Rouge Feu 2-1

 

 何とか魔樹王を元の樹精に戻して第一階層を抜けた一行は第二階層へとやってきていた。
 「うっひゃーっ!何で月の中にこんな海があるんだ?」
 目の前に現れた広大な水に大地はびっくりして叫んでしまう。もしかして大きな湖か?と舐めてみたけれどしょっぱくて、これは確かに海なのだと実感した。
 「第二階層は水の柱で支えられているんだよ。あたしがここを出る前まではあっちの方に煌めく柱が見えたんだけどねえ」
 溜息を付きながらX−メイが水平線の彼方を見やった。つられて大地も見つめるが柱など見えず、ただ黒い雲が天に向かって立ち昇っているだけだ。
 「さてと、何時まで見ていてもしょうがない。行こうかね」
 「海グリ海グリー!お魚さんいっぱいグリ」
 ばしゃばしゃと波打ち際ではしゃぐグリグリを微笑んで見ていた大地は、隣に不機嫌そうに突っ立っているラビを見て首を捻った。
 「三人とも、筏を作りたいから材料を取ってきておくれでないかい」
 「はい、おばばさま」
 「えっ、どうやって筏にする木切るんだ?」
 素直に類いて歩き始めたガスを見て、大地は躊躇いX−メイに訊いてみる。その答えは暫くして向こうからやってきた。
 「お待ちどうさま、こんなもんでよろしいでしょうか」
 「こんなもんだね」
 ぎょっとして大地はそこから飛び退いた。ガスが一人で山のように抱えてきた材木は、とても人の力で運べたような量ではない。しかし、ガスは軽々と次々に運んできてその場に下ろしていく。
 「ほら、二人とも見てないで縛っておくれ」
 「は、はい」
 籠から取り出したロープを渡され、大地は置かれてある材木を筏の形に整え始めようとし、突っ立っているラビに声をかけた。
 「ラビ、手伝ってくれよ。一人じゃできないよ、こんなの」
 「嫌だ」′
 「な、何言ってんだよ」
 むっすりとして顔を背けるラビに、大地は驚いて立ち上がり近付いていく。
 「こんなへなちょこ筏で海へ出ようなんて。絶対嫌だ!」
 不審そうな表情をする大地に、きっぱりとラビは言い捨てる。それが何故であるかに思い至って大地は呆れて頭が痛くなってきた。
 「ラビ……お前泳げないからって、そんな」
 「ばらばらになっちまうぞ、そんなの。俺は嫌だぞ」
 まるっきり子供のような論理に本当に呆れて大地は溜息を付いた。確かに筏程度で海を渡ろうなんてことは難しいのかもしれないけれど、他に方法がないのだ、多分。X−メイがそうしろって言うんだから。まさか、それこそ泳いで行くわけにもいかないだろうに。
 「馬鹿な子だねえ、何言ってるんだい。さっさとおし」
 ふわふわとX−メイが来てラビを叱りつける。だがラビはがんとして動こうとしなかった。
 「やれやれ、とにかくガス、大地、適当で構わないから縛っておくれ」
 「はい、おばばさま」
 「うん」
 筏を組み立て、取りあえずロープでもって縛っていく。できあがったそれは、確かにラビでなくともあんまり乗りたいと思える代物ではなかった。
 「それじゃ……ヤラレッパッパ」
 筏の前にX−メイがやってきて、こほん、と咳払いを一つすると呪文を唱え始めた。すると見る見るうちに筏は下手な小舟よりも頑丈で立派な物になっていく。
 「はー、魔法ってほんとに便利」
 感心するように言って、これならそんなに嫌と言えないだろうと大地はちらとラビを見た。相変わらず顔をしかめてはいるが、大地と視線が合うと不承不承頷いて見せる。
 「仕方ねえな、どうしても乗ってくれってんなら、乗ってやるよ」
 「大丈夫ですよ、多少の波では壊れそうもありませんから」
 「多少じゃない波が来たらどうすんだよ」
 のほほんと言うガスにラビは突っかかっていった。
 「いい加減におし、さっさと行くよ」
 X−メイの一言でラビはようやくぶつぶつ呟きながらもそれに乗り込む。マジカルゴと大地達も乗り込んで大海原への航海が始まった。
