Little Hope 3-2

 玄関先に壊れた車と同じ車が横付けされている。まさかあれを直したのかと、駆け寄った我夢はそっと車体に触れた。
「流石にあの車は直せなかったので廃車にしました。これは別の車です。退院祝いですよ」
「神山さん」
 退院祝いといっても、こんな高価な物を貰うわけにはいかない。断ろうとした我夢に、神山は花束を手渡した。
「頭金はみんなからのお見舞いですが、残りはダニエル議長から請求書が回ってくる筈ですから、気にしないでください。早く良くなって元気な姿を見せて下さいね」
 そこまでお膳立てされていては、頷くしかない。我夢はありがたくキーを受け取ったが、まだ左手が完治していないため、運転は無理だった。
「行くぞ」
 我夢の手からキーを奪い、藤宮が運転席に乗り込む。我夢は慌てて助手席に乗り込み、手を振る神山にぺこりとお辞儀をした。
「どこへ行くの?」
「暫く療養しなければならないからな」
 そう言って藤宮は海の近くの自分の家へ車を向けた。ジオベースの我夢の部屋だと、何かと周りが心配するし煩いし、仕事もしてしまうだろう。それならジオベースには戻らず、どこかで大人しくしていたらいいと、石室が先に藤宮に言っていたらしい。
 それを聞いて我夢は、藤宮と一緒に居られるのを嬉しい気持ちと、束縛してしまうことを申し訳ない気持ちとで板挟みな複雑な思いで溜息を付いた。
 藤宮の家に着くと、我夢は車を降りた。なんだか随分久しぶりなような気がして、家を見上げる。家に入ろうとした我夢は、まだ車の中に居る藤宮に訝しげな視線を向けた。
「何してるんだ」
 車の中を覗き込むと、藤宮は運転席から助手席、ダッシュボード、バックミラーの裏側などなどあらゆる場所を調べているようだった。
 不思議に思って首を捻る我夢に、藤宮は動きを止め、キーを抜く。そのキーに付けられたホルダーをじっくり眺めていた藤宮はおもむろにそれを外し、手の中に握り締めた。
「何? 何でそれ取るんだい」
 小さなファイターSSのホルダーは、結構気に入ってたりするのだ。藤宮は何も言わず、車を降りると家の中へ入っていった。
「藤宮」
「キーホルダーなら、新しいのを買ってやる」
「それ、気に入ってるんだけど」
「…誰に貰った」
「ジオベースの売店で買ったんだよ」
 他にもSGとかあったけど、EXは無かったのでそれにしたのだ。何故藤宮がそれを気にするのか解らない。それに、元のキーホルダーは壊れた車と運命を共にしただろうから、これは多分神山が付けてくれたものだ。
「とにかく、これは止めておけ。さあ、食事にするぞ」
 我夢の疑問をはぐらかし、藤宮はキッチンに向かった。途中ゴミ箱に無造作にそれを捨てる。我夢は疑問に思いながらも、何か訳があるのだろうとそれ以上追求せずリビングに落ち着いた。
 簡単な食事を藤宮が作り、右手は大丈夫だから自分で食べると我夢が言うのに構わず、スプーンやフォークで鄙にえさをやるように食べさせる。始めは口を開かなかった我夢だったが、真面目な表情で食べ物を運ぶ藤宮に恥ずかしいと思う方が恥ずかしいのかと、おずおずと食べ始めた。
 食事が終わると今度はバスルームに連れて行かれる。ギブスを填めてある手を濡らさないようにシャワーのお湯を掛け、頭を洗ってもらう頃になると、我夢はもうどうにでもなれと藤宮のなすがまま突っ立っていた。
 身体もざっと流し、バスタオルで水気を取ってバスローブを着させられた。そのままベッドルームに我夢を連れて行くと、藤宮は離れていく。心細そうに見る我夢に、自分もシャワーを浴びてくると告げ、藤宮は出ていった。
「…なんか…僕って」
 大迷惑だと、我夢は情けなくなった。藤宮に迷惑を掛けないようにと車を買ったのに、かえってもっと迷惑を掛けてしまっている。藤宮は、車が壊れたのも、我夢の怪我も自分のせいだと思っているのだろう。だから、あんなにかいがいしく世話を焼いてくれるのだ。
 溜息を付くと我夢はダニエルに連絡を取ろうかと考えた。きっと彼ならホームヘルパーを世話してくれるだろうし、療養にしても別荘を持っていた筈だ。それより実家に帰った方がいいだろうか。
 今から電話すれば、明日迎えに来てくれるだろうと我夢はベッドから立ち上がり、電話のある居間へ向かおうと踏み出した。
「どこへ行く」
「家へ電話しようと思って…明日迎えに来てもらうから」
 扉を開けた途端、目の前に不機嫌そうな藤宮が立っていて我夢はびっくりした。ほんとにシャワーを浴びたのかと思うほどまだ時間は経っていない。でも、髪が僅かに濡れているから、浴びたのは確かなのだろうが。
「ここに居ればいい」
「だって…迷惑だよ」
「誰が迷惑だと言った」
 藤宮は口ごもる我夢を抱え上げると、そのままベッドに運びそっと横たえた。我夢の口を開かせないように藤宮は口付ける。
「側に居て欲しい」
 とろけるような低く甘い声音に、我夢は顔を赤く染め聞き惚れた。
