Rouge Feu 4−4

 カレッジの中にあるカフェテリアのテラスはいつも混んでいるのに、今はまだ殆どの授業が終わっていないせいか、かなり空いていた。一番道の側に席を決め、大地はセルフサービスのコーヒーを飲みながら次の講義に使う資料をばらばらと見るともなくめくっていく。ぼんやりと肘を付き、道行く学生を見ていた大地は肩を叩かれてはつと我に返った。
 「どーしたん?心ここにあらずって感じだぜ」
 「鞍馬…講義は?」
 大地に微笑み掛けていたちょっと長めの髪を後ろで縛り、眼鏡を掛けた男は両手を上げると隣の椅子に腰を下ろした。
 「あんな講義、よくまじめに受けられるよな。お前だってそう思うだろ」
 「そんなこと…あるかも」
 くすりと笑って応える大地に、鞍馬は、な、とにやりと笑って見せた。そうはいっても、大地はちゃんと受けているのだ、今はその時間ではないから行かないだけで。
 「早く俺達で宇宙船設計して、飛んでみたいよな」
 「……うん」
 ラビルーナでの冒険が終わって、月の上に戻してもらってみたら、時間はほんの一週間しか経っていずカレッジもまだ始まったばかりだった。驚いたものの、念願の航宙物理学やらエネルギー関連の講義を取り、そこで始めに友人となったのがこの隣に居る鞍馬だったのだ。
 隣同士になった講義で二人とも内容には耳を傾けず、せっせと目の前のモニターに自分の考えている宇宙船の設計図を展開していてお互いが変な奴、と認め在ってから友情が始まった。以来、かなりの時間を一緒に過ごしている。
 お陰でラビが隣に居ないことの辛さも、新生活と彼のお陰でいくらか薄れていたのに。
 気のない返事をする大地に、微かに鞍馬の目が細められる。
 「新しい設計図、出来たんか?」
 「…ん……あ、まだ」
 いつもなら勢いこんでこっちが言わなくても見せにくるのに、と鞍馬は益々訝しく感じてぼーっとしている大地の顔を覗き込んだ。
 「外宇宙、行くんだろ」
 「…宇宙は、内にもあるんだ」
 唐突に聞いてくる鞍馬に、ぽつりと応えた大地ははっとして自分の口を押さえた。あまりに突発的だったのでぽろりと言葉が出てしまったのだ。
 「内宇宙?……心理学に鞍替えかよ」
 「そうじゃない……ほんとに。でも、そこは外の宇宙と違って自分がいくら努力しても、もう行けないんだ」
 もう、という言葉に鞍馬は眉を顰めた。それきり何も言わず、大地は何かを思い出すように遠い眼差しで手元を見つめている。
 「しっかし、いくら授業中だからってこの静かさはなんなんだろーな。休講してるとか、遅出の奴だっているんだろうに」
 人の影は見えるのに、奇妙に静かなキャンパスは何だか別の世界のように感じられる。
 ぐるりと見回した鞍馬の目に、いきなり鮮やかな色が飛び込んできた。さっきまでは確か何も無かった筈なのだ。訝しげに目を眇めて確かめようとした時、月の上の都市としては考えられない突風が吹き、大地の見ていた資料をばらばらとめくっていく。
 最後のページに現れた模様を見て、それまで半分意識を浮遊させていた大地ははっと目を見開いた。
 「魔法陣?」
 途端にさっきまであれほど静かだったキャンパス内に人の声や雑音が響き始める。驚いて顔を上げた大地はやにわに立ち上がった。
 「…ラビ?」
 「ラビ?」
 大地の様子にびっくりして首を捻った鞍馬は、近付いてくる鮮やかな色が普通の衣服を付けた自分と同じくらいの年頃の学生だと判ると、今の色は何だったのだろうかと再び首を捻った。
 「よお、久しぶり」
 「ラビっ!」
