目の前を走り抜ける人影に、不二は苦笑を浮かべてゆっくりと付いていった。 微かに漂う香りに視線を巡らせると、小さな花々が生け垣を白く彩っている。それに顔を近付け、不二は両手の親指と人差し指でフレームを作り、その中に花を収めて微笑んだ。 こんなに小さいのに香りはしっかりと自己主張をして、自分の存在を知らしめている。そんな様が誰かを思い出させて、不二は笑みを深くすると同時に軽く吐息を付いた。 「ふーじっ、何してんの早く早く」 「慌てなくても売り切れやしないよ、英二」 コンビニのガラス扉を片手で押さえ、菊丸は不二に向かって手を振っている。それに応え、不二は漸くまた歩き始めた。 コンビニの中は窓が曇るほど暖かい。外の寒さも3月に入った今ではさほどではないから、余計に暖房が効いてしまうのだろう。 菊丸はレジ側の蒸し器を覗き込むと、さっそくあれこれ注文し、そのうちの一つを不二に差し出した。 「ほい、おめっとさん」 「ありがとう。ところでこれがプレゼントなのかな」 満面の笑みで菊丸に尋ねると、同じく満面の笑みで頷かれ、不二は頬を軽く引きつらせた。 この年になるとあまり友人同士で誕生日会をやったり、プレゼントを貰ったりなどしないが、これは菊丸らしいなと不二は目の前の肉まんを一口囓った。 「プレゼント?」 別の方向から聞き慣れた声がして、不二と菊丸は振り向いた。桃城が驚いた表情で二人を見詰めている。 「昨日誕生日だったから。正確には昨日と今日の間、だけど」 不二は桃城の訝しげな表情に答えるように話す。だが、視線は桃城の斜め後ろに居る一回り小さな人影に向けられていた。 「それってどういう」 「つまりぃ、29日ってこと。4年にいっぺんしか年とらないんだよん」 ああ、と納得して頷いた桃城の後ろから呟かれた言葉を、不二は聞き逃さなかった。 「何? 越前」 「別に」 しまった、という表情を隠すようにそっぽを向くリョーマに、不二は笑みを深くして近付いていく。「ちゃんと本人に聞こえるように言ってくれないと」 「……不二先輩らしいって」 どの辺がらしいのかと聞きかけた不二は、背中にのし掛かられて身体を折り曲げた。菊丸は不二の背中から顔を出し、大声で笑って肩を叩く。 「そうだよね、おチビの言うとおり、らしいって。変わってるとゆーか、普通じゃないってか」 そこまで言ってない、とリョーマは眉を寄せ菊丸を見た。俯いている不二の反応が見えず、否定すべきか受け流すか迷っていると、場を取りなすように桃城が菊丸の持っている肉まんを指差した。 「で、それが誕生日プレゼントっすか」 「そ。何か問題でも?」 「菊丸先輩らしいっスね」 リョーマの言葉に、菊丸は頬を膨らませると反論しようとした。が、いきなり背中から振り落とされて床に尻餅を付いた。 「本当に、英二らしいよ。でも、どうせならエビチリまんの方が良かったかな」 言いながら不二はリョーマを見詰めると、また肉まんに口を付けた。リョーマは目を瞠り、桃城と顔を見合わせる。 「えーと」 「はぁ……」 溜息を付いてリョーマは財布から小銭を取り出して桃城に突きつけた。 桃城は肩を落として自分も小銭を取り出しレジに向かう。エビチリまんを注文する桃城の後ろから、不二はあんまんとピザまんを注文した。 「サンキュ。催促したみたいで悪いね」 「みたい……?」 「いえいえ」 リョーマの口を片手で塞ぎ、桃城は冷や汗を浮かべながら不二に袋を渡した。 くすりと笑いながら不二は代わりに店員から受け取った袋からピザまんを取り出し桃城に手渡す。 「はい、これお礼。こっちは越前に」 あんまんを渡すと、リョーマは驚いたように目を見張った。 「ああー、いいなー、俺には?」 「口の中に入ってるのは何かな」 べったり不二のように張り付いて羨ましがる菊丸に、呆れて不二はその頬を抓った。いつのまにか肉まんはすっかり菊丸の口中に消えてしまっている。 「それにしても久しぶりだね。元気そうでなにより」 しげしげとあんまんを眺めているリョーマに不二は笑顔で話しかけた。リョーマはちらりと不二を見上げ、小さく頷く。 