眠れぬ夜のために−1−
四時間目の終わりを告げる鐘がなると、直ぐに生徒達は思い思いの昼食を取るべく行動を開始していく。学食や持参の弁当ならともかく、購買のパンは競争率が高くてなかなか手に入りにくい。そのために炎などは起立、礼なと言ってる間に教室を飛び出して行くのだ。 今日も激しい争奪戦を撃破して、お気に入りのパンを買った炎は、それを持って超常現象研究会部室へ向かった。 途中、森の中へ入る横道に逸れ、きょろきょろと辺りを見回してから見えない友人に声を掛けた。 「リュウー、パン買ってきたけど、喰うかあ?」 暫く待っても返事はない。最近でこそ驚かなくなったが、そうやって呼びかけても返事もなくいきなり目の前に居ることもある。けれど、今日は現れる気配が無く、炎はちょっとがっかりしたような表情を浮かべて部室へと足を向けた。 「あれ……」 部室の前まで来ると、炎は足を止めた。窓から中をちらりと覗くと、中では新しいダグオンの仲間として宇宙からやってきた雷がにこにこしながら竜と話している。テーブルの上には炎が持ってきているよりも多くのパンが並び、どうやら竜に勧めているようだ。 竜は示されたパンの一つを手に取ると、微かに笑ってそれを食べ始める。それを見た炎は、むっとして口をへの字に曲げた。 竜はあまり人と行動を共にすることをしない。この頃漸く一緒に昼食を食べることが出来るようになったのだ。それも、炎の方からこうして餌(?)を用意して、毎日呼びかけても週に一度あるかないかのことなのに、あの新人はこんなに早く竜と食事している。 たまたまだよな、と呟くことで気を取り直して炎は部室の中へ入っていった。 「よおっ、リュウ、ライ、ここで昼飯か?」 「あ、工ン先輩もパンですか?」 もぐもぐと口を勤かしながらライがにこやかに声を掛けると、リュウもちらりと視線を向け頷いて見せた。エンは、持ってきたパンをテープルの上に置き、その中の一つを竜に渡そうとした。 「ほら、あんぱん」 「工ン先輩、それ日付が古いですよ。こっちの方が新しいです」 竜が手を伸ばす間もなく、ライが横から別の袋を取って渡してしまう。え?と思って袋に付いている日付を見ると、確かにそれは昨日のものだった。ならは、と竜が持っている袋を見てみると、それは今日の日付になっている。 「なんで……」 「ここのパンは美味しいですけど、日付が古いのも混ざってますね。僕なら、下の方に埋まっているパンの日付も見られますから、今度から僕がパン買ってきますよ」 にっこり笑ってさわやかに言う雷に、炎は言い返すことも出来なくて、古い日付の袋を破き、あんパンを食ベ始めた。 「エン…お前、甘いのは駄目なんじやなかったのか」 「それはヨクだろ。俺、何でも食ベられるぜ、たとえ日付が古くたって死にやしないし」 僅かに皮肉を込めて言ったのに雷は、そうなんですか、と感心したように炎を見る。本気なのか、馬鹿にしてるのか、宇宙人の思考はよく判らない。これならまだライアンやガンキッドの方が理解出来るぜ、とぼそぼそ思いつつ、自分の持ってきた分を全部食べてしまうと炎は、さっさと部室から出ていった。 最近、竜と二人きりで会えた試しがない。竜とは同じ一年同士だし、ライナーチームと違ってお互い一人で戦っているせいか、よくペアを組み日常でも普通のクラスメイトよりも会っていた。 初めは竜の謎の多い部分に惹かれ、探ろうとしたりもしたけど、今はただ会ってるだけで楽しい。会話などは自分から一方的なものでしかないのに、全部判ってくれているようで、竜と一緒に居ると安心できるのだ。 竜の方も、他の人間よりは自分に多く接してくれていると炎は思っていた。けれど、最近はその立場を雷に奪われつつある。 同じダグオン、プラス同じクラスメイト、しかも宇宙人ということで地球人には無い能力を持っているせいか、それを他の人に悟られないよう、常に竜と一緒に居ろと海に厳命されている。それは仕方ないことだと判っては居るが、竜と会いたい時にいつも雷が一緒というのが、何故かしら炎は気にくわないのだ。 