パスカルの群−fujimiya-5

 藤宮は瓦礫の下から這い出し、辺りを窺うと壊れていない建物の影に身を潜めた。どうやらあの天使もどきは姿を消したらしい。
「破滅将来体の使いが天使とは、嘗めた真似をしてくれる」
 ウルトラマンを倒すためだけの存在。そして人々を絶望に追いやり、空を消してゆっくり滅ぼしていく。破滅将来体のやり方は効果的であざとい。
 藤宮は光が無くなって壊れたアグレイターをじっと見つめた。我夢に光を渡した時も、こうして空っぽの入れ物を毎日眺めていたが、今回は無理矢理破滅将来体の天使に光を奪われたのだ。もう戻っては来ないかもしれない。地球の光はそれ程弱っているように感じる。
「我夢…」
 意識を凝らして藤宮は我夢を探った。側にいる気配は感じなかったが、意識を失っているときに夢でシンクロしたのか、我夢と会えたから無事で居るのだろう。今はなんとかして再び地球の光を手に入れる方法を考えなくてはと、藤宮は痛む身体を引きずって歩き出した。
 人気のない街の片隅に奇跡的に無傷の車を見つけると、藤宮はそれに潜り込んで付いたままのキーを回しエンジンを掛けた。
 何故か目的の場所は直ぐに思いついた。一番最初にアグルの光を手に入れた場所。二度目は無かったが、今はそれしか思い浮かばない。
 我夢はきっと解って来てくれると思いながら、藤宮は車をプロノーンカラモスへ向けて飛ばした。既に全ての地球の空が覆われているのか、昼間だというのに薄暗く、気温まで下がってきている。車から降りて地面に立った藤宮は、大地が微かに震えているのを感じて眉を顰めた。
 この振動は以前自分が大地に眠る怪獣達を叩き起こしたときのものと似ている。今が本当の地球の危機ならば、この時にこそ彼らの力が必要なのだ。藤宮が起こさなくとも、彼らは本能で自分たちが生まれた星に危機が迫っていることを知ったのだろう。
 大地は益々震え、微かな咆哮が足下から地面を伝わって耳に届く。藤宮は一瞬足を止めたが、直ぐにプロノーンカラモスの中へ駆け込んでいった。
 アルギュロスに壊された部分はダニエルが応急的に補修しておいてくれたのか、直っている。藤宮は真っ直ぐ地下のプールへ急いだ。
 地下深くまで真っ直ぐ掘られたプールには、水が以前と変わらずに揺蕩いていた。ここで初めて地球の意志を感じ光を受け取ったのだ。だが、今ではそれも全く感じない。
「駄目か…」
 じっと水の中を見つめていた藤宮は、微かな光を見つけて目を見張った。それはアグルの光ではなく、淡く煌めいている。
     『あれはチェレンコフ光よ』
 藤宮は聞き慣れた声にはっと振り向いた。
「稲森博士…!」
     『たとえ空が覆われていても、地球には宇宙からニュートリノが降り注いでいる。
      地球はひとりぼっちじゃないわ。宇宙と地球は繋がっているのよ』
 幻想なのか、残留思念なのか、稲森の姿に驚愕して固まってしまった藤宮は、言葉を発することが出来なかった。
     『…あなたも…ひとりじゃないわ。藤宮くん…』
 ふわりと微笑み、稲森は姿を消した。漸く呪縛が解けたように藤宮は腕を伸ばし、稲森に待ってくれと叫ぶ。だが、稲森は二度と姿を見せなかった。
 藤宮は再びプールの中の光を見た。ニュートリノは宇宙を飛び地球をも貫いている。それを捉えて調べるのが元々このプールの役目なのだ。
 今ネットワークはテレビ電波を除いて全て攪乱されていて使えない。だが、あの厚い群を貫き、地球を介在としたニュートリノを使ったネットワークなら通じさせることが出来る。
 藤宮はそう確信すると、ニュートリノ発生装置がある部屋へ向かって走り出した。
 ウルトラマンになれなくとも、今出来ることをしようと藤宮は装置を作動させ、発生したニュートリノをなんとか光量子ネットワークと連結させようとした。だが、一人でやるのには限度がある。ここに居た頃には稲森が居た。そのもっと以前はダニエル達が手伝ってくれた。
 いつだって一人でやってきたと思っていたのは思い上がりだったのだ。藤宮は歯噛みをして、発生装置を見つめた。
「何だこれ…藤宮?」
 我夢の声に藤宮ははっと顔を上げ、声を掛ける。驚いたように現れた我夢に、藤宮は手を休めず言った。
「俺達にはまだやれることがあったぜ」
「ニュートリノ発生装置? …なんでこんな、あっ、そうか」
 藤宮の意図を理解して、早速我夢も手伝い始める。視線を感じて向けた場所に、玲子の姿を見いだして藤宮は、その安心したような泣きそうな表情を見返した。
「繋がった…クリシスにログインして光量子ネットワークを蘇らせる」
 我夢の手伝いもあって、さっきまで苦労していたニュートリノを連結させることが出来た。クリシスが稼働しネットワークが生き返ると、田端達から歓声が上がった。
「やったな、藤宮」
「取り敢えず、出来ることはした。これからどうするか…」
 ネットワークが蘇り情報や連絡は出来るようになったものの、空の群をなんとかしないことには、地球は窒息してしまう。考え込む二人に、モニターからキャスの声が掛けられた。
『あなた達に地球の光を返してアゲル』
 確信を込めて言われ、藤宮は我夢と顔を見合わせた。一体どういうことなのかと、詳しく訊く我夢の後ろで藤宮も説明を聞いた。
 突拍子もない考えのようだったが、実際地球の怪獣達と戦ってその体内に太陽のようなエネルギー、大地の光があることを知っている藤宮と我夢にはそれが最高の選択だと直ぐに理解した。
 了解して頷く二人に、微笑んでキャスは通信を切ろうとする。その前に、藤宮はキャスの後ろに居たダニエルに思わず訊ねていた。
「ダニエル、俺は…今でもアルケミースターズか」
『ずっとそうだよ、ヒロヤ』
 一方的にアルケミースターズを抜けると宣言し傲慢に彼らを切り捨てた藤宮に、ダニエルは微笑んで頷いた。

     『あなたはひとりじゃない…』

 稲森の言葉が蘇る。藤宮は微かに笑むと、ありがとうと小さく呟いた。
「藤宮、僕たちも行こう、東京へ」
 ぎゅっと藤宮の手を握り締め言う我夢の手を握り返して、藤宮は大きく頷いた。

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