Imaging Match -2-

 
 このマンションの場所から山海高校までは炎の自宅からいくのと同じくらいの時間しかかからない。海の大学までも電車ですぐの場所だ。同じ時間に家を出て、一日目の朝は始まった。
 「おはよーっす。またまた同じ学校とはね、まあ学部が違うからそんなに会うってことも無いと思うけど、こうして会っちまうもんだな〜」
 「ああ、おはよう、シン。珍しいな午前中から講義に出てくるとは」
 「あのなあ、いくら俺でも入学したてでさぼったりしねーよ。ま、そのうちリサーチできれば、どの講義をさぼってもOKか判るようになるだろうぜ」
 桜の花の散る中、山海大学の構内でばったり会った森に海は珍しげな視線を向ける。苦笑を返して森は近くの喫茶店へ誘った。
 「へえ、引っ越したんだ。良い場所じゃん。げ、あそこ確か3LDKしかなかったんじゃないっけ。一人でなんて家賃もったいないな」
 「一人ではない。エンと暮らしている」
 「……今、なんつった?」
 海が引っ越し通知のはがきを渡すと森は驚いたように住所を確かめ、訊いた。
 「エンと暮らしている…と言ったのだ」
 「………それって、そのー、何で?とか訊いちゃっていいもんなのか?」
 平然と繰り返す海に、森は冷や汗を浮かべて訊いた。海は紅茶を一口含み、うっすらと微笑みを浮かべて応えた。
 「もちろん、考えに考えた結果だ。私は卒業してエンと離れるのが嫌だった。だが一年の差はどうしても縮めるわけにはいかない。なら、共に暮らせば良いと思ったのだ」
 思ったからといって、それを実行する奴はそうはいないだろうと森は思ったが、口に出さずに再び訊いてみた。
 「離れるのが嫌か。そんなに想っちゃってる訳か」
 「ああ、私はエンが好きだ。この想いは誰にも負けない」
 あっさりと言い切る海に、森は驚いて目を瞠った。以前から海が炎に執着しているのは気づいていたが、それを好きと言う言葉に結びつけて納得するとは思わなかったのだ。常識の固まり、頭の固い海が男を好きだと認めるなんて、よっぽどのことだ。
 「なるほどねえ、そんなにまでねえ。で、一緒に住んでるってことは、夜の方もいっちゃってる訳?」
 男女経験の方ならまあ無きにしもあらずだが、森は男とナニをするということは知識でしか持っていない。それほどに好きあった者同士が夜共に過ごすとなれば、当然そっちへいくだろうと思うのだが、海にその知識があるかどうか、興味津々に森はにやけた表情でかるーく訊いた。
 「いっちゃってるとは、何のことだ?」
 「……あ、やっぱりそうきた」
 がくりと頭を下げ、森はため息を付いた。ここから先を言うのはお節介なことかもしれない。単に共に暮らしているだけでも幸せならいいんではないか。
 「シン?」
 つらつらと考えていた森に、訝しげに海は声を掛けた。はっとして森は何でもないと言いかけた。だが、自分の心に微かに引っかかる想いに、今度は真面目な表情になって海に訊ねた。
 「好きなら、全てを自分のものにしたいと思わないか?抱きたいと…欲しいって思わないか?」
 「抱く……エンを…」
 森の言葉に海は目を伏せ考え込んだ。そんな海に僅かに苛立つものを感じ、森は自分自身の感情に驚きを覚える。
 「それが気持ち悪いだの、考えらんないだの言うんなら、まあそれでもいいけどさ……」
 好きで一緒に暮らしたいだけならそれで良いではないか。なぜ自分はこんなに苛立っているのだろうと森は言葉を濁した。
 「俺だったら、好きになったら、抱きしめて、キスして、触れて、一つになりたい…と思うぜ。
 腕の中で甘く啼かせて悦ばせて。俺以外の誰にも触れさせない、誰も見させない」
 「シン…」
 「はは…なーんちゃってな。男ってそういう我が儘な生き物なんだよねえ。ま、おまえさんは違うのかもな」
 自分の手を見つめ、熱っぽく語っていた森は、がらりと態度を変えてからからと笑って海を見た。海にそんなことを語るだけ無駄かもしれない。好きだと認めただけでも表彰ものなのだから。
 「私は……」
 「あ、いーっていーって、エンもそう思ってんだろうから。そういや、エンはお前のこと好きって言ったんか?」
