どこまでも海が続いていて、いささかうんざりしてきた一行の目の前に又一つ島が現れた。そして漸くその向こう側に細い水の柱が見えてきて喜んだのもつかの間、どこから行こうとしても大きなシャボン玉が行く手を塞ぎ邪魔をする。
「何なんだ、これは」
シャボン玉を蹴り飛ばし喚くラビの隣で、大地はその一つを持って叩いたり撫でたりしてみる。普通のシャボン玉なら、ちょっとでも触ればばちんと弾けてしまう筈なのにこれはとても強固でちょっとやそっち叩いたくらいでは壊れない。
「何でできてるんだろう」
「んな悠長なこと言ってんじゃねえよ、これどうにかしないと水の柱まで行けないんだろうが」
馬鹿にしたように言うラビにむっとして大地は、手に持っていたそれを投げつけた。
「判ってるよっ!だから元が判ればどうにかなるかもしれないって、調べてんじゃないか」
「へー、そーだったんですか、ほー、で判ったんでしようかね、大地先生」
ほんとに馬鹿にしてるようなラビの口調に大地は頭に血が上り飛びかかっていく。だが、戦い慣れているラビに敵う訳が無い、逆に組敷かれてしまい大地は悔しさに顔を真っ赤にして暴れた。
そんな大地を余裕で見ていたラビは、自分でも気付かぬ内に力を込め押さえつけて顔を近付けていた。はっとして大地が動きを止める。目の前にある綺麗な碧の瞳はさっきまでのからかうような光は消え、真摯な熱っぽい光が満ちていて、大地は戸惑いながらもそれに見惚れた。
「二人とも、喧嘩は止めて下さい。このままでは進めませんよ」
ガスにそう声を掛けられてラビは焦って手を離す。自分が今何をしようとしていたのか、考えるのも怖くて大地に手を貸すこともせず、さっさと退いて背中を向けた。
大地も何がどうしたのか今いち理解出来ず、ラビの背中を見ながら起き上がる。あのままでいたら、顔と顔が近付いて……と考えて大地はぼっと赤くなった。
「こ、このシャボン玉の出所を確かめなくちゃ‥」
考えを振り払うように頭を振って海の中を眺める大地を、ちらりと横目でラビが見つめている。ラビの方も戸惑っていた。何故、こんなに胸がどきどきするのだろうか、もっと大地を近くで見ていたいと感じるのは何故だろうか、と。
「ふうん、どうやら海の底から湧き上がっているようだね、よし、この中に入って底まで降りてみようかね」
X−メイが大地の隣にやってきて、同じように海の中を眺めるとそう呟き、呪文を唱え始めた。途端にぽんっとそれぞれの身体はシャボン玉の中に入ってしまう。更にふわりと浮き上がって海の中に滞っていった。
「げーっ!ばっちゃん、壊れたらどーすんだよっ、溺れちまうじゃないか」
「喚くんじゃないよ、ラビ。ちょっとやそっとでは壊れないって判ってるだろ。それとも泳いで海の底に行くかい」
ぎゃんぎゃん喚くラビに呆れたようにX−メイは言うと、シャボン玉はスピードを増して底へまっしぐらに潜っていく。魚達が物珍しげに寄ってきて、大地やグリグリ、ガスなぞは喚くラビをよそに嬉しげにそれを眺めていた。
だが、突然魚達の動きがばらばらになり、みんな逃げていく。どうしたのかと思っていると急に海が荒れ渦を巻き、シャボン玉は又海上へと風に舞う木の葉のように浮き上がっていった。
「うわわっ」
「ほーっほっほっ、海の底へは行かせないよ」
ぷかりと浮かんだ大地達のシャボン玉の前に、見たこともない美女が冷たい笑みを浮かべて宙に浮かんでいる。その美女、エヌマは細身の剣の先をラビのシャボン玉に向け、雷光を放った。
シャボン玉が弾ける瞬間、ラビは跳躍し何とか大地達のシャボン玉の上に飛び乗ることが出来、バランスを取って立ち上がった。
「うわっとぉ…す、滑る。くそーっ、何しやがんだ!」
ラビは足を踏ん張り懐から魔動独楽を取り出すと、それでもって魔法陣を描きアクアビートの甲胃を身に纏った。アクアビートは水の中の方が自由に動くことが出来る物なのだ。
