Little Hope


 ご注意!

次の話には強○が入ってます。我夢が痛い(肉体的にも精神的にも)話です

そういうのがいやな方は、すみやかにお戻り下さいね


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 初めての出会いは5秒で終わった。我夢の心にはそのことは残っていたけれど、藤宮には欠片も残らなかった、いや、最初から入り込めなかったのだから残るも残らないもなかったのだろう。
 二度目の出会いは最悪だった。もう一人のウルトラマンが藤宮博也だと判った我夢は、一瞬嬉しいという気持ちが心に満ちたのに、その言葉を聞く内にそれはどんどん切なさに変わってしまった。
 藤宮に何があったのか、我夢には解らなかったけれど彼の行動を肯定することは、自分の今まで生きてきた道を否定する事になってしまう。だから真っ向から反対し、説得する立場であるしかなかった。
 そんな我夢を藤宮は冷たい目で見下し、嘲笑した。何度も対立したのに、それでも一線を残して完全に決裂することは何故かなかった。その一筋の糸に縋るように我夢は、何度も藤宮を根気よく説得し戦ってきた。
 藤宮も、我夢を誘うことを止めなかった。殺そうと思えばいつでもできたのに、後僅かのところで手を引いてしまうのは、まだ自分に迷いがあるからだと、藤宮は苦い想いを胸に抱きながら戦っていた。
 世界にお互いしか同じ存在はないというのに、何故自分の気持ちを解ってくれないのだと、藤宮も我夢も戦いながら叫び続ける。地球を救いたいという心は同じなのに、解り合えないのがもどかしくて力に訴えるしか術は無くなっていた。
 言葉での説得は効果がないと悟った藤宮は、実力行使に出た。自分でも焦っていたのかもしれない。エリアルベースを落とせば、我夢が我夢として居られる場所がなくなるだろうと思ったのだ。
 結果的には、エリアルベースを落とすことは出来ず、アグルとなってガイアと戦っても、最後の拳を振り下ろすことは出来なかった。
 背後の床にがっくりと膝を付く我夢を残し、藤宮も体力の無くなった身体を引きずるようにしてゆっくり離れていく。その耳に、我夢の悲痛な叫び声が聞こえたが、叫びたいのは藤宮も同じだった。
「何故、俺は…できないんだ」
 今なら完全にガイアを、我夢を葬ることが出来たはずだった。その決心を付けた筈なのに、逃げるようにあの場を去ってしまった自分を、藤宮は歯噛みしながら呪った。
「次は絶対邪魔をさせない」
 いつも次こそはと決心しているのに、覆されてしまう。熱くなった頭を冷やすためにシャワーを浴びて出てきた藤宮は、ふとモニタに映しだされたニュースを見て、興味を引かれた。
 かつて恐竜を滅亡させたのではないかと想像されている寄生生物をサンプルとして取り、多分やってくるだろう我夢に宛ててメッセージを残す。
 ゲシェンクが人類を滅ぼすのを見ているだけでもいいが、またガイアに邪魔をされる訳にはいかないと、藤宮は我夢を誘き寄せ拘束しておこうと考えていた。
 予想通りやってきた我夢を昏倒させ、自分の使っていたマシンに縛り付ける。意識を失って目を閉じた我夢の顔は、自分といくらも変わらない程の年には見えず、酷く幼く見えた。
 縛り上げている途中で我夢が意識を取り戻し、困惑と怒りの表情で藤宮を睨み付けた。藤宮はそれを無視して我夢の懐からエスプレンダーを取り出した。
「今度は邪魔をさせない」
「藤宮」
 我夢は一瞬エスプレンダーを壊されるのではないかと、青ざめて目を見開いたが、藤宮はそれを目の前のテーブルに置いた。
「そこで、人類が己の愚かさに滅ぼされるのを見ていろ」
「君にだって守りたいものが在るはずだ!」
 我夢の声に藤宮は出ていこうとした足を止め、一瞬躊躇った後踵を返した。戻ってきた藤宮を見て、我夢はほっとしたような驚いたような表情を浮かべた。まさか、戻ってくるとは思わなかったのだ。
「藤宮…考え直してくれ」
