白いラビリンス 2


 「ほんっとに、うるせーよな、カイって」
 満天の星空の中、微かな月明かりを頼りに二人はコテージから少し離れた木立の中へ入っていった。そこを抜けると、ゆるい斜面となった丘へ出る。その草むらに腰を下ろし、エンはのびのびと両手を上げて天を見た。
 「お前を心配しているからだろう」
 隣に腰を下ろしたリュウが髪を風に弄らせながら言うのを聞いて、エンはフンと鼻を鳴らした。
 「苛めて楽しんでるだけだろ」
 あーあ、とエンは斜面に倒れ込んだ。こんなに気持ちの良い夜なのに、これからまた勉強しなければならないとは、つまらない。
 溜め息を吐くエンの視界を覆うように、黒い影が差した。それはゆっくりとエンの上に思し掛かっていく。
 「何だよ、リュウ。またおふざけは…っ」
 エンの言葉を塞ぐようにリュウの唇がそれを覆った。驚いて目を見開くエンの前には黒い影しか映らない。ゆるく押し付けられた唇が一瞬離れたかと思うと、次には強く合わされた。
 呆然としていたエンは漸く動きを取り戻し、リュウを押しのけようと手を胸に当て力を込める。だが、その手を簡単に取られ頭上に片手で押さえつけられ、エンは再びびっくりして目を瞬かせた。
 「…り…リュウっ…何すっ…ん……」
 頭を振り、リュウの唇から逃れたエンは怒鳴りつける。しかし、再び唇を塞がれ、開かれた唇から熱い舌先が侵入してきた。
 縮こまっているエンの舌を絡め取り、リュウの舌はそれを吸い上げ翻弄していく。口中を隈なく砥め回され愛撫されて、エンはかーっと顔が熱くなっていくのを感じた。
 こんなに熱烈な口付けは初めてなエンは、どこで息をしたらいいやら判らず、段々苦しくなってきて眉根を寄せる。苦しげに喉を鳴らすエンから漸く唇を離したリュウは、そのまま首筋に口付けた。 「はあっ…はっ…は…く、苦しかったぁ…」
 ぜーぜー息を付くエンの上下に動いている喉元を通り過ぎ、襟ぐりの大きく開いたTシャツから見えている鎮骨に舌を這わせていく。
 ちりっ、という微かな痛みにエンは漸く息を整えて首の下の方に居るリュウを怒鳴りつけた。
 「リュウっ! 何しやがんだよっ」
 じたばたと手足を動かして暴れるエンに、リュウは身体を上げて睨み付けてくる目を見詰めた。
 「キスだ」
 「……そ、そんなことは判ってるっ!」
 しれっとして言うリュウに、目が点になったエンだったが、気を取り直してもう一度怒鳴りつける。影になっているリュウの表情は良く判らなかったが、どうやら微かに笑っているようだった。
 「何でそんなことするのか訊いてんだよ」
 「したかったから」
 あくまでさらりと言うリュウに、がっくりとエンは力が抜けてしまう。やはりリュウは謎だ。したかったからって……普通男相手にキスしたいと思うだろうか。
 「…とにかく、退け」
 まだ掴んでいるリュウの腕から逃れようと、エンは身を握る。あっさり離されて、身を起こしたエンはリュウの胸座を掴んだ。
 「リュウっ」
 胸座にあるエンの両手を上から包み込み、リュウは顔を近づけて怒りにへの字に曲がっている唇に軽く口付けた。ぎょっとしてエンは手を離し、飛びのく。
 「な、な、何すんだよっ」
 「キスだと言っただろう」
 にやりと笑って言うリュウに、エンはそれ以上下手な真似をしたらどんなことになるか、想像するのが怖いと、くるりと踵を返した。歩いていくうちに、リュウの唇と舌の感触が思い起こされて、顔が赤くなってしまう。ごしごしと唇を手の甲で擦りなからコテージに戻ったエンは、玄関先で腕を組みじっと立っているガイにぎくりと立ち止まった。
 「遅い」
 「………」
 普通なら何か一言二言言い返してくるエンなのに、何も言わず顔を背けて通り過ぎコテージの中へ入ってしまったのを見て、カイは眉を顰めた。後ろから続いてやってくるリュウに不審げな視線を向け、何かあったのかと首を捻る。
 だが、リュウのポーカーフェイスからは何も読み取れず、カイは不愉快な感情を持ちながら中に入っていった。
 「どこ行ってたんだ、二人とも。散歩にしちゃ長かったな」
 探るような視線で問い掛けてくるシンに、エンは自分の顔はもう赤くないだろうなと思いつつ、言った。
