EveryWhere -1-

 
 昼下がり、学食の喧噪を抜け出したリョーマは涼しい木陰に寝ころんだ。段々ここも暑くなり、寝ていて汗が流れる。まだ教室の方が涼しいかもしれないが、堀尾を含めたクラスメートに煩わされたくなかったのだ。
 やれやれやっと落ち着ける、と目を閉じたリョーマがうとうとし始めた時、ふと側に人の気配を感じてぼんやり目を開いた。
「やあ」
「不二先輩」
 リョーマと同じように木陰に腰を下ろし、文庫本を読んでいた不二は、微笑んで見下ろしていた。リョーマは軽く溜息を付くと、驚いて起こした身体を再び倒した。
「いつもいつも人の寝込み襲うの、止めてくれません」
「襲ってないじゃない」
 小さく笑って言う不二に、リョーマは言ってもしょうがないと思いつつ、眉を顰めた。こんな風に突然側に居られると、気持ちの整理がつかなくて心臓の鼓動が跳ね上がってしまうのだ。懸命に冷静さを装ってはいるものの、リョーマは内心右往左往している。
「ここに居たいんだけど、良いかな」
「別に、いいけど」
 一応リョーマの意向を聞いてはいるけれど、駄目と言われないことを見越している態度に、少し腹が立った。
 目を閉じ、リョーマは暫く不二を無視して寝たふりをする。不二もそれ以上何も言わず、持ってきた本を読んでいるようだった。
 沈黙は嫌いじゃないけれど、不二に自分の鼓動の早さを知られそうで、リョーマは何とか落ち着かせようと深く息を吸い込んだ。
 木々の葉が風に吹かれ微かな音を奏でている。それに耳を傾け、緑の香りを肺に取り入れたリョーマは、漸く落ち着いて息を付いた。
 リョーマは薄く目を開いて隣に佇む不二を見上げた。色素の薄い髪が風に揺れている。同じように淡い色の瞳は、今は穏やかに本に向けられているけれど、リョーマはそれが激しい彩で燃えることを知っている。
 多分、世間で美形と言われるはんなりとした優しげな顔立ちも、汗と情欲に彩られる時があること、細いように見えてしっかり筋肉が付き、強い力で自分を拘束する腕も、リョーマは知っていた。
 何で不二は自分を好きなんだろうと時折思うが、その理由は見当も付かない。分かっているのは、いつの間にか自分も不二を好きになっていたということだけ。
 リョーマは自分の心に自問自答していて、いつしか不二が見返していることに気付かなかった。我に返って目を逸らそうとしても、不二の瞳に見詰められ動くことが出来ない。
「どうしたの? 僕の顔に何か付いてるかな」
 にっこり笑顔で聞かれ、リョーマは漸く呪縛が解け、首を横に振った。
「何も」
 ふうん、と首を傾げて見ていた不二は、いきなりリョーマの頭を両手で抱えると、自分の膝の上に乗せた。驚いて暴れるリョーマを押さえている腕は、力が入っていないようなのに引き剥がせなかった。
「何するんスか」
「膝枕」
「こんなとこでっ」
「誰も見てないよ。……あんまり暴れてると、ここでキスしちゃうよ」
 リョーマは冷や汗を浮かべ、動きを止めた。脅しではなく不二なら本気でやるだろう。いくら人があまり居ない場所とはいえ、誰がどこで見ているか分からない。特に、いつの間にか居る乾あたりとか。
「らぶらぶだな」
 リョーマは口から心臓が飛び出すかと思うほど驚いて、思わず叫び声を上げそうになった。が、不二の手で口を押さえられ、くぐもった声にしかならなかった。
「しー、静かにしないと越前が起きちゃうよ」
「寝ているようには見えないが」
 乾はしれっとした顔で二人を見て言った。不二は真顔になり、乾を見据える。邪魔をするなという不二の強い視線に負けず、乾は眼鏡を指で押し上げると言った。
「校内ランキング戦の表が出来たらしい。見せて貰ったんだが、残念なことに越前とは違う組だったよ。不二も違う」
「へえ、そう。それは残念」