 どっちを向いても水ばかり、と言うわけでもなく、あちこちに島が点在している。それぞれに人が住み生活しているのだろうが、急ぎ旅なものでいちいち寄っていられないとX−メイは筏の速度を速めさせた。
 帆を張っている訳でもないのにどうやって動いているのだろう、多分これも魔法というものなんだな、と大地は上機嫌で筏の先頭に座り広い海原を見渡していた。
 「おい、あんまり乗り出すと落ちるぞ」
 「平気だよ、俺泳げるもん」
 マジカルゴの背中から決して降りようとしないラビに声を掛けられ、大地はにっと笑って言い返した。その応えにむっとするラビに、大地は立ち上がって側まで行く。
 「でもおかしいなあ、水の戦士なのに何で水が怖いんだ?」
 「うるせーな、しょーがないだろ」
 「泳ぎ教えてやろーか」
 「いらんわ」
 ぷいと顔を背けてむくれるラビに、大地はくすくすと笑ってマジカルゴに背を預け軽く目を閉じた。風が髪をなぶり通り過ぎていく感触がとても気持ちいい。こんな風にしているととてもここが月で得たいのしれない連中と載っているのだと言う気がせず、レジャーランドにでも遊びに来た感じだ。
 「お、ありゃなんだ?」
 「え?」
 慌てた様子のラビの声に、大地は閉じていた目を開けて立ち上がるとその見ている方向に目を走らせた。筏が進んでいる島と島の間の海が泡立っているように見える。
 不穏な、腹に響くような音も聞こえ大地は籠に頭を突っ込んでX−メイを呼んだ。
 何だい?と顔を出したX−メイに指さして異変を知らせると、彼女は厳しい顔をして筏の方向を島の一つに向けさせる。だが、筏はゆっくりとした動きで異変のある方に引きずられて行くようだった。
 「大地、ガス、筏を押しとくれ」
 魔法の力にも限度があるのか、そう頼むX−メイに頷いて大地とガスは海に飛び込み筏の後ろに回って押し始めた。こんな場合泳げないラビは指をくわえて見ているしかない。
 「ちっ、何だってんだよ、あれは」
 「大渦巻だよ、でもあそこまで大きくはなかった筈だ。とにかくあの島まで頑張って着けないと、あの渦に飲み込まれてばらばらになってしまうよ」
 「何だって!おいっ二人とも命がけで押せ、頑張れっ」
 「判ってるよ、頑張ってるだろ、まったくロだけなんだから」
 「なんだと」
 必死で泳いでいる自分達の目の前に座って無理な注文をするラビに、大地はちょっと腹が立って言い返してしまった。途端にラビの目がつり上がり腕を伸ばして大地を捕まえようとする。
 「わわっ」
 「あっ」
 ラビに掴み掛かられ、避けようとした途端手が滑り、大地は筏から離れ流されてしまった。ラビもまたバランスを崩し海に落ちてしまう。
 「うっ……」
 「大地くーん、ラビくーんっ!」
 ガスの叫びが聞こえ、大地は一旦沈み込んでいた身体を水面に出し、辺りを見回した。遠くに筏が見えるがラビの姿は見えない。はっとして大地は大きく息を吸い込むと海の中へ潜っていく。
 目を開けて必死に探すと金の髪が水面から差し込む光に映って輝いた。それを目印に泳いで近付いていくと、力の抜けたラビの身体を抱えて水面へと上がっていく。
 「ぷはっ、ラビ、ラビっ、しつかりしろよ、大丈夫か?」
 目を開かないラビに、大地は焦って筏へそのまま泳いでいこうとした。だが、潮の流れは速くとても追いつけそうにない、それどころか波に翻弄されこのままでは自分も溺れてしまう。どうしよう、とパニックしていた大地は、急にラビごと水面の上へ身体を持ち上げられて驚いて下を見た。
 大きな大きな鮪が二人を背中に乗せて泳いでいた。ぎょっとして片手で背びれを掴み振り落とされないようにしがみつく。鮪は筏の後を追うように泳ぎ島の一方に近付くと急に止まった。
 「あ、有り難う、助けてくれて」
 この辺ならばもう足が砂に着くだろう。礼を言って立ち上がった大地が気を抜いた時、腕からするりとラビが抜け落ち波打ち際にはまってしまった。
