Valentine


毎年2月の半ばが近づくと、学校中の、否日本中の男どもはそわそわし始める。お菓子会社の陰謀とわかっていても気になるのがそのXデーな訳で、炎たちも例外ではなかった。
「……むーん…」
 チョコレート売場の向かいに陣取り、女の子たちが群がる光景を見ていた炎は、眉間に皺を寄せてため息をついた。いつもなら義理チョコを1個か2個クラスメイトからもらうくらいなイベントで、その日を特別意識したことはない。が、今回は特別なのである。
「あの中に入っていくのは…ちょーっとなんだなあ…」
 しばらく様子を見ていた炎は、肩をすくめるとその場を後にした。
 超常現象クラブの部室にいつものようにやってきた炎は、にこにこ笑顔で手帳を眺めている森に呆れたような視線を向け、ソファにどさりと座り込んだ。
「おや、どしたの?えらく難しい顔しちゃって」
「…なんでバレンタインなんてあんだろーな…めんどくせー」
 あーあと大きくため息をつく炎に、にんまり笑顔で森は隣に席を移動した。
「もてない男は辛いねえ。俺なんかほーら、こんなにもらえる予定があるんだよん。うらやましい?」
「全然」
 きっぱり言う炎に、森はがくりと肩を落として苦笑を浮かべた。
「ま、負け惜しみ?」
「義理チョコいくらもらったってしょーがないだろ。本命告白用チョコならともかく」
「う……」
 森のもらえる予定チョコというのが、すべて義理だと見越しての発言に、森は口ごもってしまう。確かにそうなので反論もできない。炎はちろりと森を見ると、再びため息をついた。
「…そんなにチョコ、欲しいもんか?」
「そりゃあ…本命だったらよけいに嬉しいさ。それでなくても、好かれてるってことは嬉しいだろ?嫌いなやつに義理でもあげるほど、今時の女の子たちは甘くないぜ」
 炎が去年もらったチョコは2個、真理亜と渚からのみである。確かに甘くない。比べて誰かときたら、抱えきれないほどのチョコをもらい紙袋にあふれたそれを、規則に反するとか言いながらも人の好意と気持ちは捨てられないといってすべて持ち帰ったのだ。
「今年もきっといっぱいくるんだろうなあ…」
「そりゃもう、紙袋いっぱいくらいにはなるかな。日頃のアプローチとアフターケアゆえに…おい、炎?」
 炎の呟きに、にこにこしながら応えていた森は、ぼんやりと考え込んでいる様子に言葉を止めた。「エン?」
「くよくよ考えてもしょうがないか。ま、いいや…それよりシン、受験間近だってのにそんなんで浮かれてて大丈夫なのか」
 いきなり聞かれて森は一瞬引いてしまったが、にっこり笑うとVサインを出してみせる。
「もっちろん受験なんかへのかっぱーさ。どっかの誰かみたいに余裕で受かるレベルなのに四角四面に受験勉強するなんてことはしなくてもへーきへーき」
「ほお…どっかの誰かとは、誰のことだ」
 森の背後から低い声が聞こえ、ぴきーんと空気が張りつめる。森の表情は強ばり、動きが止まった顔には冷や汗がどっと浮かんでいた。
「カイ、今日もまっすぐ帰ったんじゃないのか」
「今日はちょっと風紀委員会の方で用事があってな。こんな所で溜まってないで、帰るぞ。ああ、シン、お前もいくら推薦でいけるとはいえ、高校そのものを留年してしまっては大学に行くことはできないからな」
「おいおい、いくらなんでもそんな訳ないだろ。出席日数も足りてるし、試験だって」
 森の言葉に耳を貸さず、海は炎を促すとさっさと部室を出ていく。森は呆れた目でそれを見つめ、そっちこそ大丈夫なのかねといらぬ心配をしてしまった。
「お前ならよゆーで受かるよな」
「油断は禁物だ。それよりそっちはどうなのだ。進級できるのか」
「たー…そんな心配すんなよ」
「お前がすんなり大学に入ってくれなければ私が困る…ともに過ごせる時間がそれでなくとも少ないのに、これ以上待てない」
 帰り道で話の途中、立ち止まって海は炎を真摯な目で見つめきっぱりと言った。実を言うと、一年前ジェノサイドとの戦いが終わった後で海に告白されているのである。
 この一年、海の受験勉強があったりケンタの事件があったりでそれほど一緒にいたり恋人付き合いのようなものはしてないが、炎の方も断るきっかけがなく、なんとなく好き…だしなあという気分でたまにこうして一緒に帰ったりしていたのだ。
「あ…と、とりあえず、努力はするよ…それよか14日はがっこ来るよな?」
「うむ、もう授業単位は取り終わっているが図書館で調べものがあるからな、それが何か?」
 不思議そうに聞き返す海に、炎はいや別にとぽりぽり頬を掻いて歩き始める。
 なんとなく好きかも…で始まった付き合いなのに、いつのまにかどんどん好きになっていて、顔を見るとどきどきする。こんな風にいきなりマジに言われたりするとそれが爆発しそうになって、でもそれを知られるのはイヤで困るのだ。
 でもでも、バレンタインに女の子から山のようにチョコをもらう姿を見たら、きっと悔しくてしょうがないだろう。それが自分が女の子にもらえない悔しさの嫉妬なのか、それとも、海は自分が好きなはずなのにという悔しさなのか。
 まだはっきりしない自分の気持ちに区切りをつけるため、思い切ってバレンタインにはチョコレートなんぞ渡してみようと決心はしたものの、女の子たちが群がる姿を思い浮かべると気分が萎えてくる。
 家の前まで送り、ではと去っていく海に、炎は大きな声をで呼びかけた。
「絶対14日来いよ!」
「…エン?」
 驚いて振り返っても既に炎は玄関に入っていて姿を消している。僅かに眉を上げ、海は暫く炎の家を見つめていたが、やがて再び歩き始めた。