 不二の勝ち誇ったような笑みに、何かを感じ取ったのか、乾はそれだけだと言って去っていった。不二の手を引き剥がし、リョーマは息を荒げながら身体を起こす。頬が熱いのを隠すように顔を背けたリョーマは、不二に向け怒鳴った。
「何考えてるんだよ。あ、あんな」
「見られても全然全く困らないよ、僕は。もっと見せびらかしたいくらい」
 にやりと笑い、不二は言い放つ。リョーマは大きく溜息を付き、立ち上がった。このままここにいると、心臓に良くない。ちっとも寝られないし。
「ランキング戦、頑張ろうね」
「当たらなくて残念っスよ。ほんと。今度当たったら勝ったのに」
 苦々しげにリョーマが言うと、不二はくすりと笑って言った。
「だけど、いつもしてるのに勝てないでしょ。まだまだだね」
 自分のお株の台詞を不二に言われ、リョーマはむっと眉を顰めた。確かに何度か非公式に試合をしているが、一度も勝てた事がない。強さの底が見えない不二との試合は楽しいが、その事実を突き付けられるとやはり腹が立つ。
「絶対、勝つ」
「その日を楽しみにしているよ。で、来週は試合だし、その次の土曜日なんてどう?」
「いいっスよ。試合しましょう」
 鼻息も荒く言うと、リョーマは踵を返した。その背中に、不二が声をかける。
「ねえ、越前。楽しみなのはテニスの試合だけ?」
「……他に何か」
「デートだってこと、忘れないでくれればいいよ」
 苦笑している不二の顔が、見えなくても分かった。リョーマはそのまま振り返らずに校舎の方に歩いていく。ほんとは、訊きたいのは自分の方なのだ。テニス以外に、リョーマの何が不二の興味を惹いたのだろう。分からない。
 リョーマは拳を握り締めると溜息を一つ吐き、顔を上げ空を見た。

 次の日からランキング戦が始まった。乾の言葉通りリョーマと不二は別の組で、お互い順当にストレート勝ちを決め、レギュラー入りを決めた。
 ランキング戦一番の目玉は、乾と桃城、手塚のいる組で、この三人のうち誰か一人はレギュラー落ちすることになる。乾は雪辱戦ということでかなり力が入っているようだった。
 結果は手塚の全勝、乾は桃城に勝ちレギュラーの座に返り咲いた。その代わり、桃城はレギュラー落ちとなった。リョーマは僅かに肩を落とす桃城を見たが、そのうち復活するだろうとさほど気にしてはいなかった。それより、乾との試合で見せた手塚の実力に心を奪われる。
 以前試合した時には見られなかった本当の強さ。あの時より自分も上達している筈だが、追いつく、いや、追い越せるだろうか。
 リョーマは、不二の視線に気付くことなくフェンス越しにじっと手塚を見詰めていた。手塚は汗を拭うとフェンスの向こう側で食い入るように見ているリョーマを見た。
「凄いよね、あれが僕らの部長だよ」
「うん」
 その言葉に、リョーマは素直に頷いてから、それを言ったのが不二だと気付いて横を見た。感情の読めない表情で、不二は手塚を見ている。リョーマは不二の視線が自分ではなく当たり前のように手塚に注がれているのを見て、僅かに不快感を覚えた。
 勿論、当然のことで、誰でも手塚に見とれる。自分だって今まで夢中で手塚のプレイを見ていたではないか。それなのに何故こんなに不快に感じるのか、リョーマは解らずに帽子を深く被り直して自分の表情を隠した。
 何となく納得できない自分の気持ちを持て余しながら、リョーマは服を着替えていた。先輩達の姿はとうにない。一年生だけで今日の試合の話に花を咲かせ、部室は賑やかだった。
「桃先輩、残念だったな」
「うん、しょうがないよ。乾先輩のデータ完璧だったもん」
「だよね。部長だって、もしかしたらって思ったし」
 堀尾の言葉にカチローとカツオも頷き合う。リョーマは着替え終えると、ふと話題の主が置いていったジャージを見た。