 「ぶはっ、わー、たったっ」
 「ラビ、足、着くよ」
 「へ……な、何だ…」
 ばしゃばしゃと水を跳ね散らかして暴れていたラビは、鮪ら降りた大地の冷たい一言に我に返って動きを止める。確かに座り込んでいても水は胸まですらきていなかった。
 「この魚が助けてくれたんだ」
 「げっ、でけー」
 鮪は暫く二人の方を見ていたが、突然笛の音のような物に反応し、泳ぎ去っていく。その方向を見ると筏の側に二人を救ってくれた魚よりもっと大きな鮪が二匹居て、その上には髪を束ねた女性が立っていた。
 「大丈夫だったかい、二人とも」
 「全く、あの大渦をこんな筏で渡ろうなんて無理もいいとこだわ。ばらばらになっちゃうわよ」
 二人がやっとX−メイ達の所まで行くと、魚から降りた女性がにっこりと笑って言う。
 「所でもしかしてあんたかい?この大渦巻きの水先案内人って言うのは」
 「ええ、私はスナービ、あなた達がこの渦巻きを渡りたいって言うなら、それ相応の金額で私が案内するわ」
 「えーっ、金払えってのかよ」
 ラビが呆れたように怒鳴り彼女に言う。スナービはにっこり笑って頷いた。
 「これが私の仕事だもの。お金がないなら……そうね、あなた達丈夫そうだし、仕事を手伝ってくれたら案内してあげるわ」
 げげっとなって三人は顔を見合わせた。逆らおう間もなく三人はあれこれと命令され仕事をこなしていく。彼女が飼っている魚に餌をやったり、掃除や洗濯果ては食事までこさえて漸く一通り仕事をこなすと、彼女は休んで良いと言ってくれた。
 「あら…君、服が破れてる。貸してご覧なさい」
 スナービは仕事の途中で破れたらしいラビの服を目敏く見付けると、抵抗するのも無視してそれを取り繕い始めた。ふてくされながらそれを見ているラビの目に、ほんの僅かな憧憶を大地は見い出して不思議に思い見つめた。
 明日渦巻きを渡る為に今夜は早く寝ようとみんなが寝付いた後、大地は寝床を抜け出して海岸へ出ていった。渦巻きの音が低く海鳴りの音に混じって聞こえ、踏みしめる砂の感触を感じながらゆっくり波打ち際を歩くと本当に地球に居るようだ。
 でも、空に掛かっている筈の月は無い。ここが月の中なのだから当然だろうけれど、それなら何故昼と夜があるのだろう、一応理工系の大学生を目指していた大地は首を捻って空を見上げた。
 ここへ来てから何日たっただろうか、カレッジは未だ始まってはいないだろうか。自分は帰れるのだろうか。
 「何ふらふら歩いてんだよ、大地」
 「ラビ」
 ぽん、と後ろから背中を叩かれて大地は驚いて振り向いた。夜の闇にも負けない輝く金色の髪を風になびかせラビが立って不思議そうな表情で大地を見ている。
 「眠れなくて、ちょっとね」
 「俺もだ」
 え?と驚いた表情で見る大地に、ラビはふいと顔を背けて歩き出す。慌てて後を追うように歩き始めた大地は、ずっと黙っているラビにいたたまれなくなって何でもいいから、と話題を探し口に出した。
 「スナービさんてラビのタイプにしちゃ、随分年上みたいな気がするけど、気になる?」
 ぴたりとラビの足が止まる。もしかして怒ったのだろうかと、大地はうっかり言った事に後悔した。
 「……別に、タイプじゃない。俺はもっと歳相応の可愛い子ちゃんが好きなんだ。そうじゃなくて」
 大真面目に大地の言葉に応え、ラビはその後を口ごもる。他に何か理由があってあんな目で彼女を見ていたのだろうか。
 「戻るぞ」
 くるりと身を翻し、ラビは足早に家へ戻り始める。大地は続きを訊きたいような、訊いてはいけないような気分でゆっくり後を着いていった。
 次の日、スナービの案内で島から離れ、大渦巻きに向かっていく。渦の流れは激しくマジカルゴと大地達を乗せた舟は木の葉のように揺れて壊れそうだった。
 「うっひゃー、目が回るグリ」
 こんな時でもグリグリははしゃいでいる。隣のX−メイは目が回って頭が痛くなったからと、龍の中に引っ込んでしまった。