 「星があんなに綺麗なのに、どーして俺達はせこせこ勉強しなきゃなんねーんだろって感慨にふけってたのさ」
 「それはそれは、まあ一日目からそんな気張んなくてもいいんじゃねえの」
 なあ、と後から入ってきたカイにシンは言った。
 「私は別に構わん。後で苦労するのはエン自身だからな」
 ふっと笑って言うカイに、駄目だこりゃ、とシンは両手を挙げて見せる。力無く同意して笑ったエンは、仕方が無いと再びレポート用紙をテーブルの上に広げた。
 「お風呂、沸いてますよ。入ってさっばりしてからにした方が捗るんじゃないですか」
 今までその場に居なかったヨクが姿を現し、手を拭きながらそう言うと、エンは座りかけていた腰を上げ破顔した。
 「入る! もうべったべたで気持ち悪い。どこだ?」
 「台所の先を突き当たったガラス扉の中です、結構広いですよ」
 嬉しそうにエンは一旦風呂場に向かったが、ばたばたと戻ってくると二階の自分の部屋に駆け上がり、再びタオルを持って降りてきた。
 「全く、子どものようだな」
 「可愛いじゃないですか」
 呆れたように見ていたカイが呟くと、ヨクはにっこり笑って言った。含みのあるその言葉と笑みに、カイの目が僅かに眇められる。にこにこ笑顔のヨクと怖い表情のカイを横目に、そろりとシンは台所の方へ足を向けた。
 「エーンちゃん。一緒に入ろっか」
 「うわっ、びっくりすんだろ、何だよいきなり」
 丁度素っ裸になって脱衣所から風呂場へと入ろうとしていたエンは、入ってきたシンに驚いて目を向けた。シンはじろじろとエンの裸体を眺め、にんまりと笑って見せる。
 「結構細いな、お前」
 「うるせーな。ほっとけよ」
 そっぽを向き、エンは風呂場に入ると身体を洗い始めた。ガラガラと音がして扉が閉められ、シンも入ってくる。普通よりゆったりと作られている風呂場だったが、男二人で入ると洗い場はかなり窮屈な感じになる。
 「背中流してやるよ」
 「い、いいよ」
 シンは断るエンの手からタオルを取ると、勝手に背中を擦り始めた。仕方なくエンは前を向いて大人しくしている。
 「ひえっ」
 「ああ、悪ぃ」
 シンの手がするりと前に回って胸の方まで擦り上げると、エンは思わず悲鳴を上げて飛び上がってしまった。ちっとも悪いと思っているとは感じられない謝りかたでシンが言い、再び背中を擦りはじめる。
 「も、もういいって、シン」
 「まだまだ…くく、可愛いな、お前の」
 ちらりとシンが肩越しに見ている部分がどこなのか理解すると、エンはかっと赤くなって振り返りタオルを取り返した。
 「どこ見てるんだよっ、そういうお前のは立派なのかっ」
 噛み付くエンに、シンは胸を張って腰に両手を当てて見せた。ぎろりと睨み付けたエンは、シンのものを見るとげっと口を押さえてしまう。他人のは大きく見えると言うが、それを差し引いてもかなりご立派なものだったのだ。
 「どうだ?」
 くそう、とエンは拳を握り締め悔しげに見ていたが、いつまでもこのままでいてもしょうがないと溜め息を吐いてシャワーのノズルを捻った。
 「身体洗うんなら、俺も背中流そうか?」
 泡を流し、湯船に入りかけたエンは、じっと見ているだけのシンに怪冴そうに問い掛けた。シンは首を横に振ると、シャワーを浴び始めた。おかしな奴、と思いつつエンは大き目の湯船にのんびりと足を伸ばして浸かり、目を閉じた。
 ちゃぽん、と音がして急に鼻先までお湯が被る。慌てて顔を上げた目の前に、にんまりと笑ったシンの顔があった。
 「一緒に入ろー」
 「うわっ、ば、馬鹿っ、んな狭いとこに入れるかよっ! あっお湯が溢れちまうだろ」
 驚き騒ぐエンを尻目に、シンは向き合うようにゆっくり湯船に入った。じたばたと焦って身体を起こそうとするエンの両脇に手をかけ、軽く持ち上げて体勢を整えさせてやる。
 上半身を湯船の外に出して漸くお湯が溢れないようになると、エンは大きく息を付いた。
 「後でゆっくり入ればいいだろうか、無理に入ってくんなよっ」
 「だあって一緒に入りたかったんだもん。こうしてると新婚さんみたいだよな」
 にこにこと笑って見上げているシンに思い切り呆れ、エンは湯船から上がることにした。
 「あれ、もう上がっちゃうの?」
