無垢なる大地 2


 冷たい空気の中、古風な欧州風の寝台に大地を寝かせ、シャマンはこれまたアールデコ調のゆったりとした椅子に座り、杯を傾けていた。先程間者から入った報告では、今アグラマントは、ナブーに指令を出したという。それならば暫くの間はこちらへ干渉してこないだろう。
 何故、こんなに少年を欲したのか、シャマンにもよく判ってはいなかった。以前は、魔勤戦士を僕にするのは愉快だろうと罠をしかけたのだが、今回は違う。ただ、彼が欲しかった。アグラマントに反しても手に入れると思う程に。
 「大地と炎の魔動力…か」
 己の持つ邪動力と反対ながら、扱う精霊は同じなのが魅かれる原因かもしれない。
 「捻り潰せばいいものを」
 こっけいな事だ、と自嘲の笑みを浮かべる。寝台の中で微かに動きが在り、シャマンはそっちへ目を向けた。
 「ここ……は?」
 大地はぽっかり目を開いて、無機質な天井を見た。背中に当たるのは岩の堅い感触ではなく、柔らかい布団の感覚。焦って起き上がったけれど、くらりと目眩がして肘を付いてしまう。頭が痛い。額を押さえながらもう一度辺りを見回すと、無表情で見ているシャマンが目に写った。
 「シャマン!?…何でここに?ここはどこだ!」
 「わが城にようこそ。ここは第2エリアにある私の領地の一つだ」
 大地はゆっくりと寝台から下り立った。何故シャマンが自分を誘拐ってきたのか理解できない。とっくに殺されてもおかしくないのに。真意を計り兼ねて、ただ睨み付けるしかできなかった。
 「どういうつもりだ?僕をどうしようっていうんだ」
 「さて……」
 ふい…と視線を外し、シャマンは杯を干す。大地はちらりと周囲を見回し、出口を確認すると脱兎のごとく走り出した。扉に手を掛け、回す。だが、いくら力を込めても扉はびくりとも動かない。体当たりをかましても、軋みさえしなかった。
 「無駄だ。闇の結界を張ってある。…こちらへ来い」
 大地は扉を背にして、椅子に座っているシャマンを見た。静かな声なのに差し延べられた手に引かれるように一歩踏み出してしまう。驚いて全神経を振り絞って抵抗しようとしても、足は勝手に前に進み、シャマンの所まで来てしまった。
 「お前の中に、私の闇の気が残っているのだ。それが在る限り、お前は私から逃れられぬ。それを確かめさせてやろう。もっと私の気を送り込み、私の僕となるのだ」
 「嫌だ!誰がなるもんかっ!くそうっ、こんなの」
 取られた腕を振りほどこうとするが軽々と抱き上げられ、膝の上に横向きに抱き抱えられた。シャマンの指が顎を捕らえる。大地はこの前の事を思い出して身震いしながらも、堅く目と口を閉じてシャマンを避けた。
 シャマンは軽く笑うと口付ける。今回は身体はいう事は聞かないけれど意識ははっきりしているので、キスされていると知って大地は仰天した。未だ少女に淡い恋心しか感じた事の無い大地に、シャマンはまるで教え込もうとでもするように一つずつ愛撫を加えていく。
 とうにパニクッてシャマンの衣服にしがみつくしか出来なくなっても、大地は声を出さない。せめてそれが自分の意思だと必死に唇を噛み締めて堪えていた。
 大地の服の隙間から指を忍び込ませ、何も知らない身体を探っていたシャマンは、次第に反応し始める大地を不思議な想いで見詰めていた。傍目には冷たく観察しているように見えても、瞳の微かな苛立ちと情は隠せない。
 何故、こんな子供にここまでするのか自分でもよく理解出来なかった。

