ビデオ大会を主催しているプロデューサーに会い、脚本を見せてスリーライツに合う手はずを整える。個人としては会っててくれないかもしれないが、こうすれば会わないわけにはいかないだろう。
「いいねえ、スリーライツに海王みちるか。しかしこれじゃ他の学校との差が激しすぎるなあ。そうだ、特別参加賞ってことで、全国ネットで流しましょう」
 スリーライツが居るという控え室に向かいながら、プロデューサーはほくほく顔で行った。ただ、ビデオを流すだけで視聴率が稼げるなら儲け物である。
 ドアを開き、みんなが控え室に入ると、一気に険悪な空気が満ちた。 星野はともかく、大気と夜天は鋭い目つきでうさぎを睨み付けている。
「何しに来たんです」
「大気、よせよ」
「遊びに来たなんて言うんじゃないだろうな。ほんっとにお気楽な連中だよ」
「夜天!」
 二人の言葉に、びくっとうさぎは身を強張らせて俯いた。それを庇うようにまことは前に出ると、三人に持っていた紙袋を突きだした。
「遊びじゃないよ。あんた達のためにもなることだ」
「僕たちの?」
 紙袋の中から綺麗に製本されたコピーの脚本を取りだし、まことは三人に渡した。
「劇だって? 僕たちが?」
「こんな時に、君たちは何を考えているんです」
 脚本を見ながら、大気と夜天は呆れたように言った。
「へえ、劇かあ。何の劇?」
「全国高校生オリジナルビデオ大会用よ、舞台の劇をビデオに撮って出すの」
「それにスリーライツが出るのか、そりゃ凄い」
 うさぎが感心したように呟くと、こそっと亜美が教えてくれる。うさぎは、うんうんと頷いてさらに感心した。
「いいんじゃないか、面白そうだし、俺は出てもいいぜ」
 星野はちらりとうさぎの方を見ると、微笑んで言った。残る二人は眉をつり上げて反論しようとした。
「これ全国に放送されるのよ。もしかしたら、あなた達のプリンセスが見るかもしれないじゃない」
 その機先を制してレイは言った。二人はそれを聞いて考え込むと、顔を見合わせ渋々頷いた。
「いいでしょう…。プリンセスを見つける機会は出来るだけ多い方がいいですからね」
「で、僕たちはどんな役なんだ?」
 緊張が緩まり、ほっとした空気が流れる。うさぎは漸く肩から力を抜いて、にこりと星野を見つめた。
「えーと、まず聖戦士三人は亜美ちゃんたち。プリンセスはみちるさん、ナイトははるかさん。侵略してきた国のブラックナイトにスリーライツ」
 ごそごそとノートを取りだし、役名を読み上げるレイに、一同は唖然として目を向けた。それから、と続けようとしたレイは、みんなの視線が向けられているのを見て、口を閉じた。
「何で僕たちが悪役なんだよっ!」
「それって、この間の話と全然違うじゃないか」
「ちょっと待ってみんな。とりあえず、続きを聞きましょう」
 がーっと怒鳴り掛ける夜天とまこと達を制して、亜美は静かに言った。だが、その目は決して静かとは言えない光が宿っている。
「…ありがとう、亜美ちゃん。じゃあ、続けさせてもらうわね」
 みんなの迫力もさることながら、その目にたじたじと圧倒されつつ、レイは続けて言った。
「聖戦士のリーダーはうさぎね」
「ええっ!? なになに、私もやるの?」
 今まで人ごとのように聞いていたうさぎは、レイの言葉にびっくりして聞き返した。
「当然でしょ。あんたが出なくてどうするのよ」
 後ろの方の言葉は小さく、うさぎにだけ聞こえるようにレイは囁いた。うさぎは、さっき言っていた、自分と星野を仲直りさせるという言葉に、これのことだったのかとやっと納得した。
「あ、はははは、ごめん…」
 うひゃひゃと笑いながらうさぎは頭を掻いた。溜息を付きつつ、レイはまことが持っている紙袋から脚本を取り出すとみんなに渡していく。
「…レイちゃ〜ん、これ最後終わってないじゃない?」
「最後の戦いの後、どうなるんだ」
 いち早くラストを見た美奈子と星野はレイに訝しげに訊ねた。他のみんなは律儀に最初から目を通していたため、慌ててラストをめくってみる。
「ふっふっふっ、それは後のお楽しみよん。あっと驚くラストシーンを用意してあるの」
「…もしかして、何も考えてない、なんてこと、ないわよね」
 ぽそりと亜美が呟くように言うと、レイはにっこり笑ってVサインを出した。
「レイちゃ〜ん〜」
「大丈夫よ、そんなことある訳ないでしょ。でも、最後は一応決まってるけど、変更の可能性もあるわ。取り敢えず、読んで役を掴んでちょうだい」
 おどろ線を背負った姿でみんなに責められ、レイは焦って言った。
「そういえば、レイちゃんは何をやるの」
 役名と人数の割り振りを確認していたうさぎは、一人余ることに気付いてレイに訊ねた。