 きちんと畳んで置いてあるジャージに、リョーマは眉を僅かに上げる。自分と同じように手塚という大きな壁に向かった桃城は、今どんな気持ちでいるのだろうか。
「お先」
 リョーマは手塚の影を振り払うように吐息を付くと、部室から出ていった。
 次の日もその次の日も桃城は部活に出てこなかった。心配するカチロー達だったが、リョーマはあまり考えていなかった。桃城の性格なら、遠からず復活してくるだろうと思ったし、テニスから離れられる訳が無いと確信していた。
 案の定屋上から見えた桃城は、手持ち無沙汰な様子で、サーブの真似事をしている。リョーマは意識せずに微笑むと、屋上のコンクリートの上に俯せになって暫く桃城を見詰めていた。
「何見てるの」
 ぎくりとリョーマは身を強張らせた。声を掛けてきた人間はリョーマの隣にしゃがみ込み、同じ方向を見下ろした。
「不二先輩」
「気になる? 彼のこと」
 凄みのある微笑を浮かべ、不二はリョーマに訊ねた。リョーマは微かにたじろいだが、堪えて引きつった笑みを浮かべながら桃城を見続けた。
「まあね」
「手塚に負けた者同士だから? なら、僕らもみんな仲間だけど」
 その言葉を聞き流したリョーマだったが、はっと気付いて不二の方を振り返った。不二は既に普段の穏やかな表情に戻っている。
「あんたも負けたのか」
「別に負けてもあんまり悔しくなかったな、今までは。でも、今は一番負けたくない」
「ライバル…とか」
 不二の真剣な言葉に、リョーマは再び不快感を感じて眉を顰めた。胸に重いしこりのようなものがあるような気がして、リョーマは手で心臓の辺りを押さえる。
「そうだね」
「じゃ、俺失礼します」
 これ以上ここに居たくなくて、鐘の音をきっかけにリョーマは起きあがり、ぺこりと頭を下げると不二が目を眇めて見詰めていることに気付かずに踵を返した。
 桃城はまた今日も部活を休んだ。部室内で騒ぐ堀尾達を後目に、リョーマは着替えずにジャージ姿でその場を後にした。今日の部活では大石と菊丸が喧嘩をして、そのとばっちりが来るし、手塚の機嫌は多分悪いし、さんざんな一日だった。
 それに、不二が何だか自分を避けているような気がする。今までも表だっては付き合っているという態度を見せたことはないが、リョーマだけに判るようなメッセージを伝えてきたりしたのに。
 自分が嫌がるからそういうことを止めろ、誰かに気付かれたらどうする、と何時も怒っていたのが効いたのだろうかとリョーマは思った。リョーマが自分から言ったのだから、それを実行する不二に罪はない。けれど、無ければ無いで少し苛つく。
 こんな時、桃城でも居たら少しは鬱積したものが晴れるのに。あの明るい前向きな性格は好きだ。不二に対する気持ちとは全く違うけれど。
 リョーマは自分の我が儘さに気付くことなく、桃城を探しに街へ向かった。テニスを部活以外でやるとしたら、あそこしかない。
 少し高台になっているテニスコート。そこにやはり桃城の姿があった。何故か女の子と楽しそうに打ち合っている。心配して損した、と思いつつリョーマはテニスコートに入っていくと、彼らとは違う人影を観客席に見出して足を止めた。
「桃先輩、こんなとこで何やってんスか」
「越前、どーしてお前ここに?」
 びっくりして見る桃城に声を掛けると、リョーマはついで観覧席にふんぞり返っている氷帝の跡部に視線を向けた。
 聖ルドルフを圧勝してコンソレーションに勝ち関東大会に出てきた、屈指の実力を誇る学校である。その部長の跡部は、手塚と同等の力を持っていると不二に聞かされていた。
「ねえ、サル山の大将。俺と試合しない」
 むしゃくしゃしている気持ちをすっきりさせたいと、リョーマは不遜に跡部に言った。隣で桃城が息を飲む。
「焦るなよ」
 挑発するリョーマに、口端を上げ、嘲笑を浮かべながら跡部は他の部員を率いて去っていった。桃城は大きく息を吐き、やれやれと肩を竦めてリョーマを見た。
