Rouge Feu 3−1

 
 水の柱を昇り、大地達は第三の階層にやってきた。ところが着いた途端、あまりの暑さに一同はげんなりとして周囲を見回す。
 空は暗くどんよりと雲がたれ込め、あちこちから雷のような地響きのような音が聞こえてきた。
 「これが第三階層?」
 「そう、緑と高い山々の豊かな土地だったんだよ、昔は。随分荒れ果てて‥‥」
 溜息を付きながら悲しそうにXメイが呟くと、大地はそうだった時のことを想像してやはり溜息を付いた。
 「何だ、何だー、二人して溜息なんか付いてんじゃねーよ。さっさと次の柱を解放して第二、第一、そしてラビルーナを聞から解放するぜ」
 水だらけの第二階層から解放された余裕か、ラビが高らかに笑って重言する。へー、と感心して見ていた大地とガスは、ぎょっとして手をばたばたさせラビの後ろを指さした。
 「ラ、ラビっ」
 「ラビくん、う、後ろ…」
 「ああん?後ろがどーし…げっ!」
 慌てる二人に、ラビは訝しげに後ろを振り向く。途端にラビも驚いて言葉を止め、飛びすさった。
 「クウォーン」
 「うっひゃ〜きょーりゅーさんグリ〜」
 グリグリが喜んで飛びつこうとしたのは、確かに恐竜らしい。恐竜というよりは、昔の地球の本、それもファンタジーなどに良く出てくるドラゴンのような感じだった。
 「よせっ、危ねーぞ、グリグリっ」
 「グリグリさん」
 飛びついていくグリグリを止めようとラビとガスは手を差し伸べたが、真っ先に飛びついたのは大地だった。
 「グリグリっ」
 「きょーりゅーさん、こんにちわグリ」
 「クゥーオーン」
 ぺこりと挨拶するグリグリを捕まえ、大地はそろそろと顔を上げる。真っ正面にドラゴンの顔があり、そのロがくわっと開いて思わず目を閉じた。
 「……?」
 噛まれるか、と思ったらぺろりと舐められる。驚いて目を開くと、ドラゴンはうるうるとした大きな目で大地を見つめていた。
 「なんだ、まだ子供なんだ」
 「こっ、子供だろーがなんだろーが危ないには違いないだろーがっ、離れろ大地!」
 きらりと目を光らせラビは両手を組み合わせて呪文を唱えようとする。不穏な空気を察したのか、ドラゴンは怯えたように両手で頭を抱え、大地の前に蹲った。
 「やめろっ、ラビ。可哀想じゃないか」
 「可哀想? だ、だけど」
 大地のきつい言葉に、ラビは怯んで腕を下げる。大地はグリグリを離すと、そっと手のひらをドラゴンの頭に当てゆっくりと撫でた。
 「クーン……」
 「あは、可愛い」
 信頼したような目でドラゴンは大地を見つめ、頭をすり付けていく。その様子にガスやXメイ、そしてラビも恐る恐る近付いていった。
 「ほんとだ、可愛いですね」
 「まだ子供のようだね。母親にはぐれたのかい?」
 「クゥアーアン」
 そうだと言うようにドラゴンは鳴き類いた。
 「そうか、お前も」
 ぼそりと呟いたラビが、漸くドラゴンに触れ頭を撫でる。気持ちよさそうにみんなに構われていたドラゴンは、急にびくっと身体を震わせると走り出し、崖っぷちで止まると何かに呼びかけるように叫び始めた。
 「な、何だ?」
 大きな地響きが地面を揺らし、立っているのもやっとになる。驚いて一同がドラゴンの吼えている方に目を向けると、一際高い山の頂上から真っ赤な溶岩が吹き出している。
 そこから飛んでくる瓦礫や熱い石が上から降り注ぎ、大地連は慌てて逃げまどった。
 「あそこだっ」
 近くの崖下に洞穴を見つけ、そこへと逃げ込む。やれやれとほっとしたのもつかの間、ラビは大地が居ないことに気付いてはっと外を見た。
 「大地っ」
 大地は降り注ぐ石を避けながらドラゴンの方へ走り、その尻尾を掴むと必死になって洞穴の方へ導こうとしている。