 「だ、大丈夫なのかよ!」
 「今まではこんなに激しく無かったわ。最近になって急に、きゃあぁっ!」
 大声でラビが必死に掴まりながら、前で魚を操っているスナービに声を掛けると、彼女は答えようとしてバランスを崩し海に落ちてしまった。
 「スナービっ」
 「ラビ、危ないっ」
 慌ててラビは彼女を助けようと舟の端まで行って手を伸ばしたが、もうちょっとという所で届かない。焦れてラビは身を乗り出した。
 「うわわっ」
 スナービの手を掴んだと思った瞬間、ラビも渦の勢いに巻き込まれそうになった。その後ろから大地とガスが二人を掴んで引っ張り上げ、漸く助けることが出来ほっと息を付いた時、高らかな笑い声と共にシャマンが空中に姿を現した。今回は始めから邪動王の甲胃姿でこちらを見下ろしていた。
 「この渦巻きに飲まれてばらばらになるがいい」
 「シャマンっ」
 シャマンの放つ閃光が舟を襲い、当たらぬまでも波飛沫を上げて舟は転覆しそうになる。だが、こんな場所では三人とも魔動力を使う事は出来ない。
 「ちっくしょう、このままじゃやられる」
 「どうしたら……あっ、そうだ」
 ぽん、と手を打って大地は渦巻きの中心方向を舟のヘリに捕まりながらじっと見てみた。高速に回転する物の中心は静止しているのが普通である。案の定、遠く、深い場所に見える渦巻きの中心は止まっており、もっと良く見ると地面の土さえ見えるではないか。
 「よーし」
 「おい、大地っ、何してんだ!」
 縁に足をかけ飛び込む格好をしている大地に、驚いてラビが訊き止めようと手を伸ばした。だが、一瞬遅く端を蹴って渦巻きの中心を目指し飛んだ大地に、ラビは真っ青になって自分も飛び込もうと身を乗り出した。
 「待って下さい、ラビくん」
 「離せよっ、大地が!大地が溺れて死んじまうっ」
 「大丈夫です、あれを見て下さい」
 ガスを振り払おうとしたラビは、促されて指さす方向を見た。何とか無事に渦の中心に降り立った大地がそこで魔動銃を取り出し魔法陣を描いている。
 「な…あいつ……」
 ぽかんと見つめて驚いているラビの前で大地は変化を遂げ、大地と炎の魔動王ダランゾートの甲胃を身に纏い抜き身の剣…エルディカイザーを持ってシャマンに対峙していた。
 「こい、シャマンっ」
 「ふっ…魔動戦士になってから日も浅いというのに、地球の人間が私に刃向かうと言うのか、面白い、来いっ」
 シャマンも暗黒剣を持って大地に向かっていく。渦巻きの中心で二人の剣が火花を散らして打ち合わされ、魔動力と邪動力の反する力がぶつかっていった。
 「うわあーっ」
 シャマンの剣が大地の身体を跳ね飛ばし、渦巻きの内側に当たって弾かれ中心の地面にたたきつけられる。二重のダメージに大地は地面に蹲り、はっと顔を上げた。
 「とどめだ!」
 シャマンは剣を突き立てるように逆手に持ったまま真っ直ぐ降りてくる。大地は剣を両手に持って頭上に上げ、よろめきながら心に浮かんだ言葉を叫んだ。
 「炎の精獣よ、いでよ、サラマンダーっ!」
 叫びと同時に地面から大地の身体、剣を覆うように炎の獣が現れ、敵であるシャマンに向かい立ち昇っていく。驚くシャマンを覆いつくすようにサラマンダーは吼えながら纏い付き、牙を剥いた。対抗するシャマンの蒼い炎とぶつかりあってすさまじい力が渦巻きすら覆いつくしていく。
 「ぐわあぁっ…くっ!……これは。くそっ、今日の所は見逃してやる」
 炎にまかれ、苦し紛れに言うとシャマンは姿を消した。がくりと地面に膝を付く大地の上に、爆発と衝撃によって渦巻きが消され水が滝のように流れ落ちてくる。
 「だ、大地ーっ!」
 「大地くーん」
 呆然と戦いの様子を見ていたラビとガスは、すっかり平穏になってしまった海面に愕然として大地の名を叫んだ。
 「ちっくしょう…あの馬鹿」
 「探しにいってきます、私は泳げますから」