 決心を付けるために大きな声で絶対来るようにと叫んだのに、炎はやっぱり当日になると躊躇していた。結局女の子が群がる綺麗で可愛いバレンタイン用チョコレート売場には近づけず、近所のコンビニに夜中買いに行ったのだ。
 最近ではコンビニでもこの手のチョコは結構売っているので、その中でもビターな硬派っぽいチョコレート(どんなんだ)を他の菓子と共に何気ない振りで買い、お包みしますかあ?という店員の明るい声を振り切って店を出た。
 そのチョコレートは包まれもせず、買った状態のまま炎のバッグの中に入っている。これをどうやって渡そうかと考えながら校門をくぐった炎は、学校中がピンクのハートに包まれているような感覚にめまいを覚えてしまった。
 確かに山海学園の生徒たちはお祭り騒ぎが好きだ。自由闊達をモットーによく学びよく遊べを実行している。だから例年この手の騒ぎはよくあることなのだが、今年は自分が渦中にあるからなのか余計にそう感じるのかもしれない。
「…放課後にしよ……」
 門の前には代替わりした風紀委員しかいず、海の姿は見えない。あちこちでこっちの方を見つめている目はきっと自分と同じように海が目当てなのだろう。学校に来ると言った以上、帰りはきっと部室に寄るだろうからそこで待ってればいい。
 炎はため息をついて教室に入っていった。
 予定通り真理亜から義理?チョコを貰い、代わりにホワイトデーにはパフェ食べ放題を約束させられてげんなりしながら炎は、放課後部室へ向かっていった。
 部室には珍しく誰もいなかった。森あたりは一個でも多く貰おうときっとあちこちの女の子の所へ顔を出しているのだろう。翼は研究室だろうか。
 誰もいないことにほっとして炎はソファに腰を下ろした。
「エン、すまない、待ったか?」
「…いや、今来たとこだけど…」
「そうか。今日はもっと早くここに来るつもりだったのだが、途中途中で邪魔が入ってしまって」
 それはもしかして、女の子に捕まってチョコレート攻めにあっていたのではないか、と炎はちらりと海の手を見る。そこにはいつもと同じ学生鞄が握られているだけで、可愛い包みも大きな紙袋もなかった。
「カイ…今日の分はもしかして宅配にでも出したんか?」
「…荷物などなにもないぞ?今日の分とは何だ?」
「だって今日…バレンタインでチョコレートが…」
 炎の不思議そうな声に海は眉を顰めた。
「お前と付き合っているのに受け取る訳にはいかん。全部断った」
「ええーっ、嘘っ」
 びっくりして叫ぶ炎に、ますます眉を顰め、海はつかつかと近づくとバッグを取り上げた。
「まさか、お前は受け取っていまいな…」
 呆然とする炎のバッグの中を探っていた海は、チョコレートの包みを二つ見つけて中から取り出した。
「…これはどういうことだ」
「あ…え…と……一つはマリアから貰った義理チョコ…って、あっ!」
 その二つを無造作にゴミ箱へ捨てる海に、炎は死ぬほど驚いて声を上げた。海が食べ物を捨てるなんて、天地がひっくり返ってもないと思ったのに。