「出てきたね、水の魔動戦士。私は邪動帝国一の美女、邪動士エヌマだよ、覚えておおき。もっとも、死んでまで覚えてはいられないだろうけどね」
「ごちゃごちゃうっせえ女だな、行くぜ!」
エヌマを誘い、ラビは水中に没して戦い始めたが、彼女も又ヒドゥラムを呼び出して戦いにおよびかなり苦戦を強いられてしまった。
「くそっ」
「ほほほ、大したことはないじゃない。何故シャマンが苦戦したのか判らないわね」
立て続けに雷光を浴びせ、ラビを跳ね飛ばすとエヌマは上へ上がって大地達の方に剣先を向けた。ここでこれを割られたら、泳げても対抗は出来ない。身を疎め一緒にシャボン玉に入っていたグリグリを庇うように覆った大地は、放り出されることを覚悟した。
「大地ーっ!」
「きゃあっ」
エヌマが酷薄な笑みを浮かべ割ろうとした時、猛然とラビが突っ込んでくる。エヌマは腕を押さえラビを睨み付けた。
「よくも私の身体に傷を付けたね、覚悟おしっ、ジャハ・ラド・ク・シード……」
怒りの形相で指を組み、邪動力を集めてエヌマは今まで以上の雷光を形作っていく。巨大な球体になったそれを力のままぶつけようとするエヌマに、ラビも又指を組み魔動力を集めていった。
「…ドーマ・キサ・ラ・ムーン……いでよ、ウェーヴカイザー!」
両手を前に突き出すと両方に刃の付いた一本の槍が現れ魔動力を帯びて青く輝き始める。
「一閃炸裂、ウェーヴカイザー!」
エヌマが放った雷光を一撃の下にまっぷたつにし、ラビはそのまま第二撃を加えようと突っ込んでいく。
その攻撃はエヌマの身体を覆うヒドゥラムの甲胃をも切り裂き、跳ね飛ばした。
「おのれえっ、覚えておいでっ!」
衝撃に震える身体を押さえ、エヌマは姿を消す。ラビは荒く息を付いて大地連の前に立った。
「大丈夫か、大地」
「ああ、ラビも。おい、怪我してるぞ」
「え?」
シャボン玉から出た筏の上でアクアビートを水に返し、元の姿に戻ったラビの腕を見て、大地は慌てて駆け寄り手首をそっと掴む。そこはエヌマの雷光により切り裂かれ、火傷を負っていた。
「ああ、これくらいどうってことない……だ、大地」
怪我を見て言うラビの傷口に、大地はそっと唇を寄せて舌で癒し始めた。びっくりして凝視しているラビの前に、僅かに伏せられた大地の睫が見える。けっこう長いんだ、と感心して見ていたラビは、ぞくりとする手首からの感触に慌てて振り払った。
「き、汚ねえだろーが、こんなもん何もしなくても直っちまうよ」
「あ…そ、そうだね。あ、はは、ははは」
大地も自分のとった行動を知ると、照れ笑いをしながら頭を掻き手を離した。その感触が去ったことに、ラビは少なからずがっかりしている事に気付いて少々動揺する。
「さ、さっさと海の底へ行こうぜ、ばっちゃん。又あいつらが来て邪魔されない内にな」
「そうだね、じゃ」
再び呪文を唱えシャボン玉を形作る。だが、今回は大地とラビ、ガスとグリグリという風に別れてしまった。
海の底に着くまで大地とラビは気まずげに黙ったまま海の中を眺めているだけで会話もない。心の中ではさっきの出来事やら、知らぬ間に生まれてしまった訳の判らない感情をどうにか分析しようとしていたのだが。
「あ、あれは…」
「クジラだ!」
「おっきいグリー!」
一行の前に現れたのは大きなクジラだった。そのつぶらな瞳からはあのシャボン玉がポコリポコリと湧き出ている。
「あのシャボン玉はクジラの涙だったのか…」
クジラは一行を目にするとその大きな口を開いた。ぎょっとする間もなくその中に吸い込まれてしまう。
「どうやらここはクジラの身体の中らしいね」
水のない場所までくるとV−メイはシャボン玉を割りみんな外へ出ていく。
「あれは何だグリ?」
はしゃいで駆け回っていたグリグリが壁の一方を指さし、みんながそこを見ると動く赤い丸い物の上に覆い被さるように真っ黒で大きなヒトデが取り付いていた。
