学校からの帰り道では、もう道に伸びる影は長く細くなり、油断しているとあっという間に暗くなってしまう。制服が夏から冬へと替わり、木々はつややかな色を身に纏い始めていた。
「うさぎちゃん、帰りクラウンに寄ってく?」
 美奈子の問いにうさぎは小さく首を横に振った。同じようにとなりを歩いていたまことは、おや、というようにうさぎの顔を覗き込み眉を顰めた。
「どーしたんだい、元気ないねえ」
「…そんなこと、ないよ」
 ほう、と溜息を付きながら言ううさぎに、美奈子は力強く背中を叩き、ぐいと腕を絡ませてにっこり笑いかけた。
「ほらほら、そんな顔しないの。じゃあ、ゲーセンに行こう、ね」
 有無をも言わせず美奈子はうさぎに腕を絡ませたまま、ゲームセンターに引っ張っていく。少々呆れたように見ていたまことも、やれやれと肩を竦ませながら後に続いた。
「あ、新しいの入ってる」
 目に付くところに大きなクレーンゲームの機械が置いてあり、美奈子はそう言うと駆け寄ってガラスにぺったりと顔を付けて中を覗き込んだ。
 つられてうさぎも中を覗くと、いつか星野と遊んだ時に貰った人形が入っているのが見えて、僅かに胸が痛んだ。
 星野達がスターライツだと知り、自分を守るために傷付けさせてしまった、あれからどうしただろう。敵対するつもりなどまるきり無いのに、自分の想いを通り越して仲間達は敵視している。
 思い詰めたようにじっと宙を見ているうさぎに、二人は顔を見合わせて溜息を付いた。その時扉が開き、亜美とレイが入ってきて二人を見つけると、声を掛けずに手招きをする。二人は、ちらりとうさぎを見ると、そっとその場から離れ亜美達に続いて外に出た。
「どう? うさぎちゃんの様子は」
「うーん、やっぱ気にしてるみたいだね」
「なんとかならないかしら」
 心配そうな亜美の言葉に、まことと美奈子は声を低くして答えた。レイはそう呟くと、暫く何か考えていたようだったが、やがてぽんと手を打つ。
「そうだ! 良いこと思いついたわ。二人を不自然でなく会わせる方法」
 え? と三人はレイの顔を見つめた。
「もうすぐ学園祭でしょ。うさぎたちのクラスは何をやるの?」
「喫茶店…だと思うけど」
 レイの問いに美奈子が答える。レイはふっと笑うと人差し指を振って話し出した。
「そーんなありきたりの出店じゃ面白くないでしょ。やるなら劇よ、絶対」
「劇って、何するんだ? ロミオとジュリエットとか?」
「ふっ、そんな普通のやっても面白くないでしょ。それにセイヤくんとうさぎでロミジュリじゃ、できすぎよ。私にとっておきのお芝居の案があるの」
 レイの自信満々な応えに、三人は目を見張った。そういえば、レイは学園祭の女王として活躍していたのだっけ。
「でも、セイヤくんはともかく、あの二人が出てくれるかしら…。断られるんじゃない」
 思慮深げに亜美が訊ねると、レイは再び低く笑い始めた。
「ふっふっふ、レイちゃんのお芝居に不可能は無いわ! あのスリーライツだって何だって、必ず出してみせるから」
「スリーライツを何に出すの?」
 拳を握り締め、高笑いするレイに声がかかる。にっこり笑って応えようと振り向いたレイは、きょとんと見ているうさぎに、はっと顔を引きつらせた。
「え、いやあねえ、違うわよ。今度のミュージックレビューに彼らが絶対出る、って言ったのよ」
「ふぅん…?」
 焦って誤魔化し、レイはそれじゃあと手を振って、そそくさと駆け去ってしまった。それを見送ったうさぎは、くるりと振り向くと残る三人の顔を見つめる。
「う、うさぎちゃん、何か取れた?」
「ううん…こーゆーの、苦手だから。それより、みんなで何の話してたの?」
「今度の学園祭の話よ。喫茶店になるのかしらって」
「学園祭か、そうだ、お揃いの服を作って、まこちゃんの美味しいケーキとお茶を出すといいよね。楽しそう」
 みんなのぎくしゃくとした雰囲気に首を傾げながらも、うさぎはにっこり笑って亜美に応えた。亜美も笑みを返し、うさぎの手を取ってぎゅっと握り締め熱く見つめた。
「うさぎちゃんの、可愛いウェイトレス姿なんて滅多に見られないものね。楽しみだわ、とっても」
「あ、亜美ちゃん…?」
 何となく妖しい雰囲気に、うさぎはぽっと頬を赤らめ手を引こうとした。が、亜美は手を離そうとしない。
「亜美ちゃ〜ん、いい加減手を離したら」
 ジト目で美奈子が言うと、漸く亜美は手を離し、また明日と笑うと歩き始めた。油断ならないわね、と呟く美奈子に、うんうんとまことも頷く。ただ一人うさぎだけは訳が解らずはてなマークを頭に浮かべ亜美の後ろ姿を見送っていた。

