関東大会の当日朝、不機嫌極まり無いリョーマは朝食もそこそこに会場へ向かった。待ち合わせ場所には既に手塚と乾が来ていたが、一番に居そうな大石の姿が見えない。他の者達が集まっても、まだ姿を現さない大石に次第にみんな焦り始めた。 結局大石の代わりに桃城が菊丸とダブルスを組むことになった。以前桃城が言った通り、リョーマは補欠に回され、くさっていた気分が更に下降線に陥っていく。大会のダブルスなんか無くして、全部シングルスにすればいいのに、などといういささか八つ当たり気味な事を思いつつ、リョーマは自販機に向かった。 「お前にダブルスをさせる訳にはいかない」 「……ちぇ」 飲んでいる所に手塚から追い打ちを掛けられ、リョーマはふて腐れる。眉間に皺を寄せ、吐息を付いた手塚は試合前にはコートの所に来るようにと言うと、踵を返した。 「海堂や桃城もダブルスは苦手だが、越前よりはマシだということだろう。まあ、手塚もあまり得意ではないがな」 面白そうに乾は手塚を見送って言う。そういえば、手塚のダブルスは見たことがない。というより、手塚の試合してる所を見たのは、多少本気を交えているものを数えれば片手にも満たない。一体どんな試合をするのだろう、とリョーマは多少気分を浮上させて立ち上がった。 戻ってきたリョーマは、観客席で河村と談笑している不二の姿を見ると、じわりと苦い物が胸に沸き起こってくるのを感じた。 「桃先輩、負けたら絶交っスよ」 「おっ、おい、何だよそりゃ。俺が負ける訳ねーだろ」 それを振り払うように、リョーマはぶつぶつと何かを覚えるように呟いていた桃城に言った。絶交するなどという子供っぽい言いぐさに、周囲から苦笑が漏れる。大石を欠き、初めてダブルスを組むペアの二人に不安と緊張に満ちていた空気が、そのお陰で多少緩和された。 桃の慌てる姿に鬱憤を晴らし、リョーマは鼻先で笑うと観客席に腰を下ろした。桃城と菊丸のペアは何とか勝ったが、乾と海堂のペアは負けてしまった。 シングルスの前の休憩時間に、リョーマは再び飲み物を買おうかと腰を上げた。乾が今の試合のデータを整理している所を見かけ、半ば呆れ感心しつつリョーマは歩き出した。 「早くしないとシングルスが始まるだーね」 「分かってますよ」 聞き覚えのある特徴的な口調が聞こえ、リョーマは足を止めてそっちの方を見た。聖ルドルフのアヒルこと柳沢と裕太がコートに向かって歩いていく。偵察なのか、不二の応援なのか分からないが、リョーマは自販機へは向かわず、無意識にその後を着いていった。 コートに着くと、河村が重い団旗を持ち上げている。驚きの声を上げた聖ルドルフの二人を見つけ、不二は普段とは違う笑顔で裕太を見上げた。 照れくさそうな赤い顔で不二に応える裕太に、リョーマは胸が針で突かれたように痛む。ぎゅっとジャージを握り締め、リョーマはいつもの表情に戻って観客席を降りていった。 不二は既に後ろの裕太や、少し離れた場所にいるリョーマの事など気にもせず、河村の試合を見詰めている。たった数メートルの距離なのに、何故こんなに遠く感じるのだろうと、リョーマは試合を見ている自分とは別の所でぼんやりと考えていた。 シングルス3は力と力の対決となり、激しく打ち合った末に樺地と河村は手を負傷して試合を続けられない状態になってしまった。 コートに落ちた河村のラケットを拾い、不二はグリップを見詰め、それを握り締めた。いつもとは違う雰囲気の不二に、みんなの視線が集まる。 「タカさん、これ使わせて貰っても良いよね」 「あ、ああ」 竜崎に手を見て貰っていた河村は、真剣な不二に驚きながらも頷いた。自分に合わせたラケットでなければ、実力を出し切ることは難しいと思うのに、敢えて河村のラケットを使おうとする不二の意志に、周囲が微かにざわつく。 「タカさんの敵討ちってか」 「めっずらしー。不二がマジになってる」 「良いデータが取れそうだ」 桃城と菊丸の言葉に、リョーマは唇を噛み締め一歩足を踏み出した。