 藤宮は赤く染まった我夢の目元や頬、耳元に口付けの雨を降らせていく。再び唇に戻ると、何度か軽くキスを繰り返し、ついで深く口付けた。
 我夢の唇を割り、藤宮の熱い舌が侵入してくる。口腔を嬲り、舌を絡めて軽く藤宮が吸い上げると、我夢はひくりと喉を鳴らした。
 髪を優しく撫でていた藤宮は、その手を項から首筋にゆっくり下ろしていく。バスローブの襟から入った藤宮の手は、鎖骨を指先で辿りそのまま我夢の胸を撫でた。
「んっ…」
 藤宮の指が我夢の乳首を捉え転がすように刺激すると、まだ合わせている我夢の唇から甘い吐息が漏れた。まだ身体を合わせたのは数回しかない。それなのに、藤宮の手が触れているというだけで、我夢の身体は恐怖より、別の感覚に震えていた。
 我夢は藤宮の頭に腕を回そうとして走った痛みに顔を蹙めた。それに気付いたのか、藤宮は身体を離すと、我夢の腕を取りギブスから僅かに覗いている指先に口付けた。
「全部してやるから…動くなよ」
 我夢の両腕を広げてシーツの上に置き、藤宮はバスローブの紐を解いて身体を露わにした。そうなると下着も履いていなかった我夢は、シーツの上に大の字の裸体を曝け出すことになってしまう。恥ずかしさに頬を染め顔を横に背けると、藤宮はふわりと笑って首筋にキスした。
 くすぐったさと快感とが入り交じり、我夢は唇を噛み締めて声を堪える。藤宮の唇は鎖骨から胸へ這い、乳首を捉えると舌先で舐め転がした。
「あっ…」
 じんと痺れるような感覚が藤宮の指と舌で愛撫されている乳首から下半身へと響いていく。丁寧に、優しく両方の乳首を愛撫していた藤宮は、片手をそっと我夢の下腹部へ伸ばした。
 胸への刺激で半ば熱くなっている我夢自身を掬い取り、藤宮はゆっくり扱き始めた。我夢は思わず手で藤宮を制しようとする。
「動くな…」
「あ…ぁ…」
 怪我をした方の手を痛くはないがしっかり拘束する程の力で藤宮は押さえ、更に愛撫を続けた。先走りの液が我夢自身の先端から零れ始めると、藤宮の手は濡れた音を立て始める。親指の腹でその液を塗り込めるよう先端を撫でると、我夢の背がひくりと痙攣した。
 藤宮は胸を愛撫していた唇を徐々に下へと滑らせていく。臍の周りを舐めた後、藤宮は充分に育っている我夢自身を口に含んだ。
「やっ…あ…」
 藤宮は丁寧に熱心に唇と舌を使って我夢自身を愛撫していく。張り詰めた我夢を焦らさずに果てさせると、綺麗に残滓を始末した。
 大きく息を吐いてぐったり身体を伸ばしていた我夢は、口元を拭う藤宮にぼんやりと見つめた。この先はまだ痛みしか感じないが、藤宮と一つになることはその恐怖を凌駕している。
「ふじみや…?」
 だが、藤宮はそれ以上のことをするつもりがないのか、我夢の頭を撫でるだけだった。ちらりと我夢が視線を落とすと、藤宮の下腹部は下着に覆われているがそれと解るほど堅く張り詰めている。
「無理はさせられない」
「大丈夫…君が欲しいんだ」
 抱きつく我夢を宥めるように藤宮はキスし、そのまま横たえて寝ようとする。我夢は藤宮の腕を振り解くと、身体を反転させて下着に手を掛けた。
「我夢、やめろ」
「僕だけなんて、嫌だ」
 片手で藤宮を取り出し、そのまま口中に招き入れる。やったことは無かったが、藤宮が自分にしてくれたことを思い出して、我夢は懸命に舌と唇を使って高めていった。
「…ぅ…っ…が、む…」
 喉の奥に生暖かい物が勢いよく流れ込み、我夢は飲み込むのに失敗して咳き込んでしまった。慌てて藤宮は我夢の背中をさすり、ティッシュを使って口元を拭ってやる。
「無理するな」
「平気…下手でごめん」
 涙目で言う我夢を強く抱き締め、藤宮は口付けた。再び労るように藤宮に頭を撫で続けられるうちに、いつしか我夢は眠りに落ちていった。

 すっかり怪我が治って漸くジオベースに出勤することになった我夢だったが、藤宮は運転させてくれず助手席に渋々乗って行った。
 駐車場に着くと神山がにこやかに出迎えてくれる。ぺこりと頭を下げ、今日から普通に出ると我夢は告げた。
「あまり無理をしないで下さい」
「もう大丈夫です。過保護なんですよ、みんな」
 特に藤宮は、と我夢はちらりと後方に腕を組んで立っている藤宮を見た。
「あ、そうだ、聞きたいことがあったんですけど」
 我夢の言葉に歩き出そうとしていた神山は、なんでしょうかと立ち止まった。
「どうして僕たちの居場所があんなに早く判ったんですか?」
 あの時は藤宮の問いに、はぐらかすような答えしかしていなかった神山だったが、今回はにっこり笑うと我夢ではなく藤宮に視線を向けて言った。
「仕掛けは一つとは限りませんよ」
 謎な言葉を残し、神山は軽く頭を下げると去っていく。首を捻る我夢の後ろで藤宮は、拳を握り締め、この車を徹底的に検査しようと決心した。


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