「別に考えを改めた訳じゃない。お前がどの面を下げてそんなことを言うのか、見てみたかったからだ」
 藤宮の言葉に、我夢は眉を寄せ怪訝げに見つめた。
 どんな時も、我夢の瞳は真っ直ぐに前を見つめ、信じる心で強く輝いている。藤宮だとて、信じる強さは同じだと思っているのに、どうかするとそれに気圧されて振り上げた手を下ろせなくなるのだ。
「人間がそのうち更正して地球の為になる存在になると、本当に信じているのか」
「地球の為になるとかならないとかで生きるものを計るなんて、おかしいじゃないか。だって僕らはそんなことを考えて生まれてきた訳じゃないんだから。他のどんな生き物だって、そんなこと考えてない」
 我夢の言葉に藤宮は眉を顰めた。
「でも、僕らにはそれを考える力がある。だから今からみんなで考えればいいんだ。一緒に地球を守る道を」
「黙れ」
「黙らない。君が解ってくれるまで」
「だまれ、黙れっ!」
 藤宮はそれ以上我夢の言葉を聞きたくなくて口を手で塞いだ。だが、我夢の目は、もっと強くそれを訴えかけている。
 その強い視線をどうにかしたくて、藤宮は口を塞いだまま顎を捕らえ横を向かせた。そのまま、もう片方の手でさっき閉めたコンバーツの上着のジッパーを乱暴に引き下げる。
 ぎょっとしたように我夢の目が瞬くのを見て、藤宮は口元に皮肉っぽい笑みを浮かべ、下に着込んでいるTシャツの中に手を差し入れた。
「そこまで信じている人間が、どんな奴だか解らせてやる」
 藤宮の唐突な行動を理解できないながらも、我夢は自由にならない身体を必死にもがかせて、這い回る手から逃れようとした。
 藤宮は我夢のベルトを緩めると、ズボンの方のジッパーも下げていく。露わにされた下着の上から、強く自身を握られ、我夢は悲鳴を上げた。
 だがそれは藤宮の掌に押さえられ、くぐもった息にしかならない。うっすらと涙を浮かべた我夢の瞳に、藤宮は漸く今自分が理解している感情をはっきりと確認できた。
 自分の手によって項垂れ涙する我夢に、藤宮の心は嗜虐心と支配心で昂揚していく。この昏い感情が人間としての本性でもあるのだ。明るい部分しか知らず、信じることでこの感情を抑えることが出来るなどと言っている我夢の口から、許しを請う声が聞きたいと、藤宮は留めようとする理性の心を無視した。
 我夢の口から手を離し、藤宮は両手を使っていっきにズボンを下着ごと膝まで引き下ろす。何をするのかと問いただそうとした我夢は、いきなり両足を肩に担ぎ上げられて息を呑んだ。
「ふ…じみや…何」
 そのまま片手で両膝を肩の上に固定すると、藤宮は側に転がしてあったペットボトルを拾い上げ、少しだけ残っていた中味を普段曝されることのない部分にぶちまけた。
「ひゃっ」  冷たい感覚に我夢は身を縮め、足を引こうとする。けれど、がっしりと押さえられて、なおかつイスの部分に尻を半分乗せただけの不安定な体勢では、充分動くことは出来なかった。
 水の冷たさに慣れた頃、カチャカチャという音と共に、今度は熱いものがその部分に押し当てられた。
「ぐぅっ…あぁっ!」
 一気に半分まで押し入ってきたそれは、我夢の強い拒絶にあって一旦止まった。鉄の錆びたような匂いが鼻に付き、我夢は身を裂かれるような痛みに動くことも出来ず、ただ身体を強張らせたまま見開いた目から涙を零すだけだった。
「…く…っ」
 藤宮は締め付けられるきつさに眉根を寄せ、唇を噛み締めた。肩に担いでいる我夢の足を揺すり、藤宮は僅かに力が抜けたその部分へ一気に自身を挿入していった。
「ぅ…ぁ…」
 切れた部分から流れ出る血が潤滑油の働きをしたのか、きついことはきついものの、藤宮の動きの妨げにはならなくなる。
 遠慮なく突き上げ揺すり上げると、我夢の口から嗚咽と悲鳴が漏れ、藤宮の耳を喜ばせた。その顔が見たくなって、藤宮は横を向いて必死に漏れる声を押し殺そうとしている我夢の顎を取り、自分の方に向かせた。
「人間は…自分の欲望の為には、何でも壊すことができる存在だ…解ったか」
「……ぼく…は」