 「あんの馬鹿っ」
 「あ、ラビくん」
一言怒鳴ってラビも再び外に駆け出し、大地の側に行くとその腕を掴む。
 「早く避難しろっ、死んじまうぞ」
 「だけど、ほっとけないよ」
 「こいつは俺達と違う、これくらいで死にゃあしない」
 「わかんないだろっ、そんなこと」
 説得にも耳を貸さず、怒ったように言って引っ張り続ける大地に、きりきりと眉と長耳をつり上げ、ラビは怒りの言葉を発しようとしたが、一生懸命助けようとしている姿を見て舌打ちすると手を伸ばした。
 「ラビ?」
 「こいつ、誰かに似てほんとに強情だな」
 ふん、鼻を鳴らして一緒に引っ張るラビに、大地は微笑み掛け再び力を込める。流石にドラゴンもそのままで居られず、徐々に引っ張られた。
 「大地くん、ラビくん、遅くなって申し訳ありません。グリグリちゃんとおばばさまを安全な場所までご案内していたものですから」
 「おっせーよ」
 「ガス」
 ぺこりと謝ってからガスは二人を退けると、ひょいとドラゴンを上に持ち上げて、軽々と洞穴に向け走り出す。唖然と見ていた二人も、慌ててその後を追い洞穴に向けて走った。
 「無事だったかい、二人とも」
 「何とかな、この馬鹿のおかげでえらい目にあった」
 「だって、あのまま放っておけないじゃないか」
 何に向かって叫んでいたのか、訴え掛けるような声音に我慢できなかった。あの声が、おかあさん、と呼んでいるように聞こえたのだ。
 「おかあさん…って言ってたんだ、多分」
 「そんなこと、お前に判るのかよ」
 きつい声にはっとして大地はラビを見上げる。苛付いたように睨み付けるラビに、大地はロを喋んだ。
 「あんだけ呼んでも来なかった。こいつの母親はそんな薄情な奴なんだ」
 「そんなことっ…」
 否定しようとした大地は、ラビのぎらつく瞳に出会って息を呑んでしまう。憎しみとも憧憬とも取れる深い碧の瞳に、大地は声もなく見とれてしまった。
 「クゥー……」
 ドラゴンが大地の側に来て大きな頭を慰めるように擦り寄せてくる。大地は微笑むとそっと頭を撫でた。
 「大丈夫、きっとお母さんに会えるから。会わせてあげるよ」
 ドラゴンに言っている筈なのだが、目はラビを見ている。ラビはちらりと大地の方を見ると、戸惑ったように瞳を逸らした。
 「どうやらあの火を噴く山が次の階層に昇る柱のようだね」
 「あんな危ない場所にどうやって行くんだよ」
 火を噴く勢いは止まりそうにない。厳しい表情で山を脱み付けていたラビは、大きな耳をぴくりと動かした。
 「あの火の柱の麓に、多分闇の魔法陣があるに違いないよ。それを光の魔法陣に変えればあれは静まるだろう」
 Xメイが言うと大地やガスはふんふんと領いてみせる。だが、ラビはじっと山を見つめたまま聞いていないようだった。
 「ラビ、どうかしたの?」
 訝しげに立ち上がりラビの隣に行った大地は、横顔をじっと眺めて訊いた。
 「……聞こえた…ような気がする」
 「何が?」
 ラビの応えに大地も耳を澄ませてみる。爆発の轟音の隙間に、微かに何かが吼えるような声が聞こえた。
 「あれは」
 「クウォーオーン!」
 後ろから飛び出す勢いでドラゴンが駆け出てくると、前を塞ぐ大地の背中を押して外へ出ようとする。焦ってそれを押し止めていた大地だったが、とうとう外に押し出されてしまった。
 「わぁー!」
 「大地」
 驚いたことにドラゴンは小さな巽で飛べる事が出来たようで、巽を羽ばたかせ宙に浮いている。その身体にしっかり掴まって大地は落ちないようにぴたりと張り付いていた。
 「ま、待って、今出ていったら危ないだろ。もう少し我慢してくれよ。戻れってば」
 叫ぶ大地を無視してドラゴンはどんどん飛び続ける。幸いなことに飛んでくる石の数は少なくなり、怪我はしなくてすむようだった。
