weird science

 地球怪獣達の光を集めてウルトラマンになった我夢と藤宮は、圧倒的強さでゾクを破壊した。だが、これで破滅招来体が去ったと決めつける訳にもいかず、壊滅的打撃を受けたGUARDは復興のため世界各地で活動を再開していった。
 いったんはGUARDの管理下を離れ、好きな海洋研究の道へ進もうとしていた藤宮も、クリシスをもっと進化させた形の光量子コンピュータの開発を懇願されて再び研究室に戻っていた。
「藤宮、差し入れ持ってきたよ」 「ああ、そこへ置いといてくれ」
 白衣を着て難しい表情でモニタを見つめていた藤宮は、扉を開けて入ってきた我夢に愁眉を解いて声を掛けた。
 我夢は大学へ戻り研究を続けていたのだが、そちらの目途を付けて何か手伝えることはないかと、藤宮の研究所へほとんど押し掛けるようにして来ていた。元々の専門が違うので手伝うと言っても周辺のことばかりで確信にまでは触れられない。
 ほとんどマンションに戻って来ず、研究所に寝泊まりしている藤宮の健康を心配して、こうして差し入れを持ってきたりお弁当を作ってきたりと、すっかりおさんどんに徹してしまっている。
 この研究室の隣に自分用の部屋を作ってもらい、もっと実用的な性能のいいリパルサーリフトなどの研究もしてたりするのだが、それだと顔も見られなくてつまらないと、こっちに来ては手伝いの手伝いといった感じで仕事をしているのだった。
 藤宮に付いている研究スタッフは二人は以前にも一緒だったアルケミースターズの仲間で、一人は別の研究所からの人だった。稲森博士のようにはいかないがと、藤宮は始める前に苦笑して我夢に話した。前の時のように暴走されたら困ると、監視の意味もあって彼女を付けられたのだと。
 それを聞いた時、我夢は猛烈に怒って藤宮になんでそんなこと許したんだと怒鳴った。しかし、藤宮はただ苦笑するばかりで、仕方ないさと軽く言い、怒る我夢を宥めた。藤宮が納得しているならしょうがないと、不承々々我夢も頷いたのだが、やっぱり心に引っかかっている。
「中味は何ですか?あら、美味しそうな梨、じゃあ今剥いてきます」
 その原因の彼女が袋の中を覗くとにっこり笑ってそれを取り、キッチンへと歩いていった。悪い人じゃない。良く気が付くし、ミスは見逃さないし、藤宮の研究にも精通している。
「新クリシスの調子はどう?」
「まだまだだな…二度とあんなことが無いように、あってもいいようにプログラムの精度とデータの関連を意味づけて、より正確なものを出さないと…それに、地球の声が反映できたらもっと良いんだが」
 ふと藤宮の目が今は居ない人のことを思うように遠くを見つめた。地球改善プランも藤宮が後を引き継いで研究したいものだったのだが、今はこちらが最優先となってしまっているため、中途半端になっている。
「前のクリシスだって、あれ以上のものを作るのは無理だって言われてたんだから、それをもっと完全なものになんて、無茶なこと上の方も言ってくれるよ、こっちの苦労も知らないでまったく。止めたいね、ほんと」
 藤宮の隣でデータを打ち込んでいたメンバーの一人、チャックはむっつりとした表情で資料をどさりと机の上に放り投げた。
「難しい、無理だって言われたら、止めるのか?僕らはそれを乗り越えてさらに高みを目指すために集まったんだろ」
 我夢の言葉にチャックはむっとして睨み付けた。
「ご高説ごもっとも。きっと君に手伝って貰えたら乗り越えて宇宙の彼方まで行けるだろうさ。なにせ光の巨人だったんだしな」
「よせ」
 我夢はチャックの言いように顔を曇らせる。まだ何か言いかけようとするチャックを藤宮は強い口調で止めた。気まずい沈黙が訪れ、我夢は唇を噛み締め反論を飲み込んだ。
「はい、お待たせ。高山くんも食べていってね」
 重たい空気を振り払うように梨を剥いて小皿に盛った入間が入ってきた。何事もなかったようにみんなに渡し、さっさと自分も口に付ける彼女に、我夢は息を吐いて藤宮の隣に腰を下ろした。
 チャックともう一人の所員と和やかに話し始めた彼女の方をちらりと見て、我夢は梨を頬張った。しゃり、という音と共に甘い果汁が喉に流れ落ちる。苦い思いを半減するような甘さに我夢の表情も和らいでいった。
「じゃ、僕部屋に戻るよ。何か手伝うことあったら言ってくれ」
 梨を食べ終わると我夢は立ち上がってそう言うと研究室を出た。一人きりの部屋に戻ると我夢は自分の研究を始める。こっちは一人でも充分やっていけるし、無理を言って作ってもらった部屋だから狭くても機材が不足していても文句は言えない。パルも居るし、と我夢はノートパソコンの隅に居る人工知能に微笑みかけた。
「やっぱり迷惑だったかなあ…」
 勝手に押し掛けて、マンションに同居して、あんまり研究では手伝えないからっておさんどんでは情けなさ過ぎる。藤宮は最近ほとんどマンションに帰らず研究に没頭している。早く新クリシスを完成させてまた自分の好きな研究に戻りたいのだと言っていた。
「一緒に居たい…って思ってるの僕だけだったりして」
「ワタシニハハンダンデキナイナイヨウデス」
 自分の呟きに律儀に応えるパルに、ふっと微笑むと我夢はそうだね、と頷いて研究に戻った。
 夕刻になり、普通の所員たちは勤務時間を終えて帰途に着く時間となっても研究室の灯りは消えない。我夢の方は急を要するものではないため、キリのいい所で終わらせると研究室の方へ顔を出した。
「藤宮、今日もこっちに泊まるのかい」
「ああ、やっと次の段階へ進めることができたんだ、もうちょっと様子を見たい」
「何か手伝えること、ある?」
「別にない。先に帰っていいぞ」
 モニターから目を離さずに言う藤宮に軽く溜息を付き、我夢は研究室を後にした。
「高山くん、今晩の差し入れ期待していい?」
「入間さん」
 後ろから走ってきた入間に、我夢は驚いて振り返った。息を切らせて追いついた入間は、にっこり笑うとぽんと我夢の背中を叩く。
「期待って言っても、僕料理得意じゃないからいつもあり合わせで…それに、研究がノッてる時に行ったらかえって迷惑じゃ」
 研究所には簡単な食事ができる場所はあるが、夜中は自分で作るよりない。その時間が惜しいらしく藤宮は夜食事を採らないと聞いて、我夢はとりあえずあり合わせのものを持って差し入れに行っているのだ。もっとも、パンにハムを挟むだけとか、料理とも言えない代物だが。
「迷惑なんてことないわ。あなたが来ると来ないとじゃ、藤宮くんのノリが違うんだから。高山くんが居ると気が抜けない、気合いが入るっていつか言ってたし」
「でも、僕は藤宮の研究の役に立てない…アルケミースターズなんて言ったって、専門外だからって何もできないのが、悔しいんです」
 拳を握り締めそう言うと我夢はぺこりと頭を下げて踵を返した。彼女に言うことで自分の苛つく気持ちが何処から来てるのかはっきり解ったような気がする。いくら天才と周りから言われても、自分が力を貸したいと思う一人にすら役に立たないのが悔しい。
 我夢の後ろ姿を見送って入間は研究室に戻った。既に残る二人は帰宅していて、ここに居るのは藤宮だけになっている。
「藤宮くん、今日は帰った方がいいわ」
 入間の言葉に藤宮はアウトプットされたデータから目を上げて彼女を見た。
「何故」
「新クリシスの稼働はもう目の前。確かに以前の時のように、バグがあるかもしれない、それを出さないために今血眼になって探して潰しても、完全には消せない」
「完全に、消さなきゃならないんだ!あんなことは二度と起こさせない」
 ばん、と机に叩き付けるようにデータの束を置き、藤宮はモニターに目を転じ打ち込み始めた。
「別に俺に付き合う必要はない。先に帰ってもいいですよ…ああ、貴女の仕事は俺の監視もあったんでしたね」
「そう、あなたがこの研究所に居る間は監視も私の仕事。でも、仕事ばかりじゃないかもね。あなた達を見ていたい」
 藤宮の皮肉っぽい言葉に微笑んで頷き、入間はじっと見つめた。その視線は稲森博士のそれとも、玲子のそれとも違っているようでどこか似ている。
「待っている人が居る家へ帰るのって嬉しいことじゃない」
「もうすぐ…これが終わったら、ずっと一緒に居られる。そのためにも、新クリシスは完全でなければならないんだ」
 そう言い、藤宮は猛烈な勢いでデータをインプットし始めた。入間は溜息を付き、データの整理と内容のチェックを始める。こうと決めたら決心を変えない、そのへんそっくりな二人の若者が潰れないように、潰されないように見ていてくれと入間は仕事とは関係なく密かに上司に頼まれていた。
「今日の差し入れもサンドイッチかおにぎりかな」
「料理できないからな…あいつ」
「そうね、私も人のこと言えないけどね」
 ふふ、と笑う入間に次の仕事を頼むと、藤宮はぎこちない手つきで握り飯を作っている我夢の姿を思い浮かべふわりと笑みを浮かべた。