 涙に潤み、痛みに悲鳴を上げそうになりながらも、我夢の視線は揺るぎなく藤宮を見つめていた。そこには痛みや苦しみはあるものの、藤宮を憎み絶望する昏さは無い。
 藤宮はカッとして我夢の顔を横向きに押さえつけ、一層強く穿っていった。
 我夢の中に放ち、藤宮は自身を抜き取るとタオルで簡単に拭い、身支度を整えた。力無く、縛り付けられたベルトだけで身体を支えているような我夢をちらりと見て、苦々しく吐息を付く。
 陵辱した筈なのに、支配した筈なのに、何故達成感が無いのだろう。藤宮は我夢を放置したまま部屋から出ていこうとした。
「…ふじみや…」
 気を失っている筈の我夢の声が聞こえたような気がして、藤宮は振り返る。だが、俯いた我夢の身体はぴくりとも動かない。
「壊れないよ…僕も、人も…」
 出ていく扉の音を聞きながら、我夢は朦朧とした意識を浮上させ、目の前で輝くエスプレンダーを見つめた。
 涙で視界が曇っても、その光は自分を誘うように輝いている。
「解ってる。選んだのは僕だ。壊させない。地球も、僕も、藤宮も…」
 我夢は掠れた声を絞り出し、ゲシェンクに対峙するためにガイアの光を呼び込んだ。

 ゲシェンクと戦い勝利した後、全ての力を出し切ったように歩道橋の階段に倒れ込んだ我夢を、藤宮は苦い思いで見つめていた。
 あれほどのことをされても打ちのめされず、立って戦う我夢に比べ、藤宮は先ほど思わず少女を助けてしまった自分の行動に揺らいでいる。
 藤宮は一時目を閉じ、それらを振り払うように頭を振ると去っていった。



 海からカンデアが現れた時、大学に現れた藤宮に、我夢は一瞬びくりと身体を竦めた。自分では克服したつもりでも、感覚は克明に残っている。
 藤宮はそんな我夢の様子など気にも留めず、後でいいものを見せてやろうと言って口端を上げた。我夢は動揺を現さないようにしながらその脇をすり抜ける。
 身体が触れそうになった時、僅かに藤宮の身体が強張ったように感じたのは、自分がそうだからかと我夢は振り向いたが、もう姿は消えていた。
 あれは殴り合いの暴力と同じ事だと、我夢は思うことにした。たとえ藤宮がああすることで自分を汚し見下したのだとしても、我夢がそう思わなければいいだけの話だ。
 けれど、ずっと以前から尊敬していて憧れていた藤宮に、そこまで嫌われているのだと思うと悲しかった。子供時代から普通の子供と違っているからと苛められたりして、悲しかったり悔しかったりしたけど、こんなに胸が痛むことはなかった。
 これで藤宮が勝者の笑みを浮かべ、嬉しそうならば、もう少し我夢の心も軽くなっただろうに。藤宮の表情はどんどん苦しく険しいものに変わっていく。望んで辛い方向へ走っているような気がして我夢は、XIGを追放されても藤宮を説得するために追いかけ続けた。
 しかし稲森博士を失い、更に自分が破滅招来体に騙されていた事に絶望して去っていく藤宮を、我夢は引き留められなかった。
 藤宮が消えた後、調べようと思えば行方を掴むことも出来ただろうにそれをしなかったのは、あの絶望しきった目を見るのが嫌だったからだ。もし、死んでいたらと考えると夜も眠れない日もあった。
 日が経つにつれ、それでも会いたくて調べようと思った矢先にリザードの瀬沼から連絡が入り、生きていることを知らされた。
 すぐに会いに行くと名乗り出た我夢だったが、半分は怖かった。月日が少しは藤宮を癒してくれていればいいのにと思いながら会った彼は、以前にも増して暗い表情を浮かべていた。
 いくら誠意を込めて言っても、手を差し伸べても、藤宮に嫌われている自分では、ただ彼のプライドを傷つけるだけでしかないのかと、我夢は吐息を付く。
 玲子の手は取るのに、自分の手は取ってくれない。そんな考えを浮かべた我夢は、それが嫉妬だと気付いて一人で顔を赤く染めた。
「さっきから難しい顔してると思ったら、急に赤くなったりして一体何を考えてるんだ」
「黙って見てるなんて、人が悪いですよ。梶尾さん」
 後ろから声を掛けられ、我夢はむっとして振り返った。