   ……魅かれているのか………この私が…

 ふっと口端を歪め、シャマンは大地の下半身に手を延ばした。びくりと顎をのけ反らせる大地の薄く開いた唇に自分の唇を合わせる。今なら闇の気を送り込む事は簡単だろう。けれど、シャマンは大地をまさぐる動きを一層激しくさせ、唇を貪るだけだった。
 僅かに両手を突っ張って抵抗していた大地も、シャマンの愛撫に翻弄され、息を喘がせる。身体の奥からざわざわと浮かび上がってくる闇の快楽に掴まり掛けた時、光がそれを吹き飛ばした。
 「な、何だっ!?」
 「大地ーっ!」
 シャマンの目の前突然現れたラビは腕を前に延ばし、そこから光の魔動力を発してシャマンにぶつける。ひょいとそれを避け、シャマンは大地を抱えたまま立ち上がった。怒りに肩を震わせ対峙するラビに、シャマンはにやりと笑い掛ける。
 「仲間を救いに来たか。だが、もう遅い。これは私のものだ。闇の邪動力をたっぶりと吸い込んで、もう魔動戦士として戦うことは出来ぬ」
 「んなこと知るかよっ!俺は只、大地を助けに来ただけだ。たとえ、邪動力に犯されていようと、大地は大地だ。俺の……、とにかく返して貰うぜ!」
 ひゅんっと鞭が飛び、シャマンの腕に巻き付いた。だが、ラビは反対に引っ張られ床に転がってしまう。シャマンは呪文を唱え、大地を透明な球の中に閉じ込めると、ラビに向き直った。
 「無駄な事を…。ジャハラド・クシード…いでよ、ワイバースト!」
 闇の魔法陣が現れ、シャマンはワイバーストの中に消えた。ラビは舌打ちして辺りを見回す。ここには魔動ゴマを回せるだけの池も湖も見当たらない。そうしている内にもワイバーストはどんどん攻撃を仕掛けてきた。逃げ回りながら、ラビは次第に追い詰められていった。
 その逃げて飛び出した目の前に大地の囚われている球が在った。
 攻撃を受けて、思わずその球に飛び移る。シャマンが引いた時には、球は壊れ、ラッキーとばかりにラビが大地を担いで逃げ出す所だった。
 「逃がさん!」
 ラビの駿足にワイバーストが迫る。追い付かれる、と思った時、風と共にスーパーウインザートが現れた。
 「ガスッ!」
 「大丈夫ですか?ここを捜し出すのに時間がかかってしまって、遅くなりました。私に任せて、ラビくんは大地くんを安全な場所へ連れて逃げて下さい」
 言うなりワイバーストに向かっていく。その後ろにマジカルゴが居た。
 「ばあさん、大地を頼む」
 言い置いて、先に見付けた泉にラビは向かった。ワイバースト相手にガスが苦戦している中、V−メイはぐったりと気を失っている大地に魔法を施す。しかし、一向に利き目は現れてこない。
 「これは」
 「大地、大丈夫かグり?」
 グリグリも心配そうに覗き込み、V−メイを陰た。溜め息を付き、もう一度呪文を唱えようとしたその上に、何時の間にか迫っていたワイバーストの腕が伸びる。
 「そいつを渡せ」
 「うっひょぉ〜」
 「グリグリッ、危ないっ!」
 危うく潰されそうになった時、アクアビートの手がそれを阻止した。二対一ではさすがのワイバーストも持たず、姿を消す。シャマンは最後にちらりと横たわる大地を見詰め、共に姿を消した。
 「ばあさん、大地はどうなるんだ?」
 「うーん、むずかしいねぇ。身体の奥にある闇を何とか追い出さないと」
 「どうやったら、追い出せるんだよ」
 ちらりとV−メイはラビを見て、溜め息を付いた。
 「シャマンがやった方法と同じ方法で、光の魔動力を送り込むのさ。だけど、どうやったのか、あたしはその場に居なかったから見当が付かないんだよ。普通の方法じゃないみたいだし」
 ラビは、パッと顔を上げた。この前シャマンが大地にやった事。そして、今もまた、なされていた事。だけど、それってば…
 「何、赤くなってんだい?このままだと大地は本当に魔動戦士じゃなくなってしまう」
 「俺が、俺がやってみるよ。ここに魔法陣を描いてくれ。大地の身体から闇を追い出してみせる」
