「なーんかい言ったらわかるのよっ! そうじゃないって言ってるでしょ。もっと切ない声で、はいもう一度」
「そんなこと言ったってえ〜。レイちゃんまだやるの」
 授業が終わった後、音楽室でさっそく稽古していたみんなは、さっきからうさぎ一人の場面で止まったままの状況にぐったりしていた。
 場面は聖戦士のリーダーであるうさぎが、敵のブラックナイトに何故か心惹かれるものを感じるところである。プリンセスを守り、ナイトに淡い恋心を持っている筈なのに、敵に惹かれるのが不思議で苦しい…という感じを台詞等で表さなければならない。
「これじゃ初日に間に合わないわ」
「初日って、学園祭は一日しかないじゃないか」
 眉根を寄せてぶつぶつ言っているレイを見て、ぽつりとまことは隣の亜美に言った。苦笑しながら亜美も頷いてはいるが、その目は参考書を追っている。
「今日はセイヤ君達来ないのかしらね」
 そわそわしながら美奈子は窓の外を見ていたが、外を見慣れた影が通るのを見て、はっと目を見開いた。
「がんばってるかい」
「差し入れを持って来たわよ」
 からりと戸が開いて、はるかとみちるが中に入ってくる。その手にある箱を見ると、うさぎの目が輝いた。
「わぁい、それって、駅前のおいっしいケーキ屋さんの箱ですよね」
「そうよ、みんなで食べてね」
 うるうると嬉しそうに目を潤ませてみちるに懐くうさぎを、むっと見てはるかは肩に手を掛けた。
「まずケーキに目がいくなんて、お子様だな」
「あら、はるか、嫉妬なんて醜くてよ」
 くすりと笑ってみちるはケーキの箱を持ったまま、うさぎの手を取りはるかから引き離した。勢い余ってみちるに抱きつくような形になり、うさぎは良い香りにうっとりとなってしまう。
「ケーキより…良い香り、みちるさん」
「みちる!」
 三人の様子を呆然と見ていた一同は、大きく溜息を付いた。
「少なくとも、ケーキよりはみちるさんの方が勝ったってことか」
「…で、はるかさんは、ケーキとみちるさんとうさぎのどれに嫉妬してるの? なんか不毛ね」
 まことと美奈子が呟いた時、漸くレイが動き額に青筋をたててみちる…いや、ケーキからうさぎを引き離した。
「ろくろく台詞も言えないあんたに、ケーキを食べる資格はない!」
「ひどーい、レイちゃんの意地悪! ケーキ食べたら元気百倍できっと上手に台詞言えるようになるから、ね、レイちゃーん」
 潤んだ瞳で見つめられ、レイの顔が赤く染まった。
「仕方ないわね…じゃ、ちょっと休憩しましょうか。でも、あんたはその後で特訓よ」
「げっ、もういや〜」
 レイにきっぱり言われて、うさぎはぺたんと床に座り込んでしまった。

 とっぷりと日が暮れ、星が輝き初めてもレイの特訓は終わらない。亜美は塾を休むといって残ろうとしたが、うさぎに自分のために休むことないと言われて渋々学校を出ていき、まことも躊躇いながら喫茶店用の衣装を作らないといけないからと帰っていった。
「はるかさんとみちるさんは帰らなくていいんですか? 無理に私に付き合わなくても」
 ちらりと暗くなった外を見つめ、うさぎは二人に言った。二人は顔を見合わせると、にっこり笑ってうさぎに応えた。
「心配しなくても、帰りたくなったら帰るよ。それに、可愛い女の子をこんにとこに置いてけないだろ。どっかの狼が狙ってくるかもしれないし」
「狼に自分がならないようにね」
 くすりと笑っていうみちるに、はるかは苦い顔を見せた。
「美奈子ちゃんも帰っていいよ。もう遅いし…」
「何言ってるのよ、同じ補習仲間じゃないの。私も残るって。レイちゃん一人じゃ心許ないし…」
 後の方はぼそぼそと口の中で美奈子は呟いた。レイと自分対はるか&みちるでは互角になるかどうか判らないが、一人よりは二人の方がいいだろう。
「ごめんね、私のために」
「うさぎちゃん…」
 悔しそうに俯くうさぎを、美奈子はそっと抱き締めた。
「ちょっと、外の風に当たってくるね。気分を変えれば出来るようになるかもしれないし」
「じゃあ、私も」
「…ごめん、一人になりたいの」
 一緒に行くと言おうとしたレイに、うさぎは小さく呟き外に出ていった。屋上に上がると、空一面に星が見える。うさぎは金網を握り締め、ぼんやりと空を見上げた。
「何ぼーっとしてんだよ、おだんご」
「セイヤ! びっくりした、今日はもう来ないと思ってた」
 後ろからいきなり声を掛けられ、うさぎは驚いて振り返った。微かに笑みを浮かべて星野はゆっくり近付くと、うさぎの隣に並んだ。
「随分頑張ってんだな、こんな遅くまで練習か? もう居ないだろうと思ってたよ」