 「付き合ってらんねーよ。…ったく何考えてんだか……」
 残念そうな声を無視してエンは脱衣所に上がった。タオルで水分を拭き取ったエンは着替えを持ってこなかったことに気付いて、タオルを腰に巻きぺたぺたと素足で台所からリビングヘと出て行く。
 「何を騒いでいた……っ!」
 足音を聞いて開口ー番怒鳴りかけたカイは、エンの姿を見ると絶句して目を丸く見開いた。真っ赤になって口を押さえているカイを、エンは不思議そうに見詰めた。
 「そんな格好で歩いてると、いくら夏とはいえ風邪を引きますよ」
 ヨクも顔を赤くしてそう言うと、エンはむっとして腕を組んだ。
 「持ってくの忘れちまったんだよ。それより、シンの奴何とかしてくれよ。ふざけて入ってくるから、ちっともゆっくりできなかったぜ」
 「シンが…」
 きらりとヨクの鼻眼鏡が光り、カイの視線がきつくなる。エンは二人の様子に更に首を捻りつつ、着替えを取りに行こうと一歩踏み出した。
 「待て、これはどうしたんだ?」
 カイは手をのばし、エンの行く手を遮る。ん?と見返すエンに、カイは指先で首筋と鎖骨の間を指し示した。その部分はぽつりと赤くなっている。
 エンはまじまじとそれを見詰め、何だろうと考えていたが、さっきのリュウとの出来事を思い出してぽっと赤くなった。
 その様子に、きりきりとカイの眉が上がる。
 「風呂場でシンと何かあった!」
 「へ……? シン?」
 シンはこれには関係ないけどな、と思いエンはリュウの姿を探した。けれど、リュウはいつのまにかどこにも見えない。
 「これは、外で蚊に食われて……」
 仕方なく、ぼそぼそと言い訳をしようとしたエンは、くしゃみを連発してしまう。いくら夏とはいえ、さすかに裸同然の格好で風呂から出たままでいれば湯冷めもするだろう。
 「下手な言い沢ですが、今回は許して上げましょう。早く着替えて来た方がいいですよ」
 ヨクにそんな風に言われ、エンは鼻をすすり上げながら足早に二階へ上がっていった。下手な言い訳と言われたことはちょっと勘に障るがここでまた反論すると突っ込まれそうな気がしたのだ。
 タンクトップに短パンという格好で下に降りたエンは、その場にカイしか居ないのを見て首を傾げた。そういえばさっきから姿を見せないリュウは自分の部屋にでも居るのだろうか。
 「他の連中は?」
 「シンにはヨクが色々と話かあるそうだ。リュウは…やる気があるのか、あいつは」
 ふーん、と頷いてエンはカイの隣に腰を下ろした。教科書と参考書を広げ、続きを始めるかとカイを見上げたエンは、視線を逸らせている彼を不思議そうに見詰めた。
 「どした?カイ」
 すすっと近付いて下から更に覗き込むように見ると、カイは視線を逸らせつつ身体もエンから離れるように引いた。
 「いや…その…刺激的な格好だな、と……」
 ぼそぽそと呟くように言うカイに、エンは首を傾げた。タンクトップに短パンのどこが刺激的だというのだろう。自分が女の子だったらほんとにかなり危ない格好だとは思うが、とエンは自分のタンクトップの襟ぐりを指で引っかけて胸の中を覗き込んだ。
 だが、カイの方は襟ぐりからいつもより近くに生々しく見える鎖骨とか、すらりと伸びた足と太股とか、今にも触れそうなくらい近くにある二の腕とかにくらくらしていたのだ。
 「お前いくら女の子にもてるからって、こんくらいで刺激がどうとか言ってたら、本格的に付き合えないぜ。全くお堅いのもいいけど、ちょっとは免疫付けとけよ」
 なんなら俺のこと女の子と思ってちょっと練習してみれば、などと言い出してにやりと笑うエンにカイは心臓がどきりと鳴ってたじろいだ。エンは、今まで勉強に関して頭が上がらなかっただけに、それを取り返すつもりでじりじりとカイににじり寄っていく。
 「い、いや…私は」
 「ほら、もうちっとくっついて、手はここ」
 ぴたりと太股をくっつけ、固まってしまったカイの片手を肩に自分で掛けるとエンは頭を凭せ掛けた。カイの心臓はばくばくとなり、指先は緊張に痺れたようになってせっかくのエンの肩の滑らかさも判らない。
 「くっくっく…お前ってほんと、こーいうの駄目なんだな。でも、こうなったら、次はやっぱりこれだよな」
