眠れぬ夜のために−2−


  次の日、今までの下降気味状態が嘘のように晴れた気分で炎は愛用の自転車を学校へと走らせた。あんなことで悩んでいたのが嘘のようだ。
 「おはよーございます、工ン先輩っ、お先に〜」
 学校への坂道を力を込めて自転車をこいでいた炎の横を、雷のサイドカーが風のように過ぎ去っていく。あっと思った時にはそれは坂を登りきって校門へはいってしまった。
 「あんにゃろ〜、先輩と言っておきながら、先に行くとは何事だっ。それに高校生でサイドカーっていいんかよ!」
 炎はこぐ速度を速め、凄い勢いで校門の中に入っていった。そのまま自転庫置き場へ走り込み、丁度ヘルメットを脱いで行こうとしている雷の前で急停車する。
 「あれ、早かったですね」
 「こらあっ、てめー、先に行くなんてのは…痛てっ」
 ぜいぜい息を荒げて雷に怒鳴りつけようとした炎の頭に、後ろから竹刀が振り下ろされた。涙目になって振り返ると、眉を顰めた海が竹刀片手に睨み付けている。
 「…っんだよ、いってーな」
 「あんな速度で走らせる奴があるか!事故でも起こしたらどうする」
 「サイドカーはいいのかよ」
 「制限速度は守ってますけど」
 頭を押さえながら炎が雷の方を指さすと、海はびしりと竹刀を顔先に突きつけて言った。
 「自転車でバイクに張り合うのが間違っているのだ。さあ、授業が始まる、さっさと行け」
 文句を言わせないというような海の態度に、渋々炎は自転車を置くと教室へ向かった。何故自分ばっかり怒られなくちゃならないんだと理不尽に思いながら歩いていた炎は、後ろから走ってくる足音に振り返った。
 「エン先輩、昨日リュウ先輩と何話してたんですか?」
 追いついた雷に問われ、炎は眉を潜めた。
 「何だっていいだろ。お前には関係ねーよ」
 「そんな冷たい言い方しないで教えてください。僕、リュウ先輩のこと色々知りたいんです」
 ぎゅっと手を握られて、炎は足を止めざるを得なかった。そのまま振り切ろうとしたのだが、あちこちから好奇の視線を感じ、囁きあう声を聞いて諦める。向かい合って真剣な口で見てくる雷に、炎は以前の自分を見るような気がして溜息を付いた。
 「お前のせいでまた遅刻しちまうぜ。話なら放課後してやるから、離せ」
 「ほんとですか?ありがとうございます、じゃ」
 にっこり笑って手を離し、雷は教室に入っていく。やれやれと肩を落として炎は自分も教室に入っていった。
 放課後、いつものように真理亜の部室に炎は入っていった。今日は激の姿が見えない。そういえば、真理亜がまたテレピ局に行くとかなんとか言ってたから、それに付いていったのかもしれないなと思いつつ、炎はイスに腰を下ろして雷を待ち受けた。
 「すみませんっ、遅くなりました」
 ばたん、と扉を開けて雷が飛び込んでくる。やることもなくテレビを見ていた炎は、ちらりと雷を見ると向かい側にかけるよう言った。
 「それで、リュウ先輩は?」
 わくわくとしながら訊いてくる雷に、炎は聞こえないように溜息を付いて話し出した。
 「俺も、リュウの詳しいことはぜんっぜん知らない」
 「……え……?」
 きっぱり言う炎に、雷の目が点になる。唖然としている雷をちょっと可愛いかも、と思いながら炎は言った。
 「俺が知ってるのは、りュウが動物好きだってこと、ここらへんに住んでるんだろうってこと、金がねえってこと……」
 指を折りながら言っていく炎に、雷は困惑した表情で続きを待った。
 「……かな」
 「それだけ、ですか?」
 ほんとはもう一つ、炎を好きだってことがあるが、それはさすがに言わなかった。頷く炎に、雷は立ち上がり身を乗り出して炎の方に詰め寄っていく。
 「そんな筈ないでしょう!カイ先輩やシン先輩に訊いたら、一番親しいのはエン先輩だって言ってたんですよ。意地悪しないで教えてください」
 意地悪って……訳じやなくて、本当にその程度しか自分も知らないのだ。
 「謎があったって、全部知らなくたって、リュウはリュウだろ。親しいからって全て解ってる訳じゃねーよ」
 炎の言葉に雷はがっくりとイスに戻った。
 「はあ、そうですね。知らなくても、エン先輩とリュウ先輩はあんなに仲がいいんですもんね。僕のことも知らなくても、仲良くなってくれるでしょうか」