今のように、何かしら竜にアプローチ掛けようとすると、そのつもりは無いのかもしれないが、結果的に雷に邪魔されてしまう。竜も、自分の時は始めもっと無愛想だったのに、雷には心を許したような笑みを向けている。 それが凄く炎の気に障り胸を痛くする原因だった。 ちりちりとした胸の痛みは今までにも経験したことはある。大好きだった小学校の養護教諭の先生が結婚して幸せそうに指輪を見せてくれた時、自分は胸の痛みに耐えきれず泣いてしまった。先生は困ったように炎を撫でて、いつかきっといつも側に居て話を聞いてくれる人が現れると言ったけれど未だにそんなものは現れやしない。 今仲間として一緒に戦っているけれど、みんなも終わってしまえば去っていく。自分の側に残って相手をするのは、ゲームの敵キャラだけだ。 炎は溜息を付いて、教窒には戻らずにダグベースの方へ向かった。エスケープをすると海が煩いので最近はあまりしなくなったけれど、今日みたいに気分の悪い日にはかったるい授業なんて出てられない。 途中には校長の庵があるので、見つからないようにそれを避け、炎は学校の裏山とは言いきれないほどの奥深い森の中へと向かっていった。 もしかして、竜もダグペースに来ているかも、と思った炎だったが、洞窟の中はしーんとしていて人の気配はない。中へ進むほどに明るくなっていく洞窟には、ライアンがガンキッドになにやら絵本 「工ン、何かあったのか?」 「いや、別に……それより何読ませてんだ?」 「これ、おもしろいよっ、ほら、みんなのビーグルがのってるんだ。でも、工ンのやリュウのは無いなあ」 ガタイの大きい二人の下までやってきて、小さく見える絵本のタイトルを見ると、『たのしいのりもの』と書いてある。のぞみやつばさ、MAXはともかく、機関車もこれに載っているんだろうかと思いつつ、一体誰が買ってきたんだと炎はライアンに問うた。 「リュウに頼んだ。何かガンキッドに地球のことで教える良い教材はないかと言ったら、これを持ってきてくれたのだ。他にも色々あるが、なかなか為になるし、面白いな」 ほら、とライアンはガンキッドの隣の岩場を指し示す。そこには他にもたくさんの絵本が重ねて置かれていた。 「地球では我々の他にも悪い宇宙人と戦つている者がいるのだな」 「へ?」 感心したように言うライアンに、炎は首を傾げ岩場に身を乗り出して絵本を見た。地球の動物や鳥、花木などの絵本の中に、『たたかえ・カーレンジャー』だの『ビーファイターカブト』だのの絵本が人っている。 おいおい、これをマジに取るなよとは思ったが、炎は冷や汗を流しつつその場を離れた。 ダグペースの中に入ると、炎は愛車ストラトスに向かった。以前はよくファイヤージャンボの中で寝泊まりすることもあったのだが、アーク星人の一件で失ってからはもっぱらストラトスの中に籠もることも多くなってきている。 ルナを乗せた後、ゴミはとりあえず全部片づけたので綺麓なものだ。炎はストラトスのボディをそっと撫でるとドアを開けて中へ人った。 シートを倒して腕を頭の後ろで組み、目を閉じる。カーラジオかデッキでも付いていれはいいのだ が、そんなものは無い。聞ける音と言えは、海だの竜だのの緊急連絡のみである。だが、静かな狭い空間が炎は気に入っていた。 広い家に帰っても、ただゲームの音だけが響くのみだし、テレビを相手にしながらの食事も飽き飽きしている。 事件が起きれはこのまま出勤出来るし、でなければ昼寝の時間にしようと組んだ腕を解いて、炎は力を抜いた。 コンコンと窓ガラスを叩く音にはっと目覚めた炎は、目をぱちぱちさせて外を見た。 「リュウ」 そこには竜がストラトスの窓枠に手を掛けて立っている。炎は何かあったのかと窓を開け竜を見た。 「何?」 「そんな所で寝ている位なら、来い」 促されて炎はストラトスから降り、竜の後に付いていく。洞窟から出ると、竜はダグペースがある場所よりももっと奥へ歩いていった。 道無き道を造作なく歩いていく竜に必死に付いていき、登って降りてまた登り切った場所まで来ると、漸く竜は足を止めた。