 森は手を振り海の言葉を遮ると、続けて言った。すると海の顔色が僅かに引いて白っぽくなる。ありゃ、と森はばりばり頭を掻いた。
 「嫌いではない、と言っている」
 「そうだな、まあ一緒に住むことをOKしたくらいだから、嫌われてはいないんだろ。良かったじゃないか、幸せなんだろ」
 にっこり笑って訊く森に、海は戸惑うように笑みを浮かべ頷いた。
 「私は、エンと共に暮らせるようになって、幸せだ。エンにも幸せになって欲しい」
 「幸せにしてやれよ…って、結婚した奴に言う台詞だなあ。しかも、こっちは振られた側かも」
 最後の言葉はぼそりと呟かれたもので、海の耳には届かなかった。森は立ち上がり、次の講義に出るからと手を振り去っていく。海は、次の講義は休講だったので、図書館に行こうと思っていたのだが、森の言葉が気になって暫く考え込んでいた。
 その夜、昨夜と同じように風呂に入り、寝室へ入った海はパジャマ姿でベッドの上にあぐらを掻き漫画を見ている炎をじっと見つめた。
 湯上がりのほんのりピンク色に染まった炎の首筋やしっとりとした頬に吸い付けられるように視線が止まり、胸がどきどきとしてくる。
 「何だよ」
 「い、いや、何でもない。もう寝るぞ」
 既に慣れたのか炎は文句を言いつつも横になった。隣に滑り込み、海は明かりを消す。取りあえず、一緒に暮らせばずっと炎と居られる、毎日顔を見られると思って幸せに浸っていた。それで十分だと思っていた。
 自分はキスしたいだろうか…炎に、と考えて海は真っ赤になった。部屋が暗くて気づかれないのが幸いで、海はそっと炎の方を見る。安心しきったようにぐっすり寝ている炎の頬にそっと触れ、海は顔を近づけると触れるだけのキスを頬にして自分の行動に狼狽し、くるりと背中を向けると無理矢理目を閉じた。

 「どうしたん?目が赤いみてーだけど」
 朝食…今日はトーストと目玉焼きとホットミルクにコーヒーである。これなら自分でも作れるからと、今回は炎が作っていた…を食べながら炎は前で目玉焼きをつついている海を怪訝そうに見た。
 はっと狼狽えたように身を引く海に、不審げな視線を向け炎は眉を顰める。
 「ベ、別に、なんでもない。早く食べないと遅刻するぞ」
 「今日は休みだってーの。だから、こんな遅くに俺が作ったんだろうが。変だぞ、カイ」
 ちらりと時計とカレンダーを見た海は、そうだったと微かに頬に朱を走らせる。普段の朝はずっと海が食事を作っているのだ。土日の朝だけは炎が食事の支度をすることにいつのまにかなってしまっていた。
 「変、なことは無い…と思うが」
 海らしくなくはっきりしない口調で言うのに、ますます不審げな目を向け、炎は今度は心配そうに言った。
 「おいおい、マジに大丈夫かよ?熱でもあるんじゃねえの」
 「いや、それは無い」
 「無かったら死人だぜえ」
 きっぱりと否定する海にけらけらと炎は笑い掛け、手を伸ばして額に触れる。大げさに離れ、海はかあっと赤く染まった顔を手で覆い、イスから立ち上がった。
 「カイ」
 「すまん。これは昼にきちんと食べさせてもらう。ちょっと出かける用事を思い出した」
 あからさまな逃げに、炎の目が眇められる。海はこんな風に逃げることが一番嫌だったんじゃないのか。
 慌てて残った目玉焼きをラップに包んで冷蔵庫に入れ、手早く出かける支度をした海は、炎の訝しげな眼差しを背後に感じながら外に出た。本来の自分だったら真正面から言うべきことなのだろうが、とても言えない…炎が欲しいと。
 森の言ったように、キスをして、抱きしめて…それから、どうすればいいのだろう。身体は熱く火照り心臓はどきどきと走り出す。男女間の行為なら知識はある…が、あるだけでは実際どうしたらいいのか解らなかった。
 同じ年頃の者ならば雑誌、本、AV等で知らなくて良いことまで耳年増の知識が蓄えられているのだろうが、生憎海にはそれこそ小中学生くらいの知識しかない。つまりは男女の身体の構造と精子、卵子の出会いから受精といったことだ。
 海は、大きくため息を付くと側の公衆電話に向かって歩き出した。
 「シン、頼みがある」
 休みだというのに学校側の喫茶店に呼び出された森は、きまじめな表情で言う海に僅かに目を見張った。