 面白そうに笑いながらエンは上目遺いにカイを見上げ、そっと顎を突き出すように持ち上げて目を閉じた。
 「な、な、なん…だ」
 「キスだよ、キッス。せっかく女の子の方からムードよろしくこうしてきたら、男ならやんなきゃ嫌われるぞ」
 思い切りうろたえるカイに、目を閉じたままエンは、ん〜っと顔を近づける。勿論、エンとしてはほんとにカイがやるとは思っていなかった。どこまでカイが耐えられるか、からかっていただけだったのだか。
 カイはもう既に頭がパニックを起こし、身体や頭はかっかと熱くなり、理性はとうにぶっ飛んでいる。ぐい、と肩に掛けていた腕でエンを強く抱き寄せ、カイはその唇に口付けた。
 「んん!ん〜っ?」
 いきなり強く抱き締められ、口付けられてエンは目を開けた。焦ってじたばたもがき離れようとしても、しっかりホールドされていて身動きが出来ない。そのうちに口付けは深く激しいものになっていき、エンは息苦しさにカイにしがみついた。
 「くっ…はあはあ…ちょ、ちょっとカイ、待てっ…」
 漸く離れた唇にエンは息継ぎをしながら叫んだ。けれど、カイは何も聞こえないように唇を頬や耳元に動かして軽いキスを繰り返していく。
 「カイっ、いきなり…そんなんじゃ女の子がびっくり…して」
 「エン…お前は女の子ではない」
 「そりゃそうだけど…うわっ、どこ触ってんだっ!ひええっ、馬鹿、変なとこ触るなあっ!」
 暴れるエンを押さえつけながらも、カイは唇を首筋に這わせ、自由な方の手でタンクトップの裾から手を差し入れていく。胸を弄ぶられてエンは青ざめた。
 ばしっ!
 カイの頭に竹刀が振り下ろされ、カイは目を白くさせて硬直した。
 「はい、そこまで」
 「まったく、どさくさ紛れに何やってんだか」
 ヨクはカイの腕からエンを取り戻し、シンは竹刀を抱え直して呆れたように溜め息を吐いた。
 「はっ…わ、私は何を…」
 「ボケてる場合じゃないでしょ。これだから普段真面目な人間ほど、怖いんです」
 「ほんと。エン、無事だったか?」
 愕然として自分の両手を見ているカイに、エンはびっくりしたような顔でこくこくと頷いた。
 「大丈夫か?どっか壊れちまったんじゃないだろうな、カイ」
 「平気ですよ。ちょっと理性がぷっつんしただけでしょう。…まあ、気持ちは判らなくもないですが。さあ、今晩の所はもう部屋に戻って大人しく寝て下さい」
 何で理性がぷっつんしたんだ?と不思議に思いつつも、ヨクに促されるままエンは一緒に二階へ戻っていく。残されたカイにシンは竹刀を返すと、ぽんとその肩を叩いた。
 「お前だけは安心だと思ってたんだが、実は一番危ない奴だったんだな」
 「な、何を」
 「どうやら皆がライバルってことだ」
 にやりと笑って言うシンに、最初は判らないふりをしていたカイだったが、徐々に青ざめていく。確かにこの合宿でもっとエンに近づけたらとは思っていた。だが、シンやヨクまで合宿に参加し、ライバル宣言をされては、せっかく告白をして追試の後二人きりで夏休みを過ごそうという計画がだいなしだ。
 ましてや、何だかリュウに先を越されている気もするし、焦りが増しはじめる。その上に、あの無意識の誘惑が重なってあんな真似をしでかしてしまった。
 広瀬 海一生の不覚、と唇を噛み締め拳を握り締める。そんなカイを苦笑して見詰め、シンは促して部屋に戻っていった。
 部屋に戻ったエンは、作り付けのベッドに腰を下ろすと、溜め息を吐いて両手を顎の下に当て肘を突いた。
 「ほんとに女の子に慣れてないんだなあ、いきなり俺相手にその気になっちまうなんて、どーかしてるぜ」
 「そうですか」
 部屋まで着いてきたヨクが戻ろうとせずにエンの横に立ち、見下ろしている。エンは顔を上げ、ヨクの応えに怪冴そうにその顔を見た。ヨクは不可思議な笑みを浮かべて、ベッドのエンの脇に腰を掛けた。
 「その気になるのも判りますけど、僕は」
 「よ、ヨク?」
 すうっとヨクは掌でエンの太股を撫で上げる。ぞわっとする悪寒に硬直し、エンはまじまじとヨクを見詰めた。
 「だって、こんな格好して…襲って下さいと言ってるようなもんですよ」
 「お、お、お前だっていつも膝出してるじゃないか」
