結局あれからいくらも稽古できないうちに、とうとう学園祭当日がやってきとしまった。舞台となる体育館には人が溢れんばかりに詰めかけている。それはそうだろう、たかが学園祭の舞台とはいえ、アイドルスリーライツと海王みちるが出るのだから。
「凄い人ねえ…」
「これでも一応、学校関係者以外は立ち入り禁止にしてあるんだけどな」
「どうしよう、これで認められてアイドルデビューなんてことになったりして」
舞台の袖でスタンバイしながら客席の様子を窺っていた三人がそれぞれ言っている横で、レイは脚本を片手にペンを持ち、難しい表情でじっと見つめている。
「…なんとか無事に終わりますように」
ぶつぶつと一心に印を唱えているレイに、三人は冷や汗を浮かべて苦笑した。
劇は無事に進み、悪役とされているスラーライツが登場すると、悪の魅力ということなのか、格好いいと嬌声が上がった。はるかのナイトとみちるのプリンセスが登場すると、また別の嬌声が上がる。
ちゃくちゃくと話は進んでいき、ナイトとプリンセスが次の場面でブラックナイトに追いつめられ、聖戦士達が助けに駆けつけるところとなった。
「ちょっと来て」
「なんですか、みちるさん」
未だに台詞を全部覚えていないうさぎは、みんなとは反対側の袖で必死に読んでいた。最悪の場合、亜美がプロンプターとして付いてくれることになっているが、なるべく迷惑は掛けたくない。
そこへみちるが現れ、手招きをする。はて? と首を傾げながら楽屋となっているロッカールームに入ったうさぎは、ぱさりと布の固まりを身体に掛けられて悲鳴を上げた。
「うわっ、な、何?」
「ほら、動かないの。…うーん、こんなものかしら」
驚いて立ち竦むうさぎの周りで、みちるはてきぱきと動き、布の形を整えていく。ただの布かと想っていたそれは、美しいドレスとなってうさぎの身体を覆い尽くした。
「はら〜まあ、ドレスになっちゃった…って、何で私がドレス着るんですか? プリンセス役はみちるさんじゃあ」
みちるも役柄のドレスを着ている。不思議そうに見るうさぎに、ふふ、と笑いかけるとみちるはその手を取って舞台へと駆け出した。
「いい、すぐ出番よ」
「で、でも、この格好で…あ、みちるさ〜ん」
ぽんと肩を叩いてみちるは風のように去っていった。ぽかんとして見送ったうさぎは、出番を告げる音楽に慌てて飛び出した。
「見なさい、あれが私たちの本当のプリンセス、そしてあなた達の求める希望の光」
「えぇっ?! …あ、あたしのこと?」
一段高くなっている舞台の奥に立つうさぎを、ぴしっと指さしみちるは高らかに宣言した。きょろきょろと辺りを見回し、うさぎはみんなの視線に自分を指さす。
「そうだ、今まで欺いてきたが、それも本当のプリンセスを守るため。今行きます、プリンセス」
はるかは一瞬みちるの言葉に驚いていたが、直ぐに気を取り直しうさぎの方へ駆け寄ろうとした。だが、その前に星野が立ちふさがる。
「そうはいかない。希望の光は俺たちに取っても大切な物。プリンセスは俺が頂く」
作り物の剣で本格的な立ち回りを繰り広げる二人に、周りはしばし唖然として見ていた。
「どういうことなの」
「これって、レイちゃんの脚本のラスト?」
「そんな話、聞いてないわよぉ」
袖にいるレイの方を見ると、魂の抜けたような顔で立っている。その様子に三人は、こりゃ駄目だと両手を上げた。
「どーしてこうなるの」
「でも、お客様には受けていてよ」
悔し涙を浮かべて脚本を握り締めるレイの側に、いつの間にかみちるが近寄ってにっこり笑顔で囁いた。はあ、と肩を落とし、レイはせめて無事に終わりますようにと再び祈り始めた。
うさぎの隣に飛び上がり、星野はぐっと腰を抱き寄せる。驚くうさぎを笑顔で見つめ、星野は顔を近付けた。
「馬子にも衣装だな…似合うぜ、とっても」
「なんですってぇ! あ、こら、ちょっと離しなさいよ。あんたはプリンセスを殺して国を奪おうとする悪い奴なんでしょうが」
「希望の光を殺したりできるもんか。それに、プリンセスと結婚すれば、殺し合わなくても国は奪えるだろ」