 「あれあれ、しょうがないねえ。それじゃ行くかい。ヤラレッパッパ」
 走って追いかけようとするラビをガスに捕まえさせてXメイは呪文を唱える。マジカルゴの身体に気球が結わえられ、ふわりと浮かび上がった。
 その下に取り付けられた籠に乗り、大地とドラゴンの後を追いかける。火の山は徐々に近付き、その大迫力に大地はごくりと唾を飲み込んだ。
 「クァー」
 がくりとドラゴンの浮力が弱まり、だんだん下に落ちていく。ぎょっとして大地はドラゴンを励ましたが、何かに引きずられるようにしてとうとうドラゴンは山の中腹に降りてしまった。
 「一体どう……」
 どうしたんだ、と大地はドラゴンの背中から降り呟く。その声をかき消すような咆哮が、山の中腹から中へと続く洞穴の奥から聞こえてきた。
 「クアーッ!」
 それを聞いた途端、ドラゴンは嬉しそうに中へと駆け出していく。慌てて後を追った大地は、地響きを立てて近付いてくる大きな影にどきりとして立ち止まった。
 「お、大きい」
 ぬっと洞穴の中から現れたのはドラゴンの三倍はあろうかという程の大きいドラゴンで、丸みを帯びた子供ドラゴンとは違い鋭角的な頭部と鋭く長い角が特徴を帯びている。
 「あれが、お前のお母さん、なのか?」
 嬉しそうに尻尾を振り、近付いていくドラゴンに大地も喜ぼうとした。けれど、何となく雰囲気が妖しい。
 猛々しい表情に赤い瞳をぎらつかせた親ドラゴンは、近付いていくドラゴンを見据えると前腕を振り上げた。
 「危ないっ!」
 「キュー…ン」
 ドラゴンは弾き飛ばされ壁に叩き付けられる。慌てて近付いた大地は、怪我が無いことを確かめると親ドラゴンの方を振り向いた。
 「なんてことするんだっ、この子はお前の子供だろ!」
 大地の怒りの叫びに親ドラゴンは大きく咆哮する。その振り仰ぎ現れた喉元に暗く輝く魔法陣を見出して大地は目を見開いた。
 「あれは、闇の…」
 「ここまで来るとは、流石だな、魔動戦士よ」
 聞いたことのある声に、大地は目を上げた。親ドラゴンの角の根本にシャマンが立ち口端に嘲笑を浮かべて見おろしている。
 「お前かっ、親ドラゴンに闇の魔法陣を仕掛けたのは」
 「そうだ。こいつはもう子供のことなど覚えてはいない。我ら邪動士の忠実な下僕となっているのだ」
 大地はドラゴンの前に庇うように立ち、両手を広げて親ドラゴンに叫びかけた。
 「目を覚ませっ!自分の子供を忘れる訳ないっ、目を覚ますんだ!」
 「危ないっ、大地っ」
 叫ぶ大地に親ドラゴンは牙を剥き襲いかかってくる。それでも怯まずに踏ん張っていた大地の前に、ラビが駆けつけ咄嵯にシールドを張った。
 「ラビ」
 「馬鹿野郎っ、言って聞くような相手かどうか、ちゃんと見てみろってんだ」
 「でも」
 「早く逃げて下さい」
 いきなり大地に怒鳴りつけ、ラビは腕を引いてそこから逃げ出す。ついで駆けつけたガスは動こうとしないドラゴンの尻尾を無理やり引っ張って逃げ出した。
 追ってくる親ドラゴンの追撃を躱し、二手に分かれた大地とラビは漸く岩影に隠れると息を整える。
 「まったくお前は馬鹿か? 殺してくれって言ってるようなもんだぞ」
 「だってあれは、確かにお母さんなんだ。それをあの闇の魔法陣が壊してる」
 「……何もかも忘れて、自分の子供のことも判らなくなって、それで親かよ」
 怒ったように言うラビに、大地は目を見開き顔を見た。
 「ラビ」
 「母親なら…何があっても自分の子供と離れるなんてこと……」
 言い過ぎたと言うように唐突にラビは口を閉じる。気まずい沈黙が流れ、大地はラビから視線を外し俯いた。
 「それでも、親は親だ。きっと思い出す。大丈夫だ」