 大地は椅子を蹴立てて彼に走り寄った。嬉しそうに大地を抱きしめたラビは、ちらりと鞍馬を見て鋭い目で睨み付けた。
 「ど、どーして来られたんだ?」
 「俺様の魔動力をみくびんなって。ちょちょいのちょいでさ、前だってこっちに来てたんだから後はばあちゃんと母さんの目を盗めば…っと」
 「ばっちゃんとサユリさんに言って来なかったの」
 慌てて口を塞ぐラビに、大地は責めるように訊ねた。
 「大地、そいつ、誰?」
 すっかりカヤの外だった鞍馬が漸く離れた大地に訊く。大地は微かに頬を赤く染めてラビを突き飛ばすように離すと焦って紹介した。
 「こいつはラビ…じゃなくてマリウス・フォン・ラーマス…えーっと多分、同じ学生…だよな」
 確かめるようにラビの顔を見ながら言う大地に、鞍馬は面白そうに二人の顔を交互に見た。
 「ラビって聞いたことあるなあ。確かカレッジ一の節操無しナンパ男だって。それがどうしてカレッジ一お堅くてウブな大地と知り合いなんだ?そういや最近見かけなかったな、捨てた女にでも追いかけられて隠れてたとか」
 鞍馬の辛辣な言葉に大地は焦り、ラビは眉を上げて怒りを表す。
 「女を捨てたことなんかねえぞ」
 「じゃ捨てられたのか」
 「け、喧嘩しないでよ二人とも」
 一方的に喧嘩をふっかけて面白がっている鞍馬と、一方的にからかわれて怒っているラビを見つめ、大地は冷や汗をかきながらも笑顔で二人の服を引っ張った。
 「そうだな、時間が惜しい。次の講義が始まるぞ、行こう」
 あっさりとラビの威嚇の視線から目を外し、大地の腕を取って鞍馬は歩き始めた。だが、ラビがその腕を取り返し、別の方向へと歩き始める。
 「そうそう、時間ねーんだ。行くぜ、大地」
 「どこ行くんだ」
 「てめーにゃ関係ねーよ」
 ちりちりと火花を散らす勢いで鞍馬に言い捨て、ラビは足早にそこから去っていってしまう。取られている腕とは別の方の手でごめんと謝る大地に溜息を付き、鞍馬はにっと笑った。
 「何か、面白そう」
 「すまんが、君」
 腕を組んで二人が消えた方を見ていた鞍馬は、後ろから声をかけられて振り返った。
 「何ですか?」
 「今ここに金髪の生意気そうな小僧と、可愛い黒髪の少年が居なかったかな?」
 びしっとスーツを着こなし、かなりの美形顔の男が訊いてくる。だが、その格好とは裏腹に何だか危険な気配を身に纏っている男に、鞍馬は訝しむような視線を投げた。
 「あなたは?」
 「私はここの新任講師でシャマン・ジャドーという。大地・遥を探しているのだ」
 懐から身分証明書を取り出して見せるシャマンに、それでも鞍馬は怪しむ色を目に浮かべながら言った。
 「さっきまでここに居たんですけどね。さっさと行っちゃって。ところでシャマン先生の講義科目はなんですか?」
 「外宇宙への航海天文学、物理工学…そんなものかな」
 へええ、と鞍馬の目が漸く和らいだ。
 「それじゃあ、行かなくちゃな。大地も外宇宙に出たい口なんで、必ず連れて行きますから」
 「それは嬉しい」
 では、と鞍馬が教えた二人が去っていた方にシャマンが消える。鞍馬は再び椅子に腰を下ろし、にんまりと口元に笑みを浮かべ残してあったコーヒーを飲み干した。
 「外宇宙と内宇宙か、果たして勝つのはどっちでしょうね」
 取りあえず、自分としては一緒に外宇宙に出たいってのがあるんだけど、と思いつつ鞍馬は大地の行く末を考えてもう一度笑みを漏らした。
 「ラビ、手離してよ」