 どきん、と炎の鼓動が跳ね上がった。雷はどこまで知ってるのだろう。宇宙人の基準はよく判らな
 「そりゃあ…その………心がけ次第だと思うけど」
 「そうですよねっ、僕がんばります。リュウ先輩を目標にして立派な刑事になります」
 ガッツポーズを取る雷に、再び炎は溜息を付く。何となく自分と似たような性格な気もするが、自分はこんなにお気楽極楽ではない、と炎は思った。
 「そういや、雷って透視とか念力使える超能力者だってマリアが騒いでたけど、できんのか?」
 「ええ、僕の星では普通のことですから」
 軽く頷く雷を、炎は興味津々の目で見た。真理亜ほどではないが、本当の超能力なら見てみたい。
 「どのへんまで透視って出来るんだ?たとえば、服の下とか、まさか、内臓まで見えるってことはないよな」
 「見ようと思えば見られますけど、そんなもの見てどうするんです?」
 がくりと炎はテーブルの上に伏せた。やはり宇宙人の考えは判らない。彼らの星では別に裸を見ようとも、どうということはないのかもしれない。
 「じゃあさ、念力ってのはどうやってするんだ?」
 話を変えようと炎はそう言った。不思議そうに首を捻りながら、雷は周りを見回し、イスから立ち上がると向こう側を回って炎の側まで来た。
 「今動かせそうな物が無いんで、えっと……」
 炎を立ち上がらせると、雷は腕を両脇に伸ばしたまま目を眇めてじっと見つめた。ちりちりとした熱と振動を感じたと思った時、炎の下に着ているシャツが風に煽られるように捲られ、ベルトのバッ
クルが音を立てて外れる。
 するりとベルトが抜け落ち、ファスナーも降りて下着が見えるようになると、炎は慌ててそこを手で押さえた。
 「わーっ!な、なんだよっ、これっ!」
 ふわりと炎の身体が浮き、テープルの上に横になる。焦って起きあがろうとする炎だったが、何か
に押さえつけられているように身動きが出来ない。
 「どうです、工ン先輩」
 にっこり笑って雷はテーブルの上に伸びている炎に近づき、顔を覗き込んで言った。その時、扉が開かれ、海が中に入りかけて足を止め硬直した。
 「…雷っ!何をやっているっ」
 「どうしたんだ?扉塞いでないで中へ入れ……おやまあ……」
 海の肩口から中を覗き込んだ森は、目を丸くして感嘆の声を上げた。翼も二人の脇から中を覗き、驚いたように目を見開いている。
 「なんでもないっ!ちょっとした実験だって、カイ」
 慌てて炎は叫び、雷に早く退けと小声で言った。雷は何故みんながこんな反応をするのか判らないというような表情で炎から離れ、海たちの方に向き直った。
 漸く念力から逃れた炎は、そそくさとファスナーを上げ、テープルの上から飛び降りるとベルトを取り上げて締め直す。蒼くなればいいのか、赤くなればいいのか冷や汗を流しながら炎はおろおろと海と雷を交互に見た。
 「何の実験だ」
 「ほ、ほら、こいつ念力持ってるってから、やってみせろって言って」
 「なーるほど、そういうことにも使えるのか、便利だな」
 感心したように呟く森を睨み付け、海は部屋の中へ入ると炎の前に立った。
 「お前がそんな馬鹿なことを言うから、あらぬ誤解が生じるのだ。ダグオンの先輩画をするなら、もう少し考えろ」
 「誤解ってなんだよ、何で俺ぼっか」
 「Don't Say four or five! ライもその超能力とやらをむやみに人前で出すな。マリアだけならまだしも、他の一般人に目を付けられたら困る」
 「はい。これから気を付けます」
 素直に頷く雷に、うむと頷いてまだ膨れている炎をじろりと海は見た。
 「今日はダグペースに行って雷に色々説明して貰おう。行くぞ、工ン」
 言い捨ててさっさと部屋から出ていく海に続き、慰めるような視線を向けながら森と翼も続いて出ていく。ちらりと目を向ける雷に、炎は先に行けと顎をしゃくって促した。
 「カイ先輩は、工ン先輩のこと嫌ってるんですか?」
 先頭を行く海に聞こえないように小声で雷は森に訊ねた。森は一瞬複雑な表情をして首を横に振った。
 「いんや、あいつは不器用だからねえ」
 「不器用?」