息が上がって、身体を屈ませぜーぜー言っていた炎は、やっとの思いで顔を上げる。 「ほええ……」 そこは小高い場所で、下には川が流れその先は滝になっているようだ。鬱蒼とした森の中、この場所だけは僅かに開けて草地になっている。木々の向こうには空と街の風景、それに海が見えて絶景だった。炎は感嘆の声を上げて暫く見とれていたが、ふと隣の竜を見た。 これだけの距離をあんなに早く歩いてきたのに、竜は汗の一つもかいていず、涼しい顔をして川面を見つめている。 「…あの滝からシャドージェットが出る」 「ああ、そうか」 どうもどこかで見たと思った。そういえは、前にダグペースの機能を調ベたことがあったっけ、と炎は思い返す。結局モニター装置やら修理機能やら、救護室などの設備しか判らず、一度だけ自ら動いて光線を放ち炎を救った装置の仕組みは全く判らなかったのだ。 それを知ってそうなルナはさっさと帰ってしまったし、そういや雷は知っているのだろうかと炎は思いを巡らした。 「…ほら」 あれこれと考えていると、竜が手を伸はしてきた。その手には何かの木の実が乗っている。炎が躊躇していると、それを手渡し竜は腰を下ろした。 「サンキュ。ライはどうした?」 「知らん……」 竜の応えにほっとして隣に炎も腰を下ろし、それを口に含んだ。甘酸っぱい味が口ー杯に広がって喉を降りていく。 Γお前、毎朝この滝に打たれてるんだってな。ライがすっげー感心して言ってたぜ。それも修行ってやつ?」 「ああ」 「そうかあ、俺はまた、お前んちがこのへんにあるんだろうから、シャワー代わりなんじゃねーかと思ってたよ」 あははと笑ってから、んな訳ねーよな、とフォローを入れた炎は、眉を潜めた竜を見て、まずかったかもと後悔した。いつも思ったことを口にしてしまう方が先で後から後悔してしまう。 「それもある」 「えっ!マジ?」 にやりと笑って言う竜に、炎の方が唖然として聞き返してしまった。暫く見つめ合った後、僅かに頬を赤く染めて顔を逸らせてしまう竜に、炎はもしかして冗談だったのか、と苦笑の上に冷や汗を流 してしまう。 「お前の家ってほんとどこなんだ? 教えたくなかったらいいけど」 「この森すべてと言ったら?] 「……なんかホントにそうかも知れないって信じるぜ、俺は」 にっこり笑って炎は応えた。竜の身体が僅かに傾き、炎の方に寄ってくる。風が吹き、竜の綺麗な長い黒髪が流れて炎の頬をくすぐった。 「工ン…」 竜の綺麗な顔が徐々に近付いてくる。いつも思うけど、本当に海といい、竜といい、自分の周りには綺麗だの端麗だのと形容できる顔が多いなと炎は考えながら目の前の瞳を見つめた。 「リュウ先輩〜」 どんどん竜の顔が近付き、焦点が合わなくなってきて、炎が身を引きかけた時、下の方から声が聞こえてきた。はっと二人が振り返ると、手を振りながら雷が坂を登ってくる。 「リュウ先輩っ、あれ、工ン先輩もこちらだったんですか?授業に出て来ないから心配してたんですよ」 にこにこと笑顔で言って雷は竜と炎を交互に見た。 「お前こそ、授業はどうしたんだ」 「一応地球人としては高校生の設定で人ってますけど、これでも宇宙警察機構の刑事ですから、授業を受ける必要はないでしょう。リュウ先輩が居るならともかく」 不思議そうに問いかけに応える雷に、炎は眉を潜めて立ち上がった。 「あっそ、じゃ俺もう帰るわ。今日のとこはサルガッソの奴らも出てこないみてーだし、リュウに色々地球のことでも教えてもらえば」 「はい、そうします」 皮肉っぼく言ったのに、雷にはまるで通用していない。炎はまた二人きりの所を邪魔されむしゃくしゃした気持ちで下へ駆け下りていった。 「………」 「リュウ先輩、ここでも良いんですが、出来れば室内の方がいいんじゃないですか?家はどこです?」 すっと立ち上がり、竜は雷をひと睨みすると、川の方へ飛び降りた。雷が慌てて下を見下ろした時には竜の姿は無く、ただ水面で魚が飛び跳ねているだけだ。 「リュウせんぱーいっ。