視線が合わないことに微かに胸に痛みを覚えながら不二は、残っていた肉まんを食べきり、エビチリまんに口を付けた。 「部長さんはちゃんと仕切ってるかにゃ」 「やってますよ。まあ、一部言うこときかねえ奴がいますけど」 菊丸の言葉に桃城は三口でビザまんを食べ終えリョーマの頭を乱暴に撫でた。リョーマは鬱陶しげにその手を振り払い、あんまんを食べ始める。 「越前、暇ならこれから打たない?」 食べ終わった頃を見計らって不二はリョーマに言った。 菊丸と桃城は新作の菓子を手にあーだこーだと意見を交わしている。リョーマは二人の方をちらりと見ると、不二に顔を向けた。 「いいですけど」 「あの二人は放っておいてもいいよ。僕は君と打ちたいんだ」 桃城を気にしているのかと、不二は一瞬心に翳りが差したが、それを振り払っていつもの平静さを取り戻し更に続けた。 「もうすぐ卒業だからね。今のうちに」 不二の言葉にリョーマは微かに目を瞠り、ついで伏せて歩き始めた。慌てて不二はその後を付いていく。 「不二?」 「あ、ごめん。ちょっとヤボ用」 店を出ていく時に気付いた菊丸が声を掛ける。不二は手を挙げ言い訳すると扉を閉めた。 不二のことなど気にしたようでもなく、歩いていくリョーマにやっと追いついて隣を歩き始める。 通りを行く人々の装いは既に春のものが多く軽やかであるのに、不二の足取りは重かった。 何時も行くストリートテニスのコートに着くと、リョーマは漸く不二の方を向き、睨み付けるように見詰めた。 「マジでちゃんとやってくれます」 「もちろん」 その強い瞳に見詰められることが嬉しくて、不二は心からそう応え笑顔で頷いた。 夏からずっと、否、その前から心の奥底で育ててきた想いは今、堰を切って溢れようとしている。抑えようとしたのに、忘れられると思ったのに、それは考えが甘かった。 自分は結構執着心が強くて未練がましくて情けない男だと悟ってから、この想いをどうしようかと掌の中で転がしている。 告げて玉砕するのも青春の一幕、と思えれば楽なのだが。 不二はそんな想いに耽っていたためリョーマがラケットを差し出しているのにも気付かなかった。何度か声を掛けられて、不二は我に返る。 「先輩、ラケット」 「あ、ああ」 制服の上着を脱ぎ、ラケットを手に取ると不二はコートに入っていった。不審そうに眉を顰めていたリョーマは、後に続いて向かい側のコートに入ると、構えを取った。 「お先にどうぞ」 サーブは不二からで良いとリョーマは不敵に笑って言う。その笑顔にぞくりと背筋を震わせた不二は、末期だなと軽く吐息を付き、ボールを宙に投げた。 全国大会が終わってからもたまに部活に顔を出していたけれど、あまり引退した者が手を出すのもどうかという暗黙の了解によって、試合したりしなかった。 外のコートで打ち合おうにもリョーマと試合をしたがる者は多く、いつも見ているだけだった。 自分とリョーマを隔てるフェンスを恨めしく思い、越えられない壁のように感じてしまう。 このまま終わってしまうのだろうかと思いあぐねていた所へ、菊丸がコンビニに行くというので誘いに乗ったのだ。もしかしたらリョーマが居るかもしれないと言う可能性を考えて。 実際に会うと告白どころか試合に誘うのが精一杯な自分に、不二は自嘲する。 「調子が良いみたいだね」 「先輩こそ」 絶妙のサーブを打ち返したリョーマに、燕返しをお見舞いする。リョーマはラケットの端で拾ったもののボールは遠く離れた場所に落ちた。 ボールを拾い上げ、リョーマは嬉しそうに不二に笑みを向ける。不二も真剣なリョーマの瞳と、久しぶりに試合をする楽しさに自然に笑みがこぼれた。 打って、打ち返され、また打ち返す。ボールは二人の間を何度も往復し、時間を紡いでいく。 こんな風に自分の想いもリョーマとの間で交わされれば良いのにと、不二は密かに溜息を付いた。 徐々に白熱した展開になり、二人の額に汗が浮かび始める。ネットに出たリョーマの頭上にボールはホイップし、その技が白鯨だと気付いた瞬間振り返りラケットを向けた。 