 扉を開けて入ろうとした我夢は、はっとして手を止めた。藤宮が何とも言えない優しい笑顔を入間に向けているのを見て胸がずきりと痛む。この痛みは何の痛みなのだろうか。悔しさ?疎外感?そうではなくもっとどろどろした黒い感情のような気がする。
 我夢はそれを振り払うように頭を振ると、大きく深呼吸して心を落ち着かせ中へ入っていった。
「夜食、持ってきたよ」
 袋を掲げて見せ、こんな感情を持っているのに笑顔を浮かべていられる自分に自己嫌悪しながら我夢は二人に近づいていった。
「また握り飯か?」
「しょうがないだろ。一人じゃご飯余っちゃうし、これが一番簡単で食べやすいんだから」
 軽く膨れる我夢に礼を言って藤宮は、文句を言う割には嬉しそうに握り飯にかぶりついた。入間はお茶を入れてくると席を外し、二人きりになる。
「入間さんて、最初は監視員なんてって思ってたけど、いい人だね」
「ああ、助手としても優秀だ。感謝してるよ」
「あんまり一緒に居ると、玲子さんがヤキモチ妬くんじゃない」
 からかうように言う我夢に、藤宮は眉間に皺を寄せむっとしたように言った。
「彼女とはそんなんじゃない。それに今は他のことなど考えられない」
「ごめん…帰るよ。…邪魔してごめん」
「我夢!」
 突然我夢は身を翻し、部屋から飛び出していった。入れ替わりに入ってこようとしていた入間は驚いて駆け去る我夢と藤宮を交互に見つめた。
「どうしたの?」
「別に…」
 三人分のお茶をテーブルの上に置き、入間は不機嫌そうに握り飯を頬張っている藤宮をじっと見つめた。

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