 掴まれてずんずん歩いていく大地は手の痛みを訴えた。だが、それを聞いた様子も無く、ラビは益々足を早めて使われいない研究室の扉を足蹴にして開き、大地を中に連れ込むとさっと後ろ手に鍵を掛けてしまう。
 やっと離された手を撫でながら、大地はラビを睨み付けた。
 「どうしたんだよ。いきなり来たと思ったら、鞍馬にあんな態度とって」
 ラビは肘付き椅子に大地を腰掛けさせ、上から両肩に手を乗せると怒ったような顔で見つめた。
 「あいつ…大地にべたべたしやがって」
 へ?と首を傾げる大地に、ラビは顔を近づけ口付ける。久しぶりの口付けに、大地はびくりと身を竦めたがやがてゆっくりとラビの頭に手を伸ばした。
 「大地、会いたかった」
 「…うん。驚いた、本当に本物なんだ?」
 大地の手がラビの頭から頬に這っていく。その手を取って掌に口付けると、ラビは膝を付いて大地を抱きしめた。腕の中の大地が本物なのか確かめるように、強く抱きしめた腕は緩まない。大地も抱きしめ返し、腕の中に居るのが本物のラビであることを実感していた。
 ラビは再び身体を離し、唇を合わせた。優しく包み込んでから舌先で大地の唇をなぞり、震えて開かれたそこか
ら中へと滑り込ませていく。
 逃げる大地の舌を追いかけ輪まえると、絡ませて吸い上げる。歯の裏側も舌先で愛撫すると、大地は喘ぐような
吐息を詰まらせ閉じた捷毛を震わせた。
 大地の唇を食りながらラビは着ていた服のボタンを外し胸に手を這わせていく。指先に当たる小さな感触を探し出し、擦ると大地は僅かに身体を捻って逃れようとした。
 「逃げんな…」
 「ら、ラビ……」
 「ずっと会いたかった。せっかく大地を手にしたってのに、すぐに別れなきゃならなくて、凄く辛かった。お前は?」
 唇を離し、顔を間近に寄せて真剣に訊いてくるラビに、大地は顔を赤く染めて俯いてしまう。冒険の日々は懐かしいものでしかないけれど、ラビとの想いは懐かしいだけでは済まなかった。新しい生活で紛れてはいても、いつもいつも考えていた。ずっと冒険していられたらいいのに、ずっと側に居られたらいいのにと。
 だけど、それを言葉にするのは凄く恥ずかしいし、自分には未だ他にやりたいこともある。
 何も言わない大地に、ラビは眉を顰めてその頭を抱え込み、耳元で囁いた。
 「好きだ…愛してる……」
 はっとする大地の首筋を軽く噛み、ラビは吸い上げる。
 「…ラビ……あっ…」
 ラビは指先で堅くなってきた乳首を転がすように愛撫し、押しっぶすように擦り上げる。熱い吐息を付く大地を感じながら、ラビは唇を首筋から鎖骨、胸へと移動していった。
 片方の乳首を指で愛撫しながら、移動させてきた唇でもう一方を挟み込む。堅く充血してきたそれを舌先で弄ぶと、大地の身体は熱くほんのりとピンク色に染まってきた。
 両方の乳首を舐めながら、大地のベルトを外しジッパーを降ろすとラビは、片方の足を持ち上げ下着ごとズボンを引き抜いてしまった。
 「こ…こんなとこで…」
 いくら鍵を掛けてあるといっても、研究室の外の廊下は人が通るのだ。大きな声を出せば気付かれてしまうし、いつ人が来るとも限らない。
 大地はラビを引き剥がそうと腕に力を込めたが、椅子の肘部分に片足を乗せられた不安定な格好では力も入らない。おまけにそんな格好なので大事な部分が丸見えとなってしまう。
 「我慢出来ないんだよ。…ほら……」
 ラビは大地の手を取って自分自身に導いた。ぎょっとしながらもそれに触らされ、熱く脈打つそれにかああっと全身が熱くなってくる。
 「ば、馬鹿っ!」
 「大地が欲しい…」