ちらりと手塚が訝しむような視線を向けるのを無視して、リョーマはコートに出る。 「そんじゃ、誰かあたしの代わりにベンチコーチを」 竜崎は言葉を途中で止め、呆れたようにリョーマを見た。どっかりとベンチに座り、挑戦的な目でリョーマは不二を見据える。 大騒ぎをしてリョーマをベンチから引き剥がそうとする菊丸と桃城に抵抗し、リョーマはベンチから動こうとしなかった。マジになったならなったで良い。その本気を間近な所で見ていたい。たとえそれが自分の為の本気では無くても、とリョーマはやっと自分を見た不二を見詰め返した。 「構わないよ、僕は。越前がベンチコーチでも」 微笑んで不二はそう言うとリョーマを見詰めた。そう言えば、不二と会話するのは久しぶりだ。不二の眼が自分をしっかり見ているのも久しぶりで、リョーマはぞくりと背筋を走るものを感じ一瞬目を閉じた。 不二がそう言うならと、渋々菊丸と桃城は離れていく。竜崎も溜息を付くと河村と樺地を連れ、コートから出ていった。 「兄貴…」 観客席の方からの声に、不二はそちらを見上げる。リョーマも振り返って見ると、裕太と柳沢が驚いたように二人を見ていた。不二はリョーマに見せた表情とは打ってかわって、にっこり微笑み軽く手を挙げる。 また沸き上がってきた苦みを押し殺し、リョーマは強い瞳で不二を見た。不二はリョーマを一瞥し、真剣な表情になるとサーブの為にベースラインに付いた。 不二がサーブを打つと、周囲からどよめきがあがった。意表を突こうというのか、あまり力の入っていなそうなアンダーサーブだったが、リョーマはそのボールが微妙な回転をしているのに気付き食い入るように行方を追う。 サーブが決まると、一層どよめきが大きくなる。相手の手元で消えるように見えたサーブに、リョーマは驚愕して目を瞠った。 「き、消えたっ? 今の」 「うっそー」 どよめきが収まらぬ内に、不二は次々にサーブを決めていく。あっという間にサービスゲームをキープした不二は、微笑みを浮かべながらチェンジコートの為にサイドラインを歩いていった。 ベンチでふんぞり返るリョーマの前に来ると不二は足を止め、にっこり笑って訊ねた。 「越前、そこ、良く見える?」 「……ばっちりっスよ。丸見えっス」 どういうつもりで不二が訊ねたのか分からないが、リョーマは頷いて答えた。こんなちょっとした会話でも餓えていたのか、心が躍る。 「そう、それは良かった。……良く見て欲しかったから。僕を」 後の言葉はリョーマにだけしか聞こえないように、不二は小さく呟いた。え? と僅かに目を見開くリョーマに、不二は真摯な瞳を向ける。 今のはどういう意味かと訊ねる前に、不二は反対側のコートへ行ってしまった。 それからの不二はまるっきり相手を寄せ付けない強さを見せた。トリプルカウンターの一つ、白鯨もリョーマを驚かせるに充分な技だった。 微妙な回転とか風とか相手の力とか、そういうものを取り込んで不二は技を仕掛ける。普段どれほど手を抜いているのか呆れるくらいだ。 けれど、まだ底の知れない強さを感じる。不二が必死になっている姿は想像出来ない。今だってこれ程技を出しているのに、余裕の表情の不二を見て、リョーマは小さく笑った。 「まだまだっスね」 試合が終わり、乾が不二のデータが取れたと喜ぶのを聞いて、リョーマは確かめるように不二にドリンクのボトルを渡しながら言った。 否定しないで笑う不二に、リョーマは久しぶりに明るい気持ちになって顔を上げた。タオルで汗を拭っていた不二は、ベンチに座ったままのリョーマに顔を近付ける。 「ずっと見ててくれて、ありがとう。気に入って貰えたかな」 「なん…」 何故礼を言われるのか解らず、リョーマは聞き返そうとしたが、既に不二はコートを離れ観客席の方へ向かっていた。思わず立ち上がり、追いかけようとしたリョーマの前に手塚が立ち、着いてくるようにと告げる。 