「ちぇっ、逃げられたか」
「ったく、お前って奴は」
 小さく呟くリョーマに、桃城は呆れて頭を抱える。そんな桃城に、リョーマは向き直りにやりと笑いかけた。
「じゃあ、桃先輩でいいや。やります?」
「おいおい、じゃあはねえだろ。ま、今日は止めとく」
 明日こってり部長に絞られるだろうからな、と笑って桃城は言った。リョーマはその笑顔に、僅かに堪っていた物が流されて、踵を返した。
 次の日、漸く部活に出てきた桃城に、部内の空気も明るくなる。喧嘩していたゴールデンペアも仲直りしたようで、動きに磨きが掛かっていた。だが、今日も不二はリョーマの側に近寄らず、視線を合わせようともしない。
 部活が終わった後、桃城と一緒に帰り道を歩いていたリョーマは、得々と氷帝の選手達のデータを説明する様に、思わず不二の態度で重くなっていた心も忘れて笑ってしまった。
「桃先輩、すっかり乾先輩の位置ですね」
「だろ。あそこまで詳しいデータは取れないけどな。あー、でも、もしかしたらお前の出番は無いかもな」
 ふとノートを見ていた桃城は、空を見上げ考えるように呟いた。その言葉にリョーマは眉を顰めて桃城を見る。
「何で」
「んー、ダブルスはまず無理だろ。シングルス3は多分、あっちはあの馬鹿力が出てくると思うから、対等に戦える相手はタカさんくらいだ。シングルス1は当然部長だろう」
 向こうは跡部が出てくる以上、相手は手塚以外考えられないと桃城は断言した。そのことに、ますますむっとしてリョーマは眉根を寄せた。
「俺だって出来る」
「部長と試合した事もないのに、無理だろ。あの強さは試合しなきゃわかんねえな、わかんねえよ」
 試合はした事がある、とリョーマは言えなかった。おまけに負けているのだから、余計言うわけにはいかない。
「さすが、二度も負けたことあるから、真実味があるっスね」
 嫌みたっぷりなリョーマの言葉に、桃城はカチンときて口をへの字に歪めた。
「ああ、そのとーりだよ。ったく容赦ねえな、お前。んで、シングルス2は不二先輩だから、お前の出番は無いって訳」
 不二という名前に、リョーマはぴたりと足を止めた。桃城は二、三歩先に行ってしまってから、リョーマの方に不思議そうな顔で振り向いた。
「どした」
「……何で不二先輩が」
「菊丸先輩に聞いたんだよ。何でも、どうしても弟を倒した相手と戦いたいって、部長に掛け合ったらしいぜ。珍しいよな、あんまりそういう事しない人なのに」
 リョーマは胸が苦しくなって俯いた。弟の敵討ちをする、その事は桃城の言葉に反してリョーマにとって意外ではない。あの対観月戦でも、裕太のために不二は滅多に見せない熾烈さを見せた。だが、それとこの胸の痛みとは別だ。解っているのに鎮める事が出来ない痛みと重さ。
「そう」
 不二が自分に意識を向けていないのは、そのせいなのか。今は自分より氷帝戦の方が大事なのだ。らしくない考えに陥って、リョーマは頭を振る。
「越前?」
「先、帰るっス」
 訝しげに見る桃城の顔を見ず、リョーマはぽつりと言って走り出した。後ろから桃城の呼び止める声が聞こえるが、これ以上みっともない自分の姿を曝していたくない。
 息も荒く家に辿り着いたリョーマは、暇そうな父親をコートに引っ張り出し、陽が暮れるまで打ち合った。
 土曜日、リョーマは練習のない朝をゆっくり寝て過ごし、起きたのは昼近くになってからだった。最近、大抵土日の内どちらかは不二と試合をしていたが、今日の予定には入っていない。昨日も不二は声を掛けてこなかった。
「リョーマさん、明日試合なんでしょ。今日の昼ご飯、明日のために外食で鋭気を養うのはどう?」
 階段を下りてきたリョーマを見つけ、菜々子が声を掛ける。頷くリョーマを急き立てて、菜々子は支度をさせると家を出た。