「こんな所でぼーっとしてるのがいけない。何か心配事でもあるのか?」
「顔赤くしてるってことは、スケベなことでも考えてたんじゃ」
 にやにやと笑って梶尾の後ろから大河原が声を掛けた。途端に梶尾に睨まれ、大河原は慌てて笑みを引っ込めた。
「自分が人を助けてやれるって思うのは、そんな必要がないと思ってる人にとっては傲慢に見えるのかなあと思って、ちょっと恥ずかしくなっただけです」
「そんなことは無いと思うが…」
「まして、大嫌いな人から助けてやるよって手を出されても、余計怒りますよね」
 我夢の溜息と共に吐き出された言葉に、梶尾はどう言っていいか判らず、ただくしゃりとその頭を撫でた。
「お前はそれでも手を出すんだろ、自分が救えると思うなら。相手が嫌がろうと、怒ろうとそれで相手が助かるなら、自分がいくら嫌われても傷ついても助ける」
 それは傲慢とは違うと思うぞ、と梶尾は再び言ってぽんと我夢の背中を叩いた。
「はい」
 漸く笑みを浮かべた我夢を見ると、ほっとしたように梶尾も笑みを浮かべ歩いていった。我夢は再び窓から外を見つめ、今言われたことを反芻した。
 自分が本当に藤宮を救うことが出来るのか自信はないけれど、やるべき時にやるだけだと、我夢は決心して歩き始めた。



 藤宮が海に入っていくのを見た時、我夢はなりふり構わずに飛び込んでいた。虚ろな瞳の藤宮に、何度も呼びかけながら腕を取り必死に海岸に引き上げた。
 漸く砂浜にたどり着いた時には二人ともびしょ濡れで、衣服が水を含んで重くなった藤宮を引き上げた我夢は荒く息を吐いてその場にへたり込んだ。
 ナビで救急車を要請すると、我夢は目を閉じた藤宮の鼻梁をそっと指で辿った。普段なら、こんな風に触れたり出来ない。じっくり顔を見ることも出来ない。やつれて疲労の色が濃い藤宮の顔を我夢は救急車が来るまで飽きもせず眺めていた。
 藤宮の病室を確認すると、我夢は僅かに躊躇った後扉を開いた。だが、そこに藤宮の姿は無く、我夢は愕然として慌てて走り出した。
 助けたつもりで又自分は失敗してしまったのだろうかと、焦りと後悔が我夢の心に広がっていく。さっき、海が呼んでいると言っていたから、また海岸へ出たのだろうかと、我夢は方向をそっちに向けた。
 岩場に腰を下ろしている藤宮を見つけた我夢は、ほっと胸を撫で下ろして近付いていった。声を掛けると、さっきとは違うちゃんとした応えが返ってくる。
「藤宮…」
 我夢を見ずに、藤宮は自分のしてきたことを問うた。自分の言葉でどれほど藤宮の負担が軽くなるか判らなかったが、我夢は思ったとおりのことを言った。でも、藤宮は我夢の言葉を信じたようには聞いてくれなくて、罪の深さに再び闇に沈んでいってしまう。
 我夢は唇を噛み締めてもっと適切な言葉はないのかと、頭の中を探し回った。天才と呼ばれている頭脳なのに、こんな時にはどう言ったらいいのか何も出てこない。
 そうこうしているうちに瀬沼達がやってきて藤宮を連れていこうとする。我夢はまた言葉を尽くして藤宮を弁護した。
 藤宮には通じなかったが、瀬沼達は我夢を信じてくれた。ほっとして笑みを浮かべ、藤宮にも笑い掛けようとした我夢は、現れたズイグルに表情を引き締め立ち向かっていった。
 仕掛けられた罠にはまり、我夢はガイアに返信することも出来ず捕らえられてしまった。胸の十字架に捕らえられた我夢を見て攻撃できない梶尾達を嘲笑うように、ワームホールへとズイグルは真っ直ぐ飛んでいく。
 もう駄目かと思った時、我夢は藤宮の自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、思い切り叫んでいた。それに応えるようにアグルが現れ、我夢を救いズイグルをあっという間に倒してしまう。
 光を取り戻し、堂々と立つアグルを見上げ、我夢はにっこりと笑った。
 アグルの光を取り戻せたのは、自分が掴まってガイアが地球を守れなくなるということに、藤宮の使命感が燃えたためだろう。我夢はそう考え僅かに胸が痛んだが、EXの自分へ満面の笑顔を浮かべてアグレイターを向ける藤宮に、痛みを押しやり笑顔を向けた。