不二の言葉も気になったが、手塚に逆らう事も出来ず、リョーマはラケットを持つと後について行った。後ろから突き刺すような視線を感じる。横目で窺うように見たリョーマだったが、視線の主は裕太と穏やかに談笑していた。 手塚のアップに付き合っていたリョーマは、次第に熱くなっていく自分を持て余し、力が入りすぎたショットはベースラインを割ってアウトとなってしまった。 「越前、力が有り余ってるようだな」 「お陰様で。補欠だから」 「何か気になることでもあるのか」 手塚の問いに、リョーマはまたボールを外してしまう。舌打ちをして顔を背けるリョーマに、手塚の眉間の皺が僅かに寄った。 リョーマは返事をせず無言のまま、ボールをラケットで弾ませた。不二の真意が分からない。あれだけリョーマに執着していたようなのに、いきなり放り出されるように無視されたのはどうしてなのか。また、さっきの言葉の意味は何なのか。 「別に…それより、せっかくだからスリーポイント制にしませんか」 漸く言葉を出すと、リョーマは手塚の返事も待たずにツイストサーブを打ち込んだ。あっさりリターンされてリョーマは顔を蹙め、強くドライブボレーを打ち込む。それもすんなり返されてしまい、リョーマはグリップを握り直した。 「不二と、何かあったのか」 ぎくりと一瞬身を強張らせたリョーマだったが、憮然とした表情で手塚を見ると、次のサーブを打ち込んだ。 「部長には関係無いでしょ」 今度のサーブは手塚の脇を上手く抜け、リョーマは不遜な笑みを浮かべた。 「それに、今そんなこと気にしてる場合じゃないんじゃない」 自分とテニスをしている事、次の試合の事、他人の心配をするよりも考えることはある筈だと、リョーマは身構える。 「そうだな……だが、お前は」 眼鏡を指で押し上げ、手塚は綺麗なフォームでサーブする。リョーマのラケットの先ぎりぎりを抜け、ボールはラインの内側を抉った。 3ポイント手塚に取られ、リョーマは負け惜しみのように明るい表情でコートを出る。逆に手塚は厳しい顔でリョーマを見詰めた。 「気持ちに揺らぎがあると、それがプレイに反映する」 「へえ、そうなんだ。俺、そんなこと無いけど」 「なら、良い」 挑発的なリョーマの瞳に溜息を付き、手塚は試合のコートに向かって歩き始めた。リョーマは手塚の後ろ姿を眺めながら、心の中で嘆息していた。 手塚なら、何があっても動じることなくプレイするだろう。自分だとて、言ったように試合となれば他のことなど考えなくなる。が、不二の名前を出されるだけで心に棘が刺さったように微かな痛みが生まれるのは、どうしようもなかった。 コートに戻ると、不二は不可思議な視線でリョーマと手塚を見詰めた。その視線を避けるようにリョーマは再びベンチコーチに戻る。 跡部のパフォーマンスが終わると、熾烈な戦いが始まった。 手塚の一挙手一投足を見逃すまいと、リョーマは感覚の全てをコートに向けた。試合はどちらも一歩も退かぬ運びで、僅かな隙が命取りとなる。手塚の本気のテニスに、リョーマは息を飲んだ。 手塚の肩を潰す気で持久戦を仕掛けてくる跡部に、青学部員から不満の声が漏れる。だが、それらを一蹴した不二の言葉に、リョーマはちらりと後ろを振り返った。 「真剣勝負とはこういうものだよ」 不二の表情は硬く、僅かに見開いた目は真っ直ぐに手塚を見詰めている。その瞳の真剣な光に、リョーマは僅かに心の端が蠢いたが、直ぐに試合へと意識を戻した。 試合は跡部がタイブレークのポイント取得合戦の後勝ち、2勝2敗1ノーゲームで控え選手のシングルス対決となる。 激烈な手塚の試合に煽られ、テンションが上がりきっていたリョーマは、その試合で今までの鬱憤や熱の全てを吐き出した。 ベンチで見ている手塚の目も意識していたが、それより全身に感じるのは別の視線。浴びるような凝視の中で、一際それがリョーマの感覚を刺激した。 