 吃りながらも反論してくるエンに、ヨクはにっこりと笑みを浮かべ眼鏡を外してサイドテーブルの上に置いた。
 「いつも出してるのと、たまに見えるのとでは感覚が違うんです。そう…こんな風にちらっとしか見えないのって…そそりますね」
 すっと肩に片手が回り、ヨクはもう一方の手でエンの鎖骨を撫でた。丁度その位置には赤い印が付いている。それに気付いてぽっと赤くなったエンは、ヨクから離れようと身を握った。
 「男が男にそそられる訳ないだろっ、からかうのはカイにしといてくれよ」
 肩に回された腕に力が入り、驚く間もなくエンはキスされていた。そのまま押され、ベッドに倒れ込むとヨクがのし掛かってくる。
 「じょ、じょーだんは止せ!」
 「その気になっちっゃたものは、止めようがありません」
 きらりとヨクの眼が光り、思いのほか強い力で両腕を拘束されて、エンは目を見開いた。これはもしかすると冗談じゃないのかも、と気付いた時には上手く押え込まれて動くことかできない。
 「暴れないで下さい。何も取って食おうという訳じゃないですから。君に暴れられると…困ります」
 困ると言われてもこの状況から脱するには暴れるしかないではないか。そう思って身体に力を込めようとしたエンは、再び唇を奪われてしまった。
 「う……? げ……」
 ヨクが離れると、エンは口を押さえて今飲み込んだものを確認しようとした。だが、既にそれは食道から胃の方にまで落ちてしまっている。
 「ほら、困るでしょ」
 にっこり。困るのは自分ではなくエンだ、と笑って言うヨクに青ざめる。一体何を飲まされたのか。
 「な、何飲ませ…あ、あれ…」
 ふわりと意識が軽くなり、力が入らなくなってエンはぐったりとベッドに横たわった。とろんとした目が今にも閉じそうなエンに、興味深そうにヨクは目を向ける。
 「即効性とは聞いていましたか、こんなに速く効くなんて…」
 呟きながらヨクはゆっくりエンに覆い被さっていった。そっと唇に親指をかけて開かせると、自分の唇を合わせていく。舌先でくすぐるように唇を祇めた後、中にそれを差し入れると、熱い口内に潜むピンク色の舌を探り出し絡め取った。
 エンの舌を味わいながら、ヨクは掌をタンクトップの中に滑り込ませて素肌を楽しんでいく。まだ柔らかい突起を見つけ、指先で転がすとそれは徐々に存在を現してきた。
 「ふふ、可愛い……」
 さっきから吸われ続けて赤くなったエンの唇から自分のそれを離し、タンクトップを持ち上げて突起に移動させる。
 ぺろっと砥め上げると、エンの身体はびくりと痙攣した。
 「あ……」
 吐息のような声を聞き、ますますヨクの愛撫に熱がこもる。胸の突起を祇めながら手を短パンから出ている太股に滑らせると、エンの背中が僅かに浮いた。
 「そこまでにしておいてもらおう」
 一息にエンの下腹部に手を伸ばそうとした時、いきなり後ろから声を掛けられ、ヨクはびくりと動きを止めて後ろを振り返った。
 「リュウ」
 暫く睨み合っていた二人だったが、ヨクはふっと笑うとエンの上から降りた。
 「今日はここまでにしておきましょう。取りあえず、僕もエンが欲しいってことはアピールしておこうと思ったんですよ」
 ヨクは眼鏡を取って掛けると、リュウにちらりと視線を向け、部屋から出て行こうとした。
 「エンは…」
 「ああ、大丈夫です。ただの痛み止めですよ。でも、ちょっと強力なのであまり薬に免疫が無いと、くらくらしちゃうんです」
 腕を取って引きとめ、心配そうに訊くリュウに説明すると、ヨクは続けて言った。
 「もう眠ってますよ。だから手を出しても無駄です。明日覚えているかどうかってのも、不安ですね」
 くすくすと笑ってヨクは部屋から出ていった。眉を顰めそれを見送ったリュウは、ベッドに近付きエンの顔を覗き込む。確かに幸せそうに寝息を立てているエンに溜め息を吐くと、リュウは上掛けをかけて部屋から出た。
 かくして、合宿一日目は過ぎていく。エンに平和な夏休みが訪れることはあるのだろうか……
                                      ちゃんちゃん

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