「……くっ」 何とか追いついて打ち返したボールは更に不二に返され、コートの端に突き刺さった。 「ゲームアンドマッチ、だね」 「もう一セット」 小さく笑って言う不二に、リョーマはきつい視線を向けて頼んだ。お望みなら何度でも、と言いかけた不二は周囲を見渡して首を横に振った。 「もう陽が暮れる。そろそろ帰ろう」 「まだ大丈夫っス」 コートから出る不二を睨み付け、リョーマは反論した。だが、不二は意に介さずベンチへ戻ると勝手にリョーマのバッグからタオルを取り出し、放り投げた。 「ちゃんと汗拭いてね。風邪引くといけないから」 リョーマは渋々という様子でタオルを取ると、汗を拭いながら荷物の方へ戻った。憮然とした表情でベンチに座り込むリョーマの隣に不二も腰を下ろす。 「まだやれるのに」 「ほら、まだ濡れてる」 「また勝ち逃げなんてズルイ」 「はいはい」 ぶつぶつと文句を言い続けるリョーマの手からタオルを取り、不二は頭の後ろも拭いてやった。 くすぐったそうに肩を竦めるリョーマの様子に、不二はびくりと瞬間動きを止める。 リョーマはそんな不二の手からタオルを取り戻すと、身体ごと向き直って顔を近付けていった。不二は目を僅かに開き、早くなる鼓動を抑えようと胸に手を当てた。 「風邪引きますよ」 「え、あ、うん」 リョーマの言葉に不二は額の汗を手で拭った。多分、さっきの運動でかいた汗に、現在の心境から来る冷や汗が混ざっているに違いない。 リョーマは呆れたように吐息を付くと持っていたタオルを不二の頭に掛けた。さっき不二にされたように強めに頭と顔を拭っていく。 「わっ、いいよ、僕は」 「駄目っス。俺のせいって言われたくないし」 不二は慌ててリョーマの手からタオルを取り、それじゃ使わせて貰うよと一言告げて顔に押し当てた。 何となく嬉しくて笑みがこぼれる。それを隠すように顔を拭くとタオルをリョーマに返した。 暫く無言のままぼんやりと空を見詰める。リョーマも何も言わず隣に座っていた。秋とは違って陽が落ち始めてもなかなか暗くはならない空に、一際明るい星が輝き始めると漸く不二はゆっくり立ち上がった。 本当ならもっとリョーマと一緒に居たい。何も喋らなくても、テニスをしていなくても、体温が感じられるほど近くに居られるだけで心が高揚する。 「そろそろ帰ろうか。送っていくよ」 「送るって……子供じゃない」 手を差し出すと口をとがらせてリョーマは文句を言う。苦笑を浮かべ謝る不二の手を取り、リョーマは勢いを付けて立ち上がった。 胸に飛びかかるような形で立ち上がったリョーマを、不二は驚いて抱き留める。ほんの僅かの時間だったが目の前にあるリョーマの髪に不二はそっと口付け、その身体を離した。 俯いているリョーマの頬が少し赤みがかっているのは、まださっきの試合の昂揚が残っているからだろうか。 不二はその頬にも口付けたい衝動に駆られたが、手を離し背を向けた。 「先輩」 背中にリョーマの声が掛かる。 「何?」 「また、相手してください」 真摯な声音に不二は振り返って見た。町並みに落ちようとする最後の夕日が丁度逆行となってリョーマの表情を隠している。不二は眩しげに目を眇め頷いた。 「こちらこそ、またお願いしたいね」 その日が来るのかと思いながら不二は苦い笑みを浮かべた。 卒業式まで後僅か。同じ青学とはいえ、中等部とはかなり校舎も校庭も離れている。部活はまた一年生の下っ端から始まるので、時間もあまり融通は利かないだろう。中等部より年功序列は厳しいと聞く。 そういえば、手塚は一年生の時に先輩に睨まれ肘を痛めたんだったなと、不二は思い返した。 あの頃自分は今よりももっと勝負に関して淡泊で、部活でも目立たない部類だった。多分、リョーマが現れなければ相手に合わせた力の試合をずっとしていただろう。 あの練習試合、雨で流れなければもっと早く全力でテニスをすることの楽しさを知っただろうに。 テニスだけでなく、人を想うことの楽しさや苦しさも、もっと早く解れば良かった。殆ど時間が無くなった今になって焦り、おろおろと動揺している自分が馬鹿に見える。 