 決心したようにラピは拳を握り締める。V−メイは頷いて、呪文を唱えた。横たえた大地を中心にして光の魔法陣が浮き上がる。ラビは皆にここから離れ、自分と大地のニ人きりにしてくれと言うと、大地の上に屈み込んだ。
 青ざめた頬にそっと手を触れる。シャマンに緩められたままの服を脱がせると、ラビもまた服を脱いで大地に重なった。
 「大地…」
 やり方なんかわからない。でも、大地を助けたい。その一心で、ラビは手をゆっくり大地の冷たい身体に滑らせた。苦しげな吐息に誘われるようにキスをして、顰められた眉を見詰める。何時も元気にくるくる動く目はぎゅっと閉じられ、自分を見てはくれない。
 悔しくて瞼に口付ける。そっと離すと、うっすらと大地の目が開いた。ぼうっと潤んだ瞳に見詰められ、ラビは胸の鼓動が早くなる。ドキドキと早鐘のようになる心臓の音を確かめるように、ゆっくり大地は手を延ばしてラビの左胸に当てた。
 「ラ……ビ…」
 「大地っ、俺が判るのか?」
 ぼんやりとそのまま掌で鼓動を聞いている。何となく大地の表晴が和らいできたようだった。ラビはその掌を取ってキスをした。腕の内側にも、そして、やはり規則正しい時を打つ胸にも。
 ぴくりと大地がみじろぐ。焦ってラビは離れたが、すぐに熱い想いに促されるまま、再び大地の身体中に口付け出した。シャマンがやっていた事を思い出して、手を恐る恐る大地の下腹部に落とす。先程まで高められていたなごりのせいか、直ぐに大地は熱い吐息を漏らし始めた。
 「ん……は……」
 「大地…」
 大地の腕が上がる。しがみついてくる熱い身体をぎゅっと抱き締め、ラビは自分も熱くなっている身体を擦り付け、自然に大地の内へ沈んでいった。
 「ああっ!くっ……」
 「は…こ……んな……」
 蕩けそうな感覚にラビはぼうっとなってしまった。しっかり合わさった二つの身体は、もはや一つにしか感じられない。ラビの身体が光を放ち始め、大地を、魔法陣を覆って輝いた。
 「ラビ……ラ…ビ……」
 「…大地」
 そっとラビは大地の唇に口付ける。大地の瞳に正常な光が戻り、光の魔動力が満ちてくるのが感じられる。もう、シャマンの闇は残ってはいない。
 「ラビ…ありがとう」
 「もう、絶対シャマンなんかには渡さないぜ、お前を」
 「うん…」
 にっこり笑って大地は、ラビの首に腕を回し、自分からキスをした。真っ赤になって、今更慌てるラビをおかしそうに見詰める。ラビも自分がおかしくなって笑った。
 「だいったい、お前がぼけだから、シャマンなんかに付け込まれるんだ」
 「そーいう言いかたってないだろ!ラビのとーヘんぼくっ」
 「なんだとぉっ!」
 「何だよ!」
 いつもの如く、口喧嘩が始まり、大地が助かったのかと戻ってきたガスはやれやれと肩を辣めた。でも、大地はこれくらい元気じゃないと、と笑う。しかし、あまりのやかましさにV−メイが壷から顔を覗かせて、ぼそりと呟いた。
 「やっかましいねぇ、ほんとに。ところでラビ、参考のために聞きたいんだけど、どうやって大地から闇を追い払ったんだい?」
 途端に口喧嘩を止めて二人は真っ赤になる。ガスは不思議そうな顔をして二人を見ていたが、Vーメイはにやにやと意地悪そうにラビと大地を交互に見返した。
 「ど、ど、どーやってって……なあ?」
 「え?さ、さあ…」
 ラビに水を向けられた大地は益々赤くなって俯いてしまう。そんなもん、言えるわけないじゃないか。ラビはV−メイにごまかし笑いをして、寝っ転がってしまった。
 「やれやれ、これで暫くは静かになりそうだね」
 もしかして知ってるんじゃぁなかろうか、と大地はこっそりV−メイを伺ったが、彼女はパチ、とウインクして壷の中に姿を消した。
 「大地くん、ほんとにどうやって元に戻ったんです?」
 「聞かないでくれ…」
 ガスに尋ねられ慌ててそっぽを向く。訳が判らないガスと照れくさってしまった二人、一人元気なグリグりの一行はひたすら氷の柱を目指して旅を続けるのだった。

                      ちゃんちゃん

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