『クルシイ…イタイ……』
「クジラの声?苦しがってる」
低く響くような声にきょろきょろと辺りを見回して、大地は確かめるように呟いた。
「あれが苦しめてるってのか」
ラビがヒトデの方に近付いて触ろうとすると、その身体から赤い光が放たれその上に闇の魔法陣が現れた。
「やっぱりこれが原因だね、この闇の魔法陣を光の魔法陣に変えれば水の柱も元通りになるはずだよ」
そう言ってX−メイは呪文を唱えようとした。が、突然もう一つ闇の魔法陣が現れ、そこからワイパーストの甲胃を纏ったシャマンが現れる。
「そうはいかん!」
手の先から閃光を放ち、X−メイは吹き飛ばされた。
「ばっちゃん、くそー、シャマンっ」
ザッと三人はX−メイとグリグリを庇うように立ち、シャマンに対峙した。だが、ワイパーストを身に纏ったシャマンに対抗するには自分達も魔動王を呼び出すしかない。
「俺がやる!」
「やらせるか」
魔動銃を取りだそうとした大地にシャマンが突風のように突き掛かっていく。寸での所で避けた大地だったが、次の瞬間首を両手で締め上げられ苦しさにもがいた。
「は、離せっ」
「魔動戦士よ、その力見せてみろ」
がりがりと爪を立て首を絞めている手を退けようとしてもそれは益々力を強めてくる。大地は霞む目でシャマンを呪み付けた。
「…くくっ、なかなかしぶとい、気に入った。お前は邪動士として私の部下になるのだ」
「な、に……」
「ジャハ・ラド・ク・シード……」
シャマンの身体から蒼い邪動力が立ち昇り両腕を通して大地の身体に注がれていく。身の内に無理矢理そそぎ込まれるその力は、自分の持つ魔動力と反して中ですさまじく荒れ狂った。
「うわぁーっ!あ…ぐ……っ」
急速に大地の身体から力が抜けていく。シャマンの手に掛けた大地の手がだらりと下がり、目の光は薄れていった。
「大地ーっ!離せっ、シャマン!大地を邪動士なんかにしてたまるか」
「大地くんを離しなさいっ、そんなことは私が許しませんよ」
両側からラビとガスは二人掛かりでシャマンに突き掛かっていったが、簡単に邪動力で跳ね飛ばされてしまった。
「大地…」
打ちつけられた頭を振り、ラビはシャマンを睨み付ける。大地を救いたいという心の奥底からの叫びと希求にラビの身体はふらりと立ち上がり、無意識の内に掌を上に翳した。
「ドーマ・キサ・ラ・ムーン……ドーマ・キサ・ラ・……ムーン…!」
目も開けていられないほどのまばゆい光珠が宙に生まれ、ラビの叫びと共にシャマンに投げつけられる。堪えきれずに手を離したシャマンは、顔を庇ったがそれでも光珠の勢いには勝てず吹き飛ばされた。
「何っ?ぐわあぁっ!」
光珠はシャマンごとヒトデにぶつかり光でそれを覆いつくしていく。シャマンが消えた後に残されたヒトデは苦しげにもがき取り付いていた心臓からばたりと落ちて消え去った。
「…大地?」
はっと気付いてラビは大地に駆け寄っていく。ぐったりと伸びている大地の胸に顔を寄せ耳を当てると、規則正しい鼓動が聞こえラビはほっとして地面にへたりこんだ。
「良かった」
「ラビくん、大地くんは生きてるんですね?」
「ああ」
ガスも安堵して大地の頭を抱え起こし、そっと頻を叩いた。微かな呻き声を上げて大地の瞼がゆっくりと開き心配そうに見つめる二人の顔を見た。
「……シャマン…は?」
「さあ、生きてるか、死んだのか。とにかく今はもう居ない」
「そっか。ありがと…ラビ、助けてくれて」
にこりと微笑み大地はラビの手を借りて立ち上がった。握りしめた手から暖かい光が自分の中に流れ込んでくるように感じて、大地は立っても暫くはその手を離せなかった。
「あれを見てごらん」
避難していたX−メイがふわふわと近寄って来てみんなの注意を心臓に向ける。そこには光の魔法陣が輝き、強く鼓動を刻んでいた。
『アリガトウ…』
「お礼を言ってる」