まったくもう……また消えちゃったよ」 むう、と雷は腕を組み、仕方なく滝の下の方へ行ってみようかと踵を返した。 森から抜けてダグべースまで戻った炎は、再びストラトスの所までやってきた。ライアンとガンキッドは居ず、どこかに出かけたらしい。 既に授業時間は終わってるし、ここから戻ってゲーセンで時間を潰して誰も居ない家に帰るのはつまんないなと、炎はこのままストラトスの中で夜明かしすることにした。そのための暇つぶしに、ゲームボーイも置いてある。雑誌やらゲームしか相手が居ないというのは寂しいのかもしれないが、そんな段階はとうに過ぎてしまっている炎だった。 暫くゲームをしていた炎は、腹が鳴る音にはっと気付いて押さえた。そういえば、この前中を掃除整理した時に、菓子類なんかも全部食べて捨ててしまったんだっけ。後ろの座席を振り返って見ても、何も残ってはいない。 がっくりきて結局コンビニに寄り、家に戻るしかないのかと項垂れた炎は、ポケットの中に有るころころとした物に気付くと出してみた。 「さっきの……か」 竜に貰った木の実の食べかけをポケットに入れっぱなしだったのだ。暫しそれを見ていた炎は、何となくそれに竜の顔を映していたのに、重なるように雷の顔が脳裏に出てきて、苛立たしげにそれに囓りついた。 「ちえっ、こんな風に囓り付けたら、むしゃくしゃしないで済むのによ」 種だけになったそれを両び見つめ、炎は独り言ちる。雷の評判は海達にはとってもいい。それはそうだろう、礼儀も何もなってない自分たち一年生の中で、きっちり敬語付けて先輩と呼んでにこにこ慕ってくる後輩が嫌な者は居ない。 自分だって雷単体なら嫌でも何でもないし、先輩風吹かせてゲーセンなどに連れていき色々教えたこともあったのだが、竜に関わられるのが嫌なのだ。 「結局、独占欲って奴かあ」 竜の秘密が知りたい、一緒に居たい、話したい、と思う心が高じればこんな風になると判っていた。そして、それが現れれば結局は相手が離れていってしまうということも。泣いて喚いて脅しても、最後には両親がお互いを、自分を見捨てたように。 「やーめやめ、根暗になっちゃあ人生おしまいだぜ」 ふっと笑って炎は種を握りしめると窓を開け、外に放り投げる。だがそれは地面に落ちることはなく、暗がりの中に消えた。 不思議に思ってそのまま見ていると影から空気のように、竜が種を頭の上で投げながら現れた。 「リュウ…どうしたんだ?」 「まだ戻らないのか、家に」 ぐっと詰まって炎は乗り出していた身を引いた。ちょくちょくここに泊まっている時に、竜に話し相手……一方的にに炎の方が話すだけだが……になってもらっているだけに、説教口調は耳が痛い。 「迷惑なら、話しかけねーよ、もう」 ぼそりと呟いて炎は窓を閉めようとボタンに手を伸ばした。だが、窓ガラスに手を掛け、竜はそのままドアを開けて入ってきてしまう。ぎょっとしながらも、無理矢理運転席側に入ってきた竜に押し出されるように炎は隣のシートに移った。 「な、何だよ」 「誰が迷惑だと言った」 目を眇めて竜は炎の顔を見つめながら言う。炎はふいと顔を背けて、竜から視線を外した。 「言わなくたって……」 「解るのか?」 笑いを含んだ声で言われ、炎はむっとして振り返る。笑みを浮かべた口元とは反対に、竜の瞳には鋭い光が宿っていた。 「なら今俺が何を考えているか、解るか」 「え…」 身を乗り出して近付き訊いてくる竜に、炎は僅かに狼狽えて身を引く。だが、竜はそれを許さずにシートに押しつけて唇を奪った。 「……!」 押しつけられた唇の薄く冷たい感触に、炎は目を大きく見開いて硬直する。漸くキスされているのだと理解した炎は、顔を真っ赤に染めて両腕で竜の身体を押し戻そうとした。 「なん……」 「こんなことをしたいと、思っている…と解ったか?」 すんなり押し戻された竜は、呆然としている炎の身体を抱えたまま間いかける。炎はごくりと唾を飲み込んでから、小さく首を横に振った。 「……かる訳…ねーだろ、こんなの……どういうつもりで…」 「工ン……」 再び近付いてくる竜の顔に、何故自分が大人しくこんなことをされているのかという考えをちらりと浮かべたが、炎は思わず目を瞑ってしまった。 