「もっと、出来る」 何試合だろうと、このテンションは続けられるだろう。もっともっと強くありたい。ずっと見詰められ続けて居られるように。 最後のドライブボレーが相手コートに炸裂し、周囲は静まりかえった。リョーマは投げ出していた帽子を取ると、観客席を見る。唖然としていた青学の面々が、一挙に歓声を上げ喜びにどよめいた。 その中に不二の笑顔を見出し、リョーマは帽子を被り直し顔を上げると、不敵な笑みを浮かべて観客席に向かった。 最後の挨拶を終え、リョーマは熱気がまだ冷めやらぬまま、着替えようと更衣室へ足を向ける。他の部員達も興奮した様子であちこちで騒いでいた。 その中の一点にリョーマは目を留める。探していた不二が裕太と楽しそうに話している姿に、リョーマは唇を噛み締め顔を背けると、足早に歩き去った。勝った後、みんなにもみくちゃにされ、不二と会話することも出来なかった。やっと落ち着いて話せると思ったのに、不二にそのつもりはないらしい。 試合後の熱はまだ身体の中に燻っているが、リョーマはぼんやりと帰りのバスを待っていた。 「手塚、直ぐ医者に見せた方がいいぞ」 「ああ」 跡部との戦いで傷ついた手塚の肩を心配し、大石が声を掛ける。バスなど待ってないでさっさとタクシーででもいけばいいのにと、リョーマは手塚の横顔を見上げた。 「良い試合だったな」 「部長も良かったっスよ」 「そうか」 手塚は僅かに目を細めてリョーマを見下ろした。滅多に誉めたことのない手塚の言葉に、周囲の者は目を瞠る。おまけに、微笑んだ?ような手塚の表情に気付いた大石は、驚愕して引きつった笑みを浮かべた。 リョーマは手塚の言葉の前に顔を戻していたため、二人の様子に気付かず、燻る熱と蟠る気持ちを抱え、悄然と吐息を付いた。 バスが来て、みんな乗り込んでいく。リョーマもその後に続こうとした時、突然手首を掴まれて、目を見開きその手の持ち主を見た。 「良かった、まだ帰ってなかったんだね。ちょっと来て」 「ふ、不二先輩?」 リョーマを引っ張り始めた不二に、慌てて桃城がステップから声を掛ける。何事かと他のみんなも窓越しに二人の方を見た。リョーマは驚き、掴まれた腕を振り払おうとした。 「何っスか」 「あー、おチビが誘拐されちゃうー」 「不二、明日の朝練は所定通りだからな」 窓から顔を出して叫ぶ菊丸と、冷静な乾の言葉に、不二は一瞬剣呑な目で見たが、直ぐにいつもの笑顔で手を振ると、リョーマを連れてタクシー乗り場へ歩き始めた。 「不二」 「……大丈夫だよ、手塚」 強い口調で手塚に名を呼ばれ、不二は振り返った。暫し睨み合う二人に、他の者達は息を飲む。だが、再び穏やかな笑顔で応える不二に、手塚は軽く溜息を付き頷いた。 見かけに寄らぬ強い力で掴まれた腕は引き剥がすことも出来ず、リョーマは抵抗を諦めて不二に引っ張られるままタクシーに乗り込んだ。 「どこ行くんですか」 「ゆっくり出来る所」 既に運転手に話は通してあるのか、どこに行くとも告げないまま車は走り始めた。ちらりとリョーマは不二の横顔を盗み見て、その澄ました捕らえどころのない表情に溜息を付く。 なんだか、いつもこうして拉致られている気がすると考えているうちに、タクシーは馴染みのある場所へと着いた。 慣れた様子でチェックインし、リョーマの腕を掴んだままホテルのロビーを横切っていく。一瞬逃げだしたいような思いにかられたが、リョーマは掴まれた腕の強さのせいにして、逃げられないと観念し大人しく不二に着いていった。 部屋に入った途端、不二は強くリョーマを抱き締めた。驚愕に目を見開くリョーマから不二は身体を離し、うっすらと笑みを浮かべた。だが、リョーマを見詰める目は笑っていない。 「ごめん……我慢出来なくて」 「我慢?」 「君の試合観てたら、僕もテンションが上がってね」 不二の言葉に熱と情欲が窺える。掠れた声で囁きながら唇を寄せる不二に、リョーマは目を閉じ顔を背けた。 