Spiral Pazzle -2-

 
 傘の花が辺りに沢山咲いている。その中身はマネキンのように動かず固まった人々だった。リョーマは傘を持たず一人その中を縫うようにして歩いていた。
「リョーマ君」
 呼ばれ振り向くと、不二が淡く微笑んでリョーマを見詰めていた。その瞬間、リョーマは不二と同じ傘の中に入っている。雨が傘を叩く音しか聞こえず、周りは水煙の中でぼんやりとしか見えない。
 傘を持っていない方の手で、不二はそっとリョーマの頬を撫でた。ひやりと冷たい指先に、リョーマは僅かに肩を竦める。
「不二先輩、どうして俺の夢の中にいつも出てくるんすか」
 不二は応えず、ゆっくり顔を近付けて来た。唇が触れ合おうとする時、リョーマは手を振り払い、不二を突き放す。
 傘が手から離れ、飛んでいくと周りの傘も全て消え失せた。
「君が……解らないなら…」
 雨の音が不二の言葉を聞こえにくくする。もう一度聞き返そうとしたリョーマの前から不二を、雨が覆い隠すように激しく降り、消していった。
 ぼんやり目を開くと、リョーマは薄暗い室内を見回した。また朝早くから起きてしまったのかと、時計を見ると、普通に起きる時間である。
 リョーマはベッドから起きあがり、カーテンを開けた。厚く黒い雲が空一面を覆い、激しい雨が降っている。夢の中で聞いていた音はこれのせいかと、リョーマは溜息を付いてカーテンを引いた。
「今日も部活なしかあ、つまんねえな」
 今日最後の授業が終わり、先生が出ていくと一斉に教室内が騒がしくなる。堀尾はぶーたれながら言うと、同意を求めるようにリョーマを見た。が、リョーマが持っているテニスバッグが重そうなのに気付いて眉を蹙めた。
「今日朝から大雨だってのに、持ってきたのか」
「別に」
 何でも別に、で済ませるなと堀尾はリョーマに噛み付こうとしたが、何時ものごとく完全に無視されて怒りは素通りしてしまった。
 部活でなくてもテニスは出来る。家の隣のコートでも出来るが、部活と同じ屋外なので雨の時は出来ない。相手が無くて詰まらないが、機械相手の練習場へでも行って勘が鈍らないようにしようと、雨なのにバッグを持って来たのだ。
 普段なら部活で遅くなるため、あまり他の生徒達と帰りが一緒になることはない。リョーマはふと上げた視界の中、色とりどりの傘に微かに目眩を覚えて立ち止まった。
 雨の音で生徒達の会話はかき消され、傘の陰に隠れた顔は見えない。けれど、リョーマはそんな傘の中に良く知ってる顔を見つけて目を瞠った。
「久しぶりだね」
「……そうっすか」
 雨で部活が中止になって三日、一年と三年では会う機会もない。でも夢の中では嫌でも毎日会っていたから久しぶりという感じはしなかった。
 リョーマは視線を彷徨わせ、逃げ道を探すが先へ行く道をしっかり不二は塞いでいる。仕方なくリョーマは不二の脇を通り過ぎるしかなかった。
「ね、今日付き合わない?」
「え」
 通り過ぎようとするリョーマに、不二はにっこり笑って言った。笑っているのに、否定を許さない雰囲気が伝わってきて、リョーマは反射的にそれに反抗心を持ってしまう。
「行こう」
「やだ」
 首を横に振り、リョーマは足早に不二の横を通り過ぎた。
「駄目、ほんとはしたいでしょ」
 強く腕を掴まれてリョーマは引き寄せられた。傘が手から離れ地面に落ちる。耳元に囁かれて、リョーマはぴくりと肩を竦めた。
「なっ、何」
「テニスだよ、取り敢えず他の事じゃない」
 くすくすと笑って言われ、リョーマは顔を赤らめた。不二はリョーマが落とした傘を拾って畳むと、自分の手に持ちリョーマの腕を取って歩き始める。傘を人質に取られ、相合い傘でリョーマは渋々不二に着いていった。