「うん、台詞とか、あんまり覚えられなくて、レイちゃんにも怒られっぱなしなんだ。せっかくセイヤ達と仲良くなれるようにって、やってくれてるのに、足引っ張っちゃって」
「俺たちと?」
 不思議そうに訊く星野に、あわあわとうさぎは手を振ってごまかした。
「そ、それよりぃ、怪我もう平気なの? …ごめんね」
「大丈夫だって。で、どこが上手く行かないんだ? お前、あんまり台詞ないじゃないか、みんなちゃーんとそのへんも考えてるんだな」
 にやりと笑ってはいるが、心配してくれているのだと判って、うさぎはカチンときながらも小さい声で答えた。
「…ブラックナイトが気になって、何でこんなに苦しいんだろうって思うところだよ」
「何で気になるんだ?」
「それがわかんないから苦労してんじゃない」
 むっと言い返すうさぎに、星野はずいと顔を近付けて囁いた。
「好き…なんじゃねえの…そいつが。いくらナイトを想ってても、プリンセスがいるから見込みないだろ。本物の恋じゃないのさ。そして、別の恋を見つけて幸せになる…」
「せ、セイヤ…」
 真剣な顔で見つめる星野に、うさぎの胸は本人の意思を無視してどきどきと高鳴っていく。唇が触れ合いそうになるくらい近付いた時、うさぎははっと身体ごと顔を背けた。
 ガシャンとうさぎの両脇の金網に手を突き、星野は身体を封じ込める。びくりと俯いていた顔を上げるうさぎの首筋に顔を埋め、星野は背中から抱き締めた。
「そいつじゃなきゃ、駄目なのか。俺はずっと側にいて守ってやる。俺じゃ駄目か…」
「セイヤ…」
 強く抱き締められ、項に口付けられて、うさぎは電気が身体に走ったようにしびれを感じ、膝から力が抜けていった。腕の中でうさぎの身体を反転させ、星野は口付けようとする。が、その時エネルギーの固まりが星野に向かって飛んできた。
「あっぶねーな、いきなりそれか」
「…その子から手を離せ」
 ひょいとうそぎを抱えたままそれを避けた星野は、きつい光を瞳に浮かべ、扉の所に行っているセーラーウラヌスの姿を睨み付けた。
「…欲しいなら、腕ずくで取ってみなさいよ」
 一瞬のうちにセーラースターファイターの姿に変身し、うさぎを背に庇ったまま不適に笑う星野に、はるかは切れた。
「良い度胸だ、望み通り腕ずくでも取り返す!」
 ばちばちと交わった視線が火花を散らし、二人は一触即発の様子で対峙した。
「ちょっと待ってくださいよぉ、こんなとこで何やってんの」
「切れてるわね、はるかは。止めるのは簡単にはいかないかもよ」
 恐る恐る扉から顔を出して止めようとする美奈子に、冷静に、だがちょっと面白がっているような感じでみちるが判断する。
「まあったくもう、時間がないってのに。こうなりゃ、出たとこ勝負でやるっきゃないかもね」
 頭をがりがりと掻きながら、レイはその様子を見て諦めたように言った。
「つかぬことを訊きますけど〜、ラストどうするつもりな訳?」
「出たとこ勝負って言ったでしょ。なるようになるわよ」
 美奈子の問いに、大きく溜息を付くと、レイは呆然と二人を見ているうさぎに近付いていった。
「ほら、しゃんとしなさい。これを止められるのは、あんたしかいないのよ」
「どーして? どうすればいいの…」
 じりじりと二人は間合いを詰め、今にも取っ組み合いを始めそうである。 レイは、こんなことしたくないのだと頭を抱えながら、うさぎをはるかの方に向けて言った。
「二人にキスでもしてやんなさい。多分、止めるでしょ」
 え、と驚くうさぎの背中を強く押し、はるかも方へ押し出す。うさぎははるかの腕の中へ飛び込み、僅かに躊躇った後、言われたように唇の端に触れるだけのキスをした。
 その途端、硬直して動きを止めたはるかを見て、なるほどと納得し、ついで星野の方に駆け寄り、その頬にも口付ける。二人とも今は戦闘形なため、女の子の姿だってせいか、キスするのにあまり抵抗はなかった。
「あらまあ、凄い。ちゃんと止まったわ」
 うさぎを連れて扉まで来たレイに、美奈子は感心して言った。
「さあさあ、今日はもう帰ろ。これ以上学校に被害が出ないうちにね」
「でも、練習は?」
「後は本番でなんとかなるでしょ。あんたはきっちり台詞くらいは覚えてきなさいよ」
 頷くうさぎに、にっこり微笑みかけ、レイはそう言うと腕を引っ張り中へ入っていく。美奈子も慌てて後に続き、屋上にははるかとみちる、星野だけが残された。
「この決着は本番で着ける」
「望むところ…あの子を手に入れるのはどっちか、勝負ね」
「二人とも、王子様のことをすっかり忘れてるわね」
 微かに呆れたように口調を滲ませ、みちるはやれやれと溜息を付いた。

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