 首を捻る雷に、笑い掛け森はそれ以上応えず先に行く。後ろを振り向いて炎にそのことを訊こうとした雷は、姿が見えないことに不思議に思ったが、海たちに遅れてはならないと両び歩き出した。
 少し離れて雷の後から歩いていた炎は、突然木の陰から腕を掴まれて引かれ、道から外れた。声を出しかけた炎のロは手で塞がれ、そのまま引っ張って行かれる。
 「ぷはっ、リュウ、何すんだよ」
 「静かに…」
 漸く手を離された炎は、森の中に僅かに開いた草むらで竜に食ってかかった。竜は落ち着いた様子で炎に言い、一本の大きな木の根本に連れていく。
 「リュウ?」
 「さっき、あいつと何をしていた」
 その木に炎を押しつけ、竜は真剣な表情で訊いてきた。掴まれた肩が痛むほど強い力と、見つめてくる目のいつもと違った光に、炎は眉を潜めて見つめ返す。
 「何って…念力が見たいって言ったら、あんなことになっただけだ!海といい、お前といい、何で怒るんだよっ」
 悔しくなって思わず怒嗚ってしまう。周りに聞こえていた鳥や虫の声が一瞬止まり、炎は息を詰めた。
 「…解らないのか………」
 優しい声で問いかけられ、炎は竃を見つめた。苦しそうな竜の表情に、炎は手を伸はして頬に触れる。
 「俺は、はっきり言ってくれなきゃわかんねーよ。何を解れって言うんだ……リュウ」
 竜は応えず、頬に添えられた手を握りしめるとロ付けた。押しつけられた竜の冷たい唇に、炎も応えるように手を肩から頭に回して抱きしめる。
 「…ん……?」
 重ねられていただけの唇から、何かが炎の歯の隙間をこじ開け口中に侵入してきた。それは熱く滑るように勤いて炎の口腔を愛撫していく。自分の舌に触れたそれが、竜の舌だと判って炎は驚いて閉じていた目を開いた。
 思わず頭を後ろに引こうとする炎の背中と後頭部を強く押さえ、竜はさらに貪るよう口付けていく。吸われ、愛撫されてどきどきと熱くなってくる身体に迫われるよう頭がぼうっとなった炎は、がくりと膝が砕けてしまった。
 草むらに膝を付いて荒く息を付く炎の口端からは、飲みきれなかった唾液が光る筋を描いて顎まで伝い落ちている。炎は一緒に座り込んだ竜の肩に手を掛けたまま、赤い顔で睨み付けた。
 「い…っきなり、何だよ」
 「工ンが欲しい、ひとつになりたい」
 まっすぐに自分の目を覗き込んでそう言う竜に、炎は動きを止めた。何のことだ?と聞き返すには竜の見つめてくる瞳は綺麗で怖すぎる。
 「……解ったか」
 ふっと笑い、静かに訊いてくる竜に、漸く炎は唾を飲み込むと頷いた。
 竜は再び口付けながら、炎の上着を脱がせる。シャツの下から竜の手が滑り込み、脇腹を掠めるようにしながら胸へたどり着くと、その周辺を撫でまわした。
 まだ埋もれている胸の突起を指で探り、小さい形を確認するように転がして愛撫する。やがてぷくりと現れてきたそれを指先でさらに摘むように刺激すると、炎の身体がびくりと震えた。
 顔を赤く染めて、口付けを受けながらぎゅっと目を閉じていた炎は、胸を愛撫してくる竜の手の動き一つ一つを克明に感じて肌を粟立たせる。ただ、人に触れられたことのない刺激が不思議なのと、くすぐったいと思っていただけだったのに、炎は乳首に丁寧な愛撫を施されて身体に走った感覚にぎょっとなった。
 胸への刺激が身体中を走り、一点へと集中していく。
 「…え……?………あ…」
 自分のロから声が漏れて、やっと竜の唇が離れたことに気付いた時には、それは捲り上げたシャツから覗く乳首に移っていた。
 竜は指先での愛撫で堅くなった乳首に唇を這わせ、舌先で舐めめ転がす。丁寧に一つずつ同じことを繰り返す竜の頭を掴み、炎は引き剥がそうとした。
 「リュ…ウ、止せ……わっ!」
 止めようとする炎の手など気にした風も無く、竜は手を滑らせてジーンズの上から下腹部に手を当てた。口付けと胸への刺激で熱くなっているその部分を竜の手で撫でられて、炎は身を縮こまらせる。
だが、後ろの木に阻まれ腰を引くことも出来ず、力の人らない手で何とか竜の手がそれ以上動かせないよう掴むしか出来なかった。
 竜の手は器用に動き、ボタンを外しジッパーを下ろして炎自身を外に導き出してしまう。外気に触れひやりとした感触を感じたのは僅かな間で、直ぐに竜の手に包まれた。