 外食は釣り餌だったのか、一応リョーマ好みの和食の店に入って食べた後、菜々子の買い物の荷物持ちをさせられてしまう。こんなことだろうと思った、とリョーマは溜息を付きながらも菜々子の後に付いていった。
「ちょっとここで待ってて」
 リョーマを小さな公園に待たせ、菜々子は別の店に入っていく。連れ回されていたから気が付かなかったが、ここはいつも不二とテニスをする全天候型スポーツ施設の直ぐ側だった。
 まだ買い物をするつもりなのかと呆れながらベンチに座ったリョーマは、ふと巡らせた視線の先に見知った人影を見出して目を瞠った。
 不二はリョーマが居ることに気付かず、その施設に入っていく。自分を誘わず、一人で練習しているのかと、リョーマは拳を握り締めた。
「あっれえ、おチビ、こんなとこで何してんの」
 明るい声が聞こえ、リョーマは顔を上げた。私服姿の菊丸が、興味深そうな目でリョーマを見詰めている。
「付き添い」
「付き添い? ああ、なるほどにゃ」
 ちらりと菜々子が入っていった店を見るリョーマに、菊丸は納得したのか頷いた。わかったんならどこかへ行ってくれと思うリョーマを後目に、菊丸はベンチの隣に腰を下ろしてしまう。
「俺もよく姉貴に付き合わされたっけ。ほんっと、大変だよ。どうして女ってああ買い物が好きなんだろな」
 笑いながら言う菊丸に、リョーマは顔を背け俯いた。反応があまり無いことに気付いた菊丸が、リョーマの顔を覗き込む。
「疲れたん? わかるわかる」
「…じゃない」
 小さく首を振るリョーマに、菊丸は片方の眉を上げた。暫くそのまま、リョーマが話し出すのを菊丸は静かに待った。
「明日の試合、シングルス2は不二先輩だって」
「ありゃ、桃が喋ったな。口止めしときゃ良かったか。うーん、不二ってばすっごく弟思いだから、珍しくごり押ししたみたい」
 そっかー、試合に出られないかもしれないから拗ねてんのか、と菊丸は笑ってリョーマの頭を軽く叩いた。
「別に……」
「相手が強かったら、もしかしたら本気の不二が見られるかもよ。不二ってば、俺のこと気分屋って言うくせに、実は自分の方が本気の実力出さないんだから」
「全くだ。俺でも不二の本気のデータは把握していない。他のデータなら揃っているんだが」
「のあっ、乾っ、どっから顔出してんだよ」
 ベンチの後ろからぬっと顔を覗かせたのは、乾だった。驚いて身を仰け反らす菊丸とリョーマに、いつものノートをぱらぱらと捲りながら話す。
「……とまあ、こんな所か。不二は見た目に反した策略家だ。テニス以外でも、興味を持ったものは熱心に入れ込むが、手に入れると醒めるタイプだな。本気になることも家族や心を許している者の為にだけらしい」
 自分との試合の時は本気を出さないのに、弟のためならマジになるのか、とリョーマは唇を噛み締める。不二を本気にさせるだけの力が、まだ自分には無い。手塚と同じくらい、いや、もっともっと強くなればいいのか。
「おチビ?」
「強く…なりたい」
 ぼそりと呟いたリョーマの言葉に、菊丸は引きつった笑みを浮かべた。何だか分からないが、自分の言葉がリョーマの闘志に火を点けたらしい。
「おチビは今でも充分強いにゃ」
「全然、足りない。もっと…もっと!」
 強く言い放ち立ち上がったリョーマに、菊丸は目を見開いて見詰めた。周囲に居た一般の人々も、唖然として二人を見詰めている。
「どうしたの、リョーマさん」
 紙袋を抱えた菜々子が驚いたように駆け寄ってきた。リョーマと菊丸を何事かと交互に見る。菊丸は菜々子の非難の籠もった視線に、慌てて立ち上がり、違うと違うと両手を振った。助けを求めて後ろを振り返るが、乾の姿はもう無い。
 リョーマはそのまま菜々子の荷物を持ち、菊丸を無視して歩き始めた。

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