 途中でタクシーに押し込まれ、見たこともない建物の前で降りた。ビルの入り口を慣れた様子で潜った不二は、受付カウンターにカードを出すと、きょろきょろしているリョーマを呼んで奥に入っていく。
 広いロッカー室で着替え、次の扉を開くと広い二面のコートが現れた。途端にさっきまでぐずぐずと躊躇っていた気持ちが、昂揚してくる。
「今日は煩い手塚も先生も居ないから、思う存分出来るよ」
 軽くストレッチをしてから直ぐにコートに入ると、不二はリョーマに言った。望むところだと、リョーマは向かい側のコートに入り、構える。
「手加減しないから」
「もちろん」
 言葉通りに鋭いボールがリョーマのコートに打ち込まれた。だが、リョーマは軽々とそれを返し、にやりと不二に笑いかけた。
 練習試合の時と同じように、ポイントを取られ、取り返し、ゲームは進んでいく。夢のことなどすっかり忘れ、リョーマは夢中でボールを追っていた。
 あと1ポイントで不二がゲームを制する時になっても、リョーマは逆転する気満々の挑戦的な瞳で身構えていた。
「このゲームを僕が取ったら、話したい事があるんだけど」
「いいけど、何っすか」
「夢の事」
 え、と驚いているリョーマの脇を抜き、ボールはラインぎりぎりに跳ね返った。呆然としているリョーマの方に、ゆっくりと不二は近付いてくる。
「僕の勝ち」
「……ズルイすよ、何で知ってるんですか」
 ネットを越えて直ぐ近くまで来た不二は、むくれるリョーマに首を傾げ、訝しげな視線を向けた。
「知ってるって、何を?」
「惚けんな! 俺の夢の中に毎晩出てきて……」
 リョーマは不二に怒鳴り掛け、はっと口を閉ざした。これ以上は菊丸にも話していないし、恥ずかし過ぎる。
 不二は眉を顰め、暫く何か考えていたようだったが、首を振るとリョーマの顔を覗き込むように近付いた。
「越前くんの、夢?」
 間近にある端麗な顔に、夢での出来事を思い出してリョーマは顔を僅かに赤く染める。シチュエーションもテニスコートだったし、この後キスして…。
「うわっ」
 リョーマは思わず口を押さえ、飛びすさった。まさか、現実でも自分から抱きついて、口付けをねだるなんてことになったら憤死してしまう。
 リョーマの不可解な態度に不二は再び眉を顰めたが、直ぐに笑みを浮かべると、踵を返した。
「取り敢えず、汗を流して着替えようか。お腹も空いただろ、隣のレストランに行こう」
 追求されないことにほっとして、リョーマは不二に着いていった。それが油断だったのかもしれない。隣のレストランとはシティホテルの中に在り、何となくリョーマは嫌な予感がしたが、さっさと奥の席に座ってしまった不二の隣に仕方なく腰を下ろした。
 学生服の二人はかなり浮いてしまっている。ただ、まだ早い時間だったおかげでレストランの中は閑散としており、人に注目されることは無かった。
「さっきの話、ここじゃちょっと話しにくいから、後で静かな場所へ移動してから話すね」
 リョーマが目でさっきの続きを話せと、無言で圧力を掛けるのをさらりと躱して、不二はウエイターが運んできた料理に箸を付けた。新和食というのか、綺麗に盛りつけられた皿にリョーマも箸を伸ばす。
 見た目は綺麗で味も良いが、あまり量の多くない料理を次から次へと平らげて、リョーマはふと会計に不安を覚えた。箸の止まったリョーマに、不二は、ここの支払いもカード払いだから気にしないでと笑顔で言う。
 少ない小遣いで機械相手の練習場に行ってる身としては、さっきのスポーツクラブやここの支払いを平然とカードで済ませる不二に、呆れて良いのか羨ましがった方が良いのか、判らなくなるリョーマだった。
 当然のようにカードで支払いを済ませると、何故か上へのエレベーターに不二は乗り込んだ。手招きされて、じりじりとリョーマは後退さる。
「どこ行くんすか」
「ゆっくり静かに話が出来る場所」