「じゃ〜ん!これよ、この前銀河テレビで募集していた、シナリオコンテストに応募したものなの。惜しくも優勝は逃したけど、とても面白いってプロの人に誉められたのよ」
 翌日クラウンにうさぎを除く四人が集まると、さっそくレイは原稿用紙の束をテーブルの飢えに広げて見せた。
「オルレアンの聖戦士? SFアニメかい」
「中世ヨーロッパのお話かしら、ジャンヌダルクとか」
「ええ〜歴史は苦手よぉ」
 広げられた脚本のタイトルを見て、三人がそれぞれ言うと、レイは首を横に振って答えた。
「違うわ。これは私のオリジナルミラクル歴史ファンタジーラブストーリィなの」
 レイの言葉に、三人の間に沈黙が流れた。
「レイちゃん…それって、結局ジャンルは何なのかしら」
 三人を代表して亜美が冷や汗を浮かべながら訊くと、レイはこほんと咳払いをして説明し始めた。
「要するに、昔ある国が悪い奴に侵略されたけど、美少女戦士達がそいつらをやっつけてお姫様と王子様が結ばれるって話。ほんとは、みんな死んじゃう悲劇なんだけど、学園祭用にならハッピーエンドにしないとね」
 どこかで聞いたことのあるような内容に、みんなはがくりと肩を落とした。気を取り直して、ぱらぱらと原稿を回し読みする三人の前で、レイはノートを取りだし役名を書いていった。
「…主役のプリンセスとプリンス、聖戦士に悪役三人くらいかな。…うーん、くじ引きしなきゃだめかしら」
「プリンセスはうさぎちゃんで、プリンスはセイヤくん? だけど、協力してくれるかしら」
「だーいじょうぶ。これ、銀河テレビの企画物でね、ビデオに収録して全国高校生オリジナルビデオ大会に送るのよ。彼らは自分たちのプリンセスを捜しているんでしょ、全国にテレビ放送される企画だもの、乗ってくるわ、いえ、絶対乗せるの!」
 不安そうに言う亜美に、力一杯レイは力説する。この押しがあれば、なんとかなるかもしれないと、みんなは愁眉を解いた。
「でも、うさぎちゃんの相手役にセイヤくんてのは、何だかちょっとやばいんじゃないか」
「そうよ、本気の本気になっちゃったらどうすんの。それでなくても、なんかセイヤくんてうさぎちゃんに気があるみたいだし」
 まことの言葉に美奈子も頷く。
「なんなら、あたしが王子様役やってもいいよ。背の高さでも合ってるし」
「ええっ、ズルい! それなら私も立候補する。なんたって、歌って踊れるアイドルに一番近いのは私ですもん」
「二人とも、目的が違ってきてるわよ。セイヤくんとうさぎちゃんを仲直りさせるんでしょ。といっても、あんまり仲良くなってもらっても困るわね」
 うーん、と亜美とレイも考え始めた。この脚本で行くとプリンセスとプリンスはほとんどくっつきっぱなしで、抱擁シーンもふんだんにある。キスシーンまであるのだ。
「じゃあ、僕も王子様役に立候補しようかな」
 上から掛けられた声にみんなはぎょっとして振り向いた。
「はるかさん…みちるさんも、聞いてたんですか」
「私たちに内緒でこんな楽しそうなこと計画するなんて、酷いわね。私も参加させてもらうわ」
 ふふ、と魅惑的に微笑み、みちるはスッと手を伸ばすと脚本を取り、ぱらぱらと読み始めた。
「そりゃ、はるかさんたちがでてくれれば、ぐっと内容が引き立つとは思うけど…」
 はるか達を見ながらレイはぼそぼそと呟いた。確かにスリーライツとバイオリニストでも有名なみちるやはるかが出れば、優勝間違いないだろう。だが、それは自分たちのライバルを増やす結果となるのだ。
「せっかくだから、音楽の方も引き受けてあげる。ロマンチックで切ないBGMと、戦闘シーンは軽やかに激しくね」
「ありがとう…ございます」
 そこまで言われては出さない訳にはいかないではないか。レイは引きつった笑みで礼を言うと、再び役の人選に悩み始めた。

 学校帰りにスリーライツが出ている銀河テレビの収録スタジオへ、待ち合わせのためにうさぎ達は走ってやってきた。既にレイは憔悴しきったような顔で背中を壁に預け立っている。
「お待たせえ。レイちゃん…目が真っ赤っかだよ、あ、隈みっけ」
「煩いわねっ、しょうがないでしょ、脚本直してて徹夜だったんだから」
「あ、出来たのね」
 亜美の言葉に、レイは満足そうに頷き、紙袋に入れてあるコピーの山を見せた。
「力作、傑作よ。これなら彼らも嫌とは言わないわ」
「ご苦労さん」
「じゃ、さっそく行きましょ」
 Vサインを見せるレイに、まことと美奈子も労い、歩き始めた。
「ところでさ、何しにここに来たの? それ何?」
 訳も聞かされず着いてきたうさぎは、レイの持っている紙袋を覗き込んだ。
「うさぎとセイヤくんを仲直りさせるために、ちょっとね。それに、残りの二人にも解って欲しいし」
「あたしと…セイヤを? レイちゃん、それで徹夜までしたの」
「ご、誤解しないでねっ。これはあくまでビデオ大会に優勝するためのついでなのよ。 つ、い、で!」
 照れたように頬を染めながら、レイは一言ずつ区切って言い切る。うさぎは、微笑んでレイの腕を取った。
「ありがと…」
「さあさあ、行くぜ。早くしないと、スリーライツは忙しいから移動しちゃうぞ」
「そうよ、会えなかったら説得も何も無いんだから」
 私が持つよ、とまことが行ってうさぎの腕を引き離しながら、レイの手から紙袋を取り上げる。すかさず、美奈子がレイの腕を取って歩き始めた。

          NEXT→