「外へ出て見ようぜ」
ラビに言われ、大地は慌てて手を離すと、ぽっかりと開いたクジラの口へ向かって走り出した。いきなり走り出した大地に、ラビは今まで握っていた手が無くなって何となく手持ち無沙汰を感じむっと眉を顰める。
「どうしたんですか?ラビくん」
「何でだ……?」
ラビの独り言の様な問いに首を傾げ、ガスは続けて問おうとしたが外に出た大地から掛けられた声に、自分も外へ出ていった。
「これは」
「な、凄いだろ」
大地は口から島に渡り、手を広げてクジラの頭の方を示した。海の底から浮上したクジラの頭からは高く高く豪快に水柱が立ち昇っている。水の柱とはクジラの潮吹きだったのだ。
「これで第三階層へ行けるね」
やれやれといった感じでX−メイが呟く。
「よーっし、行こう」
「おおっ!」
勢い良く振り上げた大地の手に応えるようにラビとガスの手も挙げられる。だが、その途端ぐらりと大地の身体が揺れ地面に倒れ伏してしまった。
「だ、大地っ」
「大地くん!」
苦しげに顔を顰め、大粒の汗を浮かべている大地に、X−メイは近付くと額に手を当てた。
「さっきのシャマンのせいだ。闇の気が未だ大地の身体から抜けきっていないんだよ。このまま行く訳にはいかないね」
「追い出すことは出来ないのかよ、ばあさん」
「ラビなら出来るかもしれないよ。さっきの魔動力はそりゃあ見事な物だった。無意識とはいえ、あれだけの力を持ってるなんて驚きだね。だから、その力を大地に注いで闇の気を追い出すんだ」
X−メイに言われラビは頷いた。
クジラの居る海岸から少し中に入った所にX−メイは魔法陣を描き、中央にラビと大地を配置する。円の端にマジカルゴとX−メイ達は移り、焚き火を囲んで待った。
今夜一晩、こうして大地の身体にゆっくりと光の気を送り込んでいく。急激に送ると相反するショックで死んでしまうかもしれない。
柔らかな敷物の上に寝かせた大地の手を握りしめ、ラビは目を閉じてゆっくり深呼吸した。
ぼうっとラビの身体が淡く輝き始める。手から大地の身体へ光の気は徐々に闇の気を払いながら流れ込んでいった。
「大地…目、覚ませよ……」
ぽつりとラビが呟く。初めて見た時から多分、魅かれていた。こんなことに巻き込むつもりは無かったのに一緒に旅をする内に、どんどんその気持ちは大きくなって、否定することも難しくなってきている。けれど、大地が側に居ると何故か反発してしまう。
このまま目を覚まさずに、闇の気に全てを奪われてしまったら、どうしたらいいのだろうとラビの心に戦慄が走り抜ける。
「大地」
苦しそうに僅かに開かれた唇に、ラビは自分のそれを押し当てた。次に首筋に残されたシャマンの締めた跡に唇を寄せ、癒すように舌先を這わせていく。
片手を握りしめたままもう一方の手で大地の服を緩め、開いたそこへ手を滑らせた。滑らかな胸を撫でさすり、唇を心臓の上まで持ってくると、強く吸い上げる。
くっきりと跡の付いたそこに頭を乗せ、大地の胸の鼓動を確かめるように聞きながら、ラビはベルトに手をかけた。
ゆっくり光を送り込むんだよ、というV−メイの注意が頭を過ぎるけれど、これ以上死んだように横たわる大地を見ていられない。全身を触れ合わせ、自分の中の全ての光を送り込んででも大地を闇から救ってやると、ラビは決心していた。
大地の身体から服を全て取り去ると、ラビは一旦離れて自分も服を脱ぎ捨てた。
呪文を唱え更に自分の身体が光の気に輝いた事を確かめると、ラビは大地にぴったり身体を合わせる。自分よりも小さい大地の身体をしっかり抱き締め、唇を合わせた。
「ドーマ・キサ・ラ・ムーン……」
徐々にラビの身体から放たれる光は輝きを増し、二人が乗っている敷物の周りに清い水がひたひたと湧き出てくる。青く輝く水は魔法陣の中をすっかり覆いつくし、まるで小さい湖の上に浮かぶように二つの身体は中央に浮かんでいた。