 きっぱり言って不二はリョーマの腕を掴み、引き寄せる。後ろで閉まるエレベーターの扉に観念して、リョーマは不機嫌さを隠さずに不二を見上げた。
「最初からそーいうつもりだったんだ」
「だって、越前くんに会いたかったんだ。会ったらもっと近付きたい、話したい、触れたいって思うのは普通でしょ」
 笑顔で答えていた不二の表情が次の瞬間真摯な物に変わり、リョーマを見詰めた。リョーマは顔を逸らし、その視線から逃れた。
「そんなの、知らない」
「ほんとに?」
 とても哀しげな声音に、リョーマは再び顔を上げて不二を見た。見たことの無い切ない瞳がリョーマを映し出している。
 エレベーターの扉が開き、不二はリョーマの腕を握り締めたまま降りて廊下を歩き始めた。
 早鐘のように鳴る鼓動が繋いだ手から不二に伝わりませんようにと祈りながら、リョーマは俯いたまま隣を歩いていく。自分の心臓なのに、思うとおりにはならない。静まれと叱咤しても、鼓動はどんどん早く高くリズムを打ち始めた。
 カード式のキーを差し込み、扉を開いて不二はリョーマを中に入れた。シティホテルらしく広い部屋にセミダブルベッドが二つと、小さなテーブルに一人がけソファが2脚設えられている。ワイドテレビが置いてあるキャビネットの中は、冷蔵庫とポットやグラスなどが置いてあった。
「夢の話って何」
 このままここでくつろいでしまうと、後で拙いことになると判っているから、ソファに腰を下ろした不二の前で鞄を持ち、立ったまま単刀直入にリョーマは訊いた。
「……そんなに警戒しないでくれよ。嫌なら何もしないから、座って」
 不二に促され、リョーマは向かい側のソファに腰を下ろした。手を離せば収まるかと思った鼓動は、しんと静まりかえった部屋の中で、不二に聞こえてしまうんではないかというくらいどきどきと鳴っている。
 対峙した不二の表情は暗く、少し俯いて掛かっている前髪から覗く目は、訴えかけるような眼差しでリョーマを見詰めていた。
「話って」
 その目に耐えきれずリョーマから口を開いた。不二は手を組み、僅かに目を逸らすと静かに息を吐いた。
「この前、ロードワークやっていた時、僕がラストになった事があったでしょ。何だか越前くんは凄く怒ってたようだけど」
「当たり前だろ、俺がビリにならないようにワザと遅れるなんて、怒って当然」
「わざとなんて、侮辱するような真似するもんか。僕は君を庇った訳じゃないよ」
 不二の言葉に驚いてリョーマは目を見開いた。あの時は夢のせいで体調を崩し、思ったよりスピードを出せなくてラスト一周でみんなから遅れてしまった。
 だが、後ろには不二が居て乾の特製ジュースを飲まなくて済んだけど、それは自分を庇ってたんだと思って、怒り心頭だったのだ。
 庇われる理由はない、対等で居たいと。いや、対等以上にもっと上を行きたい。
「じゃあ何で」
「夢を見て。毎晩夢の中に君が現れて…寝不足だったんだ。足がふらついて遅れた」
「えっ、不二先輩も夢見てたの」
 思わず口に出してしまってから、慌てて拙いとリョーマは手で押さえたが後の祭りだった。不二は顔を上げて驚いたようにリョーマを見詰める。
「…も、って」
 何でもないと否定するより先に、顔がかーっと赤くなる。夢での出来事を微かに思い出し、さっきから走り出した胸の鼓動はさらにスピードアップしていくようだ。
「越前くんも夢、見てたの? どんな夢」
「関係ないよ、先輩には」
 ぷいとそっぽを向き、必死にリョーマは落ち着こうとした。ふと近くに気配を感じ顔を戻すと、いつの間にかソファから立った不二が、リョーマの足下に跪いている。
 ぎょっとして身を引こうとしたリョーマの手をしっかり握り締め、不二は逃がさなかった。
「僕の夢の中で、越前くんはまるで人形みたいに大人しく抱かれる。触れれば喘ぐし、甘い吐息も漏らすけど、決して目を開かない」