 ダンッ、と舟の縁を拳で打ちつけるラビに、そう告げるとガスは海に飛び込もうとした。その肩を叩かれ、ガスがはっとして振り返るとスナービがにっこり笑って海面を指さして見せる。
 「ほら、大丈夫よ、もう」
 「大地くん」
 「大地…」
 魚の背に乗った大地が、元気良く手を振って舟の方に向かってくる。それを見た二人はほっと安堵の息を吐いた。
 大地を舟に乗せ、次の島まで動き始めた頃再び海面は渦を巻き始め、すっかり元通りになる。スナービと別れた一行は取りあえずこの大きな島づたいに先に進むことにした。
 「いいのか、あんなにあっさり別れちゃって」
 手を振って去っていくスナービを見送りながら大地は隣で手を振っているラビに訊ねた。何となくあの時の瞳が気に掛かるのだ。
 「何でそんなこと聞くんだよ」
 「いや、もしかして好き、だったんじゃないかと……だってラビ水苦手なのにあの人を助けようとしてもう少しで海にはまる所だったじゃないか」
 怪訝そうな表情をするラビに、続けて大地は言った。ラビはそういうことかと暫く答えを探していたようだったが、くるりと身を翻すとさっさと歩きだしてしまう。
 「ラビ」
 「母さんって、あんな感じかな…と思って。なーんちゃって、大体あんな年上いくら俺だって守備範囲外だぜ、はっはっは」
 追い付いた大地に聞かせるでもなくぽつりと呟いたラビは、突然おちゃらけでごまかし笑いをしてくる。だが、その瞳には憧憬が僅かに残っていた。
 ラビのお母さんって、と訊こうとした大地は口を閉ざし黙って隣を歩いていく。何となく訊いては行けない気がしたし、もし話してくれる気になったら何時か話してくれるだろう。
 「あ、それより大地、お前何故あん時いきなり飛び込んだっ?死ぬほどびっくりしたんだぞ」
 「え?だってあの時はあれ以外方法が無いと……死ぬほど、びっくりした?ラビが?」
 驚いて大地はまじまじとラビの顔を見つめた。あの時は夢中で良く判らなかったけれど、自分を追って飛び出しそうになったのをちらりと見た気がする。
 「う、俺の方が先輩なのに、お前ばっかり活躍されたらたまんねえからな」
 微かに頼を赤く染めてラビは顔をぷいと背けると、そう言い捨てて足早にマジカルゴの方に歩いていく。慌てて大地も後を追いかけた。

 深い闇の通路を抜けたそのまた奥に、ひんやりと冷気の立ちこめる空間が開いている。大きく四つに別れたその一つずつはそれぞれの居住者の好みに合わせて形作られてはいたが、闇の気が立ちこめているのは同じだった。
 「どうしたの、シャマン。あーんな子供に手こずるなんて、情けなさを通り越して笑えてくるわよ」
 ふわりと空中から湧き出るように姿を現した赤く長い髪をしたきつめの美女に、椅子に座って思案していたシャマンは眉を潜めた。
 「断りもなしに入ってくるな、エヌマ」
 「私だったら魔動戦士の一人や二人、軽く殺せるわ。アグラマント様にお願いしてみる?手助けが必要だと…」
 嘲るように笑みを浮かべも下ろすエヌマに、シャマンは冷たい一瞥をくれ、ふっと笑った。その絵もー身が気に障ったのかむっとした表情でエヌマは滑るように降りてくる。
 「何がおかしい」
 「奴等の力を侮るな。特に、大地と炎の魔動戦士の力はまだまだ未知の部分が多い」
 「随分弱気だね、いいわ、どれほどの力か試してみようじゃない」
 ふん、と鼻先で笑いエヌマは姿を消した。
 「……大地と炎の魔動戦士か」
 ぽつりとシャマンは呟き、片手を上げて微かに呪文を唱える。手の先にぽっかりと黒い空間が現れ、そこに自分と戦った時の大地の姿が現れた。
 「面白い……」
 水の魔動戦士、ラビと戦った時には感じなかった高揚感がシャマンの身を焦がす。にやりと笑ったシャマンはその空間の中の大地に手を触れ、ぎゅっと握り潰した。
 「こいつは俺が倒す」
 低く笑いシャマンは闇の中に姿を消した。


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