やがて鏡のように静かだった水面が沸き立つように動き始め、逆さまに降る雨のように細かい水滴となって天に昇っていく。
青い光の輝きも天を目指し、一本の柱となって輝いた。
「……ラ……ビ…?」
「大地っ、俺が判るか?」
「うん。あれ、俺どうしたんだっけ」
ふっと大地の瞼が開き、真っ直ぐにラビの碧瞳を見つめる。途端、ぎゅっと抱き締められて大地は、二三度瞬いた。
「ラビ?」
「大地、良かった……」
訳が判らず首を捻っていた大地は、漸く自分達が真っ裸ということに気付いて顔を真っ赤に染めてラビを押しのけようとする。
「なっ何で俺達裸なんだ?」
「闇の気に犯されたお前を、俺が光の気を送り込んで直してやったんじゃないか。感謝しろ」
「え…?そ、そうだったのか。ありがとう、ラビ」
むっとして言うラビに、大地は戸惑いながらも笑顔を向ける。眩しく見える大地の笑顔と裸体に、ラビは遅まきながら顔を赤らめ照れたように背けた。
「つたく、魔動戟士だったら、少しは闇の気を跳ね退けるくらいのことをしたらどうなんだ。あっさりやられちまったらとても聖地ルナには行けないぜ」
止めようと思ったときにはもう遅く、ラビは皮肉めいた口調で大地に言ってしまう。大地は笑顔を引っ込め、うなだれて地面を見つめた。
「ごめん……俺にはまだ、良く魔動力のこととか解らなくて。やっぱ地球人じゃ駄目なのかな」
しまった、と思いつつラビは舌打ちして大地の方を見る。どうしてこう自分は憎まれ口を叩いてしまうのだろうか、好きなのに。
「もう…いいから服着ろよ。水の柱は元に戻ったんだ。明日は第三階層へ行かなきゃならない。聖地ルナに近付くに連れて、もっともっと闇は力を増してくる筈だ」
「俺の力でも無いよりはまし…か」
「そんなこと…」
「大地くーん、ご無事でしたか」
否定しようとしたラビの言葉は、駆け寄ってきたガス達によって最後まで告げることが出来なかった。
「やれやれ、良かったねえ、大地。今晩は取りあえず休んで明日次の階層へ昇ろうかね。ガス、グリグリ、部屋に戻ってお寝み、あたしも後から行くから」
大地もだよ、と言ってX−メイは三人を龍の中に押し込めてしまった。残ったラビにくるりと向かい合ってX−メイは厳しい表情を作り見つめる。
「ラビ。あんたはとっても危険な事をしたんだよ。一歩間違えば大地は死んでいたかもしれないってことは、解ってるだろうね」
「俺が大地を殺す訳がない!俺の命に代えても」
きっぱりと言い切るラビの強い瞳に、X−メイは大きな溜息を付き背を向けた。
「そうだね……魔動力は何かを護りたい、助けたいと思うときが一番強くなれる。それが判ってるなら」
「べ、別に俺は大地を護るなんて思ってる訳じゃない。ただ……」
焦って言いつくろうとするラビに、X−メイは背中を向けたまま顔だけを振り向かせてにっこりと笑った。
「あんまり強情張ってると、離れていってしまうよ。あんないい子は、他の者だってほっとかないさ」
「ば、ばあさんっ」
からからと笑い、X−メイは籠の中へと入っていく。ラビは舌打ちして、腕を組みむっすりとふてくされた。
「あんな子供…好きになる物好きなんているもんか。戦士としても一人前じゃねえし、あんな細っこい身体で」
人差し指を立てて独り言ちていたラビは、ぱっと頭に浮かんだ大地の肢体に顔を赤らめた。
どきどきと心臓が鼓動を早め、血流が下半身の一部に集まっていく。ぎょっとしてラビは頭を振ると、拳でぽかりと自分の頭を叩いた。
「何考えてんだ。あいつは男だぞ…好きは好きだけど、こういうのは変だろ」
その男に何度も口付けをしているのは一体何故なんだ、と自問する。自分はあいつが欲しいのか…と。
「大地…」
ぽつりと呟いてラビは大きく息を吐き、籠の中に入っていった。
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