温泉へ行こう!−5−


「俺が取ったのは、あそこだ」
 元の部屋に戻ろうとする我夢の腕を取り、藤宮は自分が取った部屋へ連れていこうとする。その反対側の腕を掴み、梶尾はぎろりと藤宮を睨み付けた。
「我夢は俺と…もとい、俺達と旅行に来ているんだ。お前は関係ないだろ」
「あんな小さな離れに五人は狭いだろう。一人減れば広く使える」
「いやいや、充分広いから、全然大丈夫だ。要らぬ心配感謝する」
 我夢を挟んで二人は火花を散らしている。両方に腕を取られ、身動きできない状態の我夢は、必死に目線でサトウ達に助けを求めていた。
「…どうする?」
「やだよ、俺。怖いもん」
「助けたいのは山々だが、ここは自分たちの平和のために犠牲になってもらおうか」
 ぼそぼそと話し合い、マコトが溜息を付いてそう結論すると、二人ともうんうんと頷いた。
「あー、僕らはこっちで三人で寝ますから、そっちも三人でどうぞ。じゃ、お休みなさい、我夢…がんばれよ」
 ひらひらと手を振り、三人はさっさと元の離れへ歩いていく。見捨てられた我夢は、こうなったら仕方ないと、肩を竦めた。
「ってことだから、藤宮が取った部屋で三人で寝ましょう。その方が向こうも広く使えるし、いいよね。梶尾さんも、いいですね」
 藤宮をにっこり笑って見つめると、我夢はそう言って梶尾を見た。このままここで睨み合ってもしょうがないと、梶尾は渋々頷く。藤宮も、苦い顔をしていたが、腕を離すと歩き始めた。
 藤宮が取った部屋というのも、先に案内された部屋と同じくらいの部屋だった。一人でこの大きさの部屋など贅沢だ、と梶尾は思ったが中央にぴったりくっつけて敷かれている二組の布団に、目が釘付けになってしまう。
「き、貴様、最初からそういうつもりだったのか!」
「どういうつもりだと言うんだ? 顔が赤いぞ」
 藤宮の襟首を掴んで怒鳴った梶尾は、低い声で言われ益々頭に血を上らせた。
「大丈夫ですよ。この布団結構大きいから僕ら三人でも寝られると思いますよ。梶尾さん寝相悪いですか?」
 そういう問題じゃないだろ、と梶尾はがっくりと我夢の言葉を聞いて肩を落とした。が、それにめげず奥の押入を力一杯開けてみる。
「……ない」
 普通ならこの手の部屋には四人くらいが泊まるのだろうから、その分布団がある筈である。だが、押入の中はからっぽで余分な掛け布団一つない。後ろから我夢も中を覗き込み、やっぱり三人で寝るしかないですねと嬉しそうに言った。
「冗談じゃない」
「なら、向こうの部屋に戻ればいい。俺と我夢でここを使う」
 寝る、ではなく、使うという藤宮の言い方に、梶尾は眉をつり上げてそれこそ冗談じゃないと怒鳴った。
「梶尾さん、そんな怒鳴らないで下さいよ。それなら僕が向こうで寝ますから。ここ二人で寝て下さい」
 我夢が困惑したように言った言葉に、梶尾は愕然として口をぽっかり開けた。藤宮と二人でここに寝る…とても恐ろしい想像が頭の中を駆けめぐる。ふと視界の中に入ってきた藤宮の表情も、苦り切ったもので、梶尾は口を閉じごくりと唾を飲み込んだ。
「三人で寝よう…」
 深く吐息を付きながら梶尾は諦めたように言った。その言葉ににっこり笑うと、我夢は部屋の隅に置かれていた座布団を取り、丸めて枕代わりにするとさっさと羅鍋羅れた布団の真ん中に寝転がった。
「僕ここでいいです。あ、でも掛け布団は交互に掛けますね」
 我夢はきっちり掛けられていた掛け布団の端と端を少しずつずらし、自分の上に掛け目を閉じた。どうしたもんかと見ていた梶尾だったが、藤宮が布団に入るのを見て、慌てて自分も入る。いくら大きいとはいえ、やはり二つの布団をでかい男が三人で使うのは狭苦しい。
 もぞもぞと丁度いい身体の置き場所を探していた梶尾は、漸く落ち着ける場所に入ると目を閉じた。隣から寝息が聞こえてくる。もう寝たのかと、少々呆れていた梶尾は、急に掛け布団を引っ張られてぎょっと隣を見た。