「あ、そうか…」
「納得してる場合かっ! 離せっ、その子は僕たちのプリンセスだ」
風を切り、はるかの剣が星野の肩を掠める。一瞬怯んだ隙にはるかはうさぎを取り戻した。
「離れてろ」
「あ、あの〜、はるかさんはみちるさん、じゃなくてプリンセスを守らなきゃいけないんじゃあ」
「守ってるだろ、君が本当のプリンセスなんだから…とても大事な、僕の…」
にこりと笑ってはるかはうさぎの頬にキスをした。途端に、客席から悲鳴が上がる。きりりと眉を上げ、額に青筋たてて星野ははるかに打ちかかっていった。
狭い高台の上での立ち回りは、緊迫感に満ちていたが、それに感心している場合ではないと、うさぎが下に降りようとした時、うっかり足を踏み外してしまった。
「きゃああっ」
「おだんご!」
その時近くにいた星野が手を伸ばし、腕の中に抱き込む。だが、崩れた体勢は直しようが無く、足場を失った二人は下へ落ちてしまった。瞬間、会場の中が真っ暗になった。抱き込まれて怪我もなく舞台に落ちたうさぎは、わっと息を吐くと、自分を庇った星野を案じて顔を上げる。
声を掛けようとした唇が何かで塞がれ、うさぎは身を硬直させた。
「逃げるぞ」
唇を離すと、星野はそう呟いてうさぎを抱えたまま袖口に走っていった。明るくなった舞台には、二人以外の人間が呆然として立っている。
「まあ…プリンセスとブラックナイトは駆け落ちしてしまったようね」
「みちる!」
「どうすんだよ、この後」
「さあ、こういうの飛ぶ鳥後を掻き回しって言うのよね」
「…後を濁さずよ…美奈子ちゃん。それに意味違うわ」
ぼそぼそと三人が言い合う中、みちるが舞台の中央に立って、にっこりと客席に笑いかけた。
「このままでは私たちの国も、あなた方の国も希望の光を失って潰れてしまいますわ。二人を捜しにみんなで旅立ちましょう」
「そんな終わりでほんとに良いのか?」
「仕方ないですね。今は手を組みましょう」
呆れたように言い、大気と夜天がみちるの方に歩み寄る。亜美達もみちるの所に集まり、頷いた。
「絶対、連れ戻す! みんないいな!」
「おおーっ!」
はるかの熱のこもった号令にみんなは拳を突き出す。観客はさっきからのノリで拍手喝采し、幕がするすると下りた。
「…良くないわよ……」
ただ一人、袖でレイは呟きながら涙にくれていた。
体育館を抜け出して二人が来た先は、屋上だった。ずっと駆け続けだったため、荒く息を付きながらうさぎは立ち止まった。繋ぎっぱなしだった手を慌てて離すと、うさぎは星野を睨み付けた。
「どうすんのよっ、逃げ出してきちゃったりして。舞台がメチャメチャじゃない。それに…あんな…」
「このまま、二人でどっか行こうぜ」
「え? …何冗談言って…」
ぐいとうさぎを抱き寄せ、星野は真摯な瞳で見つめた。
「俺は本気だ。月野…」
「私には…まもちゃんが」
「あんな奴! 連絡一つ寄越さない薄情な奴なんかにお前を任せられるか」
吐き捨てるように言う星野に、うさぎの目からぽろりと涙が零れ落ちる。ハッとうさぎを見詰めた星野は、沈痛な表情をすると目を閉じた。
「ごめん…でも、俺……俺はお前が」
「まあ、女の子を泣かせるなんて、十年早いわよ」
ハッと二人が振り返ると、みちるがにっこり笑って立っていた。うさぎは星野の腕を振り払い、みちるに駆け寄っていく。
「俺の味方じゃないのか? あんたはあいつと…」
「私はちょっと舞台に味付けをしただけよ。この子は私にとっても大切な人。本当にこの子が欲しいなら、もっと大人になってからいらっしゃい。さ、今度はあなたのかわいらしいウエイトレス姿見せてね」
「はあ…」
にこやかに微笑み、目が点になっているうさぎをエスコートしてみちるは華麗に去っていく。その様子を漸く駆けつけた一同は目撃して、結局セーラー戦士で一番謎なのは、彼女なのではないだろうかと改めて確信したのだった。
ちゃんちゃん
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