「……冗談」 不二の熱を上げたのは手塚の試合だろう。自分のテニスも見るに耐える物だと自負してはいるが、手塚のそれにはまだ及ばない。認めたくなかったけれど。 「ホントだよ。……ほら、熱くなってる」 不二はリョーマの腰を引き寄せ、自分のそこに押しつけた。不二の熱く脈打つ下腹部に、リョーマはぎょっとして身を退こうとした。 それを許さず、不二は壁にリョーマを押しつけ、両脚の間に片足を入れて逃れられないようにした。リョーマは腕で不二を押し返そうと足掻く。その手を捕らえ、壁に縫いつけるようにすると、不二はリョーマの俯いた顔を覗き込んだ。 「どうしたの? 何が…」 「やだ! 離せ」 リョーマは俯いたまま低い声で恫喝した。 不二の熱を発散させる事の為だけに身体を繋ぐのは嫌だった。その熱が自分以外で生まれたのが嫌だった。独り占めなんて子供っぽい、そんな感情を持っていることを自覚させられたのが嫌だ。 「離さないよ」 凍り付くような声に、リョーマはびくりと身体を強張らせた。不二が薄く笑ったのを感じて、リョーマは暴れ始める。だが、そんな抵抗など意にも介さず、不二はリョーマの背けた首筋に唇を落とした。 ゆるゆると舌がリョーマの首筋を辿り、頤を通り過ぎて唇に着いた。ぎゅっと引き結ぶリョーマの唇を暫く辿っていた不二の舌は、強情なそこを離れ耳に向かう。 耳朶を囓られ、耳孔を舌で舐られて、リョーマは背筋を這い昇るぞくりとした感覚に息を詰めた。 「い…やだ…ぁ」 振り払おうとした顔に手を添えられ、唇を奪われる。口腔を思う様貪られ、溢れた唾液が顎を伝い始めると、リョーマは僅かに残った力で不二を押しのけた。 膝に力が入らない。そのまま崩れそうになるのを何とか持ちこたえたリョーマは、顔を上げ不二を睨み付けた。 「そんなに……」 リョーマは低く呟く不二に目を瞠った。不二は顔を僅かに歪ませてリョーマを見詰めている。苦しげな声と表情に、リョーマは更に愕然として見詰め返した。 肩に掛けられたままの不二の手は、力が込められているけれど微かに震えている。まるで、自分が不二を苦しめているような感じに、リョーマは抵抗するのも忘れ、呆然と立ち尽くしていた。 不二は再び唇を合わせ、抵抗を止めたリョーマのシャツを両手で掴むと思い切り開いた。ボタンが弾け飛び、素肌が露わになる。 「なっ…」 ぎょっとするリョーマの肩口に唇を押し当て、不二は強く吸うと共に噛み付いた。痛みに顔を蹙めるリョーマの耳に、不二の呟きが届く。 「君も、まだ熱が残ってる。……あの試合は、こんなに君を熱くさせたんだね」 試合? さっきの氷帝戦のことか、とリョーマは不二の剣呑な気配に気圧され動くことも出来ず考えていた。 不二は手をリョーマの胸に当て、ゆっくりと心臓の辺りを撫でた。 「ここに居るのは僕じゃなく、手塚なのか」 リョーマは唖然として目を瞬かせた。何故そこに手塚の名前が出るのだ。 「えっ…!?」 意味を問おうとした時、不二はリョーマの胸の突起を強く指先で摘み上げた。鋭い痛みに目を閉じ、リョーマは身体を折り曲げる。 不二は指を外すとその突起に唇を寄せ、今度は労るように舐め始めた。もう片方の突起も指先で転がし、潰すように刺激を与える。両方の突起を交互に口に含み、歯を立てたり吸ったりされると、びりびりとした感覚が胸から下半身へと響き、リョーマは不二の肩に手を置いて身体を支えた。 不二の手がズボンの上から熱くなり始めたリョーマの下腹部をやわやわと撫でさすった。思わずリョーマは腰を退くが、壁に遮られて逃げようがない。 「あっ…」 不二の手がベルトを外し、ジッパーを降ろして下着の中に侵入した。直に触られて、リョーマは声を出してしまい、慌てて口を閉じる。 「声、出しなよ」 不二は低く笑って下着ごとズボンを引き下ろした。 不二の手で、口で熱をはき出したリョーマは壁に沿ってずるずると座り込む。不二は身を起こすと、手の甲で口から零れた液を拭った。 