「もう、大丈夫だね」
 元々藤宮は優しくて強い。優しさも、普通人が言うような優しさではなく芯から想い、自然に現れる優しさだと、我夢は何度も助けられた記憶を思い浮かべながら呟いた。
 地球と人類の間に立って随分苦しんだろう、優しくなければさっさと切り捨てるだろうし、強くなければ優しさという苦しみを背負ったままアグルの力を奮うことは出来なかった。
 自分のことをあんなに嫌っていながら、本当に危ない時は助けてくれた。今も、藤宮は自分の力で光を取り戻し、我夢を助けた。
「僕はまた、何の役にもたたなかったな」
 いや、きっかけくらいにはなったかと、我夢は苦笑を浮かべた。救うつもりでいた自分が滑稽で、笑えてくる。
「パル、ジオベースへ向かってくれ」
 さっき堤チーフから捕らわれた痕跡が身体に残っていないか、ちゃんと調べてこいと命令されたのを思い出して我夢は自分の作った人工知能に告げると目を閉じた。
 捕らわれた時の痕跡は身体には残っていなかったものの、シグナビにははっきりと人間のしたことだという痕跡が残されていた。
 それが我夢と同じ形を取り、闇の部分を指摘して翻弄される。影を追い、ドイツへやってきた我夢はそこで自分自身の闇とはっきり向き合い、戦わなくてはならなかった。
「君はガイアになったことで、神にでもなったつもりかい。自分が地球を救い、人類を救い、他の自分たち以外の生物を滅ぼして悦に入る。自己満足の塊だね」
「そんなこと、ない」
「僕はもう一人の君なんだよ。隠しても無駄さ」
 哄笑するもう一人の自分に、我夢は唇を噛み締め反論することができなかった。僅かでもそんな気持ちが無いとは言えない。地球や人類を救うなどと思うことは、自己満足なのかもしれない。たとえそうだったとしても、止めることはできない。
 我夢は自分が出来る事を、自己満足で神を真似るなど傲慢だと罵られようが、するだけだともう一人の自分にきっぱりと言った。
「僕は他人のためになんて言わない。自分のために戦ってるんだ」
 苦しげに言い放つ我夢に、もう一人の我夢はクラウスの形を取り、下卑た笑みを浮かべた。
「ヒロヤを救うこともできなくて、よくそんな事が言えるもんだ」
 はっと我夢は目を見張り、クラウスとなった闇を見つめた。動揺を見せる我夢の前でクラウスは怪物に姿を変えていく。
「人ハ弱イ。自分ノ闇ニ勝テルモノカ」
「それでも、僕は戦う」
 我夢は闇の嘲笑を振り切るように叫ぶとガイアとなり、向かっていった。
 怪物を倒し、キャスを置いて走り出した我夢は、パルまで辿り着くとほっと息を吐いて戻るようにと告げた。
 キャスには弱みを見せたくなくて、涙が出る前に逃げ出してしまったけど、今はもう我夢は泣きたいのに泣けなかった。
 あれに勝ったのは確かだが、我夢の中の闇が消えた訳ではない。元々勝ち負けの問題じゃなくて、自分の昏い部分とどう折り合いを付けていくかなのだ。
「でも、折り合いなんか付かないよ…」
「ナニカ言イマシタカ、ガム」
 我夢の独り言に反応してパルが現れた。
「僕は藤宮に嫌われてるのが辛いんだ。この辛いって気持ちを捨てられれば簡単なんだけど、できないから奥に押し込んで見ないようにしてる。だけど、胸が痛いんだ」
「胸ガイタイ、ビョウキデスカ」
 パルの言葉に思わず笑みを浮かべた我夢は、首を振った。パルは首を傾げて困ったように…機械なのに…我夢を見つめている。
「ごめん、君に言ってもしょうがないよね。これは僕が解決しなきゃ…いや、時間が解決してくれるかな。戦いが終われば、藤宮はきっと」
 いつか戦いは終わる。いや、終わらせる。そうなったら藤宮は我夢と話すことも、共に立つこともなくなるだろう。原因が無くなれば、この痛みも消える。
「ああ、なんかサイテー…」
 そう考えた途端ぞくりと寒気がして、嫌だと叫ぶもう一人の自分が見えた。この戦いが終わらなければ、藤宮が自分を嫌っていようとも共に居られるなどと考えるもう一人の自分に、我夢は心底嫌悪を感じて呟くと目を閉じた。