 生々しい不二の言葉に、リョーマは更に顔を赤く染めた。
「僕は哀しくて涙を流しながら君を抱く。そのうち君は腕の中から泡のように消えてしまう。そこで目が覚めるんだ」
 リョーマは苦しそうに話す不二を見下ろしながら、自分も胸が締め付けられるように苦しくなっていくのに気付いた。
 不二の見ている夢と、リョーマが見ている夢は同じ物ではないが、どこかシンクロしているような感じがして、はっきり夢の内容を思い出してしまう。
「何で哀しいの」
「心がここにあるのか判らないから。君の心も欲しいのに」
 何かが頭の中で弾けたような感覚を覚え、リョーマは目を瞠った。
「訊けばいいじゃん」
「え…!?」
 驚愕の表情で不二はリョーマを見た。
「訊かれなきゃわかんないよ、そんなこと」
 夢の中でじっと見詰めていた不二は、そんな話がしたかったのか。さっさと訊いてくれば、あんな自分から求めるなんて恥ずかしい真似しなくても済んだのに、とリョーマは怒りを感じた。
「は、はははっ、そうか、訊けばよかったんだ。簡単な答えだね」
 不二はいきなり笑い出すと、立ち上がって今度は手を繋いだままリョーマを見下ろした。上半身を屈め、不二は顔を近付けて囁いた。
「訊いたらちゃんと応えてくれるんだ。……僕の欲しい答えを」
「知るか、そんなの」
 逸らしたリョーマの顔に手を当て、不二は自分の方に向き直させる。そっと口付けられ、リョーマは目を閉じた。
 夢とは違って不二の唇は温かい。けれど、夢と同じように触れるだけのキスに、リョーマは自ら唇を開いて舌を差し出した。
「え、越前くん」
 ちろりと舐められ、不二は驚愕して顔を離しリョーマを見詰めた。頬を赤く染め、リョーマは挑戦するように不二を見返した。
 不二は呆然としていたが、次第に嬉しそうな表情になると、リョーマの身体に腕を回し抱き上げた。焦ってリョーマは不二の首に腕を回し縋り付く。
 やっと解ったような気がする、何故あんな夢を毎晩見ていたか。応えたかったんだ、ずっと自分は不二に。
「…多分ね」
 知らない間に心の中まで入り込まれて、消せない程の存在になってしまった。
 でも、認めるのは悔しいから、まだ曖昧にしておこうとリョーマはベッドに落とされる寸前、小さく呟いた。
「リョーマくん…」
 リョーマの心臓が跳ねる。不二に名前の方を呼ばれるのは、こんな時だけで、聞き慣れぬ響きに背筋がぞくりとした。
「やっぱり、そういうつもりでここに来たんだ」
 学生服のボタンを一つずつ外し、胸を露わにしていく不二に、リョーマは剣呑な視線を向けた。不二はにっこり笑って手を晒されたリョーマの胸に滑らせた。
「ご希望にお応えしようと思って」
 希望なんかしていないと言おうと思ったが、心臓付近に当てられた不二の手に、その鼓動の激しさはすっかり伝わっているだろう。
 不二は暫くリョーマの心臓の音を確かめていたが、やがてそろそろと手を動かし始めた。産毛を撫でられるような微妙な触れ方にリョーマは首を竦め、くすぐったくて身体を横向きに丸め込んだ。
 後方で衣擦れの音がしたと思ったら、リョーマは肩を抱き起こされた。そのまま上着を肩から後ろへ抜かれ、背中にぴたりと熱い身体がくっつく。
 見た目はそう見えないのに、自分を後ろから包み込むように抱く不二の胸板の厚さや腕の長さに、リョーマは悔しいのとドキドキするのと両方の気持ちが交錯して、その腕を掴んだ。
「好きだよ。リョーマ」
 耳元に吐息と共に囁かれ、リョーマは目をぎゅっと閉じる。前に回した手で不二はリョーマの顎を取り、後ろに向けると口付けた。



 高く鳴るアラームの音でリョーマは目を覚ました。視界はぼんやりと霞が掛かっているようで、二、三度瞬きをして漸く事態を把握する。
