温泉へ行こう!−4−
まだ酔いが抜けていないのか、ふらふらしている梶尾を支えながら我夢はまだ全裸で突っ立っている藤宮に言った。 「藤宮、そんなかっこしてると風邪ひくよ。もう一回入ってくれば」 「ああ」 「ほら、梶尾さん。濡れた服早く脱いで下さい。梶尾さんも風邪引いちゃいますよ。そんなことになったら、僕アッコに恨まれちゃいます」 我夢は梶尾のシャツのボタンに手を掛けて、一つずつ外していった。ぼうっとしていた梶尾だったが、その我夢の手がズボンのファスナーに掛かるのを見て、焦ってそれを上から掴んだ。 「い、いい。自分で脱ぐ」 「大丈夫ですか? ふらふらしてますよ、まだ」 心配そうに見ながらすんなり手を離した我夢にほっとした梶尾は、次の瞬間凍り付いた。我夢は梶尾のシャツに手を掛けると、がばっと開いたのだ。 「わあ、ちゃんと筋肉ついてますね。胸毛はないのかぁ」 「ばっ、馬鹿っ! 何言ってる」 これまでもエリアルベースの大浴場で何度か一緒になったことはあるが、こんな近くでまじまじ見たことがなかった梶尾の上半身裸体を、我夢は興味津々というように見つめた。 梶尾は顔から火が出そうになりながら慌てて我夢を引き剥がし、後ろを向くとせこせこと服を脱ぎ始めた。 「ふん、自分の身体に自身がないのか」 「何!」 ぼそりと呟く藤宮の言葉に、振り向いた梶尾は隣で既に裸になっている我夢を見て再び背を向けた。正直な身体が反応する前に、二人を残して足早に浴場に入っていく。 我夢は脱衣所にあった内線電話で浴衣を持ってきて欲しいとフロントに告げると、まだ待っていた藤宮を促して浴場へ入っていった。 「梶尾さん、背中流しますよ」 うきうきと言葉を掛ける我夢に、梶尾は首を横に振って暫く湯に浸かっているからと断った。今上がれば隠していても判ってしまうかも知れない。 残念そうに吐息を付いた我夢は、じゃあと藤宮の方を向き、背中流してあげるよと嬉しそうに言って洗い場に片膝を付いた。 「力これくらいでいい? 痛くない?」 「ああ…気持ちいいな」 我夢の問いに応える藤宮の声は、本当に嬉しそうだ。それを聞きながら、梶尾は頭に血が上りそうになるのを必死で押さえていた。 「代わろう」 「えっ、いいよ。僕さっき流したから。わっ、くすぐったいってば。ふざけてないで、ちゃんとタオル使ってよ」 後ろで押し問答している様子に、梶尾は堪えきれずざばっと湯船から上がった。驚いて見ている我夢の所まで来ると、冷ややかに見ている藤宮を睨み付けた。 「早く暖まったほうがいいよ、藤宮。梶尾さんはここに座って」 無言のまま睨み合っている二人を引き離すように藤宮の背中を湯船の方に押しやると、我夢は梶尾の肩に手を掛けて無理矢理洗い場のイスに座らせた。 断る間もなく、我夢の手のタオルが背中を丁度いい力で擦っていく。高鳴っていた鼓動がやがてその動きに宥められるように治まっていった。 「どうですか? このくらいでいいですか」 「ああ、丁度いい。上手いな、お前」 「そうですか? 嬉しいな、僕あんまりこういうことしたことなかったんで…」 くすりと笑った我夢の息が梶尾の項に掛かり、ぞくりとする。忘れていた感覚を思い出してしまった梶尾は、ぎゅっと両手を握り締めそれを振り払おうとした。 「どうかしました?」 「い、いや。もういい、お前も暖まらないと風邪引くぞ」 はい、と素直に頷いて我夢は石鹸を流すと湯船に入っていった。深く息を吐き、梶尾は他の部分を手早く洗うと再び湯船に入った。 横で気持ちよさそうに湯の中に身体を伸ばしている我夢の肢体をちらりと見て、梶尾は視線を彷徨わせた。見たいけど、見るとまずい、でも見たい、と葛藤がうろうろと視線を彷徨わせる原因となっている。 ええい、どうせなら見てしまえ、と決心を固めて振り返った梶尾は、誰も居なくなった湯船に呆然と目を見開いた。 「先、上がります。何度も入ったら逆上せてきちゃって」 からりと扉を開いてそう言い、我夢は脱衣所の方に行ってしまった。同じく藤宮もにやりと笑って出ていく。慌てて梶尾は湯船から出て、脱衣所に向かった。 「あれ、梶尾さん、もう出てきちゃったんですか? せっかくだから露天風呂まで行って来れば良かったのに」 「明日の朝行く」 藤宮と二人きりにさせておいたら、何をするか判らないと梶尾はぎろりと睨み付け、旅館の人が用意してくれた浴衣に着替えた。 「似合いますね。藤宮も格好いいなあ…どうして僕だと子供みたいな感じになるんだろ」 浴衣に着替えた梶尾を見て、我夢はそう言うとがっかりしたように自分を見下ろした。旅館の浴衣で格好良く見えることはまずないだろう。