「……寒いのか?」
 小声で聞いてみるが、もちろんすっかり寝入っている我夢が応えることはない。多少なら掛け布団の脇から風が入ってきても気にしないが、半分以上取られては下手すると風邪を引く。梶尾は起こさないようにとそっと掛け布団を引っ張った。
 だが、しっかり握り締めているのかなかなか上手い具合に動いてはこない。このやろ、と思いつつ思い切り引っ張ると、漸く布団は動いた。
「う…んっ…」
 突然艶めかしい…と梶尾には聞こえる…声が耳の側で聞こえたかと思ったら、暖かい身体がぴったりとくっついてきた。どうやら布団と一緒に我夢まで引っ張ってしまったらしい。
 その途端、梶尾は硬直して目を見開いた。脇や腕に我夢の暖かさを感じ、丁度肩に頭を持たせ掛けるようにしているため、寝息が肩や首筋に掛かる。
「が…」
 狼狽をなんとか押し込め、そーっと我夢を元の位置に戻そうと腕で押し返してみても、ぴくりと動かない。どころかもぞりと動いた拍子に我夢の腕がぱたりと梶尾の胸に落ちてきた。
 梶尾の心臓は、落ち着け落ち着けという心の言葉をものともせずにばくばくと走り始める。そろりと我夢の方を向くと、子供のようなあどけない寝顔が間近にあった。
 口付けを促すように薄く開いた唇に、梶尾は目を奪われ離すことが出来ない。思わず顔を近づけようとした梶尾は、はっと気付いて慌てて視線を引き剥がした。
「………」
 離れた視線の先で、鋭い視線にぶつかる。薄闇の中でも判る強い視線は、藤宮だった。無言のまま眉を上げ梶尾を睨み付けていた藤宮は、腕を伸ばすと引っ付いている我夢を引き剥がし、自分の腕の中に抱き込もうとする。
「なっ」
「…んー?…」
 怒鳴ろうとした梶尾は、我夢の口から漏れた寝ぼけたような声に慌てて自分の口を押さえた。ばたんと藤宮の方に向きかけた我夢の腕を取り、梶尾はそうはさせまいと引っ張った。
 無言のままに二人で我夢の腕を引っ張り合う、次第にエスカレートしてくる力の入れ具合に、さすがの我夢もぼんやりと目を覚ましてしまった。
「なに…してんですか、もう…」
 言いながら我夢は、腕を掴んで居る藤宮に目を向ける。今いちどういう状況なのか把握出来てないようだ。
「枕がかわると寝付きが悪いんだ。手を握ってれば落ち着くと思う」
 藤宮が真面目な顔でそう言うのに、梶尾は思わず吹きそうになってしまった。我夢はぼけぼけの頭だったせいか、素直に納得すると藤宮の手を握り締めた。
「お、おい」
 このままでは藤宮に持ってかれてしまうと、梶尾が慌てて声を掛ける。すると我夢はくるりと首を向けて、今にも目を閉じそうにしながら言った。
「梶尾さんも…寝られないんですかぁ…。じゃ、はい」
 梶尾の手ももう一方の手で握り締めると、そのまま我夢はまた眠りに落ちていく。幸せそうに眠っている我夢の顔を眺め、藤宮は呆れたように苦笑すると今度は大人しく目を閉じた。
 梶尾も手を握られたまま目を閉じた。だが、さっきより繋いだ手が余計に我夢のことを感じさせて、眠りに付くことができない。
 結局一睡もできないまま朝を迎えた梶尾が、やっとうとうとしてきた時、掛け布団を引っぺがされ叩き起こされた。
「おはよーございます。梶尾さん、良い天気ですよ、朝風呂行きましょう!」
「今、何時だ」
 ぼーっと時計を確かめると、朝の六時である。エリアルベースに居る時ならば、朝のシフトはもっと早いし、夜のシフトなら寝につく時間である。梶尾はもう少し寝てたいと思いつつ掛け布団を取り戻そうとしたが、藤宮が既に起きてスタンバッているのを見て起きあがった。
「ここの露天風呂、絶対朝の方が眺め良いですよ。早くいきましょ」
「ああ」

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