強いこと。
「負けないよ」
 不二はにっこり笑うと、キスを一つ柔らかな頬に落として自分も眠りに付いた。

             テニプリトップ 前のページへ