「……この熱は僕のもの」 不二の言葉に、ぼんやりとリョーマは情欲に曇った瞳を向けた。力の入らない腕を上げて、不二の顔に触れる。 「俺…の?…」 リョーマの手を取り、不二は引き寄せると一気に抱き上げた。膝下に絡まっていた服が落ち、ベッドに横たえられたリョーマの身体にはボタンの千切れたシャツしか残っていない。 「今度は僕の熱をあげる。君の中にある別の存在を消してやる」 吐き出すように言った不二の瞳は、情欲に彩られてはいるが、微かに切ない光を帯びているように見えた。 リョーマは漸く働いてきた頭で考え始める。不二の言葉の意味と、自分の気持ちを。 「ちょ、ちょっと待て」 考えを纏めようと、リョーマは不二に声を掛けた。しかし不二は少し眉を上げただけでその言葉を聞き流し激しくリョーマを抱き、自身の熱を中に吐き出した。 「はあ…っ…は……」 漸く息を継いでリョーマは力を抜くと、まだ自分の上に居る不二を見詰めた。不二はリョーマから顔を隠すように俯けている。その隠された表情が知りたくて、リョーマは手を伸ばし不二の髪を梳いた。 「何か、勘違い……してたかも」 ぴくりと不二の肩が揺れる。シーツを握り締めている不二の手に力が籠もり、白くなった。 「……勘違い…か」 不二は暗い声で呟き、リョーマから身を退こうとした。リョーマは梳いていた不二の髪を握り締め、小さく笑い出す。髪を引っ張られて退くことも出来ず、いきなり笑い始めたリョーマに、不二は顔を上げた。 「ばっかじゃないの、俺もあんたも」 目尻に涙まで浮かべてリョーマは笑い続けている。困惑して見る不二の髪から手を離すと、リョーマはその手を首に回して引き寄せた。 「俺の熱が上がるのは、先輩の視線だからだ。でも、他の奴を見てる目も同じみたいで、それが何か悔しかった」 不二の眼が見開かれる。口を開きかけ、また閉じる不二に、リョーマは続けて言った。 「やっぱ強い人間に惹かれるのは当然だし、気持ちが離れるのは仕方ないって」 「何時離れたなんて言った」 不二は強く否定するようにリョーマに言った。リョーマは小さく頷くと、挑発するような瞳で不二を見上げ笑った。 「不二先輩、かなり俺のこと、好きだよね」 「…愛してるよ、リョーマ」 受けて立つように不二は微笑み、赤くなったリョーマの頬に口付けた。 「少し、自信が無かったんだ。君は強いものが好きだから、もっと強くなろうと思った」 リョーマの頭を撫でながら、ぽつりと不二が呟いた。目を閉じていたリョーマは、溜息を付き不二を見る。ほんの僅か曇った不二の貌を見て、リョーマは眉を顰めた。 「ポーカーフェイスなんだから、そんなの言ってくんなきゃわかんない」 そのせいで自分ばかり嫉妬してると思い込んで、落ち込んでいたのが馬鹿みたいだと、リョーマは睨む。 「君だって、クールビューティじゃないか」 「ビュ…」 クールはともかく、ビューティってなんだよ、とリョーマは顔を赤くして不二から目を逸らした。くすりと笑い、不二はリョーマの頬に手を沿わせ、自分の方を向かせた。 「あ、でも、僕は少し分かるかな。怒ってるとか、拗ねてるとか。今は僕のこと、大好きだって、よーく分かるし」 「そんなこと言ってないっ」 言い返すリョーマに口付け、不二は凄く楽しそうに笑った。その笑った顔があまりに幸せそうで、リョーマは見とれてしまう。 「好きだよ……リョーマ」 再び口付けた不二は、手をリョーマの頬から顎、首筋へと這わせた。背中へ廻った不二の手が妖しい動きをし始めるのを感じ、リョーマは顔を蹙めて身を捩った。 「先輩?」 「ん、久しぶりだから、ね」 「ふざけんな。ね、じゃないっしょ。明日朝練だっての」 不二の動きを止めようとリョーマは背中に手を伸ばした。だが、ついっと不二の指先が背筋を滑り降りる感覚にびくりと反応してしまう。 「まだまだだね」 にっこり笑うと、不二はリョーマに重なっていった。 |