 「へー、何だかねえ。いいよ、俺にできることなら」
 「以前お前に言われた、好きなら欲しくなる…抱きたくなると」
 「ああ、言ったな。 ん? 実感湧いたのか?」
 そうか、やっぱり海もただの男だったのかとにやりと笑って森は身を乗り出した。
 「私は、どうなってしまったのだろう。炎の寝顔を見ていると、身体が熱くて胸が高鳴って、触れたくなるのだが」
 「ふんふん、そうそう、そーいうこと」
 「触れてしまうと、壊れてしまいそうで、でも触れたくて、どうしていいか迷ううちに朝になってしまうのだ」
 がくりと森はテーブルの上に突っ伏した。自分たちのではない別のテーブルも大きな音がしたが、自分の悩みに夢中になっている海は気づかなかった。
 「こ、壊れるわきゃないでしょー。殴り合ったって多少壊れても、そのうち元に戻るし」
 「身体が壊れなくとも、今の関係が壊れるのが怖いのだ。私はエンとずっと共にありたい」
 一緒に暮らしていて、好きだと告白しておいて、今更何を言ってるんかねと森は呆れて海を見た。炎の方だとてちょっとは覚悟しているのだろうに。まあ、すんなりやらせるとは思わないが。
 「まあ、段階追ってだ、キスから順にやさーしく進めていけば、大丈夫だろ」
 本当に炎がそういうことを嫌だと思うなら、一緒に暮らすことなど死んでもOKしなかったろう。だから、この場合押せ押せが有効なんだと森は言った。本気で好きで迫ってくる相手を無下にはね除けられない部分が炎にはある…と思う。
 「押して押して押し倒せ!…ってもう随分押してるよな、お前」
 強引に共同生活を始めているのだから、押すことには慣れているだろうと森はにやりと笑った。
 「キス…は解る、が……」
 ん?と森はコーヒーを飲みながら続きの言葉を待った。
 「それから、どうしたらいいのだ?」
 げほげほげほと森はコーヒーに思い切り噎せてしまった。焦って海を見た森は、ほんとに知らないのか?と言うように目で訊ねる。
 「精子と卵子が受精して子供ができるのは知っている。その行為がSEXと呼ばれることも知っている。男性器と女性…」
 「わーっ、判った!保健体育の授業はもういい」
 真面目に語る海に、あまりの恥ずかしさに森は顔を赤く染めて止めた。普通に猥談をするよりもよっぽど変に恥ずかしいのは何故だろう。
 「つまり、男女でのことは知ってるって訳だな。なら、基本は男同士でも変わらないんじゃないかと思うぜ。感じる部分は一緒だと思うし」
 「そうなのか?」
 そう聞かれると森には自信を持って応えることができなかった。何せそっち方面は未経験である。
 「多分、大丈夫だろ。ま、あれは気持ちいい〜つてのが基本だから、相手を悦ばせつつ自分もいけたらいいってことだ」
 森の言葉に海はじっと考え込んだ。気持ちいい…気持ちいいのだろうか、それは?確かに楽しいことなら炎は喜びそうではあるが。
 「どうすればいいのだ? どうすれば気持ちよくさせられるんだ」
 再び森はコーヒーを吹き出しそうになって慌てて飲み込んだ。眉根を寄せ真剣に考え込む海に、冷や汗を浮かべてしまう。
 「えーと、つまり触れたいって気持ちはあるんだろ?だから、その…身体全体をだな、やさーしく、触れて撫でて、そしたら相手が感じるって反応するところを今度は入念に触って…」
 うむ、と海は頭の中にメモを取るように頷いた。それで?と続きを促す海に、森は軽く咳払いを一つして席を立った。
 「ここじゃこの先はちっとな。俺んちにくれば実践ビデオなんかもあるし」
 「そんなビデオがあるのか」
 「もちろん男女のやつだぜ〜、俺が前から集めた垂涎の一品って奴だ」
 「前から?」
 その前というのは高校時代からかと目を眇める海に、森は慌ててごまかし笑いを浮かべ外に出ようと促した。
 二人が出ていった後、海の後ろ側にあった席…間に植木が置かれていて死角になっていた…に座っていた人影が疲れたようにがっくりと肘をテーブルに付いてため息を付いた。その前には苦笑を浮かべた翼が座っている。
 「苦労しているようですね」
 「すっげー恥ずかしい奴。俺、やっぱ考え直そうかな〜」
 「真剣に君を愛しているからなんでしょう。嫌いでないなら応えてあげればいいじやないですか」