実際馬鹿だよなあと不二は暗くなった空を見上げ、リョーマに行こうかと促した。 卒業生への感謝会が終わった後、テニス部全員が河村寿司に集まり送る会が開かれた。持ち寄った菓子とジュース類を前に、卒業生を中心にして輪が作られる。 「今までありがとうございました!」 代表として桃城が大きな花束を手塚に渡し、深々と礼を取った。他の卒業生にもそれぞれ花束が贈られる。 リョーマは目の前に居る不二にそれを渡すと、僅かに目を瞬かせぺこりとお辞儀をして下がった。 明日が本番の卒業式だというのに、堀尾は人目も憚らず号泣し、カチロー達の目も潤んでいる。彼らを慰めるよう大石が礼を言い、手塚も言葉は少ないながら重みのある言葉で話すと後は菊丸が率先して大騒ぎとなる。 そんな様を微笑みながら見ていた不二は、隣にやってきたリョーマにぎょっとして目を瞠った。 自分からこんな風に他人に近付いて行くのをあまり見たことがない。 三年生の卒業が近付いて、他の部員達が嘆いているのにもあくまでクールに振る舞っていたリョーマが何故側に、と不二は動揺してコップを持つ手が微かに震えた。 「不二先輩、この後暇ですか」 「うん、今日は予定無いよ」 明日の卒業式に合わせ父が帰ってくるのを、今日母が成田まで迎えに行っている。家に着くのは夜遅くになるし、姉はやはり同僚の送別会とかで夜中まで帰ってこないだろう。だから早く家に戻らなくてもいいと不二はリョーマに告げた。 リョーマは暫く何か考え込んでいるようだったが、意を決したように顔を上げ不二を見詰めた。 「何してるんにゃー、二人でこそこそ内緒話?」 リョーマの頭を両手で掴んで引き、菊丸が覗き込む。突然の出来事に驚いたリョーマが声を上げ、手を伸ばして身体を支えようと不二の腕を掴んだ。 「英二、危ないよ」 「ごみーん」 舌を出して謝ると菊丸は手を離す。リョーマは頭を戻した反動で不二に寄りかかるような形になった。 「えっ」 自然にリョーマは不二から離れ、カウンターの方へ向かう。不二は今聞いた言葉を確かめるように耳を押さえ、呆然とリョーマの方を見た。 「どしたの、不二」 「何でもない」 怪訝そうに見る菊丸にぎこちない笑みで応え、不二はコップの中身を一気に呷った。 会がお開きになると、それぞれ帰り支度を始め河村寿司を出た。まだ物足りなさそうだった菊丸が大石を誘って二次会へ行こうとみんなに声を掛ける。不二はその誘いを断ってみんなを見送ると、暫くしてから家路に着いた。 自宅の前に小さな影を見つけて不二は胸の鼓動が跳ね上がるのを感じ、足を止めた。 相手が気付いてこちらを向く。不二は止まっていた足を動かしその影に近付いていった。 「ほんとに来たんだ」 「迷惑だったですか」 「いや、そんなことないよ。とても嬉しい」 不二の言葉にリョーマは表情を曇らせて呟いた。慌てて不二は否定し、玄関へとリョーマを促す。リョーマは一瞬躊躇したが、不二の後に続いて入った。 リビングにリョーマを通した不二は、キッチンでお湯を沸かしながら普段より早い鼓動を抑えようと深呼吸を繰り返した。 どうやら落ち着かせることに成功した不二は、ポットやティーカップをトレイに乗せ、普段通りの顔でリョーマの元へ近付いていく。 「何もないけど」 「突然すみませんでした」 熱い紅茶の入ったカップをリョーマの前に置き、不二は向い側のソファに腰を下ろした。リョーマはカップを見詰めるだけで手を出そうとしない。 さっき店でリョーマが言ったのは、話があるから後で家に行ってもいいかという問いだった。 普通に見て不二とリョーマは話しが合うことも無いし、とても親しい間柄という訳ではない。テニスでの相談ごとなら自分より桃城や手塚に行くだろうと考えて不二は自嘲した。 そんなリョーマの話とは何だろうと、さっきから暗い想像ばかりが頭の中に渦巻いている。 「この前、本気じゃなかった」 ぽつりとリョーマは俯いたまま呟いた。何のことかと聞き返そうとした不二は、この前やった試合のことだとわかった。 「そんなこと」 「嘘付かなくていいよ。