 パーセルのデータと稲森博士の研究を藤宮に渡すために、我夢はベルマンに乗って埠頭までやってきた。藤宮は今までのようにハッキングもしているようだが、我夢に頼めば手にはいるようなものは、直接こうして持ってくるようにと言ってくる。
 目指す道が同じになって共に闘えるのは嬉しいし、こうして会えるのも楽しいけれど、やっぱり胸が痛むと我夢は眩しげに藤宮を見つめて、ディスクを渡した。
「…パーセルで怪獣達となんとか理解し合えないかな」
「無理だな、パーセルは通訳じゃない、操るものだ」
「そうか…せめて地球怪獣とだけでも、解り合えたらいいのに」
 そんなことができれば苦労はしないとでもいうように、苦い顔をする藤宮の視線から顔を逸らし、我夢は海を見つめた。
「その時がくれば、あいつらも自分たちの役割を思い出すだろう」
「役割?」
「生まれてきた以上、誰でも何にでも、その意味がある」
 我夢は遠い目をする藤宮に視線を戻した。途端に藤宮も我夢を見つめてくる。じっと見てくる藤宮に、我夢は自分が何か変な事を言っただろうか、それとも格好が変なのだろうかと慌てて思考を巡らせた。
「我夢」
「な、何?」
 藤宮の手が我夢の方に伸ばされる。我夢はびくりと身体を引いて、藤宮を見た。
「いや…何でもない」
 目を眇めて藤宮は手を下げ、踵を返すとバイクに跨った。それを見送り、我夢は腕を組んで首を傾げ、藤宮が何を言いかけたのか考えたが答えは出なかった。
「このところ藤宮に迷惑ばっか掛けてるから、文句の一つでも言いたかったのかな」
 ベルマンに乗ってジオベースへ戻った我夢は、そう呟くと溜息を付いた。
 最近藤宮はよく我夢と話をするようになった。それは励ましであったり、諭すようでもあったり、今までのようにぎすぎすした口調ではなく穏かな口調で、我夢に語りかけてくる。
 そんな時だけ親友になれたような気がして、我夢はとても嬉しかった。
 でも、見つめてくる藤宮の視線にも変化があって、我夢は戸惑う。痛みを伴うような視線は、言葉以上に何か語りかけようとしているのだけれど、我夢はその意味を知るのが怖かった。
 本当はこんな風に話してる場合じゃないんだ、しゃんとしろ、と怒っているのか、情けなくてしょうがないのか、今までならはっきり口に出して言っただろう藤宮は、根気よく我夢の志気を高めるために、言い聞かせるように語るのだ。
 藤宮が居なくなって、一人で戦っていた時には随分無理して気張っていたのに、二人になって協力体制が出来た途端弱くなる自分に、我夢は情けなくて頭を拳で叩いた。
「我夢、何やってんだ、お前」
「自分に活を入れてるんです」
 呆れたように見る梶尾に、我夢は顔を赤く染めながら答えると、とりあえず身体だけでも鍛えようとトレーニングジムに向かった。
 久々の休日に我夢はキャスと共に地上に降り立った。キャスを見送った後、用事もないのでジオベースに戻ろうかと考えて歩いていた我夢は、後ろから声を掛けられて振り返った。
「藤宮、何かあったの」
「今暇か」
「うん」
 こくりと頷く我夢に藤宮はヘルメットを放って寄越し、自分のバイクの後ろに乗れと指し示した。一瞬びっくりして目を見開いた我夢だったが、不機嫌そうな表情で促す藤宮に慌てて後ろの跨った。
 藤宮の腰に腕を回さないと振り落とされてしまうため、我夢は恐る恐る腕を回す。弱い力で腰の辺りを掴んでいるだけの我夢に、藤宮は手を捕らえしっかりと自分の胴に回して掴まらせた。
「しっかり掴まってないと、落ちるぞ」
「あ、うん、でも…嫌なんじゃない」
 そう言ってバイクを走らせ始めた藤宮には、我夢の声は聞こえなかったようだ。
 藤宮の背中にぴったりくっついていると風の冷たさより体温の暖かさが感じられて、我夢は目を閉じた。
 藤宮は近くの公園まで来るとバイクを止めた。公園には昼下がりのひとときを楽しく過ごしている人々が点在している。