 海の様子に不審を感じた炎は、その後を付けてきたのだ。途中で翼に見つかり、この席をキープして今までの話を全て聞いていた。途中何度も死にかけたのは言うまでもない。
 「マジにあいつ知らないのかなあ…」
 「そうですね。僕なんかは姉がああですから、結構耳は肥えているんですけど。海の家は厳格なようですから」
 そういえば、海の妹の渚も、あんな格好で遊び人らしいのにそんなそっち方面の空気は感じられなかった。もしかしたら、海は自慰すらしたことがないのかもしれない。いや、そんなまさかと炎はぶるぶると首を横に振った。
 「もし、その勉強の成果を試したいって押し倒されたらどうします?」
 「………単なる同居人で居た方が先々のためじゃねえ?海だって俺のために将来棒に振ることないだろうし」
 ぽつりと言って炎はココアを一口含んだ。
 「海が将来心変わりをしても傷つかないように?」
 にこりと笑って言った翼の言葉に、炎はぐさりと胸を突かれたような衝撃に顔をあげた。この天使のような笑顔で真実を突く翼の性格は変わりない。
 「き、傷なんかつくかよ、女じゃあるまいし」
 「好きなんでしょう。自分の感情に正直になった方がいいですよ」
 確かに海に好きだと言われて嬉しかったのは事実だった。一緒に暮らすのをそれなりにOKしたのも、嫌いじゃないし暮らしてもいいと思ったからだ。家を追い出されたって、本気で嫌なら母親だって解るはず…とそこまで考えて炎はずぶずぶとイスに沈み込んだ。
 「なーんか、すっかりハマったって感じ…俺」
 「君は言葉と押しに弱いタイプですからね。そのへんを本能的に悟ってアタックした海に分があったんでしょう」
 すっぱりと言い切られて炎は大きくため息を付き目を閉じた。
 「で、どうします。海はきっとやり方を知ったといっても、君が拒否すればずーっと夜眠れないで悶々とし続けると思いますけど」
 「…って言ってもなあ。俺だって良く知らないし。その…気持ちいいのか?」
 言ってから炎ははっと自分の口を覆った。これではさっきの海と同じではないか、恥ずかしすぎる。
 「なんなら、僕の家に来ますか?姉の本とかありますから」
 それも怖いような気がすると炎は首を横に振って立ち上がった。
 「ま、なるようになるだろ。それに海だって多少悩んでてもさ、やっぱり男を抱くなんて倫理に反するとかなんとか思ってあきらめるだろうさ」
 そんな簡単に諦められるくらいなら、同居なんてしないでしょうにと心の中で考えつつ、翼はこれからどうなるのか遠くから楽しみつつ見守ることにした。

 いろいろと知識を詰め込んで海は漸く部屋に戻った。森の部屋には確かに教材となるビデオや本がたくさんあって呆れるやら感心するやらで見ていたのだが、どれも男女の営みに関するものばかりで決定的なブツにはお目にかかれなかった。
 だが、途中で何故か翼が手提げ袋を持ってきて、謎の笑みと共にこれを参考にしてくれと渡して去っていったのだ。それは実の姉がよく読んでいる本や自分で出している本だという話である。
 それらは全て男同士のうんぬんで、何故妙齢の婦女子がこんなことまで知ってるのか、と眩暈がするようなことがたくさん書かれていた。中には漫画でことこまかに描いてあるものまであって海だけでなく森まで赤面して閉じたほどだ。
 「……あれを、するのか。私が」
 炎が風呂に入っている間に、今まで努めて考えまいとしていたことが一挙に吹き出してくる。炎のあそこをああしたり、こうしたり…海は思い浮かべるとかあっと身体が火照り顔が赤く染まった。触れることに具体的指標を得た想いは止めようがなく、身体を突き動かそうとする。
 「あんな…だが、しかし…」
 最後に行き着く場面を思い浮かべ、今度は血の気が引き青くなる。まさか、あんな場所に入れるなんてなんて信じられない…が、女性と違って他に繋がる部分はないのだ。
 触れるだけで耐えられるなら、それで良いと海は思った。どうやら、一つになるのは受ける側…この言葉もその本から学んだ…にとって酷く痛くて辛いらしい。そりゃそうだろう、あんな場所にこんなもの入れるなんて元々不自然なのだから。