市販されている和服ならともかく、これはほとんど寝間着と同じなのだから。 「お前も似合ってるよ、可愛いじゃないか」 「えー、何ですかそれ。可愛いなんて言われても嬉しくないです」 梶尾がうっかり本音で言った言葉に、我夢はむくれて頬を膨らませた。そんな様子が益々可愛いと思えて、梶尾は自分が重症だなと確信する。 「あ、そう言えば藤宮、ここに泊まってるの? それとも、別の場所? さっき川に居たよね」 浴場を出た所に簡易休憩所があって、そこでお茶や水を飲むことができる。その畳敷きの縁台に腰を下ろし美味しそうに水を飲んで我夢は訊ねた。 「河原にテント張っていたが、ここに宿を取った…お前が居たからな」 「そうなんだ。今オフシーズンみたいだから、空いてて良かったね。川は水質調査? メザードの影響とか」 にこりと笑い、ついで考え深い表情で我夢は訊ねた。一度この街はメザードによって人々が操られ危ないことがあったのだ。それが未だに何か尾を引いているのだろうか。 「影響は人の心だけだったようだ。水質の方は異常ない、魚も元気だったしな」 梶尾はそれを聞いて飲みかけていたお茶を思わず吹いてしまった。あの川にいて魚を捕っていたように見えたのは、水質調査だったのかと納得していたのに最後の一言は、やはり魚を狙っていたのかと思えてしまう。 「梶尾さん、大丈夫ですか」 「あ、ああ。それより、もう戻った方がいいな。さすがに宴会は終わってるだろう」 げほげほと咳き込みながら立ち上がり、我夢を促す。我夢はそうですねと立ち上がって歩き始めた。 宴会場の方はしんと静まり返っている。恐る恐る襖を開いた我夢は、そのまま絶句して立ちつくした。 広間のあちこちに沈没した者が転がっている。転々と転がってる中で悠然とまだ飲んでいた吉田が、我夢を見つけたのか手を上げた。 「よお、風呂行って来たのか」 「吉田さんもどうですか。気持ちよかったですよ」 転がってる物体を避けながら我夢は吉田の側へ歩いていった。 「そうだな、そろそろ行くか。おい、お前ら、起きろ!」 吉田は立ち上がると回りに声を掛ける。だが、返ってきたのはほとんどが意味不明の呻き声だった。それでも、桑原は立ち上がり寝ぼけて目で我夢を見て手を振った。 手を振り返した我夢は、ぐるりと辺りを見回し、端っこの方に三人纏めて寝ているサトウ達を見つけて、起こして部屋へ戻ろうと歩き始めた。 「が〜む〜、ちょっと待て」 いきなり足に縋り付いてきた物体に、我夢は驚いて悲鳴を上げてしまった。途端に梶尾と藤宮がその物体に蹴りをいれようとする。 「ま、待て。何すんだよ、お前ら」 「し、志摩さん、いきなり掴まないで下さいよ。びっくりするじゃないですか」 二人の蹴りを躱して…よく躱せたものだ…志摩は立ち上がると、がしっと我夢の両肩を掴んだ。嫌な予感に我夢の顔が引きつる。 「この志摩貢、一生の頼みがあるんだが」 「いやです」 その頼みとやらを聞く前に我夢はきっぱり断った。どうせろくでもない事に違いない。がくりと頭を伏せた志摩だったが、地の底から響くような低い笑い声を上げると、我夢の肩を掴んでいた腕を離し、腰に移動させた。 「えっ!?」 はっと振り払う間もなく、志摩は我夢の帯に手を掛け、にんまりと笑みを浮かべた顔を上げた。 「一度やってみたかったんだ。これぞ男の浪漫!」 ぐいっと帯を引っ張ると、適当に結んであった帯が解ける。志摩はそれを力一杯引っ張った。 「うわーっ!」 「ちちち、駄目駄目、我夢、こういう時は『あ〜れ〜、お代官様お許しを〜』だろ」 なにが、「だろ」なんだあ、と心の中で叫びながら、我夢は勢い良くぐるりと一回りし、勢い余ってサトウ達の上に転がってしまった。 「わっ、何、何だ!?」 「…我夢、お前酔ってんのか」 「眼鏡…眼鏡どこだ」 浴衣の前が全開になった我夢を助け起こし、マコトは呆れ顔で言った。サトウはここが何処だか把握出来てないのか、ぼーっとして辺りを見回し、我夢の格好を目を丸くして見つめた。 「酔ってなんかないよ。これは志摩さんが」 恨めしげに振り返った我夢は、梶尾と藤宮にどうかされたのか、畳の上に沈没している志摩を見て目を見張った。 「何かあったの?」 漸く眼鏡を探し当てたナカジが惚けた声で訊ねる。我夢は頬を引きつらせながら畳に落ちている帯を拾うと、素早く浴衣を掻き合わせ今度は容易く解けないようにきつく結んだ。 「別に何もないよ。それよりそろそろ引き上げて寝よう」 焦って言い、我夢は三人の背を押すようにしてその場を後にする。当然のように付いてくる藤宮を睨め付けながら、梶尾も後に続いた。 |