 その場を通り抜け、人があまり居ない場所へ歩いていくと、藤宮は芝生の上に腰を下ろした。
「座れ」
「う、うん」
 自分の横を示す藤宮に、我夢は躊躇いながらも腰を下ろした。それ以上何も言わず、黙っている藤宮に何かあるのかと訊こうとした我夢は、いきなりごろりと横になった彼にぎょっとして目を見張った。
「藤宮?」
「お前もどうだ」
 どうだと言われても、と躊躇している我夢に藤宮は苦笑を浮かべた。
「休める時には休んだ方が良い。…俺と居ても気が休まらない、か」
「それは君の方だろ」
 我夢は藤宮の呟きにそう返すと、自分も横になった。
 爽やかな風が吹き抜け、木々のざわめきや鳥の声が眠りを促す。そういえば、最近破滅招来体の攻撃が激しくなっていって、ゆっくり眠ってなかったなと我夢は目を閉じて深く息を吐いた。
 あまり長い時間では無かったと思うが、いつの間にか寝ていたらしい。我夢はふと意識を浮上させた。
まだ閉じている目の前が暗い。微かな息づかいが聞こえ、気配が近付いてくる。
 我夢は目を開けることが出来ず、そのままじっと寝た振りをしていた。ふわりと何かが唇に触れ、すぐに目の前が明るくなる。薄く目を開けて見ると、藤宮は身体を起こし我夢から顔を逸らしていた。
 今のはなんだったんだろうと、我夢は指先で唇に触れた。
「戦いはこれから益々厳しくなる。もうこんなにのんびりはしてられないかもしれないな」
 我夢が起きたのを見ると、藤宮は視線を戻して言った。
「そうだね。僕も君の足を引っ張らないように頑張るよ」
「足を引っ張る?」
 我夢の言葉に藤宮は訝しげに目を眇めた。我夢はそんな藤宮の目から視線を逸らして、地面に生えている芝生を指先で弄ぶ。
「前に言ってたじゃないか。足を引っ張るようなら排除するってさ」
「あれは! …あの時俺は…」
「ごめん。昔のこと言って。でも、足を引っ張らないようにって思ってるのはほんとだ。僕はまだまだ弱いから」
 怒鳴り掛ける藤宮に謝り我夢は立ち上がると、芝生を払い笑みを浮かべた。
「お前は弱くなんかない」
 藤宮も立ち上がって我夢の腕を掴みそう言った。掴まれた腕から熱が伝わって、我夢は慌てて藤宮の手を振り払った。
「買い被りだ」
「我夢!」
「今日はありがとう。玲子さんによろしく」
 藤宮の声を後ろに聞きながら、我夢は走り出した。
 何故こんなに胸が苦しいのか解らない。痛む胸を押さえ、我夢は自分の部屋に戻るとベッドに横になって片腕で顔を覆った。




 エリアルベースが落ち、ウルトラマンの正体が知られると、藤宮も我夢と共にジオベースに居場所を移した。破滅招来体は最後の戦いを挑んできているようで、その動きを掴み立ち向かうには共に居た方が良いとの石室の判断に、意外にも藤宮は反論しなかった。
 地球の空をイナゴが覆い、XIGやGUARDの力も及ばなくなった時、我夢は言葉に出さずにメインルームを後にした。もう戻って来られないかもしれないと思いながら。
 途中で藤宮が現れ、二人で日の光が届かず薄暗い地上に出る。人々の嘆きの声なき声が聞こえ、地球の悲鳴も感じた我夢はエスプレンダーを見つめた。
「地球の光が弱ってる…」
 エスプレンダーの中の光は、いつものような煌めくものではなく、淡くぼんやりとした光にしか見えない。
「俺はお前とここに居ることを誇りに思う。感謝している…我夢」
「僕だってそうさ」
 藤宮の晴れ晴れとした表情と言葉に、我夢は心底嬉しくなって頷いた。それ以上の言葉は胸が詰まって出なかった。
『ああ…僕は藤宮が好きなんだ』
 この時になってやっと我夢は胸の痛みの原因が掴めた。好きだから、嫌われているのが辛くて苦しくて痛い。そんな簡単なことに気付くのに、今までかかっていたなんてと我夢は自分に呆れてしまう。
「行こう、藤宮」
 行って勝って、それから伝えなきゃ。たとえ、嫌われていても。
 我夢は表情を引き締めると、エスプレンダーを高々と掲げた。


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