 それでも、受け入れてくれるなら、一つになりたい。自分自身を刻みたい。炎はどんな貌をするだろうか。
 と、ぶつぶつベッドに正座して赤くなったり青くなったりを繰り返し呟いていた海は、じっと見ている炎に気づいて焦ってベッドから降りた。
 「何ぶつぶつ言ってんだよ……」
 「い、いや、別に」
 ベッドに座り、ごしごしと頭を拭く炎の身体からほのかに香る石鹸の香りに、海は吸い付けられるように隣に座って顔を近づけた。
 ぎょっとしたように炎は身体を強張らせ、身を引く。その両肩を掴み、海は真剣に炎を見つめた。
 「エン、話がある」
 「は、話なら明日にしようぜ。ほ、ほら、朝早いし〜」
 「明日は日曜日だ、早起きする必要はない。なんなら一日ベッドの上で過ごしても」
 どひゃ〜と炎は内心飛び上がった。森の教育が行き届きすぎたのではないだろうか、そんなことを言うなんて。
 「私は、変なのだ。お前に触れたくて…抱きしめたくて…」
 「好きなら、それは変じゃないと思うぜ」
 ここできっぱり、変だとか嫌だとか断ればきっと海は一生炎に触れてはこないだろう。だが、炎も自分の心に嘘を突き通すのは嫌だった。
 「好きだ。エン……キスしてもいいか?」
 言いながら海は返事を待たずにそっと頬に口付ける。炎はびくりと身体を竦ませたが、ゆっくり目を閉じた。
 頬から唇の隣へ、そして軽く触れる海に、炎はパジャマの裾を握りしめた。
 海は軽く触れるだけの口付けを贈ると、ついでしっとりと吸い上げた。どきどきする心臓と、詰まりそうになる息に僅かに口を開いた炎の中へ、海は舌を差し入れる。
 突然入ってきた舌に、炎は瞑った瞼をぎゅっと緊張させる。逃れようと奥に引っ込んだ舌を探られ吸われて、炎の息は熱と共に急上昇していった。
 「は…ふ……」
 夢中で炎の唇を貪っていた海は、拳で背中を叩かれて漸く顔を離した。いつのまにか強く炎を腕の中に抱き入れていたらしい。
 「…苦しっ…ての……」
 「あ、ああ。すまん」
 息苦しさに目を潤ませて文句を言う炎の姿に、海の身体の奥から強烈な何かが堰を破って出てこようとする。それを必死に抑えていた海は、再び文句を言いかけた炎の濡れた唇を目にして、頭の中が真っ白になった。
 「エン!」
 「うわぁっ!」
 がばとベッドに押し倒し、もう一度思う様炎の唇を奪いながら海はパジャマのボタンを引き千切るようにして外していく。現れた素肌を無我夢中で撫で回した。
 「…って、カイ、話違う…優しく…て…言ってただろーがっ!」
 強く吸われて痺れ、よく回らない口で炎は怒鳴った。その掠れ声に、海ははっと動きを止める。そう、確かに森はやさーしく扱えとかなんとか言っていたが…何故炎がそれを知ってるのだ。
 「…エン?」
 炎はぜいぜい息を付きながら、動きを止めて訝しげに見る海に、しまったと口を押さえた。
 「あ、えと…優しくしてね…とかなんとか、言うもんなのかなあと。こーいう場合」
 「ああ、優しくするとも。私を受け入れてくれるのだな」
 目を見開き、嬉しそうににっこりと笑う海に、さらにしまったと炎は心の中で冷や汗を浮かべる。ごまかすつもりがOKしちゃうなんて、俺って馬鹿…と臍をかむ炎の額に唇を落とし、海は今度はゆっくりとその身体を撫でていった。
 「うっひゃあ〜…く、くすぐってー」
 海の手のひらが胸から脇腹を撫で下ろしていく。くすぐったさに身をよじる炎にかまわず、真剣な表情で身体の線を確かめるよう撫で上げ、撫で下ろし、その間首筋や鎖骨の辺りに唇を這わせていった。



 「気持ちよく…ない…じゃねえか…」
 ぐったりとベッドに横たわり、ぶつぶつと文句を言う炎の額に口付け、海は幸せそうに微笑んだ。いろいろあったが、とにかく一つになれたのだ。
 「もっと精進しよう。まだ夜は長い」
 げっと青くなる炎の文句を言いかける唇を奪い、海はさっきの行為を糧として二度目の営みを開始した。
 今学習したことを直ぐに身につけ真面目に実践する海に、炎は翻弄されながら心の隅で少しばかり後悔を覚えつつまあ幸せならいいかと意識を沈めていった。

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