あんたは俺相手じゃ本気にはなれないってこと」 リョーマの口調は淡々としていたが、言葉の端々に深い憤りと嘆きが感じられ、不二は思わず身を引き息を詰めた。 「もう、時間がない、そんな時まであんたはそうやって突き放すんだ」 「……越前」 非難しているのはリョーマの方なのに、まるで自分自身の言葉に打ちのめされているように膝に置いた拳をぎゅっと握り締める。 不二は漸く動きを取り戻し、立ち上がってリョーマの側に膝を突き俯いている顔を覗き込んだ。 「ごめん」 「謝んなくていい、別に」 顔を見られたくないのかリョーマは不二の視線から避けるように逸らした。その頬を片手で捕らえ、不二は自分の方を無理矢理向かせた。 「時間が無いって何故?」 「卒業したら……会えない」 口ごもるリョーマにやっと不二は理解した。と同時に驚愕と歓喜が全身を駆けめぐる。黙り込んでしまった不二に、リョーマは唇を噛み締め険しい視線を向けた。 その瞳の中に微かに揺らぐ光を見出し、不二は熱い予感と期待に一度息を吐くともう片方の手もリョーマの頬に当て、顔を近付けた。 「僕に会いたいと」 「勝ち逃げは許さない」 「それだけ?」 息が掛かるほど顔を寄せ、不二はリョーマに囁いた。ぴくりと震えるリョーマの頬に思わず口付け、見開いた目に唇を寄せる。 反射的に閉じたリョーマの瞼に軽くキスすると、不二はそのままずらして唇に口付けた。不二の胸元でリョーマの拳が握り締められるが、暴れる様子はない。 口付けを深くしていくと、リョーマの身体から力が抜け、不二にもたれ掛かってきた。不二は唇を離すとリョーマの頭を抱えたまま、隣に腰を下ろした。 改めてリョーマの顔を上げさせようとするが、強い力で抵抗を受ける。髪から覗く耳が真っ赤に染まっているのを見た不二は、酔うような喜びに深い笑みを浮かべた。 「越前、話があるんだ」 どうにか身体を離し、不二はリョーマの瞳を見詰めた。頬の赤みは消えているが、リョーマの目元には僅かに朱が残っている。 怒っているのではないだろうが、一文字に引き結んだ口は何も応えず、リョーマはただ不二を睨み付けるように見ていた。 「君が、好きだ」 一言ずつきっぱりと告げる不二に、リョーマは一瞬目を丸くして見た。 リョーマの口から否定の言葉が出るか、それとも…と心臓をばくばくさせながら待っていた不二は、彼の目が僅かに眇められたのを見て鼓動を止めそうになった。 「越前」 「それ、本気?」 「勿論。ほら……」 不二はリョーマの手を取り、自分の胸に押し当てた。心臓はさっきから突っ走っている。 リョーマは暫くその手を見ていたが、再び視線を上げ不二に不敵に笑いかけた。 「先輩でも本気になることあるんだ」 リョーマの言葉が胸に響く。凍った棘が突き刺さったような胸の痛みに、不二は眉根を寄せ顔を逸らした。 「そう、ちょっと遅かったようだけどね、もっと早く本気を出せば良かった」 嫌われたかと、リョーマから離れるため不二は身を浮かせた。だが腕を取られ、再びソファに腰を下ろした不二は驚いてリョーマを見詰めた。 「出してよ、もっと。ちゃんと俺に判るように、出せ」 言葉は命令形で厳しいのに、リョーマの表情は苦しげで、不二はその双眸に呆然と見入ってしまった。 ゆっくり差し出されたリョーマの手が不二の頬を撫で、髪を掴んで引き寄せる。 「本気、見せろって」 「越前……」 ふわりとリョーマの唇が不二の唇を覆った。不二は離れようとするそれを追うように顔を近付け、そのままソファにリョーマと共に倒れ込んだ。 何度も口付け、唇の合わせをこじ開けて中へ舌を差し入れる。逃げようとするリョーマの舌を追いかけ絡め取ると、思う様貪った。 リョーマの喉が苦しそうに鳴るのを聞いて不二は漸く唇を離し、喘いで仰け反る喉元に這わせた。 強くしがみつく腕を掴み、背もたれに押しつける。小刻みに震えるリョーマの肩に気付き、不二は一端ソファに片膝を付いて体勢を立て直した。 「これ以上本気になると、君を壊しそうだ」 「…壊せるもんなら」 強く言い放つリョーマに不二は再びのし掛かり口付けた。 |