「私は監督兼演出よ。残念だけど、学校が違うんだもの。学園祭用の劇には出られないでしょ。その代わり、びっしびっししごくから覚悟しておきなさいよ」
 ぐいと拳を突き出し、力こぶを見せるレイに、うさぎは悲鳴を上げてまことの後ろに隠れる。それをみんなは笑って見ていた。

 次の日からさっそく稽古が始まった。うさぎ達以外は忙しい身体だから、素人の自分たちで先に稽古しておこうと思ったのだが、初日からみちる、はるか達もスリーライツの面々も集まってしまった。
「随分暇なんだな、アイドルってのも」
 特別に音楽室を借りて稽古をしているのだが、顔を見合わせた途端、はるかは星野に向かって皮肉っぽく言い放つ。むっと星野は眉を顰め、はるかを睨み付けた。
「そっちこそ、ちゃんと演技できんのかよ。舞台の上で恥かくぜ」
「ちょっと二人とも、最初から喧嘩しないでください。どうせ役では対決する立場なんだから」
 ばちばちと火花を散らす二人の間にレイが入り、宥める。ふん、とお互いに背を向け、二人は教室の端と端に別れて立った。
「うーん、プリンセスを守る聖戦士でえ、うぎゃあ、剣使うの…えと…殺人? 陣?」
 うさぎはそんな二人の様子に目も入らず、脚本を懸命に読んでいる。台詞を覚えるのも大変だが、アクションシーンが多いのも大変だ。
「これは、たて、って読むのよ」
「つまりぃ、チャンバラってことね」
「あ、そっかあ」
 うさぎが注釈に書かれている漢字が読めず、首を捻っているのを見て、横から亜美が教えてあげる。そのまた横でにっこり笑って美奈子が言うと、亜美は引きつった笑みを浮かべた。
「フェンシングでチャンバラはないと思うのだけど…」
「同じ同じ、やーねえ、亜美ちゃん、細かいこといいっこなしよ」
 ばしっと亜美の背中を叩き、美奈子はごまかすように豪快に笑った。
「殺陣、できんのかよ、おだんご」
「で、出来るわよ…多分」
 亜美と反対側に立った星野は、まだ脚本と睨めっこしているうさぎに、ぼそっと訊いた。うさぎは、ちらりと上目で見ると、そう言って目を逸らした。
「できねえんなら、俺が教えてやるぜ」
「う……」
 こそりと耳元に囁く星野に、うさぎは頬を赤く染めて頷いた。
「僕が教えてあげる。二人っきりでじっくりと」
「は、はるかさん」
 もう一方の隣から囁かれた魅惑的な声に、うさぎはぎょっとして飛び上がった。いつのまにか亜美ではなく、はるかかにっこり笑って見つめているではないか。
「おーお、できんのかよ、お前」
「もちろん。なんなら勝負してみるか? もっとも半人前の流れ星に負けるわけないけどな」
「何っ!」
 ふふん、と見下したように口端を上げて見るはるかに、星野は血気張る。うさぎは、二人の間で頭を抱えていた。
「あーもう、どーしてこの人たちは寄ると触ると喧嘩するかなぁ…」
 うさぎはそろそろとその場から脱出し、まこと達の方へ逃げた。呆れたように呟くうさぎに、まことは冷や汗を浮かべて笑いかけた。
「自分が原因だってこと、まったく解ってないよね、あの子は」
「ふふ…そこが可愛いところなのじゃなくって?」
 頭を抱えて言うレイに、謎めいた笑みを浮かべてみちるは言った。レイは、引きつりながらも頷き、何を考えているのか解らないみちるの美しい横顔に溜息を付いた。まことも、力無く笑い、まだこそこそとまことに陰に隠れているうさきに言う。
「うさぎちゃん、あの二人に任せておいたら、いつまでたってもできないから、あたしが教えるよ。本格的なもんじゃないんだし、亜美ちゃん、美奈子ちゃんも一緒にこっちに来てくれ」
 睨み合っているうちに、さっさと姫君が居なくなってしまったと気付いて、はるかと星野は苦い顔で仲間の所へ戻っていった。
「セイヤ…みっともないですよ」
「そうだよ。あの子のどこがいいんだか」
「そ、そんなんじゃねーよ。それに、あいつに馬鹿にされたままでいいのか? 俺が馬鹿にされたってことは、おまえらも同類と見なされているってことだぞ」
 大気と夜天に呆れたように見られ、顔を赤く染めて星野は反論する。スッと真顔になって二人ははるかの方を見た。
 はるかも星野達の方を睨むように見つめている。だが、にやりと笑いかけられ、大気と夜天の眉もきりりと吊り上がった。
「そうですねえ、このままではおけませんね」
「僕たちがプロだってこと、解らせてやろう」
「おおっ!」
 星野一人で燃えていた炎に二人も加わり、ごおおと燃え上がる。その様子を眺めていたレイは、複雑な表情で脚本を握り締めた。
「いい感じに燃えてきた…のはいいけれど、ちょっと違うような気がする」
 最初の目的が微妙にずれてきているようだが、まあ、それはそれで後で軌道修正かければいいか、とレイは気分を切り替えてうさぎたちの方へ向かっていった。

          NEXT→