 にっこりと笑って顔を上げ、確信を込めて告げる大地に、ラビの胸が高鳴る。この笑顔一つで何でも信じられるような気がして。
 「こ、これだから、甘ちゃんは」
 「大丈夫だよ、ラビ。きっと」
 自分の心をごまかすようにぶつくさと文句を言っていたラビは、いきなり大地に抱き締められて心臓が止まりそうになってしまった。
 ぽんぽんと慰めるように大地がラビの背中を叩く。怒りや不安がすっと抜け落ち、ラビも大地を抱き締め返した。
 「大地…」
 顔を離し、ゆっくりと唇を触れ合わせる。しっとりと吸い付くような大地の唇に、ラビはもっと深い交わりが欲しいと強く抱き締めた。
 突然、がらがらと壁が崩れ、親ドラゴンが姿を現す。驚いて立ち上がった二人は、もっと奥へと向かって走り出した。
 「ラビっ、俺が食い止めているから、Xメイ呼んできてくれ。何とか闇の魔法陣を光に変えないと」
 「駄目だ、こんな場所じゃ魔法陣は描けないぞ」
 思いの外早い速度で迫ってくる親ドラゴンに、大地は立ち止まりラビに怒鳴る。だが、こんな狭い場所では地面に光の魔法陣を描くことは出来ない。
 「追いつめたぞ、魔動戦士」
 ひらりと親ドラゴンから舞い降りたシャマンは、にやりと笑うと剣を抜き大地に迫る。迎え討とうにも大地はグランゾートの甲胃を見に纏わなければ武器も出せない。
 「大地っ、逃げろ」
 その点ラビは魔動力を形に変えて剣にすることが出来る。シャマンに対持し、ラビは身構えた。
 「生身のままで私に適うとでも思っているのか」
 「ふん、やってみなきゃわかんねーだろ」
 魔動力と邪動力がぶつかりあい、火花を散らして離れる。大地はこの間にどこか広い場所を探し、魔法陣を描こうと駆け出した。
 「うわーっ」
 「大地っ!」
 親ドラゴンの脱が大地を弾き飛ばす。地面に叩き付けられた大地は、意識を失ったのかぴくりとも動かない。
 「ククク、お遊びはこれまでだ」
 「何っ」
 シャマンはふわりと身を翻すとラビを飛び越えて大地の側へ立った。片腕を大地の上にかざすと、その身体は宙に浮きシャマンの腕の中に収まる。
 「だ、大地っ」
 「こいつは貰っていく。立派な邪動士になるだろう。再会を楽しみにしていることだ」
 高笑いをしてシャマンは消え、親ドラゴンも洞穴の奥へと戻っていった。
 「ちくしょう、大地…」
 呆然としていたラビは、ぎりっと唇を噛みしめると走り出した。
 「ラビくん、ご無事でしたか。大地くんは?」
 「シャマンに、誘拐われた」
 「ええっ」
 説明する暇も惜しいというように、ラビは途中出会ったガス達に短く言って再び走り出そうとする。だが、その前にXメイがふわふわと宙を浮かんで立ちふさがった。
 「慌てるんじゃないよ。めくら滅法走り回っても見つかるもんじゃないだろ。それに、大地はそんなに直ぐに閣の力に押しっぶされるような子じゃあない。落ちつくんだよ」
 「でも、ばあさん」
 「クーウン」
 Xメイのもっともな言葉にラビは悔しげに唇を噛みしめてうなだれる。そんなラビにドラゴンが近寄ってきて慰めるように頭を擦り寄せた。
 「お前も、母さん探してんだよな……」
 「クゥ」
 「判ったよ。お前の母さんも、大地も絶対取り戻してみせるから」
 薄く微笑んでラビはドラゴンを撫でた。嬉しそうに撫でられていたドラゴンは、急に首を上げると洞穴の奥の方に歩き始め、ラビとガスははっと顔を見合わせた。
 「きっとお母さんの場所が判るんですよ。着いていけば大地くんもそこに」
 「だな」
 うん、と着いて一同はドラゴンの後に続き奥へと目指していった。


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