「朝になってる……」
 起きあがろうにも自分を抱え込んでいる腕が邪魔で起きられない。退けようとしたが力が入らず、リョーマは首を横に向けた。
 端整な貌に長い睫が影を落とし、形の良い唇は綺麗に結ばれて人形のようだ。不二の寝顔に見とれていたリョーマは、その目が開いて自分を映し出すと、どきりと鼓動が跳ね上がった。
「おはよう」
「おはようって、どうすんの、無断外泊」
 頭を撫でる不二の手を払い、リョーマは睨み付けた。不二はにっこり笑うと、リョーマの頭を引き寄せてキスをした。
「不二先輩っ」
「大丈夫、ちゃんと連絡しておいたから」
「そういう問題じゃない……あっ、痛っ…」
 不二から離れようとしたリョーマは腰から全身に走る痛みに顔を蹙めた。不二はそんなリョーマの背中をやんわりと撫でると言った。
「後で朝食食べたら痛み止め飲んだ方がいいな」
「……ほんとに遠慮なくやってくれて」
 抵抗を諦め、リョーマはぶつぶつ言いながら吐息を付いた。あれから一度ならず二度三度求められ、最後は気を失ったようで覚えていない。意識を自分の身体に向けると、どうやら不二は終わった後綺麗に始末したらしく、さっぱりしていた。
 時計を確認すると7時を少し過ぎた時間で、まだゆっくりできるだろう。というか、ゆっくりでないと動けない。
 思いようにならない自分の身体に怒っていると、不二の嬉しそうな表情が目に入って、リョーマは余計怒りを増幅させた。
「何笑ってんの」
「嬉しいから」
「何が」
「消えなかったから。夢じゃなかった、君は」
 不二の顔から笑みが消え、切なげな表情でリョーマを見詰める。リョーマは顔を赤く染めて視線を外した。
「あんたもね」
 首を傾げる不二に、リョーマは手で眉間を押さえ唇を噛み締めた。ここで認めてしまえば負けになる。何だかもう負けてるような気がするけど。
「ところで、一つ訊きたいことがあるんだけど」
 不二の言葉にリョーマは身構えた。
「何? 訊けば良いとは言ったけど、答えるなんて言ってないよ」
「ああ、それはもう良いんだ。解ったから」
 くす、と笑う不二にリョーマは目を見開いた。何が解ったと言うのだろう、不二は。リョーマにも自分の気持ちをはっきりとは認めてないのに。
「この前、英二とファミレスで何話してたの。随分楽しそうだったね」
 ぎょっとしてリョーマは不二に顔を向けた。にこにこ笑顔な不二だったが、リョーマを見詰める目は笑っていない。
「別に」
「英二には渡さない」
 身体に回された腕に力が込められ、リョーマは不二に強く抱き締められた。裸の胸が触れ合い、心臓の音が伝わってくる。また走り出した鼓動を悟られたくなくて、リョーマは腕を突っ張り不二を引き離そうとした。
「呪ってるって。夢の中に不二先輩が何度も出てくるのは、そのせいだって」
 思いもしなかったリョーマの答えに、不二は驚いて手を離した。
「ふぅん…英二がそんなことをね……、まあ、半分くらい当たってるかな」
 今度はリョーマが驚いて不二を見た。まさか本当にしたとは思わないけど、でも、この先輩ならあり得るかも、と考えがぐるぐるする。
「マジ…」
「ずっと想っていたから。恋のお呪いになったかも。のろいとまじないは同じ字だし」
 がくりとリョーマは項垂れた。大きく溜息を付いて顔を枕に埋める。
「不二先輩って、ほんと何考えてるのかわかんない」
「そう? 素直に表に出してると思うけど」
 ほんとかなあと、リョーマはぼんやり思い、欠伸を一つするとゆっくり起きあがった。
 とにかく、夢の意味を見つけたから、もうあの夢は見ないだろう。でも、他の悪夢にうなされるかなと、リョーマは小さく笑った。

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