炎は、吐息が唇に触れると、びくりと身を固くして強く閉じた目をさらに瞑る。それが今触れるか、と待っていた炎は、なかなか降りてこないそれに、恐る恐る目を開けた。 間近にあったはずの竜の顔は離れ、窓の外をきつい表情で睨み付けている。何だ?と炎も視線を巡 らせると、雷のにこにこ笑顔にぷつかった。 「……ら、ら、ライ……」 「すみません、リュウ先輩、工ン先輩、よかったらダグべースの中を案内していただけませんか?」 頭に手を当て、ぺこりとお辞儀をする雷に、目が点になりながらも炎は、自分たちの体勢を思い出して慌てて竜の腕を剥がそうとした。竜はそのまま身を乗り出し、窓を開けると雷に話しかけた。 「明日だ」 「え?明日で……あっ、リュウ先輩っ!」 雷が何か言う前に、竜はさっさと窓を閉じ、身体を運転席の方に戻すとエンジンを掛けてアクセルを入れた。 当然ストラトスは発進し、後にはぽつりと雷が取り残される。 唖然として竜がストラトスを運転する様を見ていた炎は、はっと気付いてハンドルの上の竜の手に自分の手を乗せた。 「おい、これは俺のだぞ、運転できるのか?」 「してる」 端的に応える竜に、炎はぐっと詰まり、手を離した。 ストラトスは街中を走り抜け、海岸線までやってくると漸くスピードを落とした。夕日に赤く染まった水平線を見渡せる場所にストラトスを停め、竜は炎の方に向き直ると再び身を寄せてくる。 「リュウ」 「どういうつもりか解らないか」 「わっかんねー」 キスするということは、したいと思ったことが無いので解らない。一般的に言えは、好きになったらするものだろうけど、竜の場合別の特殊なことがありそうな気がして炎は首を捻った。 竜は眉を潜め、呆れたような溜息を付き、炎に言った。 「まさか、俺の場合一般に当てはまらないなどと思ってる訳じゃないだろうな」 ピンホーン、大当たり!と心の中で密かに思った炎は、同じように密かに、自分と同じように竜も好きと思ってくれていたらいいなとも思っていた。 「好きだ…」 手を伸ばして竜は炎の頬に触れる。驚きに目を見開いている炎の唇に指を伸ばし、そっと撫で上げた。 「この唇にキスしたい…この目に俺だけを映させていたい…お前を抱きしめたい、好きだから」 竜はそう言いながら炎を強く抱きしめた。呆然となすがままになっていた炎は、一つ瞬きをすると両腕を竜の背に回した。 「俺も……竜が好きだ」 ぴくりと竜の身体が震える。やっと自分の気持ちを解った炎は、段々抱きついているのが嬉しくなって強く抱き締め返した。 「…工ン」 竜は身体を僅かに離し、炎の顎を持ち上げると軽く口付ける。炎の方も遊びのように、自分から軽くキスを返して、自分でやった行いに僅かに頬を赤く染めた。 「ヘヘ、ちょっと照れるよな。好き好きって、あんまり言うもんじゃないし……」 炎は顔を赤く染めたまま、竜の背から腕を放した。当然、竜も離れるだろうと思っていた炎だったが、腕は離れず不可思議な視線を向けられて狼狽えた。 「な、何?」 「お前は解ってないな」 竜が自分を好きだと言い、自分も竜が好きだと言って、めでたしめでたし……ではないのだろうか、と炎は首を捻った。これからはもう雷に邪魔されたとて、遠慮することはない。竜の気持ちが判った以上堂々と一緒に居られるのだ。 きょとんとした顔で見つめる炎に、竜は溜息を付くと身体を離してハンドルを握った。ストラトス 炎の家の前まで走り、竜はそこで停めると降りるように言った。 「ちぇっ、結局家に戻ってきちまった」 「これは俺がべースに戻しておく」 「ああ、じゃまた明日」 にっこり笑って炎は竜に手を振り、踵を返す。だが、窓からその手を掴まれて引き戻された。 「工ン、忘れるなよ」 ぽつりと一言だけ言ってから手を離し、竜はストラトスを発進させる。むっと唇を尖らせ、炎はそれを見送った。 「いくら俺だって忘れる訳ねーだろ……」 そんなに信用ないんだろうかと思いつつ、炎は自宅に入っていった。 |