 ラビは熱っぽく囁くと膝を付き、椅子の間に身を置く。胸への愛撫とさっきからの出来事ですっかり熱くなっていた大地自身をやんわりと両手に包み込むと、ラビはゆっくり上下に扱き始めた。
 「ふ…あっ……ああ…」
 大地は椅子の背に仰け反り、堪えながらも喘ぎ声を漏らす。それに煽られるようにラビは先端を口に含んで、飴でも舐めるように舌で舐め回した。
 「…うっ……あっ…や…やめ…」
 ぴちゃぴちゃと淫靡な音が部屋と大地の耳に響く。止めようとしても口からは微かな悲鳴が漏れ、大地は快感にびくびくと身体を揺らした。
 ラビの唾液と大地の先走りで自身だけでなく、奥秘められた場所まで次第に濡れてくる。ラビは大地自身を扱いていた指を離し、その部分に這わせた。
 ぴくぴくと痙攣する部分にゆっくりと指を押し込んでいく。二本に増えた指は前への愛撫と共に、内部から大地の快感を刺激し、その部分を柔らかく解していく。
 「ああっ、ラビ…ラ…ビ……もっ…」
 「……大地…」
 ラビは指を引き抜くと、大地の腰を抱え猛り立った己自身をゆっくりと挿入させていった。全てが収まると、ラビは息を合わせ大地自身を手で煽りながら腰を動かしていく。
 「あうっ!……あっ…」
 軋む椅子が音を立て、背もたれが大地の動きに合わせて揺れる。がたん、と大きな音を立てて椅子が机にぶつかると、扉の外にあった気配が動いた。
 「誰か居るのか?」
 その声と同時に鍵の掛かった扉を回す音がする。息を殺してじっとラビにしがみついていた大地は、その気配が去ると大きく息を吐いた。途端に、ラビに大きく突き上げられて声にならない悲鳴を上げ果ててしまう。
 ラビもまた大地に締め上げられて果てると、ゆっくり自身を引き抜いてから抱きしめた。
 手早く綺麗に跡を始末して、力の抜けた大地を抱き上げてそのまま別の椅子に腰を下ろすと膝の上に降ろす。横抱きにした大地の赤い額に口付け、ラビはうっとりと幸せそうにその顔を見つめた。
 「やれやれ、小僧だと思っていたら存外手の早い」
 「シャマンっ!」
 ぎょっとして顔を上げたラビの目に、シャマンの呆れたような皮肉っぽい笑みが飛び込んでくる。その声に目を開けた大地は、自分の今の格好とシャマンの姿に驚いて慌てて降りようとし、バランスを崩してラビに抱き止められた。
 「な、何で、シャマンまでっ?」
 「必ず迎えに来ると、言っただろう」
 迎えに来るなんて言ってたっけ、と大地は首を捻り彼が最後に言った言葉を思い出した。確か、花嫁がどーしたこーしたと…。
 「大地は渡さねえぞ!」
 ぎゅっと抱きしめてラビは血相を浮かべシャマンに怒鳴りつける。だが、シャマンは涼しい顔で大地に手を伸ばした。
 「私と共に、外宇宙を飛んでみないか?お前の夢なのだろう」
 「え?」
 確かに外宇宙を自分の設計した船で自由に飛び回り、未知の世界を知りたいと言うのが夢だった。けれど、もう一つ大事な夢と思い出も出来てしまったのだ。
 「……夢…だけど、行くなら自分の手で行く。どっちの夢も、自分で決めて叶えていく」
 きっぱりと言う大地に、にっこりと微笑み掛け、シャマンは頷いた。
 「そうか、ならば私はその手助けをしよう。今日からここの講師なのでな、よろしく頼む」
 「講師?」
 首を捻る大地に、シャマンはもう一度頷いて消えた。
 「大地、もう一つの夢って何だ?」
 「……教えない」
 「だ、大地っ」
 ラビの腕から飛び降りると、大地は片目をつむり特上の笑顔を向けた。


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