 「やめろよ……汚いだろ…」
 「汚い?」
 必死に竜の手を止めようと炎は掴んだ指に力を込める。一旦動きを止めた竜は、目を閉じて俯いている炎の顔を覗き込むようにして見た。
 「まだ、解らないか、こんな感情は俺も……知らなかった。いや、これは感情じゃないな。ただの欲望だ。好きだから、全てが欲しい。全てを与えたい」
 いつになく饒舌な竜の声に、炎は目を開きその顔を見た。竜の瞳はいつもの冷静で切れる光では無く、熱く濡れたような光を帯びている。
 竜がそんな風になることなど信じられなくて、炎は目を見開きまじまじと見つめた。
 「……俺を…?」
 他人に興味を示さず、動物と仲良しで、女の子は苦手だし、なのに自分がそういう意味で欲しいなんてこと本当なんだろうか、と炎はまだ信じられないように竜を見る。
 「お前だけを………」
 怒ったように言って竜は炎の手を取り、自分の下腹部に導いた。布の上からでもはっきりと判る形と熱さに、炎ははっと手を引っ込める。
 「もう止めない」
 竜はきっぱりと言うと、炎の身体を木から移して草むらに倒した。あっという間にに下着ごとジーンズを剥かれて、炎は呆然としながら上にのし掛かってくる竜を見つめた。
 中途半端に投げ出されていた自身に両び愛撫の手が伸び、炎はびくりと背を仰け反らせる。ゆっく
りと手を動かしながら竜は胸に口付け、徐々に下方に移動していった。
 「うっ……え?」
 なま暖かい物に自身を包まれた感触に、炎は視線をそちらに向けた。竜の長くて綺麗な髪が自分の下腹部でゆっくりと動いている。それに合わせるように怒濤のように快感がその部分から押し寄せ、炎は何も判らなくなって、せめて口から漏れ出る吐息を押し殺そうと唇を噛み締めた。
 「あ……っ…リュウっ、離…せ、出る……」
 力の入らない手を竜の髪に埋め、押し戻そうとするけれど、それはただ添えられているだけになり、炎は堪えきれずに自身を解放してしまった。
 全身を朱に染めて荒く息を付いている炎を優しい目で見ながら竜は口を拭い、そのまま両足を抱え上げてさらに奥へと唇を移動させていく。
 信じられない部分に感じる感触に、炎がはっと我を取り戻した時には竜は受け入れさせる部分を充分濡らしていた。
 「力を抜いてろ」
 「………うああっー!」
 熱い声で囁き、竜はゆっくり自身を挿入していく。息を吐かせ、じりじりと進めていった竜は、漸く全部を炎に内部に納めると、暫く慣れるまで待ってから動かし始めた。
 「くっ…痛っ……リュ…ウ」
 「エン、解るか…?」
 痛みと苦しさに涙を浮かべながら竜にしがみついて耐えていた炎は、耳元に囁かれた言葉にうっすらと目を開いた。
 「……な…んだよ…」
 「俺がどれだけお前を欲しているか」
 「ばっか…やろ…」
 真っ赤になって炎は怒鳴りつけようとする。途端にぎゅっと締めてしまい、炎は痛みに身体を震わせた。竜もきつい締め付けに眉を潜める。
 「好きだ…」
 「…リュウ……」
 竜はぽつりと呟くように言うと、炎を強く抱きしめ最後を迎えるために身を進ませていった。


 「工ン先輩、待ってください」
 「またかよ……」
 やれやれと肩を落として炎は真理亜の部室の前で振り返った。にこにこと笑顔の雷に溜息を付きつつ、部室の中へ入っていく。
 「リュウ先輩のこと、まだまだ知りたいんです」
 「自分で調べろ、便利な能力持ってるんだろ」
 「そんな〜、怒られちゃいますよ」
 炎と雷のやりとりに、中でたむろしていた二年生トリオがにやにや、あるいは苦虫を暗みつぶしたような顔で見ている。
 「一緒に寝てるほど仲いいじやないですか、工ン先輩」
 しーん、と部屋中が静まり返る。青くなって硬直してしまった炎に、一部疑惑の視線が注がれる中、雷は凍ってしまった空気にきょとんと首を捻った。
 「そうだ、一緒に寝てるほどよーく知ってる仲だから余計なことは知らなくてもいい」
 いきなり戸口から声が掛けられる。そういうものなんですか、と無邪気に訊く雷に、竜以外の者は、そういうもんじゃないだろう!と心の中で突っ込みを入れていた。

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