「エン…こんなものを受け取るな…」
 低く抑えてはいるが、海の声には危険な情熱が含まれている。ぞくりと炎は背筋に悪寒が走り、ソファに沈み込むように身を引いた。
「あ、あのさ…うっかり受け取ったのは悪かったけど、捨てるのよくないと思うし、後でマリアに返すから…な。それに、もう一個のは…俺が…カイにって買ったんだ…けど…」
 気迫に気圧されるようにぼそぼそと言った炎の言葉に、海ははっとしてゴミ箱の中に手を入れた
真理亜のチョコはテーブルの上に置き、もう一つは包み紙をばりばりと乱暴に破って一口囓る。
「…一応ビターにしといたんだけど…甘いの苦手だよな。無理して食べなくても」
「いや、丁度いい甘さだ…」
 にっこり笑ってもう一口囓ると海は身を屈めて炎に口付けた。海の口中で暖められ溶けたほろ苦いチョコレートが、舌先に乗せられて炎の口中に運ばれる。
 ごくりと炎がそれを飲み下しても海の唇は離れることなく、更に貪るように激しく求めていった。熱い舌が絡み合い、口腔を愛撫されるに従って炎の身体から力が抜けていく。
 押されるままにソファに横になった炎は、海の腕が自分の身体から衣服を剥ぎ取っていくのをぼんやりと認識していたが、胸の突起を愛撫するように撫でられて漸く我に返った。
「ちょ、ちょっと待て!…こんなとこで…まずいんじゃ…」
 こんなとこより何より、貞操の危機の方がまずいんではないだろうか。チョコをあげたこと即OKというつもりではなかったのに、いきなりでは心の準備ってものが、と海の手を除けようとしながら炎はおたおたと考えていた。
「エン…愛している…チョコレートよりお前が欲しい」
 耳元に囁かれ、ぞわぞわ〜と炎の背筋にさっきの悪寒とは違う不思議な感覚が走り抜ける。そのまま耳を噛まれると、炎は堪らず海にしがみついた。
 海は炎の胸を愛撫していた手を下半身に伸ばし、強弱を付けて揉み扱いていく。他人の手に施される愛撫に炎はあっけなく果ててしまった。
 自分の手に放たれた炎のものをぺろりと舐め、海は極上の笑みを浮かべる。それをぼんやりする意識の中で見た炎は、かーっと頭に血が上り両手で顔を覆ってしまう。目を閉じると海の手の感触が余計に感じられて、再び施され始めた愛撫に訳が分からなくなるほど翻弄されていった。
「…いっ…痛ーっ!……いた…うっ…」
 何度か果てさせられた後に、ぐいと両足が持ち上げられたかと思うと、激痛が走り抜ける。微かに海の声を聞いた後、炎の意識はぷっつりと途絶えた。

「……ホワイトデー、覚悟してろよ」
「ああ、楽しみにしてる」
「違うだろっ!」
 気がついた時には、きちんと衣服を着せられ、海に抱きしめられていた。海のふざけた言葉に叫ぶと腰に鈍痛が走る。炎はにこにこと上機嫌な海を見ながら、深くため息をついた。

                        ちゃんちゃん


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